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62.エルダーリッチ

 

 慎司は走り出す寸前に《鑑定》をしておく。

 これから戦う相手の基礎的な能力(ステータス)ぐらいは把握しておきたかった。


 《エルダーリッチ:死霊種》

 Lv.170

 HP5000/5000

 MP75000/75000


 STR:450

 VIT:600

 DEX:500

 INT:800

 AGI:300


 随分と魔法が得意そうな能力値だが、それは予め予想していた。

 慎司は把握した能力(ステータス)を頭の隅に留めながらも、走ることをやめない。

 駆ける慎司に、エルダーリッチは杖を向ける。

 高まっていた膨大な魔力が、エルダーリッチの向ける杖から紫電となって迸る。

 瞬く光は走る慎司に死を運ぶが、それをアルテマを軽く振り払うことで霧散させる。


「なに、をした?……おも、しろい」


 エルダーリッチは一瞬だけ驚愕に満ちた声を出すものの、すぐに次の魔法を放ってくる。

 最初に放たれた紫電とは違い、次は風の刃だった。

 スローモーションに流れゆく世界の中で光を見切ることは出来ても、不可視の攻撃を視認することはできない。

 だが、それすらも慎司はアルテマで切り払い、時には体を傾けて切り抜ける。


「何故、見える……にんげ、んは……見えない、はず」


 再び驚きの声をあげるエルダーリッチ。

 それに対して慎司はひたすら愚直に走る。

 既に10メートルあった彼我の距離は3メートルに詰められている。

 動揺するエルダーリッチは、慌てて再三魔法を行使する。

 エルダーリッチから放たれた魔法の影響か、辺りが一気に冷え込む。

 それと同時にエルダーリッチの周囲には氷の槍が浮かべられていた。その数は悠に50本を越える。


「ちっ、流石にきついか?」

『いえ、問題ありません。走り続けてください』


 氷の槍の数を見て舌打ちをする慎司だったが、アルテマの言葉を受けてあと1歩の距離まで詰めるべく猛然と駆け出す。

 降り注ぐ槍の嵐を視認して瞬間、世界がおいてけぼりになる。

 迫る氷の槍に加えて、膨大な魔力の奔流に晒された岩肌から崩れ落ちる砂塵さえゆっくりと、そして明瞭に視界に映る。


 そのゆったりとした速度の槍を叩き、砕き、切り裂いて慎司は走る。

 エルダーリッチからすれば、時速150キロも越えるのではないかという速度で飛来する槍を神速の剣捌きで撃ち落としていく姿には恐怖を覚える。


 だが、ここでエルダーリッチは自分の思考に対して苛立ちと焦燥を感じる。

 死してなお魔の道を極めんと邁進した日々の中で磨かれた魔法には、絶大な自信があった。

 それに付随して、その魔法を行使する自分に対する陶酔すらしていた。

 それなのに、今こうして相対している冒険者の男に(ことごと)く対処され、自分は何を思ったのか。


「あり、えない……にんげ、んは餌……」


 そう、エルダーリッチにとって人間は餌でしかなかった。

 餌であり家畜であり下等生物。

 どう足掻いても、それこそ奇跡が起きてなお勝つことの厳しい自分が負けるはずがないのだ。

 エルダーリッチは焦りを感じながらも次の魔法を放つべく一旦距離を取るために後ろに下がる。


「逃げてんじゃねぇぞっ!」

「逃げ、る?この……わたし、が……?」


 矮小(わいしょう)な人間が何を言うのか。

 逃げではなく、これは次の行動への布石だ。

 ──そう自分に言い聞かせて、エルダーリッチは魔法を放つ。

 生意気にも足掻く者への殺意が業火となって降り注ぐ。

 それはさながら火の雨を連想させる程で、雨粒の一つ一つが火傷では済まない火力をもって慎司を焼き尽くさんと襲いかかる。


『数が多すぎます、《魔力障壁》を展開してください』


 アルテマは魔力を吸収することで敵の魔法を無効化することができるが、流石に雨粒の一つが見切れてもそれに対処出来るほどの負荷には慎司自身の体が耐えられない。


 《魔力障壁》を頭上に傘のように展開し、慎司は更に1歩踏み込む。

 頭の上で火の弾ける音が聞こえるが、自分の障壁を信じて剣を振りかぶる。


「せぇぇぇやぁ!」


 それはまさしく閃光と呼ぶのに相応しいほどの速度で振り抜かれた剣は、エルダーリッチの体を覆う魔力ごと切り裂いた。

 真横に傷痕を残しつつもエルダーリッチは倒れることなく呻くだけだ。


