9.ルナとスキルポイント
挨拶も済んだところで、慎司はルナにシャワーを浴びるように言った。
ルナは少し迷うような素振りを見せたが、奥のシャワー室に入っていった。予め仕立て屋で替えの服を買っておいたので、それを渡すとかなり驚かれた。
その態度で、こちらの世界の奴隷がどれだけ酷い待遇なのかが一瞬で理解出来た。人権など無いに等しいのだろう。
そのことを若干不快に思いながら、慎司はルナを待っている間にソファーに座り魔導書を開く。目当ては回復魔法だ。
慎司はステータスがカンストしているようなので、最上級の魔法で魔力を惜しまなければルナの声帯を治すことも可能だと思ったのだ。
魔導書には基本的な詠唱に始まり、あらゆる状況を想定した効果的な魔法の使用方法が詳細に記されていた。回復魔法について書かれたページを読んでいく。
《回復魔法を習得しました》
1度詠唱を諳んじて、ヒールを発現させてみると簡単にスキルは手に入った。第一段階は終了である。
「さて、これが問題なんだが……」
次に行うのは大量にあるスキルポイントについてだ。
これは正直見られて良いものかわからなかったため、ルナに頼んでシャワー室に行ってもらったのだ。それとは別に、バサバサの髪の毛が気になったというのも理由にあるが、一番の目的はスキルポイントについて弄っているのを見られないようにするためである。
スキルポイントの欄には600という数字。
そこに意識を集中させると、スキルポイントの使用方法を理解することができた。
どうやらスキルポイントを使うことでスキルのレベルを上げることができるらしい。
習得していないスキルを新たに習得することはできないようだが、1度習得するだけで良いと言うのはチートだろう。
取り敢えず回復魔法にスキルポイントを振っていく。レベルは10が最高のようだ。
1つレベルを上げるのにかかるポイントは1ポイント。600という数字が破格に思えてくる。
《回復魔法のレベルが最大になりました》
《称号:聖者を獲得しました》
どうやら称号も獲得してしまったらしい。なんとなく回復効果が上がりそうな称号である。
《回復魔法》は初級のヒール、中級のハイヒール、上級のエクスヒールが個人に対する魔法のようだ。さらに中級からは味方全体を回復することができるヒーリングサークル、状態異常を治すキュア等があるようだ。
スキルレベルを最大まで上げると、スキルによって奥義が習得できるらしい。剣術レベル最大で手に入れた奥義:瞬光一閃がまさしくそうだろう。
《奥義:エンゼルブレスを習得しました》
例に漏れず、回復魔法でも奥義を習得できたようだ。
効果は対象の完全治癒。これなら問題なくルナに声を取り戻すことが出来るだろう。
慎司はルナが出てくるまでの暇つぶしとして魔導書の他のページを読みふけるのだった。
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聞こえていたシャワーの音が止み、少しした後ルナはシャワー室から戻ってきた。
その顔は何やら覚悟を決めたような表情をしている。
慎司はそんな表情を不思議に思いながらも、ルナに目を奪われていた。
バサバサだった髪の毛はツヤを取り戻し、見た感じではとても綺麗になっている。背中から覗く尻尾も、ちゃんと手入れをしたようでふわふわとしている。用意した服もちゃんと着ており、とても似合っていた。
何より少し赤らんだ頬としっとりと濡れた髪の毛が張り付くその妖艶さに、慎司は驚いていた。
確かに可愛らしい少女だとは思っていたが、ここまで美少女だとは思わなかった。
「あ、ああ……おかえり。取り敢えず座って……ソファーに座ってくれ」
少しどもりながらも、ルナに座るように言う。言い直したのは、また床に座ろうとしたからだ。慎司はソファーから立ち上がり、ルナが座れるようにする。
