80.召喚魔法、再び
リリアは食事の準備をするとのことでキッチンへ、それに加えて手伝いを申し出たコルサリアが続くようにキッチンに向かう。
その後残されたアリスと遊ぶためにルナが大部屋に向かったため、現在慎司は本格的に一人ぼっちであった。
「まぁ、一人の方が都合がいいしな」
慎司は庭に出て、召喚魔法を発動しようとしていた。
前にいた家を守らせるために召喚したグランとステルだが、ステルが自由に動けるのに対してグランは家の敷地から出ることが出来ない。
そのため、慎司は一旦召喚の効果を打ち消してもう一度召喚をし直そうとしたのだ。
(まてよ。もしかして召喚し直したら他の奴が出てきたりするのか?)
慎司はそう考えると、簡単には召喚の効果の打ち消しができないと思う。
ただ、前にレイシアから教えてもらったように、魔法に大切なのはイメージだ。
魔法の効果を鮮明にイメージし、それに足りうる魔力量があれば魔法は望んだ通りに発現する。
そうでなければ大規模魔法では味方を巻き込むことになる。
(困ったら聞いてみるのもアリだしな)
いざとなったら呼び出される本人たちに聞けば問題はないだろう。
それに、何故だか戦闘関係なら大抵のことに答えてくれるアルテマもいる。
慎司はそう考えてまずは召喚魔法の効果を打ち消すことをステルに伝える。
「ステル、いるか?」
「──ここに」
「やっぱりいるのね。今からこの屋敷にグランを移したいから召喚魔法をやり直そうと思うんだけど、もう一回グランやステルを召喚するのってできるか?」
突然虚空から現れるステルに慌てることなく慎司は考えを伝えていく。
ステルは慎司の言葉に一瞬の沈黙の後、小さく頷いて見せた。
「可能です。我が主よ」
「おお、できるのね。グランやステルをイメージすればいいのか?」
「はい、それで問題ないでしょう。そもそも召喚魔法では、召喚者の希望に沿うようにして我々は選ばれます。主が望めばその願いに応じて我々が再び主の元に馳せ参じることは容易であるでしょう」
「ほほー、召喚のシステムってそんなもんなのか」
召喚魔法にやたらと詳しいステルに若干気圧されつつも、慎司は召喚魔法について理解を深めていく。
「んじゃやるか。えーっと召喚魔法の効果をまずは消して……」
そう言いながら慎司が召喚魔法に回していた魔力を切ると、目の前に控えていたステルが光の粒子となって消える。
少し寂しい思いがあるが、すぐに会えると分かっているため慎司は胸の中に落ちる寂寥感に目をつぶり、もう一度召喚魔法を使おうとした。
「待ってください、シンジ」
「うおおお!?ビックリするから急に出てくるなよ!」
召喚魔法を使おうとイメージを練ろうとした時だった。
突然藍色に光る粒子と共に現れたアルテマに慎司は心底驚いた。
「すみませんシンジ。しかし、提案があったもので」
「いやまぁ、いいんだけどさ。んで、提案ってのはなんだ?」
以前よりも感情を見せるようになったアルテマは、申し訳なさそうな顔をしながら提案について話し出す。
「はい、現在シンジは魔力量が膨大となっていますよね?」
「おう、10倍じゃ効かないぐらいにな」
「ええ、知ってます。そして、シンジは今アリスの護衛についても考えているのですよね?」
「まぁな。流石に一人は心配だ」
アルテマは感情がほんの少しだけ伺える声色で淡々と言葉を重ねる。
「ちなみにシンジ。現在屋敷で働く人の数は何人ですか?」
「リリアだけだな。一人だ」
「それではこの大きな屋敷は回りません。よって、私は有り余る魔力を使って屋敷で働かせる人員を、そして購入した奴隷を育てるための指導者足るものを召喚することを提案します」
よく目を凝らして注視すればわかるぐらいだが、微妙にドヤ顔をするアルテマ。
その言葉に慎司は深く頷く。
「……確かにアルテマの言う通りだな。リリアだけじゃ屋敷は回らないだろうしな、人員は必要だな」
「更に言わせてもらえば、人員はリリアの仕事を奪わないためにも多くしすぎないようにすると良いでしょう」
アルテマの言葉の真意は、リリアの特殊な体質に起因する。
リリアは使用人としての仕事ぶりには何の問題もないのだが、それ以外のことをやらせると軒並み失敗してしまうらしいのだ。
ウェイトレスをやれば皿を割り、清掃員になれば水をぶちまけ、土木作業は単純に力が足りない。
そうなると使用人になるしかなく、リリアの仕事を奪ってしまえば役立たずとなってしまう。
仕事を減ってラッキー、等と考えれるほどリリアは性格がおめでたくない。
良くも悪くも生真面目なリリアは役立たずとなれば屋敷をでていくだろう。
それは慎司も望むところではない。
「そうだな。んじゃ、召喚の条件はグランとステル、そして屋敷の使用人に、奴隷の指導者だな」
「そんな所ではないでしょうか。魔力は最大値の半分程度を注ぎ込んでも余裕ですね。恐らく全力でも何の問題もないですよ」
「全力でやったらこの屋敷だけで国に匹敵する力を持ちそうで怖いから……」
魔力の最大値が9999の時でさえ全力を使えばレベル150を悠に越えたのだ。
最大値が99999の今で全力を出せばカンストするに決まっている。
(流石に全力を出すのは不味いか……?いやでも、躊躇って後悔するのは嫌だからなぁ)
「やらずに後悔は嫌なんで全力だな」
慎司は結局全ての魔力を注ぎ込むことにして、全力で召喚魔法を発動した。
広い庭に描かれる複雑な魔法陣。
その半径は5メートル程だろうか、中心に向かうにつれて模様が凝っていく魔法陣は淡く光り、なんと3重に展開された。
「やりすぎです、シンジ……」
慎司の後ろにいるアルテマから、呆れの声が聞こえたような気がするが、慎司は聞こえなかったことにした。
発動した本人でさえ驚いているのだ。
(まって。ちょっとまって。なんで3重になってんの!?今までこんな事無かっただろぉ!)
