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68.謁見、対話、そして

 

 目の前を歩くジスレアの背中を追って、慎司は王城内を歩いていた。


(うへぇ……高そうな物ばっか置いてある)


 ジスレアに同行することで初めて立ち入った王城だが、まず衛兵の質の高さに驚かされ、次に内装の豪華さに驚かされた。

 王城前の門では、ジスレアが一言か二言話すと、それまで殺気すら放っていた衛兵は一気に態度を軟化させていた。かなり訓練されているらしく、見ただけで強さを感じ取れた。

 重厚なドアを開くと、王城内に広がるのは煌びやかな装飾の数々。

 天井から吊るされたシャンデリアに、さりげなく置かれている意匠を凝らした壺。廊下に飾られる絵画はとても精緻で、敷かれたカーペットは最高級品だと思われた。


(しっかし、なんで話を聞いてくれたりするのかね。普通なら即刻処刑とかじゃないのか?)


 慎司は処刑される気などサラサラなかったが、無実とは言わないでも、こちらが被害者であることは主張しておきたかった。

 何故話を聞いてもらえるのか──それはジスレアの話を聞いた国の上層部が慎司を危険視したからだ。

 人間を氷漬けにするほどの魔力量に、Sランクという肩書き。

 ジスレアが話を通すまでは、貴族を殺したとして有無を言わさず死刑にするつもりだった上層部だが、ジスレアの話を聞いて態度が一変した。


「さてシンジ殿、まずはこの部屋で待っていてもらえるだろうか」

「ん、ああ。わかりました」


 罪を犯した人間に対してはもっと厳しい態度を取るのだと慎司は思うのだが、ジスレアは丁寧に接してくる。

 街中で遭遇した2人組の男はかなり喧嘩腰で接してきたが、威圧するとすぐに大人しくなった。

 対して遅れてやってきたジスレアは最初からこちらに丁寧に接してきた。


(……何を考えてる?俺に恩でも売るつもりか?)


 ジスレアに通された部屋は、なかなかに広い1室で、中央に置かれたテーブルを挟むようにソファーが配置してある。

 壁にかけられた高級時計はカチカチと時を刻み、その音がやけに大きく聞こえた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 慎司を部屋に通したジスレアは、足早に謁見の間に向かっていた。

 今回の事件でアルシェ男爵が死んだわけだが、相手が相手なだけに、ジスレアの話を聞いた上層部は慎重案を採用した。

 つまり、国に多大な被害をもたらしかねない危険な人物と敵対するよりは、話を聞くという振りをして友好関係を結びたいと考えたのだ。


(……これで、この国が滅びるなんてことは回避できたな)


 胸をなで下ろすジスレア。

 その心の中は安堵でいっぱいだった。


「失礼します。ジスレア・オルタンスです」


 考えに耽る内にたどり着いた目標の部屋の前に立ち、ジスレアは軽くドアをノックする。

 しばらくして、中から「入れ」という声が聞こえてきた。


 部屋には男性が1人と、執事らしき人が立っていた。

 豪華な装飾で彩られた服に身を包むのは、アルテオ伯爵だ。

 ジスレア自体はあまり好きではないのだが、アルテオ伯爵の人気はそれなりに高い。

 ただ、ジスレアはどうしてもアルテオから時折向けられる視線が嫌いだった。

 まるで、こちらの全てを見透かしたような視線はどうしても好きになれない。

 そう思っていると、アルテオ伯爵からジスレアに声がかかる。


「さて、シンジ殿はお連れできましたか?」

「はい、今は応接室に通して待たせています」

「ふんふん。……陛下のご意見を頂くまではあまり時間がないね。手短に話そう」


 アルテオ伯爵はそう前置きしてジスレアの目をじっと見つめる。

 アルテオ伯爵の二つの碧眼がジスレアの目を掴んで離さない。


「君から見て、シンジ殿──彼はどうだい?いざとなったら押さえ込めるのかい?」

「……申し訳ありませんが、私では不可能です。私は多少腕に自信がありますが、どうしても彼には勝てるヴィジョンが見えません」

「ほう、騎士団でディランに次ぐ強さを持つ君にそこまで言わせるなんて、かなりの実力者のようだね。これは確かに君が言ったとおりに味方に引き込むべきのようだ」


 ジスレアが正直に話すと、その言葉を聞いたアルテオ伯爵も片手で顔を覆う。

 ジスレアとしては、案外すんなりと自分の話を聞き入れられて拍子抜けしていた。


(思ったよりも、この国は腐っていないのかもな)


