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77.女の戦い

勃発。

 

 屋敷と伯爵家の資産を半分手に入れた慎司は、顔を洗って眠たげだった目元もぱっちりとしたルナとコルサリアと合流する。

 フラミレッタに案内された、エイブレットのいた部屋ではなく、慎司が目を覚ました時にいた部屋だ。


「ご主人様、もう体はなんともないんですか?」


 戻ってくるなりそう言うのはルナだ。隣ではコルサリアも心配そうな表情を浮かべている。

 同じようにして、先程までの慎司を見ていたはずのフラミレッタもチラチラとこちらを見ている。

 慎司は三人の美少女に心配されていることに苦笑しながら、安心させるように微笑む。


「うん、もう大丈夫だよ。刺された腹も痛み一つ感じないし、健康体ってやつだ」


 その言葉にコルサリアとフラミレッタは安心しきったようだが、約一名──ルナだけは幾らか表情の険しさが取れたものの未だに憂いを浮かべている。


「本当に平気なんですか?今までご主人様は意識を失うことなんてなかったんですよ?……万が一があるかもしれないです。私が確かめます」

「は?おいちょっと待てなにして……っ!」

「あら……」

「え、ええっ!?」


 周りにはコルサリアもフラミレッタもいるのにも関わらず、ルナは慎司にぐいぐいと体を近づけ、今や腹の傷はおろか古傷さえ癒えた健康極まりない体をまさぐり出す。

 慎司は抵抗しようとするが、自分を心配してくれているルナを思うと邪険にするのも(ははか)られる。

 諦めたように為すがままの慎司と耳をピンと立たせたルナ、二人を見てコルサリアは頬に片手を当ててふんわりと笑い、フラミレッタは大人びた普段の様子とは打って変わって初心な一面を覗かせている。


「ほんとに傷はないんですね……。いやでも触ってみないとわからな……ご主人様の腹筋、硬い……それにご主人様の匂いが、ダメこれ変になるぅ……」

「おい、ルナ?もういいだろ?」


 最初は腹を触るだけだったルナが、次には何故か腹筋を撫でるような手つきになり、最終的には何故か胸に飛び込んで鼻をひくつかせているのを見て慎司は声をかけるが、ルナはまったくに相手にしない。

 それどころか尻尾をぶんぶんと振りながらマーキングでもするかのように顔を擦り付けている。


「おいやめろルナ!ここにはフラミレッタ様もいるんだぞ!?」

「シンジ様、私はアリスを起こしてきますね」

「待って!ルナを引き剥がしてくれ!……うおおお、抱きつくな匂いを嗅ぐな!」

「ルナさん、凄いです。私もシンジさんに……いえ、私は何を言ってるんでしょうか、ダメですわそんなのはしたないですもの……!」

「フラミレッタ様もぶつぶつ言ってないで助けて……ああ!髪の毛がくすぐったいから頭を振るな!」


 慎司にがっちりと抱きつくルナ、そそくさとその場を離れるコルサリア、顔を赤くして手で目を覆っているものの、指の隙間からしっかりと覗いているフラミレッタ。

 (ただ)れたような、それでいて幸福そうな空間はルナの気が収まるまで続くのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「……ごめんなさい。つい興奮しちゃって」