慎司の焦りとは関係なく、指定された条件を元に次々と魔法陣から人が現れる。
最初に現れたのはグランとステルだ。二人ともが揃って前に出ると、慎司の前に跪く。
グランの騎士を彷彿とさせる鎧は見るからに硬そうであり、竜の牙すら拒みそうだ。腰に佩いている剣の鋭さは素人が見ても業物だと思わせる程だ。
隣のステルは軽装なのだが纏う雰囲気がガラリと変わり、隠し持つ暗器の数は慎司ですら分からない。
「おいおい、すげぇ強化されてんだけど?」
「シンジ、まだ出てきますよ」
先に出てきた二人で既にお腹いっぱいの慎司だったが、次に出てきたのはメイド服に身を包んだ女性だった。
赤毛や青髪、果ては白髪まで色とりどりの12人のメイドが静かに整列し、呼吸を合わせて礼をする。
ビシッと揃った12人のメイドたちは正直髪の色からして色鉛筆にしか見えない。
「なぁアルテマ……色鉛筆みたいじゃね?」
「いろえんぴつ……?」
「分からないならいいんだ。なんでもない」
アルテマに色鉛筆が通じずに若干しょげていると、メイドの次に一人の初老の男性が現れた。
爺やと呼ぶのが相応しいのではないかと思うほどのその男性は、老いを感じさせない綺麗な礼をして見せた。
先ほどのメイドに続き、今度は執事だろう。
すると、残りは自然と奴隷たちの指導者となる。
(なんかムキムキのおっさんとか出てきそうだなぁ……アリスが怖がるかもだしそれはやだな)
そう思いながら待っていると、現れたのは大剣を担いだ男とローブに身を包んだ杖を持つ女、司書を思わせる風貌の男性に、加えて理知的な眼差しのメガネの女性の四人だった。
「ムキムキじゃないな」
「シンジはムキムキがよかったのですか?」
「いや、あれでいい」
四人が出てくると魔法陣は消え、庭には計19人の男女が現れた。
ズラリと並ぶ者たちを見て、慎司は顔を引き攣らせながら挨拶をする。
「あー……召喚に応じてくれてご苦労さまだ。俺がお前達の主となるクロキ・シンジだ。呼び方は好きにしてくれて構わない。この後1人ずつ面接みたいな事をしていこうと思ってる。多少待つことになると思うが我慢してくれ」
そう言って全員を見回すと、グランとステルを除いた面々はポカンとしている。
中でもすぐに立ち直った大剣を担ぐ男が歩み出てきた。
「なぁシンジの旦那。少しだけ手合わせしてもらっていいか?俺は俺より強いやつに以外には従わないって決めてるんだ」
「えー……なにそれ面倒臭い熱血君だなぁ。……まぁいいよ好きなように打ち込んできな」
男の言葉に心底面倒くさそうな声を出し、慎司は早く済ませるために両腕を広げてみせる。
見るからに下に見られていると感じ取った男は額に青筋を浮かべ、濃密な殺気とともにその大剣を振り下ろしてきた。
「その余裕、いつまで続くかなぁ!?」
剣が振り下ろされる瞬間になっても動かない慎司を見て、男はニヤリと笑う。
確実に取ったという確信めいた思いとともに振り下ろした大剣は、慎司の体を頭から一刀両断する。──はずだった。
「嘘だろお前……俺の全力だぞ?」
「ま、そういうことだよ。俺の方が強いってわかったか?」
振り下ろされた大剣は風を切り、全てを断ち切らんとしていたが、慎司の親指と人差し指に挟まれビクともしなくなっていた。
「ああ、シンジの旦那。あんたは俺より何倍も強い。喜んで従うぜ」
「おう、そうしてくれ。……てな感じで、なんかあったら今のうちに聞くぞ?力が知りたいなら見せてやる」
慎司が大剣を離してやってそう言うが、残りの人たちからは特に何も無かったようで、若干のイレギュラーがあったものの、予定通り面接へと慎司は進めるのだった。
召喚された人たちのステータス等は次です。




