8.大金の使い道
少し不快に思う可能性がある表現が含まれています。
予めご注意ください。
思いがけず大金を手にしてしまった慎司は、どうしたものかと考えながら街中を歩いていた。
なんだかんだと金貨3枚に銀貨6枚を受けったのだが、未だにお金の価値がよくわかっていないのである。銅貨100枚が銀貨1枚分だということはわかったが、それ以外はまるでわからない。
冒険者になることもでき、お金も手に入れた。次に必要なのは仲間だろうか?
「違うな、まずは常識を身につけねぇと」
慎司は異世界での常識を知らない。当たり前のようにある魔力、お金の価値の違い、文化の違い。全てにおいて慎司は無知である。
しかし、常識を知らない人間とお近づきになりたい人などいるはずがない。
「うーん、困ったぞ」
「何に困ったって?」
つい心の中を声に出してしまった。誰も気にしないと思ったのだが、1人の男がこちらを見て返事をした。
「ああ、えっと……」
「ああ……俺の名前はフィルってんだ。アンタの名前は?」
「黒木慎司だ、よろしくフィル」
「おうよ、シンジが名前だよな?」
「ああ、そうだ」
なんだか軽い感じで話しかけてきた男はフィルと名乗り、握手を求めてきた。
手を握り返してやり、こちらも名前を名乗る。やはり慎司の名前は一般的ではないようで、フィルは確認を取ってくる。
「そんで?何に困ったんてんだ?」
「ああ、実はな……」
そして、慎司はフィルに悩みを打ち明けた。ただ、自分が常識のない人間だと言うのは恥ずかしかったので、大抵のことを許容するような人材はいるか?等と遠まわしに聞いてみた。
「だとすりゃ、奴隷が一番手っ取り早いんじゃねぇかな?」
フィルは、少し悩んでからそう答えた。
「奴隷かぁ、値段ってどれくらいするんだ?」
「高いのは際限なく高騰するが、訳ありだったりするとかなり安いらしいぜ。それでも金貨は覚悟しなきゃダメみたいだけどな」
フィルの回答に慎司は活路を見出した。奴隷なら主人がどんな質問をしたとしても答えてくれるだろう。これほど適任な者はいない。
「ありがとうフィル、ついでに奴隷ってどこで売ってるかわかるか?」
「ああ、それなら西門の辺りに奴隷市場があるぜ。シンジ、お前金持ちなんだな?」
「たまたま大金が舞い込んできてね」
「かーっ!俺もポンッと大金持ちになりてぇもんだ。おっといけね、俺はもう行くぜ」
最後にフィルはひらひらと手を振りながら慎司に別れを告げ、雑踏に紛れ姿を消した。
初対面のシンジにここまで良くしてくれるフィルに対して、シンジは次あったら何かお礼をしようと決めたのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
フィルに言われたとおりに、西門付近を少し探してみると、案外簡単に奴隷市場は見つかった。大通りからやや裏に入った辺りに市場は開かれており、幸い今は人が誰もいないようだった。
初めて入る奴隷市場に緊張しつつ、奥に進むと1人の男が出てきた。男の格好は羽振りの良さを感じさせる服に、首元に光る宝石のネックレス。彼が奴隷商人で間違いないだろう。
「これはこれは、奴隷をお求めでしょうか?」
「ああ、そうだ」
へりくだって話しかけてきた商人に慎司はぶっきらぼうに返した。単に恥ずかしかっただけなのだが、特に気にした様子もなく商人は言葉を続ける。
「しかし、お客様。誠に失礼ながら格好を拝見させて頂く限りお手持ちの方が少ないように見受けられるのですが……?」
暗に金がないなら帰れ、と商人は言ってくる。ただ、ここで引き下がるわけにはいかない。慎司の異世界生活の大事なステップなのだ。ここで躓いてはいられない。
「金ならちゃんと持ってきてるさ、格好は訳ありなだけさ」
「これは失礼いたしました。ささ、どうぞこちらへ」
適当な言い訳に、しっかりと騙される奴隷商人。こんなので大丈夫なのだろうか?