「案外しぶといな」

『エルダーリッチは後衛のように見えますが、高すぎる魔力量に比例して前衛並の打たれ強さを持っています』

「まぁ、何回か切れば倒せるだろ」


 確かに《鑑定》を使った時に見た能力値では、生命力(バイタリティ)の値は高かった。

 慎司は追撃を仕掛けるべく剣を構えるが、目の前には巨大な炎の壁が突如として現れて慎司の足止めをする。


「めんどくせぇな」


 火属性中級魔法の《ファイアウォール》らしきものを切り払い無効化すると、エルダーリッチは傷に手を当てて憎々しげにこちらを見てきていた。


「お、まえ……何者だ?その力、ふつ、うじゃな……い」

「生憎と魔物と話し合う趣味は持ち合わせていないんでな」


 戸惑いの声をあげるエルダーリッチに耳を傾けることなく、慎司は自身の使える光属性の唯一の攻撃魔法である《ブライトランス》を放つ。

 突き出した左手に従うように射出された光の槍は、エルダーリッチの繰り出した氷の槍を遥かに凌ぐ速度で飛んでいく。


「ぐあああ、光……妬まし、い程に、眩い」


 エルダーリッチの体に次々と刺さっていく光の槍。

 苦しげな声とは違い、憎悪にまみれたその声は純粋に光を嫌うもののそれだった。

 死の淵を覗いた者は闇に囚われ光を嫌う。

 エルダーリッチはまさにそうだろう。

 1度生を手放しているが故に、光──すなわち生への妬みは凄まじい。

 妬みはやがて憎悪に形を変えてエルダーリッチの心を形成する。

 果たして魔物に心があるのかは定かではないが、かつて人間だったのならば、心に似た何かはあるのかもしれない。


「やめ、ろ。や、めろ。やめろ」


 その心に似た何かが光を嫌悪するのだろう。

 エルダーリッチは体に突き刺さる光の槍を乱暴に引き抜き、剥き出しの感情を視線に込めてぶつけてくる。


「今、まで。にんげ、んを餌にして、記憶、消して放った」


 ぽつりと話し出すエルダーリッチ。


「そ、うすれば、にん、げんもっと来た。強い奴、魔力……高い、美味い」


 その言葉通りに捉えるならば、ボロボロになって帰ってきたAランクパーティーは記憶を消されて解き放たれたのだろう。

 ──更なる強者をおびき寄せるために。

 これで、何故エルダーリッチ等という事前準備が必要になる魔物がいたのに報告しなかったのかの理由が判明する。

 記憶を消されるのなら、報告のしようがない。ただぽっかりと空いた空白の直後に自分がボロボロの姿になっているだけだ。


「でも、お前は強、すぎる」


 どこかちぐはぐな印象を受けるエルダーリッチの言動が、徐々に変化していく。

 妬みから憎悪へ、嫌悪から排斥へと感情が変わっていくのだ。


 光を妬むエルダーリッチはやがて光に生きる者を憎悪の対象とし、慎司の力を嫌悪したエルダーリッチは世界から排斥すべく殺そうと襲いかかってくる。


「死ね死ね、死ねぇぇぇ!」


 二股に別れた雷光、蛇を形作る業火、地面を食い破る土槍、絶対零度の吹雪。

 あらゆる魔法が慎司を襲う。

 そのどれもが触れただけで命を落としてしまうような強力なものであり、その威力はカンストしたステータスを持つ慎司でさえも危ぶまれるほどだった。


 だが、それでも──慎司は無傷で立っていた。


 雷光を見切り、業火を凌ぎ、土槍をかわし、吹雪を霧散させる。

 アルテマが吸収した魔力は、慎司に受け渡せる量の限界点に近く、流れ込む魔力を受けて慎司の体は薄く輝くほどだ。

 その体を捉えることは出来ず、熱は意味をなさず、極寒は無縁の存在に成り下がる。


「そろそろ打ち止めか?それならさっさと終わらせて貰うぜ」

「ぐ、くそ……なん、なんだ、おまえ、は」

「あ?そんなこと聞いてどうするんだ?」


 剣を構えた慎司は無造作に足を踏み出す。

 その動作が、エルダーリッチにはやけに恐ろしく感じた。

 死を超越したはずの自分が死に怯える、なんという皮肉だろう。

 死刑の執行者たる存在はかつて矮小な下等生物だと蔑み見下していた人間。

 それが今、自分を殺そうとしている。


「ああ、一応冒険者だ。もう会うことは無いけどな」


 心底どうでも良さそうな顔をして、死を運ぶ執行者(矮小な存在)は剣を雑に振り下ろす。

 ローブに包まれた頭部から、いつからか消え去った足元まで一気に振り下ろされた剣は、見事なまでにエルダーリッチを真っ二つにする。


「あ、ああ……冷、たく、色褪、せて、いく」


