60.銀狼の誓い、契交わして
洞窟の調査に向かうことになり、慎司はまずはコルサリアの装備を見繕うことにする。
慎司はアイテムボックスに装備を入れてあるが、コルサリアは装備を持っていないだろう。
そもそも慎司はコルサリアが戦えるのかすらわからない。
もし戦えないとしたら、洞窟の調査に連れていくのは危険すぎる。
Aランクパーティーがボロボロになって帰ってきてることから、かなり激しい戦闘が起こったのだと考えられる。
慎司なら問題なく切り抜けられる自信があるが、戦えない者を連れて無事ですむ保証はない。
「コルサリアって戦えるのか?」
「戦えませんよ?」
「は?……ちょっと待って」
そう思い慎司がコルサリアに質問すると、予想していた返答のうち最も聞きたくなかったものが返ってくる。
その返事に慎司は頭が痛くなる。
「ええっと……ほんとに戦えないのか?」
「はい。炊事洗濯料理はできますけど、戦闘はできないです」
「銀狼族なのに?」
「銀狼族なのにです」
慎司は銀狼族ということもあり、少し期待していた。
アルテマから流れてきた知識の中で、銀狼族は戦闘に秀でた種族とあったのだ。
だがコルサリアは戦闘はできないと言う。
考えること数秒、慎司はコルサリアの言葉に引っ掛かりを覚える。
戦闘が苦手なのではなく、できないと言うのだ。
戦闘をしたことがないのならそう言うだろうし、戦闘に忌避感を覚える場合は、苦手だとか得意ではないと表現するだろう。
それゆえに、できないと言うコルサリアの言葉には他の意味があるように思えた。
「なぁ、戦闘ができないってどういうことなんだ?戦ったことがないとか戦闘自体が嫌なのか?」
慎司がそう尋ねると、コルサリアは困ったような顔をする。
まるで、知られたくなかったことを知られてしまったとでも言いたげだ。
「えと、シンジ様は銀狼の誓いってご存知ですか?」
「銀狼の誓い……?知らないな」
「銀狼の誓いというのは、私たち銀狼族に伝わる病気みたいなものです。生まれた時に判明するのですが、この誓いがある限り私は戦闘行為をすることができないのです」
コルサリアの語る銀狼の誓いについては、アルテマからの情報にも該当するものはない。
どうやら戦闘種族である銀狼族にとって致命的とも言えるこの誓いは、先天性の病気みたいなものらしい。
「そして、この誓いは基本的に破ることができません。そもそも、この誓いを破って戦闘行為を行った場合、体に激痛が走り最悪の場合死んでしまいます」
「随分と物騒な誓いだな……」
コルサリアは真剣な目で銀狼の誓いについて語る。その様子が、誓いの強さを物語る。
恐らくコルサリアの言葉に嘘はなく、誓いを破ることは死を意味するのだろう。
「ん?待てよ。基本的には破ることができないって、例外があるのか?」
そう、コルサリアは基本的には誓を破れないと言った。
それならば、例外的に誓いを破って戦闘行為をとれる状況があるのだろう。
コルサリアは頷いて、その例外について話す。
「この誓いは非常に強力なのですが、例外というものも存在します。それは、契を交わすことです」
契を交わす、つまり銀狼の誓いとは対になる別種のものだろう。
契を交わすとはすなわち『誓いを立てる』のと同義である。
しかし、先天性の銀狼の誓いに対して、後天的に立てた『誓い』で打ち消せるものなのだろうか。
その疑問に関しては、続くコルサリアの言葉で回答が与えられる。
「ですが契を交わしたところで、銀狼の誓いが無くなるわけではありません。そのため、契を交わしても、戦闘が可能になるのは契を交わした相手の近くだけになります」
「なるほど、そういうことか……」
契を交わしても戦闘が可能なのは極限られた範囲であると聞き、慎司は納得する。
ただ、限られた範囲とはいえコルサリアが戦闘をできるようになるのはいい知らせだ。
「じゃあ、その契とやらを交わすのはどうやるんだ?」
「えっ!?それは、その……なんといいますか……」
「え?小さくて聞こえねぇよ」
契を交わす方法について慎司が聞くと、コルサリアは徐々に顔を赤くしていき、それにつれて声もしぼんでいく。
コルサリアの赤面する理由がわからない慎司はただ困惑するのみだ。
「……スです」
「ス?」
「キス、です……」
「あ、キスね。ふんふんなるほどね。……キス!?」
「あああ、シンジ様声が大きいです!」
契を交わすためにはキスが必要となるらしい。慎司はそれを聞いて動揺してしまう。
つい大きな声を出してしまったのは仕方ないと言えるだろう。
なにしろ、コルサリアはとても美人だ。
サラサラとした銀髪はまるで絹の様な触り心地で、顔立ちはアイドルも顔負けな程に整っている。
その控えめな性格とは裏腹に自己主張の激しいバストは、慎司の目を何度も奪う。
そんな女の子とキスをする可能性が浮上したのだ、動揺だってする。
「い、いやぁ……キスかぁ……」
「うぅ、はい……キスです……」
お互いに顔を真っ赤にして呟く。
