82.ご奉仕
召喚魔法を使った日の夜。
慎司は昼間、リリアに案内された自身の部屋にいた。
慎司1人にしては大きすぎるベッドに大の字になって寝転がり、瞼を閉じてこれからの事について考えていた。
急激に上昇したステータス、手に入れた莫大な資金、増える同居人。
激動とは言えないものの、それなりに普通とはかけ離れた人生である。
例えばステータス。
この世界の人間にとっての恐怖の象徴でもある魔族、その魔族でさえ慎司にとっては数いる雑魚敵の1人だ。
ステータスが3桁の敵が、今や4桁の慎司に勝てる道理はない。
冒険者の中には、魔族と渡り合える人物もいるのだろうが、それを考慮した所で慎司の異常な強さの説明にはならない。
正直、慎司はかなり力を持て余していた。
次に資金。成り行き上王族への反乱を防いだ上に犯人であった魔族を倒した。さらに王女を体を張って守ったこともあり、短期間でかなりの資金を得ることになった。
屋敷の大きさはかなりのもので、慎司たち24名を収容して尚部屋数に余りがある。
内装についても、リリア含む使用人たちが丁寧に掃除や手入れをしてくれるため常に清潔で綺麗な状態が保たれている。
例えば廊下に飾られた絵画。
何かの花が描かれたものもあれば、風景を切り取った様な絵もある。
人をモチーフにした物がないのは、アルテオ元伯爵が魔族であったことに関係があるのだろう。
他にも、高価そうな壺や扉に施された精緻な模様。
慎司にはあまり価値が分からないものだらけだが、とにかく高級なことだけはわかる。
できるだけ壊さないようにと思うのには、それで十分だった。
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夜更けと呼ぶには少し早い時間。
そろそろ寝ようかと慎司がベッドに潜り込んでから少しすると、控えめにドアがノックされる音がした。
「どうぞ、開いてるよ」
慎司がそう言うと、「失礼します」と言って誰かが部屋に入ってくる。
その声は随分と慣れ親しんだもので、すぐにルナだと分かる。
暗い部屋の中を進んでくるルナの気配を感じて、慎司は部屋の照明をつける。
つけたのは部屋の天井につけられた物ではなく、枕元にある小さなランプのような物で、部屋全体ではなくベッドの周辺を夕闇色に照らし出す。
「あっ、ご主人様……明かりつけちゃうんですか?」
「嫌だった?」
足元が淡く照らされるぐらいの距離で、ルナは立ち止まってしまう。
白いソックスを履いているルナの膝下までしか見えないため、その表情は見えないが、声色から恥ずかしがっていることがわかる。
慎司の問いかけに、ルナは少し迷いを見せたが、すぐにこちらへ歩き出す。
徐々に露になっていくルナの格好。
足元は白いソックス、そして控えめなフリルのあしらわれた黒のスカートに白いエプロン。
所謂メイド服だ。
ただ、機能性を重視した伝統的な姿をとるリリアとは違い、ルナが着ているのは装飾や華美さを重視した姿だ。
「……なんでメイド服?」
「ご主人にご奉仕しようかと思いまして!」
「……え?」
主張の乏しい胸を張り、ルナはふさふさとした耳をピコピコ動かしてそう言った。
『ご奉仕』と言われても、慎司にはあまりピンと来ない。何故なら今は特に困っていることはないし、お腹も減っていなければ風呂に入っていないわけでもない。
(……メイド服を着たルナは可愛い。とてつもなく可愛い。しかし、後はもう寝るだけなんだ……もっと早くに来てくれなかっただろうか?)
明らかに見当違いの事を考えている慎司の前で、恥ずかしそうにもじもじと股を擦り合わせるルナ。
朱に染まる頬、やや潤んだ瞳、震える睫毛。そんな顔で上目遣いに見つめられれば同性愛者でない場合はときめいてしまうだろう。
無論、慎司も心を射抜かれた。
「ご主人様、意味、分かってます……?」
体の前で手を組むルナが、慎司の瞳を覗き込んでくる。
肩から零れた金髪がランプに照らされキラキラと光る。
ベッドに腰掛ける慎司よりも、低い目線のルナに聞かれて慎司は何も言えなかった。
「何か言ってくれないと困ります……」
「あ、ああ。ご奉仕、だっけ?今は特に困ってることはないんだけど」
慎司の言葉に、ルナは頬をぷくーっと膨らませた。
体の前で組んでいた手を腰に当て、怒ってますとばかりに尻尾がピンと立っている。
(やべ、何か変なこと言ったか……?)
