66.初動
ジスレア・オルタンスは目の前にある不思議な氷象を眺めていた。
奥がはっきりと見えるほどに透き通った氷の中に、色々と噂の絶えないアルシェ男爵が閉じ込められているのだ。
(これは、魔法?……だとしてもこんな強力な魔法は聞いたことがない)
一足先に現場に到着していた第五部隊の者に聞いたところ、男爵を氷漬けにしたのは黒髪黒目の男らしい。
どうやら、男爵がいつもの悪い癖をだして男の奴隷を無理やり召抱えようとしたところ、激昂した男に氷漬けにされたようだ。
一部始終を見ていたという者達は全員が口を揃えて『男は悪くない』と言っている。
他人の奴隷を無理やり奪うのは犯罪であるため、勿論その点では男は正当防衛となっただろう。
しかし、氷漬けにして殺してしまったとなれば、それは過剰防衛になる。
(だが、これ程までに強力な魔法を使う者を捕らえることなどできるのだろうか)
過剰防衛となるならば、男を連行して話を聞かなければならない。その上で、犯罪者として扱うかどうかが決まる。
ただ、日頃から訓練をしているとはいえ、目の前で氷漬けになった男爵を見ると、流石のジスレアも男が逃げた時に捕らえる自信が無い。
(それに、私は魔法は苦手だからな……)
ジスレアは剣の腕は騎士団の中でディランに次ぐナンバー2の実力者だ。
しかし、昔から魔法は苦手としておりほとんど使うことが出来ない。
弛まぬ努力によってなんとか初級魔法ぐらいは発動できるようになったが、それも火属性だけだ。
そもそも魔法適性が火属性しかないジスレアはそれ以外の属性に魔力を変質させることができない。
(魔法ならやはり宮廷魔術師に出てきてもらう他ないか……)
宮廷魔術師は、その凄まじいまでの魔法の才能を王の役に立てるべく、日夜魔法の研鑽を積んでいる。
宮廷魔術師は全部で6人。火、水、風、土、光、闇の六属性毎に1人だ。
今回出てきてもらうとなれば、水の宮廷魔術師だろう。
(しかし、ぶ……アルシェ男爵が死にましたか。彼にも天罰が下ったと言うべきでしょうか)
かくいうジスレアも何度か舐めまわすように肢体を見られ、肥太った体と汚らしい声で幾度も勧誘されている。
そのため、ジスレアは殺されたのがアルシェ男爵だとわかると喜びさえ覚えた。不謹慎だと思いつつも、嫌いな人物の死を喜んでいる自分にジスレアは嫌悪感を覚えたが、深く考えないことにした。
そうでもしないと仕事に集中できそうになかったのだ。
(まぁ、まずは黒髪黒目の男とやらの搜索からね)
ジスレアは男の身長や人相、特徴などを集めだすのだった。
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一方、慎司は自分が探されていることなどお構い無しに王都をブラブラと歩いていた。隣にはコルサリアが難しい顔をしながら付き添っている。
「なぁコルサリア。貴族殺すのってやっぱり不味いよなぁ?」
「……はい、脅すぐらいに留めておくべきだったと思います」
「でもなぁ……手が動いちゃったんだよなぁ」
流石に自分の行動の異常さを自覚している慎司はめんどくさそうな声をあげながら歩く。
コルサリアにアルシェ男爵が手を伸ばした時、慎司は奪われると思った。それと同時に奪われたくないとも思った。
黙って見ていて奪われるのは嫌だと感じた慎司は、突発的に護衛の首を切り飛ばし魔法を使った。
慎司は1度大切な何かを失っている。『記憶』を、『思い出』を失った。
1度はルナの献身的な行動に救われた。しかし、2度目となればどうなるかわからない。
それに、1度目のように何も出来ないことはなく、目の前で行われる理不尽に抗うことができる力があったのだ。
慎司は1度だけ目を強く閉じると、覚悟を決める。
(大切なものを守るためなら、躊躇はしない)
慎司はこれからの事について考え込むのだった。
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ジスレアと第五部隊の調査により、アルシェ男爵を殺した男が判明した。
名前はシンジで、Sランク冒険者だと言われている。
背丈や人相についてはあまり情報が集まらなかったが、シンジという男の冒険者としての話はかなり集まった。
曰く、ドラゴンを一太刀で殺した。
曰く、上級魔族を1人で殺した。
曰く、魔物の大氾濫を1人で終わらせた。
等と、調べれば調べるほどにとんでもない男だとわかっていく。
そんな情報の中でも、ジスレアを1番驚かせたのは『男の配下がディランに模擬戦で勝っている』という情報だ。
配下というのだから、シンジとやらはその配下よりも間違いなく強いだろう。
それはディランでさえシンジという男には勝てないということになる。
(化け物め……!)