2人は未だに門から外へ出ていないため街を歩く人が時折珍しそうに2人を見ていく。
流石に路上でのキスを衆目に晒すわけにもいかないため、慎司は取り敢えずコルサリアを裏道に連れ込む。
「えっと、その、これはあくまでコルサリアが身を守れるようにするためであってだな」
つい、言い訳めいたことを慎司は口走る。
そうでもしないと間が持たず、黙ってしまえば先程から激しく拍動する心臓の音が聞こえやしないかと心配なのだ。
「そそそそうですね、降りかかるひ、火の粉は払うべきですしねっ」
それはコルサリアも同じなのか、視線を色んなところに向けたり尻尾をふりふりと忙しそうだ。
2人はお互いが落ち着くまで深呼吸を繰り返し、熱くなった頬を鎮める。
「よし、頼むぞ……」
「……はい、まずは誓いの宣誓です。私の言葉の後に続いて、同じ言葉を言ってくだされば大丈夫です」
動悸も収まってきた頃に、慎司はコルサリアに始めるよう促す。
コルサリアは頷くと、誓いの宣誓をすべく言葉を紡ぎ出した。
「我は誓う、彼の者のために力を振るうと」
「我は誓う、彼の者のために力を振るうと」
コルサリアの言葉を一言一句間違えないように集中し、一節一節を噛み締めるように続いていく。
「我は誓う、彼の者のために敵を滅すると」
「我は誓う、彼の者のために敵を滅すると」
言葉を紡ぐ毎に、段々と二人の間に暖かい魔力が集まってくる。
やがて、足元から何かが這い上がってくるような感覚とともに、魔力は限界まで収束していく。
「誓いの元、今ここに契を交わさん」
「誓いの元、今ここに契を交わさん」
最後の言葉を口にすると、高まっていた魔力が辺りを包み込む。
ふとコルサリアの顔を見れば、バッチリと目が合ってしまう。
後は、最初に言ったとおりにキスをすれば終わりだ。
「……シンジ様」
「ッ!」
コルサリアはつま先立ちになると、真紅の瞳を閉じて、その柔らかそうな唇を突き出してくる。
ここで退く男などいるだろうか、例えいるとしたら恐らく女に興味が無いのだろう。
そう思わせるほどに、コルサリアは魅力的だった。
甘い考えに思考が囚われ、脳髄が痺れていく。
「キス、するな」
慎司は声をかけると、返事を待たずに自分の唇を押し付けた。
その瞬間、体中に甘い痺れが走る。
触れる唇から感じるコルサリアに、慎司は堕ちていく。
その細くくびれた腰に手をやり、力強く引き寄せる。密着する体は熱を帯びていき、触れ合う箇所が増える度に、際限なく高まっていく。
慎司の胸板に押し付けられ変幻自在に形を変えるコルサリアの胸の存在も、漂う甘い香りも、全てが慎司を狂わせていく。
「んっ……はぁ。シンジ、様ぁ……」
一度だけでなく、二度も三度もキスを繰り返す。
決して激しいキスではなく、お互いを慈しむような優しいキス。
契を交わしたせいなのか、徐々にコルサリアの感情が流れ込んでくる。
好意、恋慕、情愛、慈愛。たくさんの感情が溢れて流れ込んでくる。
控えめな性格のコルサリアは、どこかでルナに遠慮していたのだろう。
確かに慎司はルナを愛している。その気持ちは変わらないが、同時にコルサリアのことも好いている。
不誠実と言われようとも、自分の気持ちには嘘はつけない。
いつしか慎司は2人を愛そうとする我が儘な自分を自覚する。
「……あ」
いつまで没頭していたのだろうか、唇がふやけそうになるぐらいキスに励んだ慎司は、取り返しがつかなくなる前に唇を離す。
寂しげな視線をコルサリアが向けるが、すぐに蕩けた瞳に意志が戻ってくる。
「契はちゃんと交わせたか?」
「えっ……はい!大丈夫のようです!」
「そっか、それなら良かった」
これでコルサリアも慎司の近くにいる時は戦闘ができるようになり、洞窟の調査にあたっての懸念事項がひとつ解消された。
装備品や防具については、アイテムボックスに入っているものを渡せばなんとかなりそうだ。
「よし、これで調査に迎えるな」
「はい、それでは行きましょうシンジ様」
コルサリアは張り切った様子で話しかけてくるが、表情や態度とは違いその銀色の尻尾は悲しげに垂れている。
コルサリアは、慎司がルナを大切だと、愛していると知っている。だからこそ、自分の気持ちに蓋をしたのだ。
そんなコルサリアを見て、慎司は唐突に誰かに言われた言葉を思い出した。
「なぁ、コルサリア」
「はい、なんでしょう?」
「自分の気持ちには素直になれよ。俺は傲慢だからあと1人ぐらいは受け入れられるぜ」
「え、それって……」
「意味は自分で考えてくれ」
慎司は振り返るコルサリアに笑いかけると、そのやけに小さな背中を追い抜く。
後ろでバサリと大きく尻尾が振られる音が聞こえる。
どうやら言葉はちゃんとコルサリアに通じたらしい。
「んじゃ、行くぞ」
「はいっ、シンジ様!」
『自分の気持ちには素直になれ』そう慎司に言ってきたのは誰だったか。
慎司は思い出すことが出来なかった。
いつになったら洞窟に行くんでしょうか……




