69.裏切りの魔族
謁見の間、エイブレット王の目の前で行われた裏切り行為。突然の事態に裏切り者以外は動けずにいた。
「アルテオ……伯爵。何をしている?」
放心状態から、いち早く立ち直ったエイブレットがアルテオに問いかける。
その声は震え、認めたくないという思いが慎司にも伝わってくる。
対して問いかけられたアルテオは、いつの間に持ち出したのか、右手に禍々しく脈動する一本の剣を持っていた。
「……何をしてる?わからないのか?」
「アルテオ伯爵、お前は私を裏切ると言うのか?」
「裏切るも何も、初めから仲間じゃないさ」
アルテオが立っているのは謁見の間のドア付近。すなわち逃げ道はアルテオが塞いでいるということだ。
そして、この段階になってまで動かない騎士団や近衛兵を見れば、全員が何らかの魔法によって麻痺状態になっていた。
アルテオは痺れで動けない貴族や兵士の間を悠々と歩き、王の元へと近づいていく。
「初めから、だと?」
「そうさ。エイブレット王、アナタは私を人間だと思っていたようだがな。アルテオが人間であったのは30年前の話だ」
「どういうことだ!?アルテオが人間じゃないとしたら、お前は何者なんだ!?」
畳み掛けるように明かされていく真実に、流石のエイブレットも語気が強まる。
既に顔は怒りで赤くなっており、握った拳はプルプルと震えている。
何者かと問われたアルテオは顔に手を当て笑い出す。
「クク……ククク。何者か、だと?そうだな、俺は──」
やがて、顔から手を離したアルテオの両の瞳は赤く染まっていた。
人間のような体躯に赤い瞳、それはまさしく魔族の象徴であった。
「──魔族ってやつさ」
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慎司はこの異常な状況の中で、冷静に考えを巡らせていた。擬態か何かの能力を使ってアルテオ伯爵に化けていた魔族は、どうやらエイブレット王を狙っているらしい。
慎司も他の兵士と変わらず麻痺を受けているのだが、症状は案外軽い。
他の兵士達が一切動けない中、慎司だけは辛うじて動くことができそうなのだ。
(だけど、今出ていった所で戦闘はできない。なんとかして麻痺状態から回復しねぇと)
打開策を考える間に、エイブレットと話す魔族へ、慎司は鑑定の力を向ける。
《アルバジル:魔族》
Lv.215
HP9000/9000
MP8000/8500
STR:900
VIT:850
DEX:870
INT:850
AGI:900
鑑定でステータスを見た慎司は、そのステータスの高さに驚愕した。
今まで一番レベルが高かったレストアとディランでさえレベルは200だったのだ。しかし、目の前にいるアルバジルという魔族のレベルは215。
この国で勝てる者などいないだろう。それ程までにアルバジルは強者だった。
(アルテマ、麻痺って治せるか?)
『恐らくもうすぐ自然治癒します』
声に出すと動けると勘付かれるため、慎司は心の中でアルテマと作戦を立てていく。
(それじゃ、治ったら一気に仕掛けるから、ブーストをしてくれ)
『知覚のブーストでよろしいですか?』
(ああ、頼む)
『わかりました』
慎司は自分の体から痺れが徐々に取れていくのを感じた。辺りに視線を向けても、麻痺から立ち直る素振りを見せるものは皆無。恐らく回復が早いのは慎司のステータスの高さ故だろう。
『あと15秒で回復します』
(ああ、わかった)
どういう理屈なのか、アルテマが自然治癒までの残り時間を教えてくる。
慎司はその言葉を聞き、思考を戦闘へと切り替えていく。
『3、2、1……回復しました。知覚をブーストします。戦闘時間は5分ですので、注意してください』
《麻痺耐性を習得しました》
アルテマがそう言うのと、長々と話したアルバジルがエイブレットに向けて剣を振り上げるのと、どちらが早かっただろうか。
完全に麻痺から回復した慎司は地を蹴り、顕現させた片手剣状のアルテマで、アルバジルの剣を受け止めた。
物凄い速さで振られた剣を受け止めた、その衝撃で慎司の髪が靡く。
「なっ!?貴様、何故動ける!?」
「さてね、取り敢えず王様には手を出させない……ぜっ!」
「ちっ!」
寸での所でエイブレットと剣の間に体を滑り込ませた慎司は、鍔迫り合いの状態から力を込めて、アルバジルを押し出す。
「何故動けるかなどはこの際どうでもいい。私の邪魔をするな、人間」
「はぁ?そんな話は聞けねぇな。これでも王様には借りがあるんでな!」
押し出したアルバジルが魔法を使うより先に、慎司は自ら距離を詰めて詠唱を潰しにいく。
魔法は例え無詠唱でも集中力が必要なため、剣で切り結んでいる間は、そう簡単には魔法を使うことができないはずだ。
(アルテマ!王様達はまだ回復してないのか!?)