《言い訳スキルを習得しました》
スキルを習得したとのアナウンスを聞き、慎司は納得した。
スキル、優秀である。
「では、先に挨拶のほうをさせていただきます。私はこの奴隷市場を預かるフォールンと申します」
「俺のことはシンジ、と呼んでくれ」
「かしこまりました。それで、お求めの奴隷はどのような種類でしょうか?」
慎司は、少し考え込む。
もちろん男はお断りである。戦力としては期待できるかもしれないが、選択できるのにわざわざむさい男を選びたくないのが本心であった。
それと、種族は人以外にすることにする。街で見る限り、人の奴隷が少ないのだ。殆どが獣人である。多分人族は高いのだろう。
「性別は女で、人族を除いた戦闘もできる奴を頼みたい」
「そうですね、実際に見て回るのと、こちらに連れてくる形、どちらにいたしますか?」
「それなら、直接見に行こう」
「ではこちらへ」
慎司は商人に促され、奴隷が管理してあるという部屋へ案内される。
そこには、たくさんの奴隷がいた。
子供の奴隷もいれば、歳を重ね威厳すら滲ませる奴隷もいる。種族もばらばらで、猫耳、犬耳など、異世界ならではの光景であった。
「ふむ……」
「気になる奴がいたら教えて頂ければ呼びますので」
「わかった」
取り敢えず、全員を眺める。それなりに身だしなみは整えてあるようで、不潔な感じの奴隷は見当たらない。これは奴隷商人の手腕によるものだろう、どうやら当たりのようだ。
そうして眺めていると、奥に続く扉を見つけた。暗い部屋のためわかりにくいが、確かにそこには扉があった。
「なぁフォールン、あそこはどこに繋がっている?」
「あちらは訳ありの奴隷となっております。あまりオススメはできませんが一応見ますか?」
「そうだな、頼む」
慎司は、取り敢えず見てみることにする。訳ありなら安くなるだろうが、あまりにもひどい場合は諦めることにした。
いざ扉の奥へと入ると、そこは確かに訳ありだった。ぶつぶつと小声で囁く男。体をひたすら掻き毟る女、片腕のない少年。
「なるほどな……」
そう呟き、慎司は部屋を見て回る。すると、1人の少女に目が止まった。
「なぁ、フォールンこの子は一体どうして?」
「そいつは声が出せなくなったんですよ、前の主人に喉を焼かれたらしく……」
「そいつは……酷いな」
その少女は人ではなかった。鮮やかな金髪の上に可愛らしい狐耳があるのだ。お尻には髪と同じく金色の尻尾がある。その目は怯えきっており、体は震えている。体型はとても小柄で、栄養不足なのか、やせ細っていた。
「フォールン、彼女はいくらだ?」
「シンジ様、よろしいので?」
「ああ、大丈夫だ」
慎司は話を聞いてから、この少女に目を奪われていた。かつて軍人として生きていた彼は紛争地帯で孤児を助けた記憶がある。似ていたのだ、なんとなく少女が浮かべる表情と戦争孤児の子供が浮かべる表情が。
「では、金貨2枚でどうでしょう?」
「む、声が出ないのだろう?もう少し……」
「では、金貨1枚と銀貨50枚では?」
《値切りスキルを習得しました》
慎司は狙い通りのスキルが手に入ったことに満足していた。そして、商人更なる値切りを要求する。
「もう少しいけるだろう?」
「……では、金貨1枚で。これ以上は負けれません」
「ふむ、その値段で買おう」
慎司の所持金は金貨3枚に銀貨6枚。約3分の1の金額である。
それでも、慎司は後悔していなかった。
「それでは、契約をさせていただきます。こちらの首輪に魔力を流してください」
「どれくらいだ?」
「少量で構いません、個人登録ですので」
狐族の少女を連れ、戻ってきた応接間で慎司はフォールンに言われるまま、契約の首輪に魔力を流した。
それをフォールンが確認すると、少女の首に嵌める。
「……!」
「これで契約は成立です。奴隷は主人を傷つけることができず、命令にはほぼ絶対服従です。唯一抗えるのが、死ねという命令ですね。他の場合は逆らうことができず、無視すれば痛みが走ります」
