92.大魔法使いを目指して
ニアは自分が床に倒れているのを自覚し、やけに重い体を起こそうとした。
しかし、鉛のように重い体は言う事を聞かず、腕だけが持ち上がる。それが不満でニアは顔を歪めるのだが、そんなニアに声をかけるものがいた。
「ニアー?調子はどうかしら?……まぁ、見ればわかるけど」
「むっ、師匠」
ニアが師匠と呼ぶ人物──レイラは地面に臥すニアを見て愉快そうにしながらも、その目は鋭くニアの内包する魔力を観察していた。
(うん、ちゃんと魔力が上がっているようね。というか、想像していたより上昇量が凄いわねぇ……)
レイラはニヤリと笑うと、動けないニアに近づいて手を握る。
そして、ゆっくりと自分の中にある魔力を手を通じて譲渡しはじめた。
「うぅ……魔力……」
どこか気持ちよさそうに目を細めながらレイラの行為を受け入れるニアは、徐々に重かったからだから怠さが払拭されていくのを感じ、漸く体を起こした。
「師匠、ありがと」
何故ニアが倒れていたのか──それは魔力の枯渇が原因だ。
人間というのは誰しも魔力を抱えている。生命力とは別の魔力というものは、枯渇したところで生命の危機に瀕するわけではない。
だが、体を動かす重要なエネルギーと言っても過言ではない魔力の枯渇は、それなりに人体に影響を及ぼすのだ。
それが、体の鈍化と抵抗力の低下だ。
こうしてみると、魔力の枯渇というのは避けておくべき事のように思えるが、実はメリットもそれなりに存在する。
魔法を扱うものは大抵が魔力が高い。
当たり前といえば当たり前だが、それにはれっきとした理由がある。
第一に、魔力というのは使っていけば使うほど成長するのだ。
魔法の行使や魔力の抽出なとで魔力を消費すれば、体は失った魔力を補完しようと大気中に漂う魔力を吸収する。
そして、その時に少しだけ余分に吸収した魔力分が、成長として現れるのだ。
魔力の枯渇といえばすなわち、体に殆ど魔力が残っていないのだ。
俄然体は魔力を欲するため、普通に魔力の回復を待つよりも効率的に成長できるのだ。
弊害として、子どもであるニアは魔力が枯渇してしまうと倒れてしまう事が挙げられるが、修行場所は屋敷の中だ。
危険な魔物も下衆な人間もここにはいない。
ニアが倒れたところで不満を上げるのは幼いながらもそれなりに重い体をバンバンぶつけられる床だろうか。
とにかく、魔力量の成長とともに得意だった火魔法の他に属性魔法の練習を再開するニアだが、その様子を見て隣でレイラもなにかの詠唱を始めた。
ニアが聞き取れないほどの素早さで紡がれた言葉の旋律は、やがて淡い光となって修行している場所をすっぽりと覆った。
その現象を初めて見たニアは、レイラに何をしたのか言葉少なに問いかける。
「師匠、今の何?」
「んー?ただの結界よ。魔力の回復を早める効果があるやつよ。この結界の中にいれば通常の3倍ぐらいの早さで魔力が回復するわ」
「おおー、それは、すごい」
気の抜けた声でまばらにぱちぱちと拍手するニアがなんだかシュールに思えるが、レイラは特に気にすることなく修行の続きを促した。
「ありがと。それじゃ、アンタはさっさと魔法の練習に戻りなさい。筋はいいみたいだから、きっと大魔法使いぐらいにならなれるかもね?」
「大魔法使い、すごい?」
「ええ、もちろん」
レイラの言葉にやる気を出したニアは、両手を胸の前でギュッと握りしめると、再び魔法の練習を再開する。
「ふぬぬ〜……!」
顔を若干赤くさせながらも必死に魔法の練習に打ち込むニアの姿を遠目に見ながら、レイラは優しい笑みを浮かべる。
──願わくば、この子に精霊の加護がありますように
魔法学校編の人物紹介とかは、もう少しお待ちください。




