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73.突撃

 

 回復魔法を極め、宮廷魔術師にまで上り詰めたカミラは、目の前に横たわる男に対して必死に回復魔法を使っていた。

 エイブレットの命により、慎司を救うべく奮闘しているが、その傷は一向に塞がらない。


(……どういうこと!?傷がまったく塞がらない!)


 フラミレッタを守るべく敵の凶刃を受けた慎司の体には、一本の剣が刺さっていた。

 カミラは最初、一思いに剣を引き抜き傷を塞ごうとした。

 そうしないと、傷口から血が溢れ出てしまうからだ。

 どうしてかは分からないが、慎司の傷口には剣が刺さっていても、流れる血の量は抜いた時と変わらなかった。


(……意味がわからないわ。なんで?剣が刺さっているならここまで血が流れることはないのに……!)


 剣を抜いて傷口を塞ごうとしても、普段の1割にも満たない遅々とした速度でしか傷が塞がっていかない。

 そこで、カミラは刺さっていた剣の方に問題があると考えた。


(まさか、呪いの効果がある剣だと言うの?)


 呪いの解呪については、カミラはそこまで詳しい訳では無い。

 カミラが極めているのは、傷を治すヒール系統の魔法なのだ。


(誰かに教会に行ってもらわないと……!)


 教会になら、解呪を生業(なりわい)とする者もいる。カミラはそう思い、応援を頼もうとした。

 モタモタしている内にも、慎司の体からは決して少なくない量の血が流れていく。

 カミラは自分の魔力が減っていくのを感じながら、それでもひたすら回復魔法をかける。

 回復魔法の効果で傷口が塞がろうとすると、流れ出る血の量が抑制されるのだ。


(なんとかしてもたせないと……)


 そうして、カミラが近くの兵士に教会への応援を頼もうとしたその時。

 突如慎司の体が淡く光り出した。


(……なっ!?何が起きているの!?)


 カミラを含め、謁見の間にいた者達が見守る中、慎司の体を包む藍色の光は見る間に傷口を塞いでいく。

 自分の回復魔法を遥かに上回る超常的な現象を前にして、その意味がわかるカミラは空いた口が塞がらない。


「おお、なんと神々しい光……」


 誰かがそう呟くと、あっという間に謁見の間全体へと、その呟きは伝染していく。


「ああ、綺麗な光だ」

「シンジという男は神の使いなのか?」

「神に愛されているのかもしれん」


 口々に思いのうちを語る兵士たちの中には、どこかうっとりとした目をして胸の前で手を組み合わせるフラミレッタの姿もあった。

 対照的にフラミレッタを支えるジスレアの顔は恐怖で()()っていたが。


 やがて光が収まると、カミラは急いで慎司の体を調べていく。

 見た限りでは特に異常はなく、傷口も問題なく塞がっていた。


「シンジさん……あなたは、一体……」


 カミラは小さな声でそう言うと、兵士に頼んで慎司を部屋に運んでもらった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ルナは、ステルから話を聞いたものの、落ち着きなくリビングを彷徨(うろつ)いていた。