『はい、少なくとも後10分はかかるでしょう』
(まじかよ、こいつを倒すしかねぇな……)
慎司の高いステータスをもってしても無効化することができなかったのだから、麻痺している者達はより酷い状況なのだろう。
エイブレット王がなんとか口を動かすことができるようだが、他の者達は全滅だ。
「余所見をしている場合か?余裕だな、人間!」
「ッ!お前程度になら負けないさ!」
今まで戦ってきた誰よりも素早いスピードで迫るアルバジルの剣を、慎司は受け止める。
禍々しく脈動するアルバジルの剣と、藍色に淡く輝く慎司の剣は、ほぼ互角のようで、決定打を与えられない。
「面白いな人間。私の動きに対応できるとはな」
「その減らず口を叩く暇があったら俺に傷でもつけてみろよ!」
慎司は勢い良く懐に飛び込むと、剣を横に薙ぐ。しかし、レベル215は伊達ではないようで、アルバジルはしっかりと横薙ぎに対応してくる。
唐竹割り、袈裟斬り、逆袈裟、切り上げ、刺突。様々な攻撃を繰り出すが、そのどれもがギリギリのところで防御される。
攻撃の度に謁見の間の床が抉れ、風を切り裂く音がする。
(剣の腕は互角ってとこか。それなら魔法だな)
慎司にはスキル《並列思考》があるため、剣を振りながらでも無詠唱で魔法を発動できる。
大規模な魔法は動けない兵士や王様達に当たる可能性があるため、範囲の狭い魔法を選択する。大規模な魔法はイメージ次第では敵味方の区別をつけることが可能だが、残念ながらそこまで気を回すほど楽な戦いではない。
「食らえっ!」
慎司は左から右へと剣を振った直後に、空いている左手を突き出し《ブライトランス》を放った。
アルバジルの顔に焦りが浮かび、生み出された5本の内2本がアルバジルに突き刺さる。
「ぐああああ!!」
「痛がってる暇はないぜ!」
脇腹に刺さった光の槍が、じわじわとアルバジルを苦しめていく。
苦悶の表情を浮かべて慎司の剣を捌くアルバジルだが、次第にその動きが鈍っていく。
(意外と呆気ないもんだな)
慎司がそう思った時、アルバジルの様子に変化が起こった。
「うああああああ……がああああああ!!」
突如咆哮を上げたかと思えば、さっきまでとは比べ物にならないスピードで迫ってきたのだ。
ブーストされた知覚でなんとか接近を察知して、慎司は剣を掲げる。
一瞬遅れてやってきた衝撃は、これまでの倍ほどで、剣を握る右手が嫌な音を立てる。
(力が上がってる、それに速さも……)
『恐らくリミッターを解除したのでしょう。絶大な力を一時的に手に入れますが、その後は反動で動けなくなるはずです。今は耐えてください』
アルテマの分析通り、アルバジルは脳のリミッターを外したようで、普通では有り得ない動きで攻めてくる。
慎司はなるべく周りに戦闘の余波がいかないように立ち回るが、それも段々と難しくなってくる。
「死ね!人間!!」
一際大きな吠え声と共に振り下ろされた剣を慎司は紙一重で回避する。
半身になった慎司は、反撃として剣を振り上げるも、アルバジルは超人的な反応速度で剣を避ける。
リミッターを外したことで周りが見えなくなっているのか、アルバジルの標的が慎司だけになっているのは僥倖と言えるだろう。
もし、今のスピードでエイブレット王たちを狙われてしまえば慎司が護り切るのは至難の技だ。
最初とは打って変わって防戦一方の慎司。
横薙ぎを屈んで避け、鋭い突きを見極め、避けれないものだけを受け流していく。
いつもならスローモーションに見えるはずが、アルバジルの速すぎる剣の速度では、なんとか見切ることができるぐらいだった。
『シンジ、次の突きの後がチャンスです』
「……ここだッ!」
だが、慎司にはアルテマが付いている。