ジスレアはつい心の中で悪態をついてしまう。未だに越えることのできないディランでさえ、人間かどうか怪しいのに、ディランよりも強いなどどんな化け物なのだろうか。
ジスレアは出会う前からシンジという男に恐怖を覚えていた。強大な魔法を行使し、さらに剣では敵なしと言われたディランをもくだすその力。
恐怖を覚えないわけがなかった。
(敵対するのは得策ではない。もしもそうなればこの国が確実に滅びる)
ジスレアはそう思うが、何も知らない貴族はそうは思わないだろう。平民に貴族が殺されたのだ。絶対に処刑すべきだと言う者が出てくる筈だ。
(なんとかして無罪、もしくは軽い刑に留めなければ……)
ジスレアはシンジという男が有利になるための情報を探すが、精々が正当防衛だったという事だろうか。
しかし、「自分の奴隷を奪われそうだったので殺しました」ではまかり通らない。
普通なら忠告をするか悪くても決闘になるぐらいだ。
(何故手を出した……やりにくいではないか)
ジスレアは悩む。このままだと決して敵に回してはいけない者が敵に回る可能性がでてくる。奴は規格外だ。
この国の最高戦力を集めても勝てるかどうか怪しいのだから、戦うのは回避するのが賢い選択ではないだろうか。
(くそ……何かないか。奴の危険性がわかる者はいないのか?……いや、ギルドマスターは対面しているはずだ。少なくとも1度はあっているはず)
ジスレアはSランクに昇格するためには、王都の冒険者ギルドに行く必要があると知っていた。それに、ギルドマスターがSランク冒険者に挨拶しない訳がないだろう。
(そうと決まればまずはギルドマスターだな)
ジスレアは国を守るため、静かに行動を始めたのだった。
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ジスレアが行動を開始した頃、王城ではアルテオ伯爵が部下からの報告を聞いていた。
「──以上が今回の事件の全容となります。基本的には男爵に非がありますが、何かしらの罰がシンジという男には下るでしょう」
部下から慎司が起こした事件の報告を聞き終えたアルテオは笑う。
革張りの高級そうなソファーに深く座り、愉悦感に浸る。
(これで労せず王に近づける)
「ああ、報告ありがとう。君は下がっていいよ」
「はっ!失礼します!」
アルテオは部下を下がらせ、机の上に引き出しにしまってある短剣を取り出した。
その短剣は鞘や刀身に赤い線の入った禍々しい黒さを放っている。
《魔剣カース・オブ・インフェルノ》と呼ばれるその短剣は、非常に短いリーチではあるが、1度刺した相手が死ぬまで、焼けるような痛みを呪いで与え続けるという効果がある。
また、この魔剣には防御魔法を無効化する効果もついているため、前もって調査した時に判明した《王のタリス》の防御魔法も無視できる。
(この国の王が死ねば帝国は間違いなく攻め入る。そうなれば後は我々が横から掠め取るのみ)
誰もいない部屋で暗い笑みを浮かべるオルテアは、魔族の象徴とも言われる赤い瞳を隠すことなくただ笑う。
(ここまで長かった。伯爵を殺して成り代わり、ここまで信頼を築いた。全てはこれから起きる一瞬のため。魔族のためだ)
王城での危険を誰も感じることはなく、アルテオは準備を開始する。様々な思惑がうずまき始めるのだった。
コロコロと視点が変わりますが、読みにくかったりしないでしょうか?
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