83.奴隷を買おう
朝食を食べ終わると、慎司はルナを連れて家を出た。
目的地は奴隷商で、奴隷商がある位置はリリアに既に聞いている。
「ご主人様、アリスちゃんに護衛をつけるのは分かりましたけど、なんで奴隷なんですか?ご主人様なら召喚魔法でぱぱーっと召喚すればいいじゃないですか」
奴隷商への道すがら、ルナが慎司に質問する。
「最初は俺もそう考えたんだけどな。アリスは何だかんだで同じぐらいの歳の友達とかいないだろ?」
ランカンから王都に来る途中でコルサリアとアリスを拾ったわけだが、それからずっとアリスはグランや慎司たち大人と遊んでいる。
そうなると、子供のうちに経験する喧嘩や仲直りといった事を経験せずに大人になることになる。
大人になってからでは遅いのだ。
「まぁそんなわけで、アリスに同じぐらいの歳の友人としても奴隷を買うことになるわけだ。俺の召喚魔法では子供でもアホみたいな力を持つことになるからな」
「あー、子供を呼び出したら確かに危ないですね……」
「だろ?そういうことだよ」
物事の分別がつかない子供が魔族を倒し得る力を振るうことを想像し、ルナが顔を歪める。
「奴隷ならそういう心配は少ないし、昨日呼び出したライアンたちに指導してもらえば滅多なことにはならないだろ。……と考えたわけだ」
「ご主人様もちゃんと考えてるんですねぇ……」
「おいそれどういう意味だ?」
ハッとして口を手で押さえるルナ。
随分と失礼な物言いに慎司は片眉をピクピクとさせて半眼でルナを睨みつける。
「まるで俺が考えなしみたいな言い方だなぁ?」
慎司はゆっくりとルナに近づき、その頬を両手で摘む。
「いふぁいいふぁい!ごひゅじんひゃまいふぁいでふ!」
むにむにと柔らかい頬を伸ばして引っ張る。
もちもちとした弾力がどうにもクセになってしまい、慎司は夢中で弄ぶ。
「いーふぁーい!やめへ!やめへ!」
「おっとすまん。まぁ自業自得だと思う」
10秒ほど引っ張りまわしていると、ルナが涙目になってきたため、慎司は手を離してやる。
自分の失言が招いた事態だというのに、涙目になって恨めしそうに見てくるルナを見ていると、慎司のなかに罪悪感が生まれる。
「うっ、悪かったよやりすぎた」
「……うー」
頬を押さえてわざとらしく「痛いよー」などと言うルナを適当にあしらい、慎司は歩き出す。
少しだけ、ほんの少しだけルナとのやり取りが懐かしいと思ったのは、気のせいだと思うことにした。
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奴隷商があるのは、大通りから1本裏に入ったところだった。
リリアに聞いた場所には、周りとは違い、いかにもな感じの強面の男が立っていた。
ビクリとしたルナが慎司の服の裾を軽く掴んでくるのを感じて苦笑しながら、男に話しかける。
「あー、すいません。ここで奴隷を売ってくれるってことで間違いないか?」
慎司よりも身長の高い強面の男は、ただでさえ怖い顔で睨みつけてくる。
もしかしたら目つきが悪いだけかもしれないのだが、少なくとも慎司には睨んできたように思えた。
「ああ、そうだ。……予算はどれくらいなんだ?冷やかしは追い返すように言われてるのでな」
男はぶっきらぼうに言うと、慎司の身なりをジロジロと舐めまわすように見てくる。
男は店員などではなく、雇われただけの用心棒の様なもののようで、その言葉遣いはとても客に対してするものではない。
その態度を少しだけ不満に思いながらも、初顔にへりくだれというのも理不尽だと思い、慎司は心を押し殺してルナの方を見る。
「そうだなぁ。ルナ、どれくらいなら出していいんだ?」
「うーん、これぐらいですかね?」
ルナは指を3本立てて見せる。
「3枚?」
流石に少なすぎやしないかと思って慎司が聞くと、ルナは首を振る。
「いいえ、300枚です」
「なっ!」
ルナの言葉に、黙っていた男が目を見開く。
奴隷の相場は、平均して金貨50枚程度だ。ルナの様に買い手がつかないような状態だと売るために極端に安くなることがあるが、それでも金貨を使うのは確実だ。
逆に上限はなく、美しく強い女の奴隷なんかは金貨100枚などゆうに超える。
金貨300枚と言うルナの言葉に男が驚くのも無理はない。
「予算は金貨300枚だ。冷やかしじゃないぜ」
「はっ!先程までの物言い大変申し訳ありませんでした。直ちに案内させて頂きます!」
慎司の示した予算を聞き、急に態度を変える男に複雑な思いを抱きつつ案内に従って開かれたドアをくぐる。
外観とは違い、内装はかなり凝っているようで、見る者を圧倒する派手さがある。
ルナを引き連れて男について行くと、1つの部屋に通された。
オーナーを呼んでくるとのことで、強面の男はすぐに出ていった。
「思ったよりもしっかりしてるな、ここ」
「そうですね、私がいたとこよりも内装が派手な気がします」
部屋を見回しながらルナが言う。
2人が座っているソファーはふかふかとしていて、テーブルを挟んだ向かい側には同じようなタイプのソファーが置いてある。