「うー、うー」


 意味もなく唸り、かれこれ10分近く歩き回っている。

 そんなルナの心配事はただ一つ。慎司の安否である。

 ステルが言うには問題ないらしいが、ルナはどうしても胸に燻る嫌な予感が気になってしょうがなかった。

 そして、待つだけで動かないというのも嫌だった。


「ルナちゃん、少し落ち着いたら?」

「コルさん……うー、でもぉ……」

「気持ちはわかるけど、シンジ様ならきっと平気よ」


 落ち着かない様子のルナを見かねて、コルサリアが優しく嗜めると、ルナは渋々といった様子でソファーに座る。

 ソファーの前では無邪気にアリスがグランと遊んでいる。今は積み木のような玩具で遊んでいるようで、グランの意外な芸術的なセンスが炸裂していた。


「そうだ。ステルさん、もう一度王城の様子を見てきてくれないかな?」

「承知しました」


 ただ、どうしても気になってしょうがないルナは、ステルにもう一度王城に行ってもらうことにした。

 ルナが頼むと、すぐにステルはどこかへと姿を消す。

 すると、ルナの後ろからエプロンをつけたコルサリアが半眼で頭を小突いた。


「いたっ!」

「ルナちゃん、ステルさんを酷使しちゃダメよ?」

「うっ……でもご主人様に何かあるかもしれないと思うといても立っても居られなくて」


 言い訳を並べるルナは、小突かれた頭を大げさに摩りながら、コルサリアを見る。

 エプロンをつけて夕飯を作ろうとしていたであろうコルサリアは、まるで母親のようだった。


「コルさん、お母さんみたい」

「……そうかしら?私はルナちゃんのことは妹みたいに思ってるんだけど」

「それならコルさんはお姉ちゃん?」

「それだとアリスと一緒になるわね」


 お茶目に笑って見せるコルサリアに、ルナもつられて笑ってしまう。

 沈みがちだった表情に笑顔が戻り、ルナとコルサリアは二人でクスクスと笑うのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ひとしきり笑って、コルサリアが料理に戻ろうとした時だった。

 ルナからの頼みで王城へ行っていたはずのステルが血相を変えて戻ってきたのだ。


「ルナ様、コルサリア様。至急お伝えせねばならないことがあります」


 コルサリアたちがなにか言う前に、ステルはチラリとアリスを見やる。

 その視線の意味を感じ取った二人は、リビングを出て廊下に行く。

 ステルの視線にはグランも頷いたため、アリスがこちらに来るようなことは多分ないだろう。

 廊下に出るなり、ルナが急かすようにステルに問いかける。


「それで、お話ってなんですか?」

「はい、先ほど王城へと向かったのですが、そこでは既に戦闘が行われた後でした。エイブレット王を狙ったアルテオ伯爵の反逆です。これに我が主が立ち向かわれたのですが、アルテオ伯爵を打ち倒した直後に、フラミレッタ王女を庇い傷を受けました」

