88.規格外
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──エイブリット陛下と知り合いなのか。
そう問いかけてきたアレンに慎司は首を振って否定の意思を見せる。
確かに慎司はエイブリットと話をしたし、魔族の襲撃から助け出した。
だが、それだけだ。
別に知り合いと言うほどの関係にはなっていないと慎司は思っているし、国の王様を民ではなくとも、ルガランズ王国を拠点にしている慎司が救うのは当然のことだろう。
言うならばそれは、重い荷物を持つ老人を助けたり、泣いている子供に手を差しのべるのと同じ様なものだ。
「いや、知り合いとかじゃないけど……?なんでそんなこと聞くんだ?」
「今朝、父さんが噂で聞いたらしいんだけど、エイブリット陛下が魔族に襲われたらしいんだ」
「えっ!?」
慎司が驚いたのは、『エイブリットが魔族に襲われた事に対して』ではなく、『貴族でもないアレンの父親が、その事件を知っている事に対して』だ。
国の王たる人物が魔族に襲われたとなると、それはかなり異常な事態だ。
戦争中ならば、暗殺といった様に理由が出来上がるが、人間と魔族は戦争以前に目が合ったら殺し合いの合図とでも言わんばかりの犬猿の仲だ。
それなのに、魔族が長い間王城に潜伏するというのは少々無理があるだろう。
アレンもそれは分かっている様で、「だけどな」と言葉を続ける。
「そもそも魔族ってのは人間にあったらすぐに攻撃してくるだろ?そんな奴等が王城に忍び込むなんてことをするとは思えない。普通に考えれば、門から玉座まで皆殺しだろう」
アレンの隣には、いつの間にかエリーゼが立っており、アレンの魔族に対する考察に耳をそばだて、しきりに頷いている。
「まぁ、魔族の考察はどうでもいい。シンジ、お前は一昨日どこで何をしていた?」
「一昨日は……ギルドに行ってエルダーリッチを討伐したな」
「まぁ驚かねえよ。んで、その後は?」
やけにグイグイ質問してくるアレンに気圧されながらも、慎司は質問に答えていく。
「ちょーっと貴族と揉め事を起こしちまったかなぁ……?」
「ああ、ブタさんの事ですわね。それなら正当防衛で無罪でしたわよね?」
「なんで知ってるんだよ……。エリーゼの言う通り、その件は無罪って形になったよ」
アルシェというブタ男は、一応貴族ということで事件として取り上げられたが、慎司の力の一端を見抜いたジスレアによって無罪へと運ばれた。
どうやらエリーゼにもその話は回っているようで、慎司が敢えてぼかして伝えたのにも関わらず、そっくりそのままを暴露されてしまった。
「……んで、その後は?」
「王城に呼ばれて、魔族を倒したな」
「ちなみに、その時は近くにエイブリット陛下がいらっしゃったか?」
「……おう。いらっしゃったぜ?」
アレンはほぼ確信を抱いているようで、慎司に逃げ場のない質問を浴びせかけてくる。
アレンが何を聞き出したいのか、慎司にはサッパリわからないが、別に嘘をついているわけでもないので、淡々と答えていく。
「やっぱり知り合いだろ?」
「いやいや、ただ助けただけだって」
「英雄じゃねぇか!!」
アレンの叫びが慎司の耳を打つ。
まるでコントの様なかけ合いに、クスクスとリプルが笑っているが、そんな事はお構い無しにアレンのボルテージは上がっていく。
「なぁなぁ、その魔族ってどれくらい強いんだ?先生たちより強いか?」
「アレン、魔族はいくら先生たちでもチームを組まなきゃ勝てませんのよ?比べる相手がおかしいですわ」
肩をすくめてやれやれと頭を軽く振るエリーゼ。
ちなみに先生たちはレベルにして平均100を上下するぐらいである。
殆どの先生が魔力、ステータスでいうINTの値が高いのは、魔法学校の先生を務めているからだろう。
「うーん、少なくとも学校長よりは単純な力でいえば強かったな」
学校長のレストアのレベルが200なのに対して、アルバジルのレベルは215だ。
特に、力と素早さに関しては900の大台に乗っていたため、かなりの実力を持っていたことは間違いない。
「学校長より上!?」
「それ、本気で言ってますの?」
「なんと……!」
襲撃した魔族がレストアより上だと慎司が言うと、アレンは驚愕に目を見張り、エリーゼは信じられない様子である。
先程まで会話を聞いていただけのガレアスも遂に反応を示し、リプルは理解が追いつかないのか能面の様な顔になっていた。
「おいおいおいおい、それで?シンジはその魔族をぶっ倒しちまったんだろ?Sランク冒険者ってのはそんなに常識外れなのかよ」
アレンはシンジの顔を見ると、信じられないといった様子で呟く。
(……少し、距離ができたか?)
