78.メイドと屋敷
「おはようございます、おやすみなさいませ、いってらっしゃいませ、おかえりなさいませ。……うーん、こんな感じで大丈夫かなぁ?」
まだ日が高く上り、丁度いい気温を保つ昼過ぎ。
最近の日本で見られるスカートの短かいタイプではなく、古くからあるスカートの丈が長いタイプのメイド服。
所謂ヴィクトリアンメイド姿に身を包んだ少女──リリアは竹箒を手にしてそう呟いた。
「解雇された時はどうしようかと思ったけど、新しい旦那様が来てくれるみたいで良かったぁ……。優しい人かな?こ、怖い人はやだなぁ」
独り言をぶつぶつと言うリリアはせっせと竹箒を動かして庭の掃除をしていく。
手入れのされている庭の掃除は落ち葉を集めて捨てるぐらいのものだが、若いが女性のリリアにとっては意外と重労働だったりする。
真面目な性格故に手を抜くことを知らないリリアは丁寧に掃除をするため、その額にはうっすらと汗が滲んでいた。
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リリアに解雇の通達として手紙が届いたのは二日前だ。
いつものように掃除をしていると、城の衛兵らしき人が屋敷にやってきたのだ。
屋敷の使用人たちは始め不思議そうに衛兵たちを見ていたが、その衛兵から渡された手紙の内容を聞くと全員がその顔を青ざめさせた。
手紙には、『アルテオ伯爵が実は姿を偽った魔族であったことが発覚し、同時に国王であるエイブレット様とその王女、フラミレッタ様に牙を剥いた』との内容であり、それが原因で屋敷を含む財産はすべて没収。更にアルテオに雇われていた者全員に一旦調査が入り、魔族がいた場合は即刻処刑となるらしい。
リリアは魔族でもなんでもないただの使用人だ。調査は特に問題なく素通りで、先輩の使用人から聞いた話では、誰も魔族ではなかったようでアルテオの単独犯という話になったらしい。
リリアは知り合いが誰も処刑されなかったことに安堵し、それと同時に仕事を失ったことに対して不安を覚えた。
しかし、神はリリアを見放してはいなかったようで、再び屋敷の使用人として雇って貰えることが翌日に決まったのだ。
リリアは正直かなり嬉しかった。今の仕事にはやりがいを感じていたし、そもそも使用人以外となると鈍臭いリリアはウェイトレスすらまともにできない。
使用人も鈍臭いとできないと思うが、何故か使用人だけはできるのだ。
リリアにも分からない謎の力が働いているに違いない。少なくともリリアはそう思うことにしている。
屋敷にいた何人かの使用人は今回の事件を機に辞めてしまい、残ったのはリリアだけだった。
掃除を担当するのはリリアともう一人いたのだが、それもリリアが1人でこなさなければならない。
普通ならリリアも辞めるだろうが、リリアは使用人以外はできないのだ。
例え1人でも屋敷を回さなければならない。
一人で待つ屋敷は寂しいが、リリアは新しく来ると言われた次の旦那様の為に掃除に勤しむのだった。
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慎司は「がるる!」とか「ぐるる!」とか「がおー!」とか唸る女性陣をなんとか宥め、無邪気に甘えてくるアリスを押さえつつ城を出た。
城を出る時に貰ったたくさんのお金──アルテオ伯爵の財産の半分──は早々にアイテムボックスの中に放り込んでおいた。
久しぶりのアイテムボックスの活躍だが、相変わらずの利便性に慎司は苦笑するしかなかった。
「ご主人様、この後は屋敷に行くのですか?」
「うーん。まずは元あった家をどうするかなんだよなぁ」
慎司は今回の騒動で屋敷を手に入れたのだが、前に住んでいた家をどうするかという問題が浮上した。
腕を組んで少し考え込む慎司だったが、結局家は売り払うことにした。
「そうだな、名残惜しいが家は売ってしまおう。ついでにそれで出来たお金はちょっとやりたいことがあるからそれに使う」
「やりたい事、ですか?」
不思議そうに首を傾げるのはコルサリアだ。
「おう。大きくなったらアリスも学校とかに通うことになるだろ?てか通わせる」
「はぁ、それでどうするのです?」
「その時にさ、勿論周りには男がいるよな?」
「まぁ……いるでしょうね」
なんだか話の雲行きが怪しくなってきたと思ったルナとコルサリアは顔を顰めるものの、慎司の話に頷く。
「そう、男がいるんだよ。これは大問題だ」
「え……?何が問題なんですか?」
「ルナ、考えてみろ。アリスは可愛い。それもかなり可愛い。となると、どう考えても男が寄ってくるだろう?何か不埒なことを考える男が絶対に寄ってくるはずだ」
力説する慎司を、ルナは半眼で見る。
コルサリアは苦笑している。
「そこでだ!……アリスと同じぐらいの歳の奴隷を買って、ボディガードにするんだよ!奴隷なら変なことは考えないだろ?なんて完璧なアイデアなんだ!」
