67.或いは騎士から
少し長めです。
アルシェ男爵が氷漬けとなった姿で発見されてから2時間後、ジスレアを筆頭とした騎士団第5部隊は当事者と思われるSランク冒険者の『シンジ』の姿を探していた。
王都はかなり広く、姿を隠されてしまえば見つけることは容易ではない。今回の事件が起きてから僅か2時間という驚異的な速さで人物特定と搜索が開始されたのは異例の出来事である。
「いいか!絶対にシンジを見つけ出せ!草の根掻き分けてもだぞ!」
ジスレアの切羽詰った声が響き渡る。
何が怖いのかは騎士達には分からないが、その顔は恐怖に歪んでいるように見える。
(いやー、なんか隊長必死すぎねぇか?)
搜索を続ける第5部隊に所属するデルバートは、いつも冷静なジスレアが声を荒らげている様子を見てそう感じた。
普段は物事を客観的に捉え、冷静沈着な態度を貫くジスレアだが、今のジスレアはデルバートから見れば明らかに平常心を失っている。
(うーん、どういうことだ?シンジって奴はそれほどに危険な奴なのか?……でも今までそんな奴の名前は聞いたこともないしなぁ)
王都の大通りを外れ、入り組んだ裏道を歩いていく。
大通りの搜索は4人で1組だったが、裏道を搜索する時は数を減らして2人で1組だ。
これは単純に道幅が狭くて4人で歩くのには窮屈なのと、2人で1組の方が効率がいいからだ。
デルバートは未知の危険性を孕んでいる今回の目標の『シンジ』について考えを巡らせるが、元々そこまで頭の回転がいいわけでもないため、すぐに諦める。
(まぁ考えても仕方ねぇな。とにかく探すか)
デルバートは空回りしていた思考をそう片付け、隣を歩く相棒に声をかける。
「オーウィン、次は何処を探す?」
「そうだな、もう少し北を探してみよう。普通は現場から離れるはずだからな」
「それもそうか。んじゃ北だな」
デルバートが声をかけたのは、オーウィンという男だ。輝くような金髪と整った顔立ちはまさしくイケメンというに相応しいものであり、デルバートはつい嫉妬してしまう。
そんなデルバートは燃えるような赤毛に精悍な顔立ちで同じく恰好いいのだが、格好良さのベクトルが違うために2人はお互いに少しだけ嫉妬の心を持っていた。
デルバートはオーウィンの言ったとおりに北へと向かう。
入り組んでいる道は確かに姿を隠すのにはもってこいだろう。いつも巡回では通らない道のために、迷いそうになる。
(しかし、裏道だからか人がいねぇな)
裏道を歩き続けるも、デルバートは今まで1度も人に出会っていない。もしかしたら相手側が先に気づいて避けているのかもしれないが、避ける理由も思い当たらない。
これは、裏道を行き来する盗賊紛いの者達や孤児が騎士鎧を見て警戒しているだけなのだが、デルバートはそこまで思い至らなかった。
それから人気のない道を15分ほど歩いていると、裏道から覗く大通りを指さしてオーウィンが話しかけてくる。
「デルバート、奥に誰かいるぞ」
「ん?……って黒髪に、目はわかんねぇな」
「ああ、だが目標の可能性は十分にある。行こう」
オーウィンの指さす方向に目を向ければ、確かに黒髪の男が歩いている。隣には銀狼族の女がいるが、今回は目標に含まれていない。
(しかし、なんで『シンジ』とやらは黒髪を隠していないんだ?追われていないとでも思ってんのか?)
普通罪を犯して逃げるならば、その特徴的な黒髪はフードを被るなりして隠すだろう。
しかし、現在追っている男はフードなんてものは被っておらず、装備品も普通のもので特に目立ったものはない。
ただ『シンジ』らしき男が剣すら持っていないのは、少々気になる。
(拳闘士……か?)