 慎司の体と匂いを堪能し終えたルナは、自分がしでかした痴態を思ってそう謝った。

 恥じらいから小さく体を縮こまらせる姿を見て慎司はすっかり怒る気を無くしてしまった。

 ──と言っても最初から殆ど怒る気など無いのだが。


「まぁいいけどさ。フラミレッタ様もいるんだし、そういうのは家でな?」

「家ならやっていいみたいな口ぶりですね、シンジさん」

「あっ、そういう訳じゃないんですけど……てかフラミレッタ様なんか怒ってます?」

「いいえ、怒ってないです」


 頭を上げれないルナを撫でてやりながらフラミレッタの方を見れば、頬を膨らませながら子どもっぽく怒りを示すフラミレッタの姿がある。

 慎司の問いかけに、これまた子どもっぽくプイと顔を背ける仕草は、アリスとそう変わらない歳の子どもさながらで、慎司としてはとても可愛らしく思える。


「怒ってるじゃないですか……何か悪いことしましたか?したなら謝りますから」

「別に。怒ってなどいません」


 怒ってないと言い張り拗ねた様子のフラミレッタに近づいて慎司はオロオロとしてしまう。

 相手は一国の王女なのだ。何か粗相を起こしてしまったのなれば最悪の場合首が飛ぶ。

 だが、そんな慎司とフラミレッタの様子を見て一人戦慄を覚える者がいた。


(はっ!……そうやってご主人様の気を引いているんですね!?くっ、王女様はまだお若いから油断していました!……絶対ご主人様に惚れてますそうです違いありません)


「がるるるるるる……」

「なんで(うな)ってんのルナ……?」

「いえ、これは威嚇です!女の戦いが始まったんです!」


 慎司は突然威嚇といって(うな)り出したルナに変な物を見るような目を向ける。

 しかも威嚇の向かう先はフラミレッタだ。

 対してフラミレッタはというと、女の戦いという言葉にピクリと肩を跳ねさせる。


(まさかまさか!奴隷だと思って油断していましたけど、ルナさんは主人のシンジさんを慕っていらっしゃるの……!?くっ、私にはない耳や尻尾で毎晩誘惑なんかしていらっしゃるのかしら?この前オルネリアがそんなことを言っていましたわ……!)


「がるるるる!」

「はぁ!?フラミレッタ様も(うな)るのかよ!?」

「すみませんシンジさん、これは避けられない戦いなのです……」


 突然真剣な顔になれば、今度はルナに対して威嚇を始めたフラミレッタ。

 既に慎司はこの混沌とした空間に匙を投げ始めていた。


「どういうことだよこれ。何がどうなってるんだ……?」


 片や、絶望の中に沈むだけだった日々を一変してもらい、慕うようになった狐の少女。

 片や、信頼していた家臣の裏切りから体を張って庇ってもらった幼い少女。


 境遇こそ違えど、お互いに希望を与えられた点は同じだ。

 そして、恋慕を向ける相手も同じ。

 それをわかっているのは、コルサリアだけである。


(二人とも……そんなに警戒していると幻滅されちゃいますよ?唸るのは女の子らしくないですからね)


 密かに微笑むコルサリアは、スヤスヤと眠るアリスの茶の交じる髪を優しい手つきで撫でる。

 母性溢れる女アピールである。

 ──そのアピールに慎司が気づくかどうかは別として。


「おーい、二人ともー?帰ってこーい」

「がるるるる!」

「ぐるるるる!」


 慎司の前で顔を突き合わせ、威嚇をする二人の美少女を前にして、慎司は哀愁漂う顔で呼びかけるが、そんなことはお構い無しに二人はうーうー言っている。


「あ、シンジ様ー。アリスが起きたみたいですよ」

「お?そうか。わかった」


 座っていたソファーから立ち上がり、後ろのベッドに行くと丁度目を覚まして目元を小さな手で擦るアリスがこちらを向く。


「んぁ……パパおはよう」

「おう、おはよう。よく眠れたか?」

「うん、もう眠くない」


 寝起きだからか、やや間延びした声で返事をするアリスを膝に乗せてやり、慎司はベッドに腰掛ける。

 隣にはさり気なくコルサリアが座る。


(ふふふ、そこで威嚇している二人は置いといて私は先に進ませてもらいますよ……!シンジ様がアリスのとこに来るのは予想済みです!)


 なかなかに(したた)かな考えを持つコルサリア。

 ひっそりと鼻を鳴らすコルサリアは、さり気なく慎司との距離を詰める。

 ほのかに香る女性特有の甘い香りが慎司の鼻先をくすぐる。


(これはシャンプーか何かの匂い……?いやでもルナとは違う感じの甘い感じ……じゃなくて!)