「……ご主人様、それ本気で言ってます?」
「めっちゃ本気」
目をキラキラさせて自分のアイデアをひけらかす慎司に、ルナの冷たい視線が刺さる。
コルサリアはアリスを抱えて知らない人の振りをしている。
「……で、屋敷に行くんですか?」
「そうだな。一旦屋敷にいって挨拶をしよう。なんか使用人が一人だけ残ってくれたらしいからな」
「わかりました。それでは屋敷に行きましょう」
「ねぇ俺のアイデアに対してなんか言ってくれない?」
「コルさん、行きましょうか」
「おい待てなんか言えよ!あ、ほんと知らない人の振りしないで。悲しくなるから!」
奴隷にからかわれるという想像できない構図が出来上がるわけだが、どこか楽しそうにして慎司たちは貰った屋敷のある場所に向かうのだった。
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「はぁぁ……でっけぇな」
「お、大きい……」
「あら……これは想像以上ですね」
「んひゃー!お城みたーい!おっきー!」
四人がたどり着き、屋敷の外観を見て発した言葉は総じて「大きい」だった。
まずは門。屋敷に入るのに必ず通ることになる門の大きさは高さが約2.5メートル程で、横の広さは3メートル程だ。
悠々と馬車が通れるであろう大きさの門を潜れば次には庭が広がる。
丁寧に整えられた木や、所々に咲く花。
落ち葉は丁寧に掃き掃除がされていて一つも見当たらない。
「凄すぎだろ……屋敷も断るべきだったか……?」
「どどどどうしましょう!?こんなの貴族様の住む屋敷ですよ!」
「落ち着けルナ!これは元は貴族様の屋敷だ!」
そんな漫才をしながら石で作られた道を歩いていくと、これまた大きな扉が現れる。
深い茶色の両開きの扉には金色の取っ手があり、ドアノッカーはライオンの装飾が施されている。
「よし、入るぞ……」
「鍵は持ってますか?」
「あ、使用人に貰えって言われたんだったな。ドアノッカーとやらを使うか」
慎司はライオンのドアノッカーで扉を叩く。
すると、扉の前にでも待機していたのだろうか。すぐに扉は開かれ、中から一人の少女が現れた。
「お、おかえりなさいませ!」
ぴょこ!という擬音が聞こえてくるぐらい可愛らしい礼をする少女。
黒のワンピースに純白のエプロンドレスを纏う少女は、栗色の髪の毛を所謂クラシカルストレートにしている。
つぶらな瞳が保護欲をそそるが、とにかく慎司はまずは中に入ることにする。
「旦那様、お荷物はどこに……?」
「えっ、荷物な。荷物はアイテムボックスに入れてあるんだよ」
「旦那様はアイテムボックスをお持ちなんですか!凄いですぅ!」
何か言おうと思った矢先に話しかけられた慎司はつい面食らってしまう。
全員が入ったことを確認して、慎司は自己紹介を始める。
「えっと、君が使用人でいいんだよね?」
「はい、私しか残ってないですけど……。私はリリアと言います。平民ですので家名はありません。精一杯頑張らせて頂きます!」
「そっか、リリアか。俺はクロキ・シンジだ、シンジが名前ね。……あ、リリアと一緒で平民だから、変に気を遣わなくていいよ」
「そちらの金狐族と銀狼族の方は……?それに、お子様もいらっしゃるのですか……?」
リリアは目を丸くしてルナとコルサリア、そしてアリスを見る。
それとなく促すと三人はそれぞれ自己紹介をする。
「初めまして、私はルナです。ご主人様の奴隷です」
「私はコルサリアと言います。同じくシンジ様の奴隷です」
「アリスはアリスって言います!リリア……さん?よろしくお願いします!」
「は、はい!ルナさんにコルサリアさんにアリスさんですね、よろしくお願いします!」
アリスが珍しくリリアをお姉さんと呼ばないことに多少驚くことがあったが、つつがなく自己紹介が進行していく。
全員にぴょこぴょこ頭を下げるリリアは、自己紹介が終わると徐に慎司に手を差し出す。
「え?なに?」
「……あぅ、上着をお預かりしようかと思いまして」
「あ、そゆこと。別に部屋に案内してくれたら適当にかけとくよ?」
「えぇ!?……それだと使用人のお仕事が無くなっちゃいますよぅ」
善意からの申し出だったのだが、逆にリリアは困ってしまう。
リリアはいつも通りに上着を預かろうとしたのだが、まさか断られるとは思っておらずオロオロしてしまう。
「ご主人様、預けたらどうです?」
「そうだね、慣れていくだろうし。……はい、リリアお願い」
「はいっ、旦那様!」
脱いだ上着をどこか嬉しそうに受け取るリリア。慎司は少し違和感を感じるが、じきに慣れると思って何も言わないでおく。
「それでは、旦那様たちがご使用になるお部屋に案内させて頂きます」
「おう、頼んだ」
エントランスとでも言うべき場所から続く大きな階段を登っていき二階へ。
