63.魔眼持ち
洞窟の調査を終えた慎司とコルサリアは、王都の冒険者ギルドまで戻ってきていた。
ギルド内はいつものように騒々しく、依頼を取り合ったり酒を飲み交わしたりと多種多様な人がいる。
「んじゃ、取り敢えず報告するか」
「そうですね」
並の冒険者では確かに危険な今回の依頼であったが、相手が魔法のエキスパートであるエルダーリッチということもあり、案外簡単に終わった。
洞窟から聞こえる声の正体はエルダーリッチの嗄れた声で、Aランクパーティーがボロボロになった姿で帰ってきたのは、対エルダーリッチの装備が整っていなかったからだろう。
カンストしたステータスと、魔法使いに対して滅法強い魔剣を持つ慎司からすれば、正直なところかなり楽な相手ではあったが、普通ならば相手がエルダーリッチなどたまったものじゃない。
「うーん、魔石とかパパッと渡しても平気かな?」
「それはどういう意味でしょう?」
「いや、前にもなんとなく倒した熊が大物だったりしてさ。あんまり騒がれるのは好きじゃないんだよな」
慎司は頭を掻きながら苦笑する。
冒険者になりたての頃、森で倒したファングベアーを見た受付嬢はかなり動揺していた。
森で見つけた下級の魔族も、魔物の大氾濫の時に倒した上級魔族の時も騒がれた。
慎司からすれば等しく楽勝であったのだが、ここでは常識外れだったらしく、色々と後処理が大変だったのだ。
「えっと、ポーラさんなら多分慌てるでしょうから、ギルドマスターに直接言えばいいのではないでしょうか?」
「あー、そういう手があったか」
ちょっと嘘を吹き込まれただけで、今朝の様な騒ぎを起こすポーラに依頼の報告をするのは得策ではないだろう。
そこで、コルサリアに言われたようにギルドマスターに合わせてもらえるようにしようと慎司は考える。
「すいません、依頼の報告なんですが」
「は、はひっ!なんでしゅか!」
カウンターにいた手の空いている受付嬢に話しかけた慎司だったが、ろくに確認もせずに話しかけたことを若干後悔した。
カウンターを挟んで萎縮した様子で立っているのは兎耳が特徴的なポーラだ。
臆病な性格なのか、話しかけただけで舌を噛んだ。
「えっと、ポーラ。ちょっといいかな?」
「食べないでくださるならなんなりと!」
「いや食べないけど……」
相変わらずポーラは食べないでくれと赤い目を潤ませて懇願してくる。
涙目で上目遣いとなったその顔は非常に愛らしく、まるでこっちが虐めている様な気分になるが、別にやましいことは何も無い。
「ギルドマスターに話があるんだ、ギルドマスターがいる所に案内してもらえないかな?」
「ふぇ?ギルドマスターですか?……うーん、ちょっと待っててください。ギルドマスターに聞いてきますっ」
慎司がなるべく優しく話しかけると、ポーラは一瞬目を瞬かせるものの、すぐにカウンターから離れていった。
「なんで俺めっちゃ恐れられてんの?」
「……さぁ、私には分からないです」
ポーラが慎司を恐れるのは単に他の冒険者に嘘を吹き込まれただけなのだが、それを知らない慎司は少し悲しげに肩を竦めるのだった。
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ポーラが戻ってくるまで、コルサリアと適当な話をしながら待っていると、怪しい雰囲気の男がギルドの扉をくぐって来るのを見つけた。
黒に近い深い茶色のコートを着た男は、フードを目深に被っていて顔がよく見えない。
男と判断できたのは、その体格からだ。慎司より頭一つ分は高いその背丈に、コートの上からでもわかる引き締まった体つきや筋肉。
「なんだ、あいつ……?」
『シンジ、その男は魔眼持ちです』
「魔眼?」
『はい、魔眼は様々な効果のものがありますが、その効果はどれも強力です』
アルテマが慎司に魔眼についての情報を送ってくる。
魔眼を持つ男はひとしきりギルド内を眺めると、特に何をするわけでもなくギルドを後にした。
「なんだったんだ、今の?」
『私にはわかりません。ただ、今の男の魔力パターンは掴みましたので、近くに来ればいつでもわかります』
「ほー……そんな能力もあるのかぁ。なんでもできるのな」
『シンジ、なんでもは流石にできません。私ができるのはあくまで戦闘の補助と知識の提供です』
