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85.少年


 バルドは目の前を歩くリリアという使用人と、自分の後ろについてくる年下のラスティのことを考えていた。


 まず、前を歩く栗色の髪の毛が美しいリリアという使用人。

 自分を買ってくれたシンジ様の屋敷で働く使用人であり、美味しい料理を作ってくれた人である。


(これから僕たちはどうなるんだろう?さっきまでの待遇はまるで奴隷に与えるものじゃない。僕が聞いた話では、奴隷に人権なんて無いに等しく、食事を与えられれば万歳といった具合だった)


 バルドが奴隷として売られたのは2年前。

 村の口減らしとして売られたバルドは、申し訳なさそうな顔をしながらも、豪勢な食事を振舞ってくれた両親のことを思い出した。


(あの時母さんたちは僕を奴隷として売るのに良心の呵責(かしゃく)があったんだろう。それで、僕にあんな食事をだしてきた。それこそ、これが最後の食事になるとでもいわんばかりに……つまりは、そういうことなのか?)


 バルドの両親は、奴隷として売る未来が待つバルドに、最後の食事として豪勢なものをだした。

 そして、シンジ様もまた豪勢な食事をだしてきた。

 これはやはり、案内される部屋で何か悲惨な未来が、もしくは凄惨な仕打ちが待っているのだろう。


 バルドは慎司に褒められた回転の早い頭で、ぐるぐると思考する。

 リリアを欺く方法、ラスティの無事の確保、現状の打破。


(くそ!ラスティだけでも逃がさないと……でも首輪は嵌められてしまっているし……お願いしてみるか?僕が変わりになればラスティは助けられる?)


 する必要の無い心配事をしながら、バルドは押し黙ってリリアについていく。

 階段をあがり、数ある部屋を通り過ぎて、ついにリリアが立ち止まる。


「ここがバルド君とラスティ君の部屋ですよ。鍵はこれですね。部屋にはクローゼットがありますから、その中のお洋服なら好きにしていいそうです」


 つらつらと説明するリリアの言葉に、バルドは少しだけ考えを改めていく。

 もしかしたら、シンジ様は本当に好待遇を善意で与えてくれているのかもしれない。

 だが、どうしても売られる直前の両親の顔が脳裏にチラついてしまう。


「あ、あの……!」

「はい、なんですか?」


 だから、バルドはついリリアを呼び止めてしまった。

 奴隷だからといって見下さず、好意的な態度で接してくれているリリアなら、これからする質問に答えてくれるかもしれない。そう思ったのだ。


「……シンジ様は、本当に僕たちに酷いことはしないのでしょうか?」

「ほえ?旦那様がバルド君たちに酷いことをする?……どうしてそう思ったんですか?」


 視線を床に固定したまま質問するバルドに、リリアは意外そうな顔をして聞き返す。


「それは……あの。僕が売られた時にも、豪華な食事を出されたから、今回もそうなのかと、思っちゃって……」


 拳をギュッと握りしめて話すバルドを、リリアは優しい目で見つめる。

 リリアとて、奴隷がどのような扱いを受けるかなんてことは当然知っている。

 当たり前のように(しいた)げられ、(なぶ)られ、尊厳を踏み(にじ)られる。

 奴隷を殺すことはできないが、食事を与えないようにすることは簡単にできるし、睡眠を与えずに働かせることも可能だ。

 表面上は殺せないようになっていても、奴隷として買われるということは、つまり絶望しか待っていないということと同義なのだ。


 そんな境遇でも、ラスティやニア、リフレットは溌剌(はつらつ)とした様子だったが、バルドだけは違うようだ。

 リリアはスカートを折り畳んでしゃがみ込み、バルドと目線を同じぐらいまでさげると、震える拳に手を添えてやる。


「バルド君、きっと不安だったんですね。でも大丈夫ですよ。旦那様はとってもお優しい方です。まだ過ごした時間は少ないですけれど、私はそう思います。それに、旦那様はルナさんとコルサリアさんの2人の奴隷をお持ちでしたが、お2人とも旦那様を愛しているようです」

「奴隷、なのに……?」


 バルドには、リリアの言葉の意味がまったく分からなかった。


(奴隷ってそんなに明るいものなのか……?僕はそんないい主人に買ってもらえたのだろうか?)