「ああ、手間をかけたな。また来るかもしれんがその時はよろしく頼む」
「今後ともご贔屓に……」
慎司が立ち上がると、少女は慌てて近くに寄ってきた。ただ、顔は伏せられており、恐怖を感じているのは丸わかりであった。
少女を連れ、慎司は宿屋へ向かうことにした。まずは、落ち着いた場所で話す必要があるだろう。それに、慎司は喉の火傷に対しても考えがあった。
「よし、まずは宿屋に行くからついてきてくれ。ついでに服も買うからな」
「……」
慎司の声に少女はガクガクと頭を縦に振る。
そして慎司が歩き出すと慌ててついてくるのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
宿屋に向かう途中の仕立て屋で女物の服と下着を買う。出費は銀貨3枚、意外と高くついた。
少女は顔を伏せていたため、慎司が何を買ったかには気づかなかったようだ。
ついでに、横の道具屋も覗いてみる。
これと言ってめぼしいものはないように思えたが、店の奥に1冊の本があるのがわかった。
「なぁ、あの本はなんだ?」
「あー、こいつは魔導書さ。魔法について書かれてるんだよ。お兄さんは魔法が使えるのかい?」
「まぁ、一応」
「なら、持ってっておくれ。どうせ売れないんだ、タダでやるよ」
思わぬ収穫である。慎司は店主に礼を言い、魔導書を受け取った。表紙には、本に書かれている属性の名前が書いてある。
この本は火、水、風、土に加えて回復魔法についても書かれているらしい。
大当たりである。
「使えるといいんだけどな……」
慎司は手札が揃ったことに笑みを浮かべながら、少女を、引き連れ宿屋へと歩いていく。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
適当な宿屋に入り、二人用の部屋を取る。1泊銅貨5枚とのことなので、思い切って20日分のお金を支払った。どうせ暫くはこの街に滞在するつもりだったので、丁度いい。
「これが部屋の鍵です。食事は朝と夕方の2回、サービスとなっております。部屋に備え付きのシャワーがありますが、こちらは銅貨1枚の別途料金ですので注意してください」
「わかった、ありがとう」
鍵を受け取り、少女と共に部屋に入る。
部屋には大きめのベッドが一つしかなかった。どうやらいらぬ世話を焼かれたらしい。
他にもソファーと小さめのテーブルがあり、かなりの優良物件のようだ。
「えーと、まずは座ってくれ。話がしたいからね」
そう言うと少女は床にペタンと座る。
慎司としてはベッドなりソファーなりに座ってくれと言ったつもりだったのだが、少女は床に座ってしまった。
「いや、言い方が悪かったな……取り敢えずそこのソファーに座ってくれ」
「っ!?」
少女は驚愕の表情を浮かべつつ、地面から跳ね起きて言われた通りにソファーに座る。
慎司はなるべく優しく少女に話しかけた。
「俺の名前は黒木慎司だ。名字が黒木で、名前が慎司。いいか?」
慎司の言葉にコクコクと頷く少女。
必死に覚えようとしているのがわかる。一言でも聞き漏らさないように耳をそばだてている。
「さて、君の名前は?と聞きたいんだが……喋れないんだろう?」
「……っ」
少女は泣きそうな顔をする。別に慎司は酷いことをするつもりはないのだが、少女は怯えてひたすら縮こまっている。
「名前を字で書けるかい?」
「……」
コクリと頷く少女。そして、紙と書くものを渡すと、少女は紙に可愛らしい文字で自分の名前を書いて、こちらに差し出してきた。
「ルナ……か。いい名前じゃないか」
そう言うとルナは少し驚いた顔をし、恥ずかしそうに身をよじった。
少しはこちらの頑張りが届いたのだろうか、初めほどの怯えは見えないように思えた。
「それじゃ、これからよろしく。ルナ」
そう言いながら、慎司は優しくルナに微笑むのだった。
やっとヒロインの登場です。
慎司の考えとは果たして一体何なのでしょうか。