専攻職の中には、己の拳で戦う拳闘士というものがある。
しかし、拳闘士であったとしてもガントレットやナックルダスターすら装備していないのはおかしいとデルバートは思う。
デルバートの知り合いにも拳闘士はいるが、知り合いは耐久性に優れたナックルダスターを装備していた。
(いろいろと怪しい奴だな)
なんだかちぐはぐな印象を受ける『シンジ』らしき男を追いかけながら、デルバートはオーウィンに目配せをする。
すると、オーウィンも意思を汲んでくれたようで通信用の魔道具を腰の無骨なポーチから取り出す。
「恐らくアイツが『シンジ』だ。隊長に連絡してくれ」
「ああ、任せろ」
デルバートは小声でオーウィンにそう伝えると、自分はマーキング用の魔道具を取り出し、それを自分に使う。
マーキング用の魔道具は、矢のような形状をしており、それを当てた対象に微量ながらも魔力によるマーキングを行い発信機と同じ役割を果たしてくれるものだ。
マーキングをつけた対象の居場所は、ジスレアが持っている魔道具に表示されるため、後はジスレアが来るのを待つだけだ。
ここで何故『シンジ』ではなく、自分に使ったのかと言う話になるが、相手が魔物であるならば魔物に直接使えばいいが、今回の対象は人間だ。間違いなく気づかれてしまう。
そうなれば即座に逃げられ、何らかの対処を施されるだろう。デルバートが知る中でも、マーキングの魔道具の効果を打ち消すのは意外と簡単だったりする。
それならば、尾行する自分の位置をジスレアに伝えることで対象に気取られることなく、間接的に対象の位置を知らせることが出来る。
それをわかっているオーウィンも、ジスレアにはそのことを伝えているため間違えるなんてことは無い。
(我ながらよく考えた作戦だぜ……)
デルバートは自信たっぷりにニヤけ、最新の注意を払いつつ尾行を続けるのだった。
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慎司はコルサリアと歩きながら、先程から後ろをついて来る2人組の存在を感知していた。
(尾行……されてるな)
ただ、尾行されているとわかっていても振り切るのは現状得策ではないだろう。
これが騎士団であれば話ができるが、相手がアルシェ男爵側の者だと難しい。
騎士団は街の治安を守るために捕縛を目的に来るだろうが、そうでない場合は確実に慎司の事を殺しに来たのだろう。
そうなると、隣にいるコルサリアが危険に晒されてしまう。できればそれは避けたかった。
そう考えて、慎司はコルサリアに声をかける。
「コルサリア、悪いが今日は先に帰っててくれないか?寄っていきたい所があるんだよ」
「え?それなら私も付いていきます、シンジ様」
予想通りの返事とともに首をかしげ、つぶらな瞳で見つめてくるコルサリアに慎司は罪悪感を覚えるが、ここは騙されてもらう。
「いや、コルサリアには内緒の買い物なんだよ。家で楽しみに待っててくれないか?」
「え?……あっ、えと……はい」
そう言うと、コルサリアは頬を赤く染めてもじもじとし出す。
大方プレゼントでも買うと思われたのか、大人な買い物をすると思われたのだろう。実際には単独行動するための口実だが、騙されてくれるならそれでいい。
「んじゃ、また後でな」
「はいっ、お気を付けて。後お金は計画的に使ってくださいね?」
「わ、わかってるさ」
最近ルナに感化されているのか、お財布事情に厳しいコルサリアに気圧されつつも、慎司は1人歩き出す。
コルサリアが去った跡に何かあると困るため、慎司はステルを呼ぶ。
「ステル、いるか?」
「ここに」
「コルサリアが家に帰るまで護衛してやってくれるか?」
「問題ありません」
「んじゃ頼むわ」
「任されました。それでは!」
呼んだ瞬間どこからともなく声が聞こえるが、慎司にはなんとなくの場所が把握できるため、そちらへ視線を向けつつステルに護衛を頼む。
随分と大雑把な頼みだったが、ステルは問題ないと言ってコルサリアの元へと向かってくれた。
(よし、これで後は尾行してる奴をおびき寄せるだけだな)
街中でなにかしてくる奴はいないと思って油断していたが、突然アルテマから「魔力感知にずっとついて来る反応がある」と言われた時は焦った。
慌てて魔力感知を広げてみれば、確かにずっと同じ距離を保つ存在が2つ存在していた。
「アルテマ、どうやって誘えばいい?」
『そうですね、人気のいない場所に行けば自ずと接触してくるはずです』
「そうだな、んじゃ裏道にでも入るか」
尾行してくるのだから、1人で接触しやすい裏道にでも入れば勝手に来るだろう。
そう考えた慎司はアルテマの言葉に従って裏道へと入る。
すると、思った通りに尾行の2人はついてくる。しかし、何故かそのまま一定の距離を保って接触はしてこない。
(んー……なんで接触してこないんだ?もしかして仲間を待ってたりするのか?)