「とか言うけど、結構世話になってるからなぁ」
慎司はアルテマの頭を撫でてやろうと思うが、姿を現していない今はそうしてやることができない。
一度持ち上げた手を残念そうに慎司は下ろす。
『ここがギルドではなければ……』
「ん?」
『なんでもないです』
アルテマがぼそりと言った小さな言葉を、慎司は聞き返す。
だが、強情にもアルテマは何を言ったかは決して言わなかった。
「シン……シンジさん!ギルドマスターがお呼びです!」
「ん、ありがとうポーラ」
「はひっ!こ、こちらです!」
どうやら魔眼の男が出ていくのとほぼ入れ違いでポーラが戻ってきたようだ。
ポーラの案内で二人は二階にあるギルドマスターの部屋に招かれる。
「やぁやぁ、待ってたよぉ……それで?」
ギルドマスターのカレントは慎司が椅子に座るなりそう尋ねてきた。
革張りのソファーの後ろに立つコルサリアは、どこか緊張している様子だ。
早速依頼について聞かれた慎司は、今回の依頼で得た情報を話していく。
「今回の依頼ですけど、洞窟から聞こえる声はエルダーリッチの物でしょう」
「エルダー……リッチだって?」
「はい、洞窟の奥にはエルダーリッチがいました。奴の怨嗟の声が洞窟内から外に響いていたんでしょう」
慎司の言葉を聞いて、カレントの奥にいたギルドの職員が慌てて駆け出そうとする。
恐らくエルダーリッチの討伐依頼を出すのと、洞窟への立ち入り禁止令を出しに行くのだろう。
「あーいいよ。多分エルダーリッチは倒されてるよ、そうだよね?シンジ君」
「……ええ、まあ。倒しましたよ」
慌てる職員を手で制し、カレントはこちらを見透かしたような目で見てくる。
その目は何だか嫌な感じがするが、慎司は黙ってアイテムボックスから取り出した魔石を机に置く。
鈍く光るその魔石を前にして、カレントが息を呑むのがわかる。
「へぇ、やっぱり倒したんだ」
「知ってたんですか?エルダーリッチがいるって」
何故かそんな気がして、慎司はカレントに尋ねる。
カレントは目を細めると、慎司に笑いかける。
「いいや、知らなかったさ。ただその可能性はあるかもしれないとは思っていたよ」
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「言う必要、ないしね」
カレントの言葉を聞いていく内に、慎司の後ろに立つコルサリアからいつもの優しげな雰囲気が薄れていく。
刃物を研ぎ澄ませていくような、危険な感覚。
知らず知らずのうちに、カレントは冷や汗を流していた。
「ま、まぁ……情報を集めるのは冒険者の基本、だし?」
「……チッ」
カレントが取り繕うようにそう言った瞬間、慎司の後ろから舌打ちが聞こえる。
無論コルサリアがしたものだ。
それを聞いたカレントは椅子から飛び跳ねると腰を90度に折り曲げて全力で頭を下げてきた。
「ごめんなさいシンジ君がどれだけ強いか試させてもらいました!」
「……試す?シンジ様を?」
「ひっ……もうしないです本当です!あ、これお詫びの品です」
先ほどまでの裏を悟らせない策士のような仮面は既に剥がれ落ち、慎司の目の前には恐怖に屈した敗北者がいた。差し出した品はよく分からない長剣だ。
「……コルサリア、もういいよ。可能性としては考えてたことだし。ギルドマスターとしては俺の力を知っておくのが仕事なんだよ」
「ですが!」
「まぁまぁ……カレントさん。今回の件は不問ってことでどうでしょう?」
慎司は憤るコルサリアを抑えて、カレントに手を差しのべる。
ギルドマスターに対してSランクとは言え冒険者に過ぎない慎司が上から目線で物言うが、カレントは助かったとばかりに手を握ってくる。
「うんうん!君がそう言ってくれると助かるよ!」
「ええ、俺は別に構いませんからね」
涙目のカレントの手を握り、慎司はカレントに笑いかける。
ただ、その目は一切笑っていなかった。
「……ただ、コルサリアが危険に巻き込まれたのは頂けないなぁ……と思いまして」
慎司は徐々に握った手に力を込めていく。
骨の軋む嫌な音が微かに聞こえてくると同時に、カレントが痛みに喚き出す。
「いっててててててて!ごめんごめん!」
「次は折りますからね」
謝罪を得たところで慎司は立ち上がり、ギルドマスターの部屋を後にする。
お詫びの品の長剣はきっちり回収した。
