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91.特訓

 

 アリスとの初対面で向けられた、眩いくらいの笑顔に心を撃ち抜かれたバルドたちは緊張感よりも、心の痺れから口を閉ざしていた。


 挨拶をしたのに言葉を返してもらえないアリスが少し悲しそうな顔をしたのを見て、バルドは目が覚めたような気分になる。

 アリスの笑顔という魅了効果のある魔法にかかっていたバルドは、慌てて挨拶を返す。


「こ、こちらこそよろしくお願いします!僕はバルドと言います。以後お見知りおきを」


 どこかで聞いたへりくだった話し方を真似してバルドは口早に喋る。

 バルドの声に反応したアリスが最初に見せた綺麗で輝かしい笑顔ではなく、今度はにへらっとした年相応の笑みを浮かべる。


「うん!……バルドにぃって呼んでもいい?」


『バルドにぃ』その呼び名にバルドは心のうちから喜びが溢れ出て行くのを感じた。

 村では一人っ子だったため、弟や妹というものに憧れていたのだ。


「う、うん。もちろん構わないよ。僕はアリスって呼んでもいいかな?」

「うん、いいよ!バルドにぃ!」


 もう一度バルドにぃと呼ばれて至福の表情を浮かべるバルドの横で、ようやく我に帰ったラスティたちが順に自己紹介を始めた。


 ラスティ、ニア、リフレットの順に挨拶をしていき、全員と挨拶を交わしたアリスは一際可愛らしい顔で笑った。


「これからよろしくおねがいしますっ!」


 その声を受けて、バルドたちもにこやかな笑みを浮かべて返事をするのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 アリスとの対面を終え、バルドとラスティは庭に出ていた。

 屋敷の敷地内にある庭はなかなかに広く、子どもである2人からすれば、その広さはとてつもないものに感じるほどだ。


 その広い庭の中心に立っているのはライアン。

 屈強な肉体をラフな格好で包み、その肩には身の丈ほどの大剣が担がれている。

 立ち姿だけで他者を圧倒するライアンの前にはバルドとラスティ。


 今日は、ライアンからの剣術の指導の日なのだ。


「さーてと、バルドにラスティって言ったか?俺の名前はライアンだ。今日からお前らには剣術を教えていくことになるんで、よろしく頼むぜ」

「はいっ、お願いします!」


 不敵に笑うライアン。

 バルドとラスティはこれから起こる凄惨極まりない訓練のことなど予想できるわけなく、ただ期待に目を輝かせて大きな声で返事をする。


「よーし!いい返事だ!まずは基礎となる体力作りからだ!剣を振るにも、槍を突き出すにも、盾で防ぐにしても、筋力と体力は必要になる。……てなわけで、まずは走り込みだ!」


 そう言うが早いか、ライアンは大剣をそこらに置くと、広い庭の外周に沿って走り出した。

 当然バルドとラスティも異を唱えずに従って走り出す。


 太陽が明るく照らす庭を、ただひたすらに走る。

 じりじりと焼け付くような暑さではないが、それでも体を動かしていればじんわりと汗をかくぐらいには暖かい。

 庭を3周するころにはシャツの首筋あたりが汗ばみ、10周する頃になると額から(つた)う汗が目に入るのが邪魔になってきた。


「おらおら、足が動いてないぞ!もっと足を動かせ!そんなんじゃ死んじまうぞ!」


 息も絶え絶えになり、歩くよりも遅いのではないかと思うほどに疲弊しても、ライアンは声を張り上げてバルドたちを追い立てる。

 底なしの体力を持つ、ともすれば化け物かどうかを疑うレベルのライアンは、バルドたちの足が棒のようになるまで走らせ、倒れるまで走り込みをやめなかった。

 走り込みの最中はずっと並走してきていたはずだが、汗びっしょりになって大の字で寝転がるバルドたちとは違い、ライアンは規則正しい息遣いでうっすらと汗をかいているぐらいだった。


 バルドは、ライアンのその姿を見て肩で息をする自分がとても悔しかった。

 自分が奴隷になったのは、単に口減らしなだけではなく、同時に戦力外だったからだ。

 子どもは力もなく、剣もまともに振れない。そんな役立たずを置いておけるほど村は裕福ではなく、バルドは奴隷に身を落としたのだ。


 それならば、力をつければいいだろう。

 自分を守るための力を、他人に納得させるほどの強大な力をつければいいのだ。

 既に奴隷となった今、バルドのやるべきことはラスティたちとアリスを守ることだ。


 冒険者に憧れ剣を無心に振っていた頃とは違い、今は明確な目標がある。

 だからこそ、今地面に這いつくばっている自分の体が恨めしく、悲しく、悔しかった。


(いつか、いつか必ず……ライアンさんに並び立つぐらい強くなってみせる。そして、もう誰にも役立たずなんて言わせないようになってやる!)


 役立たずとして売られたことが、役立つための力をつけることに駆り立てる。

 白くなるほど握った拳に強い意思のこもった視線を投げ、バルドは顔を上げた。


 ──僕は、役立たずのままは嫌なんだ。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 それから1週間、バルドとラスティはひたすら走り続けた。

 子どもの成長というのは凄まじいもので、徐々にだが、それでも大人よりは遥かに早いスピードで体力をつけていった。

 走れる距離も増え、初日の3倍は走れるようになっていた。


「よーし、よく走ったな2人とも。いいか?走り込みってのは欠かさないことが重要なんだ。走らないでいると体力は衰えちまうからな」


 人差し指をピンと立て、ライアンは偉そうにふんぞり返って話す。

 ライアンがやると妙に様になっていて不自然でないのが少しだけ不自然だ。


「それは筋力だって同じだ。使わなければ衰え、しっかり使ってやりゃ、筋肉は成長してくれる」


 バルドはその言葉を素直に飲み込み、理論で理解していくが、ラスティは感覚派なようで、言葉で言われてもピンと来ないようだ。

 だが、この1週間休まずに続けてきたトレーニングで確実に力がついているのはラスティも実感しているらしく、頭では理解できていなくても、体が理解しているようだ。


 走り込みは30周がノルマ、筋トレは腕立て伏せ100回、腹筋100回、スクワット100回を3セットがノルマだ。

 このノルマを課せられたバルドとラスティは不満も言わず、黙々とこなすのだった。


 走り込みを始めてから半月、たまに渡される謎の液体を飲みつつ行ってきたトレーニングのおかげか、バルドとラスティは買われた当初よりも随分と体ががっしりとしてきた。

 バルドはどちらかといえば細くしなやかな筋肉のつき方になり、ラスティは膂力(りょりょく)で押すための力強い筋肉がついてきた。


 並行してニアとリフレットも特訓をしているはずだが、部屋も違うためこれまで2人の成長をバルドたちは見ていない。

 アリスと親睦を深めるために4人全員があつまることはあっても、それはあくまで遊びの範疇であり、実践能力や体力的、技術的な面の成長は覗けなかったのだ。


 少なくとも自分とラスティは成長しているという確信を抱きながらも、バルドはひたすらに自分を高めていく。

 そして、その姿に呼応するかのようにラスティも己を鍛える。

 もっと強く、もっと速く、もっと正確に、もっともっともっと──


 上を目指してひたむきに努力するその姿を見て、ライアンはほくそ笑むのだった。


 ──これはなんだかんだで逸材だぞ……!

謎の液体は異世界のプロテインだと思っていただければ、と思います。


※誤字を修正しました

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