90.少年少女
しばらく慎司くんの視点には戻りません。
バルドが慎司に買われてから2日目。
バルドとラスティは部屋で見繕った服を着て、リリアに案内された部屋で待機していた。
「ねぇバルドくん。変じゃないかな?」
「そのセリフ5回目だよ、ラスティ。ちゃんと似合ってるから安心しなよ」
上質な生地のシャツとズボンは、とても着心地がよく、バルドはかなり気に入っているのだが、隣に座るラスティは着慣れない服装がどうにも気になるようで、何度もバルドに確認を取ってくる。
リリアに案内される際、問題ないという言葉を貰ったはずだが、ラスティにとって安心できるほどの効果はなかったらしい。
落ち着きなく目を泳がせてそわそわとするラスティに、バルドは何度も大丈夫だと言い聞かせるのだった。
なんとかラスティが落ち着いてきた頃に、ニアとリフレットもやってきた。
2人もどうやら部屋で服を選んだらしく、ニアは薄い桃色のブラウスにスカート、リフレットは白いシャツと短パンの姿だ。
ニアは貴族のお嬢様が着るような服装だが、リフレットはお転婆な町娘を彷彿とさせる服装だ。
「じゃーん、どう?」
「……自信ある」
リフレットが腰に手を当てない胸を張り、ニアがその場でくるりとターンして見せた。
膝上までのスカートがふわりと広がり、自然と裾が上がるためバルドは自然と目を逸らし、ラスティは目を手で覆った。
「ちょ、ちょっとニア。できればターンするのはやめた方がいいんじゃないかな……?」
「……なんで?」
「あー、いや。なんでと言われると、その──はしたない?だっけ。そんな感じだから」
こてん、と首を傾げてバルドを見つめるニアに、下着が見えそうだから等と言うわけにもいかず、バルドは持てる語彙をフル活用して答える。
ニアは分かったような、分かっていないような曖昧な顔をして頷くと、特に何も言わずにバルドたちの反対側の椅子に座る。
すると、ニアにばかり構っていたのが不服なのか、リフレットが頬を膨らませてラスティに詰め寄る。
「もー、なんでニアばっかりー!ラスティどう!?可愛いでしょ!」
「うぇっ!?う、うん。可愛い思うよ、活動的な雰囲気が凄いリフレットさんに似合ってるし……」
突然話を振られたラスティだが、意外にもしっかりとした評価をしてあげている。
似合ってると言われて、リフレットはすぐに顔をでれでれとさせると嬉しげにバシバシとラスティの肩を叩く。
「もー、ラスティったら!もー!」
「いたっ、いたた」
ひとしきり満足したのか、リフレットが椅子に座る。ニアと隣合って座る姿は『静と動』を体現しているようにも見えて、なんだかおもしろいとバルドは内心で思った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
緊張とは無縁に部屋で待つこと5分。
部屋にリリアとルーカスが入ってくると、自然とバルドたちの背筋は伸びる。
使用人と執事とは言え、奴隷よりは階級でいえば上だ。失礼がないようにとバルドは口を噤み、主人である慎司の娘というアリスが入ってくるのを静かに待った。
「えーっと、皆?もっと気楽にしていいのよ?確かにアリス様はシンジ様のお子様だけど、今回の目的はお友達になることなのよ?」
リリアが、あまりにも硬い表情のバルドたちを見かねて困ったような声を出すが、バルドたちは「はいそうですか」と態度を変えるわけにもいかない。
バルドたちはアリスという人物について殆ど何も知らないのだ。
知っているのは、信じられないほど温厚な主人の娘ということだけ。
もしかしたらシンジに似て温厚な性格で、奴隷であるバルドたちにも何の嫌悪もなく接してくれるかもしれないが、慎司に甘やかされて高飛車な性格になっている可能性も十分にある。
「でも、僕たちはアリス様について何も知らないんですよ?もし失礼があれば最悪……」
バルドが深刻さをいまいち分かっていないラスティたち3人のためにも勇気を出してそう言えば、今度はルーカスが優しげな微笑みでバルドの肩に手を置いた。
「大丈夫ですよ、バルドさん。アリス様はとても立派な人です。いつも快活な笑顔を見せ、元気に声をかけてくださいます」
バルドはその言葉にいくらか表情を和らげ、肩の力を抜くことにした。
本当にルーカスの言う通りならば、変に緊張することもないのだ。
バルドは4人だけの時ほどとは言わないまでも、それなりに緊張が解けたことで、少しだけ笑って見せた。
それを見たラスティ、ニア、リフレットもぎこちないものの笑い、その様子を見て安心したような顔でリリアが頷いた。
「それじゃ、私はアリス様を呼んできますね」
柔らかい笑みを残して、リリアはその場を後にした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
コンコン、とドアがノックされ、ルーカスが「どうぞ」と渋い声で返すとリリアが部屋のドアを押し開けた。
2歩進んでドアを押さえつつ脇に控えると、開いたままのドアから1人の少女が現れた。
最初に目を引くのは、艶やかな髪の毛だろう。バルドはその、茶色の少しだけ混じった限りなく黒に近い髪の毛を見て、言葉を失った。
腰の上あたりまでで切りそろえられた髪の毛は、頭の下で結ばれておさげになっている。
(うわ、すっごい可愛い子だな……)
その少女──アリスはゆっくりとバルドたちの前まで歩いてぺこりと頭を下げた。
バルドの目の前で頭を下げたアリスの服装は、フリルのあしらわれた真っ白なブラウスにクリーム色のカーディガンを羽織り、下はブラウンのスカートという落ち着いた印象だ。
白のブラウスが肩から流れる髪の毛とは対照的でとても綺麗に映えるのが、服を選んだ者のセンスを伺わせる。
そのアリスは頭をあげるとにっこりと笑い、口を開く。
「初めまして、アリスはアリスって言います。よろしくおねがいしますっ!」
輝くような笑顔を向けられた4人は、一気に心を打ち抜かれたのだった。
アリスの服については慎司くんのセンスが冴え渡っています。