「うぅ、報酬減してやるぞ!」
「は?」
「やだなぁ冗談ですよコルサリアさーん、ははは」
──部屋を出ようとした所でカレントが悔しげに叫んだため、コルサリアが笑顔で黙らせた。
「なぁアルテマ……コルサリア怖くね?」
『シンジ、コルサリアだけじゃなくルナも怒らせてはダメですよ?』
「まじかようちの女の子怖……」
こっそりと内緒話をする慎司は、やや不機嫌なコルサリアを連れて一階に戻るのだった。
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「はい、これが報酬の金貨50枚です」
「へー、そんなにくれるの?」
「依頼の達成料が金貨10枚でエルダーリッチの討伐報酬が金貨30枚で……あれ?金貨10枚多い?」
カウンターで今回の依頼の報酬を受け取ろうとすると、ポーラが数が合わないことに首をかしげた。
小動物的なポーラがすると、とても愛くるしく見えるその仕草は、遠巻きに眺めていた冒険者の目を十分に集める。
「うーん、なんでだろう?」
「ああ、そこの紙になんか書いてあるよ」
金貨の入った袋を手に取りしげしげと見つめるポーラに、慎司は袋にくっついている紙片を指さす。
ポーラはそれを取ると書かれている字を読み出す。
やがて、納得したように首を縦に振ると兎耳をピコピコ動かしながら金貨の入った袋を手渡してくる。
「残りの10枚はサービスだそうです!」
「金貨10枚サービスってどうかね……」
サービスというには多すぎるお金の量に苦笑しながらも慎司は袋を受け取る。
ポーラは金貨50枚という大金を見て若干目を回している。
「キラキラが眩しいです……」
とは彼女の言葉だ。
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ギルドを出ると既に日は高く登り、昼食を食べ終えた冒険者たちが数多く歩いていた。
今さらになって昼食を食べていないことに気づいた慎司は空腹を自覚する。
「腹、減ったな」
「もうお昼ですしね。どこかのお店に入りますか?」
「うん、そうするか」
そう話し、二人は手近な場所にある店に入ることにする。
扉を押して中に入ると、肉の焼けるいい匂いと食材の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「いらっしゃいませ!こちらへどうぞー」
ウェイトレスだろうか。エプロン姿の女の子が元気よく声を出し、二人を席に案内してくれる。
メニューの類は特にないようで、日替わりの品が出てくるらしい。
店内に漂う肉の匂いを感じたコルサリアは、既に待ちきれないのか涎が垂れそうになるのを必死に防いでいた。
「ここなら期待できそうだな」
「はい!とってもいい匂いがします……じゅる」
ほかのテーブルには、男だけのパーティーの冒険者や、逆に女同士で固まったパーティー、男女が均等に別れたパーティーが多数見受けられ、慎司たちのように二人組というのは珍しい部類であった。
「お待たせしましたー!当店自慢の『めっちゃお肉定食』です!」
「なんだその名前……」
「うわぁ!美味しそう……!」
コルサリアの首にある奴隷の証の首輪を見ても、どうやらこの店はちゃんと1品ずつ出してくれるらしい。
ただ、コルサリアの首輪はチョーカーの様に偽装してあるため奴隷と思わなかっただけかも知れないが。
「それじゃ食べるか」
「はいっ!」
二人で声を合わせていただきます、と言い『めっちゃお肉定食』とやらを口にする。
柔らかくありながら、噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出す。
ナイフとフォークで切り分けた一口大の肉は、塩コショウだけの味付けにも関わらず美味であった。
見ればコルサリアも目を輝かせて肉を食べている。
「おいし〜い!」
「ああ、ビックリだ」
「この味を再現できるよう頑張りますね!」
美味しいと言いパクパクと肉を食べるコルサリアはどうやらこの絶妙な味を再現しようと思ってるらしい。
味を楽しみながらもその目は料理人のそれだ。
「まぁ、期待しておくよ」
「はい、おまかせを!」
妙に鋭い目をしたコルサリアを眺めながら、珍妙な名前の料理を慎司は楽しむのだった。