 今回死んだアルシェ男爵のように私腹を肥やすだけの名ばかり貴族も多々いるが、アルテオ伯爵のような聡明な人物がいるのならば、この国も安泰ではないだろうか。

 そう思わせるほど、アルテオ伯爵は柔軟にジスレアの意見を受け入れてくれていた。


 アルテオ伯爵の聡明な一面を垣間見たジスレアは、チラリと時計に目をやる。


「ふむ、そろそろ時間だろう。君はシンジ殿の元へと戻るといい」

「はっ、失礼いたします」


 今回の事件に関して、王からの言葉を受け取るまでは残り10分程だ。作法について教えておく時間を考えると、あまり時間はない。

 アルテオ伯爵もそれを感じ取ってくれたのか、送り出してくれた。


 伯爵の部屋を後にして、ジスレアはニヤけそうになる口を押さえる。


(案外すんなりと話を受け入れてくれたな。もっと我の強い方だと思っていたが……。まぁいい、まずはシンジ殿が陛下に失礼の無いように作法を教えておかねばな)


 ジスレアは王城にやってきた時よりも軽い足取りで応接室へと向かうのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 応接室で待機していた慎司は、戻ってきたジスレアと作法について話をした後、謁見の間と言われる場所へと案内された。


「いいか、陛下に失礼のないようにしてくれよ?」

「あー、俺そんなに作法とかできないし、教えてもらった付け焼刃で平気ですかね?」


 慎司はいざ王との謁見となると尻込みしてしまっていた。

 失われた記憶ではどうだったかはわからないが、少なくともこれまで慎司は高貴な立場にある人間と対話したことなど皆無だ。

 ルガランズ王国の作法について軽く教わったものの、実践するとなるとこれまた難しい。


(尋問とかの方がよっぽど良かったぞこれ。なんで王様と話すことになってんだよ)


 心中で愚痴を零しながら、慎司は頭の中で教えてもらった作法を反芻(はんすう)する。

 教えてもらったのは王の前では許可なく喋らないことと、基本は顔を伏せておくことだった。


(まぁ、なるようになれだ)


 慎司は覚悟を決めて謁見の間へと足を踏み入れる。

 先ほどいた応接室が馬鹿らしくなるぐらいに広いその部屋は、天井から吊るされた光り輝く4つのシャンデリアや、部屋の壁に嵌め込まれた透き通るガラスの窓のお陰で見る者を圧倒する。

 何より慎司を驚かせたのは、奥にある玉座に続く赤いカーペットを挟むようにして整列している貴族や騎士たちの姿だった。


(うっへぇ……威圧感半端ねぇぞこれ)


 慎司がそう思い、四方からかけられる重圧に辟易としていると奥にいる騎士然とした男が声を張り上げる。


「クロキ・シンジ殿、前へ!」


 その声を受け、慎司は教えられた作法を頭に浮かべて玉座の前まで歩いていき、その場で(かしず)く。


「今回の事件であるが、周りにいた民の話を聞く限りこちらにいるシンジ殿には特に非がないように思われる。しかし、殺人を犯してしまったのはかなり重く、過剰防衛ともとれる」


 顔を伏せた慎司の頭上でつらつらと言葉を並べるのは宰相だろうか。どうやらジスレアの話は嘘ではないようで、平民だからといって事情をまったく無視されるということは無いようだ。


