61.不気味な洞窟
洞窟がある場所は、王都の北側にある森の中だ。森までの距離は然程離れていないが、道中には勿論魔物が出現する。
自分の身を守るためにも、コルサリアには武器が必要であった。
「コルサリアはどんな武器を使うんだ?」
「そうですね……片手剣でしょうか」
「ふーむ、それならこれを使うといい」
慎司はアイテムボックスから一振りの剣を取り出すと、コルサリアに手渡す。
その剣は、初めてこの世界に来た時にいた森の中で見つけたものであり、かなりの業物であった。
鈍く光る刀身は鋭利なイメージを抱かせ、切れぬ物など無いように思える。
「ありがとうございます、シンジ様。これで私も戦闘でお役に立てます」
「怪我には注意するんだぞ?いくら俺が治せるって言っても痛いものは痛いんだからな」
剣を手に取り感激した様子のコルサリアに、慎司は軽く釘を刺しておく。
いくら戦えるようになったとはいえ、所詮は素人だ。自分の身を守る以上の事は極力控えて欲しいと慎司は思う。
「よし、それじゃ出発だ」
「はい、シンジ様」
2人は門の衛兵に軽く挨拶をして、まずは北の森を目指すのだった。
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北の森までの道中では幸いにも魔物に遭遇することがなく、とてもスムーズに進むことが出来た。
慎司は森に入る前にコルサリアに《鑑定》を使ってみる。
《コルサリア:銀狼族》
Lv.8
HP350/350
MP150/150
STR:120
VIT:150
DEX:100
INT:80
AGI:180
戦闘ができないと言っていたが、何故かレベルは8だった。
基本的に筋力が高く、接近戦が得意なようだ。
「よし、コルサリア。俺の後についてこい」
「頑張りますっ」
レベルが8ならば、北の森で死ぬようなことは無い。ここら一帯の魔物はそこまで強くないため、コルサリアだけでも倒すことは可能だろう。
森を歩いていると、早速1匹目の魔物が現れる。
「……ゴブリンか。コルサリア、ちょっとアイツと戦って見てくれ」
「わかりました」
コルサリアは慎司の指示に従い、ゴブリンを倒すべく近づいていく。
生い茂る草木のお陰か、ゴブリンは未だにこちらに気づいていないようで、背後に回るのは容易かった。
コルサリアが狙うのは奇襲からの首への致命傷のようだ。
レベルが8だとしても、ゴブリンに負けることは無い。首への一撃が決まれば間違いなくゴブリンを倒せるだろう。
ゴブリンが気づいていないのを確認したコルサリアは、残り2メートル程になると急激に加速する。
木の影から飛び出し、背中ががら空きのゴブリン目掛けて右手で握った剣を振り下ろす。
そこに遠慮も躊躇いもなく、鋭い一撃がゴブリンの首に深い切り傷を負わせた。
「グギャ!」
首から鮮血を噴き出すゴブリンは苦しげに呻くと、憎悪のこもった視線でコルサリアを睨みつける。
その視線はまさしく生への執着がさせるものであり、駆け出しの冒険者ならば視線だけで怯んでしまう者もいるだろう。
しかし、激しい感情を露にするゴブリンとは対照的にコルサリアはいたって冷静だった。
「浅かったですか」
コルサリアは小さく呟くともう一度剣を振るう。脳天から顔の半ばまで沈み込んだ剣を引き抜くと、ゴブリンは絶命し地面に倒れ込んだ。
一種の恐怖すら抱かせるほど冷徹に、恐ろしいほど素早く、ゴブリンを倒して見せたコルサリア。
それを見て慎司は、銀狼族のポテンシャルの高さを思い知ったのだった。
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コルサリアがしっかりと戦えることを確認した慎司は、時折見かける魔物を無視して依頼のあった洞窟へと向かった。
やや暗い森の中を歩くこと数十分、ついに洞窟の入口にたどり着いた慎司はただならぬ気配を感じていた。
「シンジ様……何か恐ろしいものがいます」
「ああ、俺も寒気を感じるよ」
コルサリアは動物的な本能から危険を悟ったのか、全身がやや強ばっている。
依頼では、声が聞こえるとのことだが今のところはそんな様子はない。
そう思って洞窟内へと足を踏み出そうとしたその瞬間、掠れたような粘ついたような、捉えようのなく例えようのない声が響く。
「たす、けて……たす、けて……」
その声を聞いた瞬間、慎司の全身に鳥肌が立った。
隣を見れば、コルサリアも目を丸くして尻尾をピンと立たせている。
「これが依頼にあった声ってやつだな」
「はい、そのようですね」
「なんだか気味が悪いが、さっさと原因を突き止めて帰るぞ」
慎司を先頭にして洞窟の中を進んでいく。
洞窟内には明かりがなく、光が届く範囲を越えてしまうと辺りは暗闇に包まれる。
慎司は視界の確保のために《火魔法》で小さな種火を作る。
「コルサリア、後ろには十分気をつけておけよ」
「お任せ下さい、私は耳と鼻が人族よりは優れておりますので」