慌てて慎司が何か言おうとするよりも、ルナの行動のほうが早かった。
「なんで急に鈍感になるんですかっ!……もう、えいっ」
油断していたところを、両肩を押されて慎司はベッドに倒れ込んでしまう。
ぽふっという柔らかな音とともに体が沈み、同時に腰に違和感を感じる。
(まさか!ご奉仕って……!)
慎司が漸くルナの意図を掴んだ時には、既に手遅れで、勢いよく体を起こした慎司の眼下に広がるのは、尻尾を物凄い勢いで振り、ペタンと所謂女の子座りをして慎司のズボンに手をかけるルナの姿だった。
「お、おい……ルナ?」
「えへへ」
ふにゃりとした笑顔を浮かべ、ルナは一気にズボンをずり下ろす。
100点満点の笑顔で、ルナは慎司を見つめ──
「ご奉仕、しますね……」
『ご奉仕』を始めるのだった。
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翌朝、右腕に柔らかい感触を覚えながら慎司は目を覚ました。
口を大きく開けて欠伸をしながら、隣でスヤスヤと眠るルナを見ると、昨晩の行為を思い出しそうになる。
(いやぁ、実に激しかった……)
段々と高ぶりそうになる心をなんとか鎮めて、慎司はルナの絹のような髪の毛を手で軽く梳くとベッドから出る。
朝日がまだ上りきっていない時間帯、慎司は適当なシャツとズボンに着替えて身支度を整える。
「どうしてもこの時間に起きちまうなー」
どうしてか目が覚めてしまう自分の体に軽くボヤきつつ、慎司は毎日の様に行っているトレーニングを始める。
魔力で作った光球を動かし、指の周りを回したり、部屋を飛び回らせる。
最近では何の気なしにできるようになってきたが、始めた頃はかなり集中して指の周りを動かすのがやっとだった。
そう思えば、かなり上達しているだろう。
ビュンビュンと光球を飛び回らせている内に、じんわりと汗をかいてくる。
慣れてきたとはいえ、それなりに集中力を必要とするトレーニングだ。
適度に汗をかいたところで慎司は切り上げた。
「はぁ……こんなところか。そろそろルナも起きるだろうしな」
気づけば朝日が窓から差し込み部屋の中を照らして、陽光の中でルナが身じろぎしている。
ベッドで眠るルナの近くに寄り、目を覚ますのを静かに待つ。
「ん、んん……ふぁ」
「起きたか?おはようルナ」
「……おふぁようごひゃいまふ……」
目をぐしぐしと擦り、ルナは寝ぼけ眼のまま起き上がる。
ただ、ご奉仕をしてもらった後はそのまま2回戦に突入して、メイド服もその時に脱がせたためルナは裸だ。
何一つ隠されることなく曝け出された肢体を眺め、慎司は黙って顔を背けながら適当な服を差し出す。
「え?……あっ」
「まぁ、そういうことだ。早く着替えろ」
「うぅ、はいぃ……」
状況を理解したルナは慎司の差し出す服を受け取り、いそいそと服を着る。
ごそごそとした気配が途絶えたのを感じて、慎司は欠伸を1つすると、立ち上がってルナに手を差し出した。
「ほら、もうリリアたちが朝飯を作り始めてる。下に行って顔を洗おうぜ」
「はいっ」
魔力感知でリリアたち使用人が厨房にいるのはわかっている。
慎司はルナの裸の事など気にしてないとでもいう雰囲気で手をとると、スタスタと歩き出す。
愛おしそうに握った手を見つめるルナの瞳の奥に、少しだけ不満があることに慎司は気づかなかった。