「ッ!」


 ステルからの報告に、ルナとコルサリア二人が息を呑む。

 ルナはすぐに廊下を飛び出して王城に向かう準備を始めた。

 コルサリアは青い顔をしたまま、ステルに続きを促す。


「それで、シンジ様は……?」

「現在は傷も塞がり、王城の一室で寝ております。血を流しすぎたのか、意識を失ってはいますが、命に別状はないかと」

「そう、ですか……良かった」


 コルサリアはそれを聞いて安心したのか、床へと座り込んでしまう。

 その様子を見て、ステルが手を差し出し、コルサリアを立ち上がらせてやる。


「コルサリア様、お話はお伝えしましたので、まずはリビングへ」

「いえ、私もルナちゃんと一緒に王城へ行くわ。シンジ様のもとへ行かなければ」


 コルサリアはそう言うと、外套を着る。

 リビングでは、既に準備を済ませたルナとアリスがいた。


「アリスも連れてくの?」

「アリスちゃんがどうしてもって言うんですよ……」

「アリスもパパのとこに行くー!」


 コルサリアは少し考えて、結論をだす。


「うん、留守番させるよりかはみんなで行ったほうがいいかもしれないわね」

「みんなって言うと?」

「勿論、グランさんとステルさんにもついてきてもらうのよ」


 ルナが不思議そうに言うと、コルサリアは自信たっぷりにそう言った。

 グランを連れていくと、家の守りがなくなってしまうが、今はそれどころでは無い。

 そう思ったコルサリアだったが、思わぬところから反論が出た。


「申し訳ないコルサリア様。我はこの家の付近から離れることができんのだ」

「……どういうことかしら?」

「我に与えられた命令はこの家と皆様を守ること、我が王城に行くとその命令を破ることになってしまうのだ」


 ステルは影からルナたちを守る命令があるため、自由に動けるが、グランはステルよりも高いステータスを得る代わりに移動範囲が限られている。

 これは召喚魔法の弊害であり、破ることは出来ない。


「そうですか、なら仕方ないですね……」

「コルさん、家はグランさんに任せるとして、早くご主人様のとこに行かないと!」

「そうね。それじゃあステルさん、一緒に来てもらえますか?」

「承知しました」


 ステルは恭しく言うと、「失礼します」と言ってアリスを抱き上げる。

 小柄なルナや非力なコルサリアではアリスを抱えて走ることはできないため、当然の判断であった。


「それじゃ、行きましょう!」


 ルナの声を皮切りにコルサリアと、アリスを抱えたステルは夕暮れの中王都を走るのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ルナたちが王城に辿りついたのは20分ほど後のことだった。

 急いで走ってきたルナやコルサリアの額には汗が浮かび、息も絶え絶えとなっている。

 しかし、アリスを抱えて走ったステルは息を乱さないどころか、キャッキャと嬉しそうなアリスの相手をしてやっている。


「はぁ、はぁ……なんで、疲れてないんですか?」

「まぁ、鍛えていますからね」


 ルナはつい、いつ鍛えているのかと言いたくなったが、今はそんな場合ではないことを思い出し、門を守っている兵士のもとへ駆け寄る。


「止まれ!」


 国の正規軍だろうか、二人組の男が声を張り上げてルナたちを止めた。


(早くご主人様の所へ行きたいのに!)


 ルナは焦るが、焦ったところで何の解決にもならない。

 コルサリアが前に出て、男達に事情を説明する。


「あの、今日ここにシンジ様が。あの、その……」

「は?……えっと、シンジとやらがどうしたんだ?」


 慎司の元に駆けつけたい気持ちと、説明しなければいけない焦燥が混ざり、コルサリアの言葉は要領を得ない。

 ルナがそわそわしていると、ステルが抱えていたアリスを渡してきた。


「俺が説明してきます」

「え、ちょっとステルさん……?」


 ステルからアリスを受け取り、ルナが少し心配そうに見守る中、ステルはツカツカと男に歩み寄ると口を開く。


「どちらかが上に取りつないで貰えばいいだろう?」

「アンタは?」

「俺はシンジ様の部下だ。これで満足か?」

「ああ、少し待ってろ」


 男の内の1人は頭の回転が早いらしく、相方を城内へと走らせた。

 それを見たステルは腰を低くしたと思うと、次の瞬間にはルナとコルサリアの前からは忽然と消え去っていた。


「えっ?ステルさーん?」

「あらあら?」

「ステルならあっち行ったよー?」


 慌てる二人とは違い、ぽわぽわした顔でアリスが指さすのは王城。

 ルナはその意味を理解して、少しげんなりするのだった。


(絶対今交渉してます……ステルさんが王様あたりに掛け合ってるんです、絶対そうです)


 少しすると、ステルが戻ってくる。

 その顔には謎の達成感が見受けられ、ルナは思わず小声で聞いてしまう。


「何したんですか?」

「はい、ちょっと王様とお話を」

「ちょっとじゃないですよ!?……で、通れるんですか?」

「はい、快諾されました」


 ステルがそう言った直後、城内から戻ってきた男が待っていた方の男に耳打ちする。

 話を聞く途中にチラチラと向けてくる視線が何を意味するかはわからないが、別に敵対的な視線ではないため静かに待つ。

 やがて話が終わり、男はこちらに近寄ると礼儀正しく腰を折った。


「それではルナ様コルサリア様アリス様、並びにステル殿。案内しますのでこちらへ」


 ステルが何を言ったのかはわからないが、ルナたちはこうして王城内へと足を踏み入れたのだった。

神に愛されている男、慎司。(皮肉)

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