慎司の考えは外れていないが、尾行している2人がそう考えてるかどうかは慎司が確証を得ることは出来ない。
(まぁ、来ないならこっちから行くか。別に死にはしないだろうし)
慎司はそう考えると、感知している2人組の元へと転移した。
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デルバートは、突然隣の女を追いやり1人で裏道に入った男を警戒していた。
何故突然自分たちの都合がいいように動き出したのか、もしかしたら罠ではないか、そう思ったが絶好の機会でもあるため誘われるままにオーウィン共々2人で裏道へと入っていった。
(隊長は5分ほどしたら来るだろう、それまでは待つしかないが)
オーウィンの話では、残り5分ほどでジスレアが到着するらしい。
デルバートは残り5分の間対象を見失わないように改めて気を引き締めた。
「オーウィン、道が入り組んでるから見失いやすくなる。そんなヘマはしないと思うけどな」
「油断は命取りだ。隊長が必死なのはデルバートも見ただろう?」
「ああ、見失ったとか言ったら首が飛ぶな。物理的に」
そんな軽口を交わすものの、その目はずっと『シンジ』を捉えている。
そして、『シンジ』が角を曲がったその瞬間、背後に何者かの気配を感じて2人は同時に後ろを振り向いた。
そこにいたのは、先程まで前を歩いていた『シンジ』であり、2人は動揺を隠せない。
(おいおいおい……どういうことだ、これ?)
デルバートは自分の背中に冷や汗が伝うのを感じた。
目の前に立つ『シンジ』という男は報告通りに黒髪黒目であり、嫌でも氷漬けのアルシェ男爵を想起してしまう。
「尾行に気づかないとでも思ったのか?」
そう口にする『シンジ』に、デルバートもオーウィンも言葉を返せない。
ここで尾行していたことを認めれば男は逃げるか、デルバート達を殺しに来るだろう。そして、気づいていた等と言うのだから尾行していないというのも、かなり苦しい。
2人が何も言えないでいると、『シンジ』は再び口を開く。
「沈黙は肯定と受け取るが?」
(くそっ、マズい……なんとかして隊長が来るまでの時間を稼がねぇと)
何故『シンジ』が突然後ろに現れたのかはわからないが、この状況は非常に不味い。
ジスレアが来るまではまだ時間が少しある上に、急ぐように連絡することもできない。
しかし、現状打つ手がないのも事実であり、デルバートは普段使わない頭を高速回転させる。
「……見たところ騎士団の奴か。何の用があって俺を尾行していた?」
「……それは、アンタが1番わかってるんじゃねぇのか?」
「ふむ、貴族を殺してしまった事についてか?」
取り敢えず話をして時間を稼ごうとするデルバートだったが、『シンジ』は考え込むこともなくズバズバとこちらの行動理由を当てていくため話を長引かせることが出来ない。
(ちっくしょう……隊長はまだか!?)
話しているうちに気づいたことなのだが、『シンジ』はどこにも武器を装備していない。
剣も、杖も、弓も、槍も持っていない。
隠すことができる短剣でさえ、『シンジ』の見た目的には持っていないように見える。
「さて、どうだか。誰かさんが貴族を氷漬けにしちまったせいで現在騎士団は大騒ぎだよ」
「ほう、それは悪いことをしたな……」
(なんだこいつ、悪気があったりした訳じゃないみたいだな。街のみんなからの報告にもあった通り、男爵が何かやらかしたんだろう)
意外にも申し訳なさそうな顔をする『シンジ』にデルバートは困惑するが、時間稼ぎのためにも話を続ける。
「現在アンタには捕縛命令が出てたりする。大人しく捕まってくれはしないか?」
デルバートがそう言った瞬間、『シンジ』の纏う雰囲気がガラリと変わった。
「どうせ俺を処刑するんだろう?あっちが悪いという言い分もどうせ聞き入れられないだろうしな」
「……ッ!」
その雰囲気の変化に、デルバートは息を呑む。
さっきまではただの冒険者程度だったが、今は違う。その顔に浮かぶ表情は呆れに近いが、明らかに敵意を感じるのだ。
(なんだよこれ、なんだよこれ!……ふざけんなよSランク冒険者?違うね、これはそんな程度のものじゃない!)
その敵意を感じたデルバートは心の中で悪態をつく。ただ対面しているだけで感じる死の恐怖。
まるで自分の心臓を無造作に握られているような錯覚さえ覚える。
腰にある剣につい手が伸びるが、それを握ったが最後、デルバートは死を迎えるだろう。
それほどまでに圧倒的な実力の開きを感じて、デルバートの体が震える。
着ている鎧がカタカタと音を鳴らし、止めたくても歯の音がガチガチと噛み合わさるのを止められない。
(無理だ。こんなの捕縛なんてできっこない)
本来捕縛というのは余力がある場合にのみできるものだ。実力が上の相手を捕縛するのはどう考えても自殺行為だ。
(隊長はまだなのか!?)