ソファーには余裕があるのに何故か体を密着させてくるルナを不思議に思いながらオーナーを待つこと3分。
腹が少々前に出ている脂ぎった顔の男が部屋に入ってきた。
男は部屋に入るなりそそくさと慎司たちの対面のソファーに座り、ぺこりとお辞儀をしてくる。
「お待たせいたしました。私が当店でオーナーを務めております、ネイヴァンと申します」
「……シンジです。こっちは一応奴隷のルナです」
ネイヴァンの挨拶に慎司も挨拶を返す。
面倒を避けるためにルナを奴隷と紹介したが、家族のように思っている慎司からすればあまりいい気はしなかった。
「さて、まずはお客様かお求めの奴隷の条件をお教え頂いて宜しいでしょうか?」
ネイヴァンの言葉に、慎司は子供の奴隷であること、男女は関係ないこと、性格に難があるのは除いてほしいことの3つの条件を伝えた。
ネイヴァンはすぐに頷くと、後ろに控えていた男に目配せをする。
「それではこちらへ連れてまいりますので、こちらでもお飲みになられてお待ちください」
慎司にはなにか分からないが、とてもいい香りのする飲み物を差し出される。
念のため鑑定で確認して毒が入っていないと分かったため、慎司は口をつける。
紅茶のような味わいが口に広がり、素直に美味しいと慎司は感動した。
「お、うま……」
「良さがお分かりですか?それは結構高級な品でしてね。取り寄せるのに苦労したんですよ……」
どうでもいい苦労話を聞かされながら美味い紅茶を飲んでいると、準備が整ったようで部屋に子供の奴隷が運ばれてきた。
どちらかというと女の子の方が多いのはやはり需要の問題だろうか。
世の中変態はいるところにはいるのだ。
「さて、シンジ様。ご自由にご覧になってくださって構いませんが、お手は触れないようにお願い致します」
「ん、わかった」
慎司はソファーから立ち上がり、子供たちを見て回る。
ついでに鑑定も使って大まかな情報を把握していくことも忘れない。
なかなか能力の高い者もいれば、あまり高くない者も混在している。
(前から不思議に思っていたが、自分のスキルや称号は確認できても、他人のスキルや称号は確認できないのは何故なのだろうか)
謎仕様の鑑定に不満をたれながら慎司は奴隷たちを選んでいく。
一先ずは奴隷を絞ると、慎司はソファーに戻ってルナに確認をとる。
「あの赤髪の子と、白髪の子、それにあっちの子とその隣の子が良いと思うんだけど、どう?」
「……んー、問題はないんじゃないですかね。みんな悪い子には見えません」
ルナは少し考えると、真剣な顔で慎司に返してくる。
ルナの目から見ても問題はないとのことで、慎司はその4人を残して奴隷を下げてもらった。
「ネイヴァンさん、4人と軽く話してみてもいいですかね?」
「ええ、構いませんよ」
慎司はネイヴァンの了承を得ると、残ってもらった4人に近づく。
赤毛の子と白髪の子が男で、亜麻色の髪の毛の子と青髪の子が女だ。
慎司は4人の前でしゃがみ、目線を合わせる。
「君たちと同じぐらいの歳の娘がいるんだが、友達になってくれるか?」
と、直球で聞いてみれば──
「はい!」と凄まじい勢いで首を縦に振る。
慎司はその必死さに驚きながらも、素直そうでいいことだとほくそ笑む。
「ネイヴァンさん、それじゃあこの4人を買います。どれくらいになりますか?」
慎司が再びソファーに戻って値段を聞くと、ネイヴァンは一瞬だけ慎司の格好を見て、その後ルナを見てから、金額を提示してくる。
「そうですねぇ……4人も買って頂けるのですし、合わせて金貨250枚といった所でしょうか」
「内訳を聞いても?」
「ええ、男の奴隷が50枚ずつで、女の奴隷が75枚ずつと言ったところですかね」
実に平均的な値段のため、慎司はネイヴァンを鋭い目で見る。
提示した予算ギリギリを攻めるわけでもなく、至って普通の値段で売ろうとするネイヴァンの魂胆が慎司には分かりかねたのだ。
(……もっとふっかけてくるかと思ったが、実に普通の売買だな。理想的とも言える)
色々と可能性を考えるが、結局のところ安く買えるのならば文句はないと、慎司はその値段に頷いた。
「わかりました。ではその値段で買いましょう」
「ありがとうございます。お支払いはこちらにお願い致します」
慎司はアイテムボックスの中に入れておいた金貨を取り出し、差し出されたトレイに積み上げる。
どうやらトレイは魔道具らしく、積み上げられた金貨は5秒ほどで数えられた。
「はい、確かに金貨250枚頂きました。それではこちらに魔力を少々お願いしてもよろしいですか?」
「わかった」
4つの首輪に魔力を込めると、ネイヴァンが奴隷たちに順に嵌めていく。
4人全員に首輪が嵌められると、ネイヴァンは慎司を見てお辞儀をする。
「本日は当店をご利用いただきありがとうございました。よろしければ今後ともご贔屓にしてくだされば、と思います」
ネイヴァンの妙に粘ついた笑みを最後に、慎司は奴隷商を後にするのだった。