 少なくとも、目の前にいるリリアが嘘をついているようには思えない。

 そう思ったバルドは、緊張で固まっていた体を弛緩させるのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 リリアから鍵を受け取り、 バルドとラスティは用意された部屋に入る。

 ドアを開けると、目に入るのは大きな窓。

 そして、バルドとラスティの分であろう、2つのベッド。

 リリアが言っていた通りに部屋にはクローゼットがあり、好奇心からクローゼットを開けてみると、仕立てのいい服が何着か掛けられていた。


「バルドくん!これ凄いよ!」

「うん、リリアさんの言葉は嘘じゃないみたいだね。これ、すっごくいい服だよ……」


 クローゼットにはまるで貴族が着るような服が何着も入っており、手に取ってみたバルドは、村では見たこともない服を前にして興奮を隠せずにいた。

 それはラスティも同じようで、1着の服を手に取ると、広げて興味深そうに眺めている。


「ラスティ、もしかしたら僕たちは凄まじい人に買われたのかもしれないね」

「……うん、すっごいお金持ちだし、優しいし、オーナーが言ってたみたいな酷い人じゃなくて安心したよ」


 ラスティの言葉に、バルドも頷く。


「リリアさんの話だと、先輩奴隷もいるみたいだし、明日は挨拶回りなんかするのかな?」

「ははは、そうかもね。優しい人だといいなぁ……」

「優しい人なことを祈ろう。てか、シンジ様と一緒にいた金狐族の人がそうじゃないかな?」


 胸の前で手を組み合わせるラスティに、バルドは慎司の隣にいたルナのことを思い出した。


「シンジ様は奴隷を持ってるんだし、人族の奴隷ってそんなにいないよね?……てことは、恐らくあの人がそうなんだと思う」

「あ、そっか!すっごい可愛い人だったよね、あの人。髪の毛とかすっごくサラサラしてそうだったもん」


 ラスティは目を細めて、記憶の中のルナを褒める。

 バルドも同じ思いを抱いていたため、ラスティに同調する。


「それに凄く仲良かったよね。あの人が奴隷なんだったら、シンジ様はかなりいい人だよ。普通は奴隷が自分から近づいたりしないはずだからね」

「バルドくんて物知りだよねー、凄いや」


 自分の考えを伝えていくバルドだったが、まさか物知りと言われるとは思っておらず、ラスティの目をまじまじと見てしまう。


「僕が物知り?」

「うん、だってバルドくんって奴隷についてもよく知ってるみたいだし、服を見ただけですぐに金持ちの人だー!なんて見破ってたし!」

「それだけで?」

「それだけで十分だよ。少なくとも、僕はそう思ったんだから」


 ニカッと笑ってサムズアップするラスティ。

 バルドはつい吹き出してしまった。


「ぷっ!なんだよそれ」

「あはは、僕にもよく分かんないや」


 照れくさそうに頭をかくラスティは、すぐに顔をそらしてベッドに飛び込んだ。

 恥ずかしさから枕に顔を埋めて「うー、うー」と唸っているラスティだったが、次第に静かになっていき、遂には黙りこくる。


「……ラスティ?」


 バルドが心配になって名前を呼ぶと、ラスティは急に投げ出していた体を起こすと、物凄い形相でバルドに口を開いた。


「バルドくん、このベッド……すっごいフカフカだよ!」

「……え?」

「これは、ダメになるベッドだよ……」


 幸せそうに顔を綻ばせて語るラスティを見て、バルドは苦笑しながら自分もベッドにダイブするのだった。

バルド君しっかりし過ぎ……

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