アルテマはアルバジルの剣を観察し、筋肉の動きから剣の太刀筋を予測、さらにどの攻撃のあとがチャンスかまで演算した。
アルテマの言葉通りに一瞬の隙を突いて剣を振ると、突きを放ったアルバジルの体に一筋の裂傷が与えられる。
「ぐおお!?」
「残念だったなっ!」
噴き出す鮮血を無視して、慎司は追撃をしかける。
裂傷に怯んだアルバジルの胸に、腕に、脇腹に次々とダメージを与えていく。
そして、ついにアルバジルが膝をつく。
「くそっ!私がどれだけこの計画のために……!くそ、くそ、くそ!」
「知るかよ、そんなこと。じゃあな」
傷口を手で押さえ、何事か喚くアルバジルを前にして、慎司は冷徹に剣を振り下ろした。
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フラミレッタは困惑していた。
どうして信頼のおけるアルテオ伯爵が裏切ったのか。
どうして自分の体は動かないのか。
どうして父であるエイブレットの前にアルテオ伯爵の姿をした魔族が立っているのか。
(私は、ここで死ぬのでしょうか。あの魔族に殺され、お父様もお兄様もみんな……)
エイブレットと魔族が何か話しているが、1度に考えることが多すぎて混乱した頭には、言葉など何も入ってこない。
(退屈な日々を壊してとは言ったけれど、私はこんなの望んでいないわ……。尊敬するお父様やお兄様の犠牲の上に成り立つ刺激なんて、いらないです。だから、やめて。死にたくない)
やめて、と口にしたくても、痺れた体はいうことを聞かない。
無常にも魔族が剣を振り下ろし、エイブレットの首をはねようとした時、いつの間にかシンジがエイブレットと魔族の間に割って入っていた。
(シンジさん、でしたか。なんとお強い方なのでしょうか……)
フラミレッタの目の前で行われる戦闘は、たまに見ていた騎士団の訓練風景なんかとはまったく違った。
目で追えないほどの速さの踏み込みに、音速を超えるのではないかと思えるほどの鋭い攻撃。
剣を打ち合う度に響く金属質な音が耳を貫く。
(罪人としてここに連れてこられたというのに、どうして守って下さるのでしょうか。……シンジさんは、そんなにも優しい方なのでしょうか)
何故か、そんな事を考えることができるほどに、フラミレッタは安堵を覚えていた。
目の前で戦っているシンジならば、自分を──皆を守ってくれる。
そんな気がしたのだ。
(理解出来ないほどの戦闘力、見えない太刀筋に無詠唱の魔法。シンジさんは私の知る戦闘というものを遥かに越えている……!)
フラミレッタは勉強として戦術や戦について学んではいたが、シンジの様な出鱈目な存在は見たことも聞いたこともなかった。
(シンジさんならば、あの魔族を倒してくれるはずです。ほら、もう魔族は虫の息じゃないですか)
フラミレッタに1度も攻撃が飛んでくることなく、シンジは魔族に膝をつかせていた。
そして、剣を高く振り上げ、一閃。
(シンジさん、カッコイイ方ですわ。あの強さに加えて私達を守ろうとする精神。騎士の鑑ですわ)
心の中で絶賛し、シンジの顔を見た瞬間、フラミレッタは不思議に思った。
(どうして、あんなに慌てていらっしゃるのかしら?)
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剣を一気に振り下ろし、慎司はアルバジルに止めを刺した。
そして、エイブレット王たちに状態異常の回復魔法をかけるべく、振り返った瞬間。
慎司の背筋が凍りついた。
フラミレッタ王女の後ろにいるのは、目が赤く光る近衛兵。
麻痺で動けないはずのその1人が、こちらを見るフラミレッタ王女の背中に剣を突き出して──
(くそっ!間に合え!!)
──鮮血が舞った。