隣にいるオーウィンと2人で攻撃した所で何も変わらないだろう。
死ぬのが順番か同時になるかどうかだ。
もしかしたら隊長なら──そんな希望を抱くものの、一向にジスレアは姿を現さない。
「どうした?震えてるみたいだが?捕縛するんじゃないのか?」
「ッ!へ、へへ……確かにアンタは強い。だがな、上には上がいるのを忘れてないか?」
「ほう、続けてみろ」
言葉を選んで怒らせないように、かつ興味を惹くような話題で時間を稼ぐ。
デルバートは実際にジスレアと戦ったことがある訳では無いが、基本的に隊長格の人物は皆化け物じみた強さを持っている。
それに、ジスレアはディランに次ぐ騎士団のナンバー2だ。負けるとは思えなかった。
「我々騎士団には隊長がいる。ジスレア隊長は強いぜ、アンタじゃ勝てないよ」
「……そのジスレアってのはディランって人よりも強いのか?」
勝ち誇った様にデルバートは言ったが、その顔が『シンジ』の言葉で凍りつく。
(ちょっと待て……どういう意味だ?なんでディラン様がでてきた?まさか、まさかまさか……!)
デルバートは物凄く嫌な予感がしつつも、聞かずにはいられなかった。
「い、いや。流石にディラン様には劣るが、それがどうした?」
「……ディランさんなら俺も勝てるだろうよ。ジスレア隊長にも勿論勝てるな」
「おいおい、ただの貴族殺しじゃなくてホラ吹き野郎だってのか?ディラン様は騎士団最高の剣士なんだぞ!?」
デルバートは気絶しそうになるが、気合で意識をつなぎ止める。ここで意識を失えば時間稼ぎが意味をなくす。
オーウィンもそう思っているのか、腰が引けているものの意識だけは保っていた。
(ふざけんな!ふざけんなよ……!ディラン様が勝てないって、こんな化け物誰が捕まえられるんだよ!)
デルバートはそう思い、自分の命が繋がれている現状に笑ってしまう。
(隊長が来ても何にも変わらねぇ……こいつを縛ることなんて出来やしない)
対面しているだけで震え上がるほどの圧力。そんなものはこれまでの人生で感じたことがなかった。
唯一の希望であったジスレアさえ勝てないとなれば、さっさとどこかに消えてもらって自分の命を守るのが得策ではないのだろうか。
そう考えた直後に、希望であったはずのジスレアの声が聞こえてきた。
後ろからジスレアが来るのがわかるが、デルバートとしてはできれば来て欲しくなかった。
「デルバート!オーウィン!……無事か!?」
真っ先にこちらの心配をしてくる辺り、ジスレアは『シンジ』の危険性をわかっているのだろう。
現にジスレアの声は少し震えていた。
「アンタがジスレアさんか?」
「あ、ああ……そうだ。貴方にご同行願いたくやって来た」
「同行?連行の間違いじゃないのか?」
デルバートとオーウィンを追い越し、2人の前に立つジスレアが『シンジ』と話を始める。
妙に低姿勢なジスレアだが、あの圧力を受ければ自然なことにも思えた。
「い、いや。連行なんてできない。今回の事件は男爵側に非があるようなのでな、両者の話を聞いた上で判断をするのだ」
「……てことは、俺の話もきっちり考慮してくれるのか?」
「勿論だ、公平を期すために王の立会いの元で話を聞くことになっている。王城までご同行願えないだろうか?」
大胆にも王の前で話をするというジスレアの言葉にデルバートは驚いたが、『シンジ』は何かを考えると頷いて、口を開く。
「わかった。同行しよう」
「わかってもらえて助かる」
なんとか話を決着させたジスレアにも驚いたが、デルバートは突然友好的な態度をとった『シンジ』にかなり驚いた。
「デルバート、オーウィン。2人は皆にこの事を伝えて王城に急いで」
「はっ!了解であります!」
ジスレアの言葉にデルバートとオーウィンはその場を一気に走り去る。
(あんな所には一秒も長く居たくねぇからな)
デルバートはそう思うと、言われた通りに第5部隊への連絡を始めるのだった。
デルバートくんはギリギリで失禁は免れてます(謎の報告)