大きく広がった階段は踊り場を越えると両脇に広がる様な、正しく貴族の屋敷感溢れるデザインで、見慣れない階段はそれだけで慎司を驚かせた。
二階へ行くと左へ窓、右へ扉といった様子の廊下が前方へと続いていた。
左に見える窓は大きく、光が差し込んでいる。
透き通ったガラスに、暖かさを感じる木の枠の窓は名のある工匠が手がけたと言われれば、素直に頷いてしまうぐらいに凝っている。
右にある扉はそれぞれが精緻なデザインのドアノッカーを備えており、取っ手も金色と高級品であることを伺わせる。
「こちらが手前側からルナさん、コルサリアさん、アリスさんのお部屋です。……あ、でもアリスさんはルナさんかコルサリアさんと一緒だったりしますか?」
「そうだな。コルサリアが一緒でいいか?」
「私は構いませんよ」
「アリスもいいよー!」
左手に丁寧に畳んだ慎司の外套を持ち、リリアが部屋を紹介していく。
結局手前からルナ、コルサリアとアリス、となった。
三人は一旦部屋を確かめるとのことで、リリアと二人になった慎司は再び案内を任せる。
「旦那様の部屋はこちらですね。屋敷には書斎もありますので、荷物を置きましたらご案内させて頂きます」
「ほぉー書斎なんかもあるのか。なぁ、みんなで飯を食えるとことか、リビングみたいなのもあるのか?」
「はい、食堂と大部屋があります。そちらも後でご案内しますか?」
「うん、頼むよ」
「畏まりました」
またもぴょこ、と頭を下げるリリア。
結構勢いがついているように見えるのに、その栗色の髪の毛は一切乱れないのだから凄い。
そんなどうでもいいことを考えていると、目的の部屋についたようで、リリアがくるりとこちらに振り向いてくる。
「ここが旦那様の部屋となります。先に上着を片付けさせてもらいますね」
そう言うとリリアは先に部屋に入ってクローゼットに上着をしまう。
後から部屋に入った慎司だが、その広さに驚いた。
部屋の中にあるのはキングサイズのベッドに机と椅子。それに加えてクローゼットだ。
だが、キングサイズのベッドを後二つは置ける程の広さがあるのだ。これには驚くしかない。
「随分と広いんだな……」
「普通だと思いますけど、広いでしょうか?」
「これが普通って、貴族はすげぇんだな」
「はい……貴族の方々はお金を潤沢にお持ちですから」
「そんなもんか」
「そんなものです」
若干げんなりとした顔で笑う慎司とリリア。
二人の心が通じあった瞬間であった。
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「そういえば、リリアって何歳なんだ?」
「私ですか?18歳ですけど……」
「わっか!18歳!?」
「わ、若いのですか?普通はこれぐらいからお仕事を始めるのは普通、というか遅いですよ?」
「え、まじかそれ?……ん?18?俺と一緒じゃないか!」
部屋の説明も終わり、ルナたちを迎えに行く時にした会話だ。
なんとなくで聞いてみた慎司だったが、想像以上にリリアが若く、慎司は驚いた。
たしかルナは14歳で、コルサリアは20歳だ。
アリスに至っては5歳である。
「旦那様は18歳なのですか!?」
「おうよ。もっと上だと思ったか?」
「はい……18歳でこんな屋敷を買える大金持たないですからね、20歳は越えていると思っていました……」
そう言うリリアは目を丸くして、胸の前で手を合わせている。
「でもさ、魔族を倒しただけだぜ?」
「旦那様、魔族は普通の人は倒せませんよ?」
「なんかそんなことをルナにも言われたな……」
苦笑するリリアに、慎司は頭をかきながら言った。
すると、どこから話を聞きつけてきたのかルナが部屋から出てきた。
「リリアさん騙されちゃダメですよ。ご主人様は既に魔族を三体倒していますからね」
「……!?」
ルナの言葉を受けて、リリアが勢いよく振り返る。
「魔族ってそんなに倒せるほど弱くないですよね!?」
「え、そんなに強くは──」
「ややこしくなるのでご主人様は静かにしててください」
「へいへい」
ぴしゃりと言われ、慎司は口を噤む。
その様子を興味深そうにリリアが見ていたが、ルナと慎司は特に気づく事は無かった。
「あ、ご主人様は更にドラゴンも倒してますよ。もう人間とは思えないです」
「はわぁ……旦那様は凄いんですねぇ」
「そうです!ご主人様は凄いんです!」
なんだか宗教の勧誘みたいに思えるルナの言葉が、慎司は怖くなってしまいコルサリアの部屋のドアを叩く。
「コルサリア!出てきてくれ!ルナが怖い!」
「ちょ!ご主人様それどういうことですか!?」
部屋から出てきたコルサリアとアリスが、ルナに抗議される慎司を笑い、その様子を見てリリアが笑う。
リリアとの対面や新しい住居の屋敷で不安だったが、慎司は上手くやっていけそうだと内心で笑うのだった。
リリア
《称号》生粋の使用人
・使用人としての仕事に補正がかかるが、それ以外の仕事にマイナス補正