洞窟を進んでいく2人は、不思議なことに生き物の気配が一つもないことに気づく。
洞窟ならば、蝙蝠だとか鼠がいてもいいはずなのだが、慎司の魔力感知には一切の反応がない。
慎司より高性能なアルテマの魔力感知にも引っかかっていないという事実が、洞窟の不気味さを助長する。
種火を頼りに進んでいくと、開けた場所に出た。
辺りには、発光する苔が生えておりこの場所だけは暗闇から無縁の場所となっている。
「なんだこの苔、光ってるけど」
「ヒカリ苔ですね。洞窟などに生える苔ですが、辺りの魔力に感応して発光するらしいですよ」
「ああ、だから光ってんのか」
慎司がヒカリ苔をよく見ようと顔を近づけると、ヒカリ苔は一層眩しくなる。
どうやら、慎司の体かは流れる微量の魔力に感応したようだ。
普通ではありえない魔力量を保持する慎司から流れ出す魔力は、微量とはいえかなり多い。
眩い光を放つヒカリ苔を前に、慎司は一瞬持って帰りたくなる衝動に駆られるが、特に使い道もないため諦める。
「よし、さっさと進むぞ」
「そうですね、声はあれきり聞こえないですし……もっと奥に行く必要があるのでしょうか?」
「かもしれないな。どの道奥には行くし、気にすることでもないだろ」
やや楽観的に構えながらも、慎司は警戒を緩めずに歩いていく。
洞窟は基本的には一本道のようで、かなりの距離を歩いているのにも関わらず分かれ道や横道は見つかっていない。
相変わらず生者の気配のない一本道に飽き始めてきた頃、再び開けた場所に出る。
「また広い場所に出たな」
「そうですね──シンジ様、あれを見てください!」
「なんだあれ、骨……か?」
コルサリアが叫ぶ方を見て、種火を掲げる。すると種火に照らされて積み重ねられた骨が現れた。
何の骨かはわからないが、山のように積み重ねられた骨は、不気味さを通り越して吐き気を覚える光景だった。
「なんだよこれ、どういうことだ?」
「シンジ様、これ……人間の頭蓋骨です」
不審に思い骨の山を見つめる慎司に、コルサリアは足元に転がっていた球形に似た骨を差し出してくる。
それは、まさしく頭蓋骨と言っていいものであり、暗い闇に飲み込まれた眼孔は虚ろである。
「人間の骨が、なんでこんなに……?」
「何かの儀式でしょうか?」
コルサリアは何かの儀式が行われていたのではないかと推測するが、慎司はそうではないと考えていた。
儀式だというのなら、魔法陣なり儀式台なり、それなりの設備があって然るべきだ。
だが、そのようなものはこの場にはない。
それなら、ただ人の血肉を喰らう化け物が出ると言われた方がわかりやすい。
『シンジ、何かが来ます。注意してください』
そこまで考えたところで、アルテマの鋭い声が聞こえる。
咄嗟に上を見上げると、黒いローブの様なものに身を包み、目深に被ったフードで顔を隠した何かが降りてきているのがわかった。
「コルサリア、上から何かくるぞ!」
慎司がコルサリアに注意を促し後ろに下がると、黙ってコルサリアもついてくる。
やがて地面に降り立ったローブの何かは、こちらをフードの影から覗くと、手に持つ杖を向けてくる。
「また、肉が……獲物、美味しい」
辛うじて声だと判断できるほどの嗄れた声で話す何かは、いきなり魔力を高めていく。
それを見た慎司はアルテマを構え、コルサリアを守るように立つ。
「ローブに、杖……魔法。──エルダーリッチ!?」
後ろでコルサリアの動揺する声が聞こえる。
エルダーリッチと言えば、死者の大魔法使いと呼ばれるほどの魔物だ。
生者への憎悪と魔への探求に囚われた妄執の成れの果てであるエルダーリッチは、前衛にとってはかなり戦いたくない相手である。
なにしろ、強力な魔法で近づくことさえ難しく、近づいた所で霊体であるエルダーリッチには通常の物理攻撃は効果が無い。
かと言って、後衛が戦いたいかと言われればそれもまた否。
高い魔法防御力を抜くのは極めて困難であり、倒し切る前に魔力が尽きるのが目に見えているからだ。
エルダーリッチの倒し方は、神聖な武器で切りつけるか、光魔法で攻撃するかのどちらかとなる。
そのため、装備が整っていない場合に遭遇したら即座に撤退するのが常識である。
「アルテマ、勝てるか?」
『エルダーリッチの魔法程度、私が全て吸収します。それに、私は例え霊体であろうと問題なく切り裂くことが可能です』
現状、慎司は光魔法の上級魔法は扱えないため剣で切りつける戦法となるが、不安だった『エルダーリッチに効果があるのか』という点は問題ないとアルテマが豪語する。
「コルサリア、危ないから下がっててくれ」
「……わかりました。勝てるんですよね?」
「ああ、エルダーリッチ如きすぐに倒してやるさ」
不安げに見つめるコルサリアに軽く笑いかけ、エルダーリッチに視線を戻すと気を引き締める。
「さてと……さっさと倒して帰らせてもらおうか」
自身の勝利を微塵も疑っていないのか、悠然と構えるエルダーリッチに向かって、慎司は駆け出すのだった。




