89.1ヶ月の成果
前回から1ヶ月後です。
いつものように魔法に関する授業が始まり、そして実技へ移行する。
午前で蓄えた魔法の知識を、午後に実践し、自分の力としていくのだ。
よく考えられたプログラムとしての授業や実技は確実に慎司の魔法の実力を伸ばしていく。
しかし、アレンやガレアス、エリーゼにリプルといった友人たちにも恵まれた慎司は、喪失している記憶の事などすっかり忘れて魔法学校に通っていくことになる。
日に日に剥がれ落ちていく記憶の残滓に違和感を抱くことはあっても、慎司はそれを気のせいだと切り捨てた。
1日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎた。
アレンとガレアスとは休日に会うようにもなり、エリーゼやリプルにも時々お茶会に誘われるほどに親交を深めた慎司は、今の自分の生活に非常に満足していた。
慎司が1ヶ月で習得した魔法の数は、両の手の指では足りないほど多く、その属性も多彩だ。
教師からは天才だと持ち上げられ、生徒からは羨望の眼差しを受ける。
毎日続けている魔力のトレーニングのお陰なのか、慎司はこの時点で既に魔法学校内で学校長のレストアに次ぐ魔法の実力を持つようにまで成長していた。
魔法に必要なのは、魔力とイメージ。その内魔力については慎司はこの世界の誰よりも保有している量が多いと言ってもいいだろう。
そして、イメージ。指先に火を起こすのに必要なのイメージは、しっかりとした炎のイメージ。
ゆらゆらと燃える蝋燭の火を想像すれば、魔力次第で具現化させることは簡単にできる。
慎司は1ヶ月で魔法について習い、このイメージというものを明確にしてきた。
《ファイアボール》が火球を生み出すものだと想像できても、慎司には《ホーリーアロー》と言われても具体的なイメージが沸かなかったのだ。
それを先生たちに質問し、実演してもらい、まるでスポンジのように吸収していった。
《赤の戦斧》のレイシアに教えてもらった範囲魔法の使用時における敵味方の識別方法についても鍛錬を積み重ね、慎司は完璧とは言わないでも、弱い魔法ならば敵味方の識別をすることを可能にした。
こうして慎司は、わずか1ヶ月で魔法使いとして立派に成長して見せたのだった。
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魔法の鍛錬に明け暮れた1ヶ月でも、慎司が冒険者の活動を全くしていなかったわけではない。
学校が休みの日はなるべくギルドに顔を出すようにし、ポーラを筆頭にした受付嬢の懇願により難易度の高い依頼をこなしていったのだ。
ある時は洞窟に現れた幼竜の退治、ある時には墓地に湧き出たレイスの群れの掃討、果てには手負いの成竜の討伐もこなしてみせた。
中でも慎司が1番緊張したのはフラミレッタ王女の友達を作るという凶悪な難易度の依頼だ。
そもそも王族に相応しい人物というのがまずいない。フラミレッタはまだ幼く、年齢でいえばアリスと同い年だ。
小さい頃から礼儀作法やダンスなどを教えこまれ、アリスよりも年上のように感じるが、それでもまだまだ子どもなのだ。
慎司の胃に穴を開けそうになるほどの依頼の依頼主であるエイブリットは、慎司の苦し紛れの発言である、『自分の娘はどうか?』という言葉に頷いた。頷いてしまった。
一応は面識のある2人だったが、ほぼ初対面だ。それに、アリスは心優しく誰にでも分け隔てなく接するが、相手が王族であるその時ばかりは、慎司はアリスの性格を少しばかり恨んだ。
だが、いざ2人を引き合わせてみれば、あっという間に仲良くなり、楽しげに談笑し始めたのだ。
ニコニコと笑うエイブリットに肩を叩かれ、娘を慈しむ親の顔で「ありがとう」と言われた慎司は、恐縮しながらも、同じような笑顔で頷いたのだった。
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魔法学校にとっては稀代の天才、冒険者ギルドにとっては依頼達成率100%の凄腕冒険者、王族にとっては恩人であり子を思う同士だ。
ルガランズ王国では、知る人ぞ知る有力な人物に成り上がった慎司は、日々の生活に忙殺され、もう日本からやってきたことや、日本のこと、胸にぽっかりと空いた喪失感の正体など、どうでも良くなっていた。
魔法の特訓を欠かさず、剣技に磨きをかけ、依頼をこなし、名声を高めていく。
素晴らしい評価を得る慎司は、屋敷の中でも人気を博し、使用人のリリアや執事のルーカスには忠誠を誓われ、ライアンやレイラ、チェスターやティエラには敬意さえ抱かれていた。
新しく買ったバルドたち奴隷4人からは、実の父親のように慕われていた。
家の外ではまさしくエリートであり、家に帰れば優しく尊敬できる人物。
それが今の慎司の評価であった。
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ルナは騎士団での特訓を続けており、その実力は剣技だけならライアンにも迫るほどになっていた。
持ち前の素早さと小柄な体躯を活かした縦横無尽の攻撃は、素早さに定評のあるステルからのお墨付きだ。
誰にも言っていないのだが、ルナの中にある確かな決意は揺らぐことなく1本の芯として存在し、ルナを支えると共に成長させる。
ルナはたゆまぬ努力のお陰で、騎士団の隊長として勧誘の声が鳴り止まないほどに強くなっていた。
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屋敷の自分の部屋で、ベッドに腰掛けたルナはゆったりとしたワンピースに身を包み、静かに窓の外を眺めていた。
外を見るのは、考え事をする時の癖であり、考え事の内容は自分の胸中に根を張る決意についてだ。
──『いつか慎司の記憶を取り戻す』
寂しげに月を眺めていた慎司の背中を見た夜からの決意。
ルナはその決意を胸に、初めて買ってもらった短剣を握って空を裂く。
風を切る音を残して虚空を素通りした短剣に写る、丸い目玉をルナは覗きこみ、ぼそりと呟いた。
「いつか、必ず……」
──そのためなら、神だって殺してみせる。
そろそろ魔法学校編も終わりです。
次の章では1年が経つことになる予定ですが、空白の1年間については慎司以外の視点で語ろうと思います。