並外れた力を持つと知ったアレンがどうするのか。
離れていくのか、それとも変わらないのか。
慎司は自分の鼓動がどんどん速くなっていくのを感じながら、アレンの目を見る。
エリーゼとリプルが、心配そうに見てくれているのを目の端に捉えつつ、慎司はアレンの言葉を待つ。
「しっかし……」
視線を外したアレンは、今度は体全体を見てきて、ブツブツと何か言いながら近づいていくる。
そして、真剣な表情で慎司の肩を掴むとこう言った。
「お前、そんな強いですよー!って見た目じゃないのになぁ?不思議なもんだぜ」
からっとした態度のアレンに、慎司は脱力してしまう。
やはり、慎司は恐れすぎているのだ。自分が化け物と遠ざけられ、忌避されることを。
心の中で安堵する慎司に、エリーゼとリプルがほほ笑みかけてくる。
(2人とも、最初っから怖くないって言ってくれてたしな。ガイアスはどう思ってるんだろう?さっきから黙っているけど)
学校の中でまた1人理解者とも呼べる友人が増えたことを喜ぶ慎司は、ふと黙り込んでいるガレアスが気になった。
もしかしたら、話を聞いていくうちに慎司の異常さに気づいたのだろうか。
そんな心配をしている慎司を他所に、アレンがガレアスに話しかける。
「なぁー、ガレアスもそう思わね?シンジ絶対強くは見えないよなー?」
「ああ、学校長でも適わないような魔族に勝てるようには見えないな……Sランクともなるとこうも違うものなんだな。凄いと思う」
どうやらガレアスが黙っていたのは言葉を飲み込むのに時間がかかっていたためらしく、慎司は凄いと言われて頬が緩むのを感じた。
「凄いって、俺のは……その、俺だけの力じゃないしな。本当に凄いのは武器の方だよ」
謙遜しようと武器を引き合いに出した慎司だったが、うっかり口を滑らせてしまったことに気づく。
魔剣のことは隠していたのだ。
案の定、武器に興味を示したアレンが詰め寄ってくる。
「武器!?武器ってなんだよ!まさか魔剣とかか?」
「アレン、いくらシンジがSランク冒険者だとしても、流石に魔剣は持ってないですわよ」
「いやいや、もしかしたら魔剣と契約してたりするかもしれないだろ?……ま、ありえねぇ話だけどな!」
冗談として魔剣を例に出したアレンの言葉を、エリーゼが鼻で笑って切り捨てる。
ガレアスも同じ意見のようで、2人の話に肩をすくめて見せる。
リプルは魔剣と聞いて何を思ったのか、勢いよく首を横に振る。
「魔剣なんて!ない、ないですよ!魔剣はどこにあるかすら分からないような稀少なものなんですから!」
「その通りだな、リプル。俺もいくらシンジとは言え魔剣は持っていないと思うぞ、アレン」
「えー?そうかねぇ?」
慎司の知らないところで、魔剣の価値についての議論が白熱していく。
その様子を慎司は青い顔で眺めていることしか出来ない。
(ま、魔剣ってそんなに稀少なものなのかよ!迷宮で発見されたりとかしないの!?)
慎司が戦慄し、体を固まらせていると、アルテマが魔剣についての知識を提供してくる。
『そもそも魔剣とは、魔法のような効果を持つ剣のことを指して言うのですが、現在は魔法剣と呼称されています。アレンたちの言う魔剣とはつまり聖なる剣、聖剣と対となる存在のことです。そのため、この世界には極小数しか存在しておらず、その効果も絶大なものが多いです』
やいのやいのと議論を交わす4人を思考の外に追いやり、頭の中で魔剣について整理していく。
(魔法剣と魔剣はそんなに違うものなのか?)
『はい、例えば魔法剣の場合では付与された効果は1つが限度です。火を出す、雷を纏わせる、風の刃を飛ばせる等が代表的ですね。しかし、魔剣となると話は違います。付与された効果に基本的には限度はなく、その効果も高いものが多いです。私の場合は、魔力の吸収と放出、実体化と自動防衛ですね』
長台詞を一息で、と言っても頭の中でだが、言い終えたアルテマは、なんとなく誇らしげな雰囲気を醸し出している。
恐らく、自分が優れた剣であることを誇示できて嬉しいのだろう。
思っていたよりも強力だったアルテマに冷や汗を流しながら慎司はアレンたちに武器を見せることにする。
そうしないと、いつまで経っても議論を続けそうだったのだ。
「ほら、アレン。これが俺の武器だよ」
そう言って慎司は虚空からアルテマを掴んで取り出す。
形状はいつもと同じ、両刃の片手剣サイズだ。
何の気なしに取り出した訳だが、虚空から剣を取り出すというのはなかなかに刺激的な光景である。
更にいえば、現在慎司がいるのは教室。
剥き出しの剣を取り出す場所には似つかわしくない。
「おい、流石にやばいだろ。しまえしまえ……!」
「ここは教室ですわよ!?何してるんですの……!」
「俺が体で隠すから早くしまえ……!」
「あわ、あわわ。剣はダメですよ……」
一気に慌て出す4人に押され、慎司はすぐにアルテマをしまう。
どこかへと瞬時に消えるアルテマを見てアレンたちが取り出した時同様目を見開くが、慎司はそれに気づかない。
「いや、ごめんごめん。すっかり忘れてたわ」
「先生が来てたら危なかったな……、気をつけろよ」
「ああ、わかったよ」
魔剣の想像以上の価値にパンクしていた頭で軽率な行動をしてしまったと、慎司は深く反省するのだった。