 手放したくないと言わんばかりの様子で虚空に手を伸ばしたエルダーリッチは、遂に絶命する。

 体を包んでいた魔力は消え去り、後には大きな魔石と1本の杖が残る。


「これで一件落着だな」

『はい、エルダーリッチは消滅したようです』


 慎司は引き締めていた表情を幾らか緩ませ、魔石と杖をアイテムボックスに収納するとコルサリアの元に戻る。


「おし、依頼達成だ。帰るぞ」

「……シンジ様は、お強いですね」

「おう、まぁな」


 コルサリアは戦闘の余波を受けないように下がっていた訳だが、慎司とエルダーリッチの戦闘の光景はしっかりと目に焼き付けていた。

 有り得ないほどの戦闘風景に、技の応酬。

 そして、慎司の規格外な強さも。


「ルナちゃんの気持ちが少し分かったような気がします」

「よくわからんが、さっさと帰るぞ」

「はい、シンジ様」


 ルナの気持ちがわかると言うコルサリアの真意は理解出来ないが、慎司はそれについて深く考えることなく洞窟の来た道を引き返す。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「コルサリアは、何も言わないんだな」


 いつもなら、エルダーリッチなどの強敵と戦って勝った後はルナが物凄い勢いで心配したと泣きついてくる。

 だが、コルサリアは小さく微笑むだけで何も言わなかった。


「何か言って欲しいのですか?心配しましたとか、2度としないで等と」

「いや、そうじゃねぇけど……」

「勿論心配はしましたし、できれば危ないことは慎んで欲しいのですよ?……ですが、そういった事はルナちゃんに嫌というほど言われてるのでしょう?」

「うっ、まあな」


 コルサリアは、まるで我が子を慈しむ母の様な慈愛に満ち溢れた笑顔を浮かべ、慎司に微笑む。

 なんだか、それが慎司を咎めているように見えてバツが悪そうな顔をする他なかった。


「そうでしょう?そういった事はルナちゃんにお任せします。私はその代わりに、シンジ様をとことん癒して差し上げましょう」

「癒す?」

「はい、美味しいご飯を食べてぐっすり眠れば疲れなんて吹き飛びます。ちゃんと反省できるシンジ様にはとびきりのご馳走を用意しましょう」


 コルサリアは言葉に茶目っ気を含ませてそう言うが、その様子は奴隷ではなくまるで母親のようであり、姉の様であった。

 ルナが心配性な妹のような存在だとすれば、コルサリアは包み込むような優しさを持つ姉だろうか。

 だが、コルサリアの言葉はなんだか慎司にはくすぐったい。


「それってなんだか姉みたいだな」

「確かにルナちゃんやアリスみたいな妹は欲しいですねぇ……ただ」

「ただ?」

「シンジ様のお姉ちゃんになるのは嫌ですよ?私がなりたいのは姉ではない、その先にあるのですから」


 そう語るコルサリアは、普段の控えめな様子からは考えられないほどに悪戯めいた笑いを浮かべていた。

 姉ではないその先の関係、そこに含まれた意味を理解して慎司はつい苦笑する。

 遠まわしに気持ちを伝えるコルサリアの不器用さに、慎司は嬉しくなる。


「なぁ、それって?」

「……ふふ、内緒です」


 片目をつぶり、口元に立てた人差し指を宛てがうその姿は、思わず目を奪われる。


「なんだそれ……まぁいいや。夕飯には期待しているぜ?」

「ええ、お任せ下さい。美味しいものをお作り致しますよ」

「はは、コルサリアの料理なら何でも美味しいだろうからな。楽しみだ」


 誤魔化すように顔を背け、後ろを歩くコルサリアに顔を見られないように慎司は少しだけ歩みを早める。

 銀狼の誓いの件から近くなったお互いの距離は、コルサリアの中にちっぽけだが勇気を生み出す。


「……好きです、シンジ様」


 洞窟の暗闇に紛れて口元を隠し、呟いた言葉は慎司に届く事は無い。

 口から飛び出た言葉は空中を漂って溶けていく。


 ──いつか、胸を張って言えるようになれるといいな。


 コルサリアの中にある、ルナへの後ろめたさがつい顔を出す。

 1度、ルナと話す必要性があるだろう。

 ルナが独占したいと言うのなら大人しく身を引くつもりだし、別に2番目でも愛されたいと思う。


 前を歩く慎司の大きな背中を眺めてコルサリアは首を振ると、思考を隅に押し込めて早足の慎司を追いかけるのだった。

※矛盾ができていたため、修正しました

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