「さて、この事についてシンジ殿から何か申し開きはあるだろうか。あるならば嘘偽りなく話したまえ」


 これも聞いていた通りで、宰相はこちらの話を聞く気のようだ。


「いえ、特に話すことはありません。お話された内容は全て正しく、俺から訂正するような事は一つもありませんので」


 だが、慎司は折角もらったチャンスを自ら投げ捨てる。

 コルサリアを守るためにした行動に後悔はしていないし、いざとなれば逃げ出すことは容易だ。

 逃亡生活はできれば御免被りたいが、慎司はなんとなく許してくれそうな雰囲気を感じ取っていた。


(なーんか、俺にそんな悪い雰囲気じゃないんだよなぁ。どちらかと言えば、友好的な感じだ)


 そう、謁見の間に踏み入った瞬間から今に至るまで、殆どの視線が慎司に対して好意的なものだった。

 呼ばれた理由は事件についての申し開きかと慎司は思っていたのだが、他にも理由がありそうだ。


「……それではシンジ殿、エイブレット陛下からお言葉を頂く、傾聴せよ」


 宰相らしき人物がそう言うと、慎司の頭上で誰かが立ち上がる気配がした。

 そして、エイブレットは口を開いた。


「まずはシンジと言ったか。顔をあげたまえ」


 慎司は言われた通りに伏せていた顔をあげる。すると、目の前には立ち上がりこちらを見下ろすエイブレットの姿が目に入る。

 座っていたのであろう玉座の横には、アリスより少し年上に見える可愛らしい少女──恐らく王女が立っていた。

 その横には王子と(おぼ)しき青年も立っている。


「さて、シンジよ。其方はどうしてアルシェ男爵に力を振るったのだ?」

「はっ、彼は私の大切なものを理不尽に奪おうとしたのです。段取りを取っての接触ならまだしも、あのような強引な手は認められませんでした」

「ふぅむ。大切なもの、か……」


 宰相の『嘘偽りなく』という言葉を違えることなく慎司はエイブレットの言葉に答える。

 すると、エイブレットは立派に蓄えられた顎髭を撫でながら唸る。


「シンジよ、其方は大切なものの為ならば国を敵に回すことすら厭わないのか?」

「はっ、勿論です。私にとって大事なのは大切なものを守ることであり、それを奪うのであれば例え相手が誰であろうと容赦はしない心構えです」


 そう慎司が答えると、急にエイブレットは笑い出した。

 カラカラと笑うエイブレットの様子に慎司は困惑するが、周りは皆いつも通りだと言わんばかりに表情を変えていない。

 やがて笑いが収まったのか、エイブレットは再び口を開く。


「いい心構えだ。どうやら今回は本当にアルシェ男爵が悪かったようではないか。やや過剰防衛ではあるが、その心意気は気に入った」

「……ありがとうございます」

「うむ、今回の件は特にお咎めなしとしようではないか!……と言いたいが、それでは周りが納得しないのでな。其方には貸一つという事でどうだろうか?」


 何故か一気に話しやすくなったエイブレットは、慎司に貸一つと言い出した。

 予め決まっていたのか、周りからも反論の声は上がらない。

 むしろ、ジスレアやハーヴェン等は見るからに安心している。


(あ、ハーヴェンいたのか)


 物凄く失礼な事を考えつつも、慎司はエイブレットの言葉の真意を図りかねていた。

 貸一つということは、これから何か頼みごとをされた時は断れない。

 国からの頼みごと等面倒なことこの上ないのだが、ここは素直に受けておくべきだろうか。


(うーん、まぁいいか)


 慎司はそう楽観的に考え、エイブレットの提案を受けることにする。


「わかりました。何かあればこの借りを返すべく微力ながら私の力を振るいましょう」

「うむ、受けてもらえて助かるよ。それでは今回の件はここまでだ。皆の者もよいな?」


 エイブレットがそう言うと、整列していた全員が頷く。

 そして、宰相が慎司に退室を促そうとして口を開きかけたその時──


「何をする!?」

「伯爵殿!?」


 慎司の後ろから驚愕と悲鳴の声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこには赤い目をしたアルテオ伯爵が不敵な笑みを浮かべて立っていた。


人物まとめとか需要ありますかね?

もしあるなら近日まとめを出そうかな……と。


※一部修正を加えました。

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