「コルサリア?なんでそんな近づいてくるんだ?」

「……理由もなく近づいちゃダメですか?」


 鼻腔から入り込む甘い香りでドキドキと高鳴る鼓動を気にして慎司は気が気じゃない。

 更に、甘えるような声と同時に上目遣いで見つめられ、慎司の理性はガリガリと削られていく。


「ダメ、じゃないけど」

「ならいいですよね?」


 そう言うとコルサリアはふわっとした笑みを浮かべて慎司の腕に抱きついてくる。

 男の硬い肉体とは真逆の、女らしく柔らかな肢体を密着させるようにして抱きつくコルサリア。

 ギュッという擬音が似合う抱きつき方をされれば、無論その豊かな胸は腕に押し付けられる。


(あああ、コルサリアのが!当たってるぅぅ!?)


 未だに威嚇を続けるルナやフラミレッタはアテにならず、最後に残るアリスは抱きつくコルサリアを見ると目を輝かせ、くるりと器用に体を回転させ、正面から抱きついてくる。


「アリスもギュッてするー!ぎゅー!」

「あらあら、モテモテですね。シンジ様?」

「いや、別にモテてるわけじゃ。ていうか離れろよ」

「あら、本当に離れてほしいのですか?」


 無邪気に抱きつくアリスを撫でながら、慎司は抱きついてきているコルサリアに非難するような目を向けた。

 しかし、コルサリアは蠱惑的な目とともに更に体を密着させてくる。


「だから離れろって。その、胸当たってるし」

「ふふふ、当ててるって言ったらどうします?」

「はっ!?そんな挑発するような事はやめてくれよ。俺だって一応は男なんだぜ?」

「ええ、知ってますよ。この前の依頼の時に嫌という程教えられましたからね」


 教えられたの辺りでコルサリアは、そのふっくらとした唇に手を当てる。

 慎司はその仕草で嫌でも依頼の時にした熱烈なキスの事を意識させられる。


「そ、それは……ああもう。わかったよからかうのはやめてくれ」

「からかってる訳じゃないんですけどね……?」

「んひゃーパパー」


 謎の声をあげてスリスリと頬ずりをするアリスを最後の防波堤として、慎司は高ぶりそうになる心を鎮める。

 そうでもしないと、今この場でコルサリアを押し倒してしまいそうになる。


(ああ、心の平穏が欲しい……)


 遠い目をしながら心の中で粒やく慎司。

 甘ったるい空気が流れそうになる瞬間、混沌を助長させる二人がその様子に気づいてしまう。


「あああ!コルさん、なに抱きついてるんですか!」

「ふふふ……まさか敵がもう一人いたとは、私もまだまだですね……」


 さっきまで二人で威嚇しあっていたルナとフラミレッタは、慎司に抱きつくコルサリアに気づくなり今度はコルサリアに威嚇を始める。


「がるるぅ!」

「ぐるぅ!」


(王女様が唸っちゃダメでしょうに……)


 そうさせているのが自分だとは露も知らず、慎司はフラミレッタの心配をする。

 いくら幼いからといっても、王女様ならば作法については習うだろう。

 何か悪影響を与えないといいのだが──そう思う慎司は呆れたようにため息をつく。

 抱きついていたコルサリアは二人の威嚇を受けて楽しそうに笑うと──


「見つかってしまいましたね。それではまた今度……期待してもいいんですよね?」

「……ああ、覚悟しとけ」

「きゃあ、怖いです。……楽しみにしておきますね」


 最後まで挑発を忘れないコルサリアは、慎司の腕を離すとルナとフラミレッタに威嚇を始める。


「がるる!」

「ぐるる!」

「がおー!」


 女の戦いはまだ始まったばかりである。

聡い主人公と鈍感主人公の中間ぐらいを目指していきたい。

そういえば屋敷もらったらメイドってついてきますよね?ついてこないなら、つけます。


※誤字を修正しました

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