ルナの声が戻った時は、このことについても話さなければ慎司が居心地が悪くなる。
「さて、ルナは声が出ないんだったね。辛い話を思い出させてすまないが……」
慎司は優しくルナに話しかける。
それに対してルナは少し困惑気味だ。思っていた展開との違いに戸惑っているようにも思える。
慎司は言葉を続ける。
「ただ、俺はルナの声が聞きたいと思ってしまった。そこで、俺は俺のために我が儘を通そうと思う。不快に思うかもしれないが、許して欲しい」
真面目な顔をして話す慎司をルナはじっと見つめている。まるでこちらの真意を図ろうとしているようだ。
「目を閉じてくれ」
慎司がそう言うと、ルナは何が起こるか分からない恐怖に怯えながら目を閉じた。ギュッと服の裾を掴んでいることからも、怯えが伝わる。
「大丈夫、痛いことはしないよ」
慎司は言いながら、ゆっくりとルナの頭を撫でる。頭に触れた瞬間体を硬直させたものの、撫でられているうちにルナはだいぶリラックスしたようだ。
「それじゃ、始めるぞ」
そして、慎司は自分の両手に魔力を集め出す。イメージするのは強い慈愛の精神。癒しを施すためのイメージは、魔導書を読んでいる間に固めてある。
体から何かが抜けていくような感覚に歯を食いしばり、魔力を込めていく。
本来なら既に発動のための魔力量に達しているのだが、慎司は効果を高めようとありったけの魔力を注ぎ込む。
「……彼の者に癒しを与えよ、エンゼルブレス」
魔法名を紡ぐ。少しでも効果を高めるため詠唱も行った。
暖かい光がルナを包み、周りをキラキラとした粒子が舞う。
光は数秒間続き、やがて消えた。
「もう目を開けていいよ」
慎司に言われ、ルナがそっと目を開ける。特に変わった様子もない自分の姿を見て不思議そうな顔をしている。
慎司は苦笑しながら、ルナに対して自分の喉を指し示す。
「ルナ、何か話してみてくれないか?」
ルナは意味を理解したのか、驚愕の表情を浮べるとゆっくりと深呼吸をし、喉を震わせた。
魔法は成功したし、手応えもあった。ただ、不安がなかったかと聞かれると嘘になる。
だが、どうやら慎司の心配は杞憂に終わる。
「あ……あぁ!声が、出せます……っ!」
「それは良かった、声が聞けて嬉しいよ、ルナ」
ゆっくりと、確かめるようにルナは声を出す。その声はとても綺麗で澄んでいる。鈴を鳴らすような声は、やがて小さな嗚咽に変わっていった。
「うっ……ひっ、私……わた、しぃ……」
「辛かっただろう?もう安心していいからな。これからは酷いことになんて遭わなくて済むからな。大丈夫だ、俺がついている」
「ご主人様……!ご主人様ぁ!」
体は18歳になったところで、慎司の心は少将であった45歳のままである。
いつかにした様に、自分の胸で泣くルナの頭を撫でる。
ルナが泣きつかれて眠ってしまうまで慎司は優しい手つきで頭を撫で続けてやるのだった。
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寝てしまったルナをベッドに寝かせて布団をかけてやり、慎司はソファーに寝転んだ。
泣きつかれた最中は、少しでも不安を取り除いてやろうと頭を撫でてやったのだが、今更になって羞恥がこみ上げてくる。
「あー……寝よう」
慎司は頭の位置を直し、目を閉じる。
奥義であるエンゼルブレスを使ったからだろうか、心地よい疲れが体を包み、すぐに慎司は深い眠りに誘われた。
意見は色々とあるかもしれないのですが、慎司がパパッと治してしまいました。
ちなみに、回復魔法の最上位であるエンゼルブレスですが、必要な魔力量が桁違いなので、通常の人間では発動できません。
慎司には、魔導王の指輪等のチートアイテムが揃っているため、魔力を込める余裕すらありました。
次は視点を変えてルナのお話を少し書こうと思います。