6.宿屋とシチュー
6.
大都市ランカン。
その街並みは冒険者にとってかなり都合が良くできている。
冒険者ギルド、武器防具屋、鍛冶屋、道具屋、宿泊の為の宿屋。まさしく冒険者のためにあると言っても過言ではない。
冒険者ギルドの本部は王都にあるが、この冒険者ギルドランカン支部でも同等の設備が設けられている。貼り出される依頼を我先にと奪い合う様子は朝のギルド内での日常となっている。
他にも、良質な武具を売り出す商人やポーションの類を売り出す道具屋。
果てには情報屋なんてのもいたりする。
そんな利便性と猥雑さを合わせた空気が、ランカンには流れている。
歩く人達は皆武器を身につけ己の実力を喧伝する。中には見るからに高級そうな鎧に身を包んだ男や、綺麗な装飾が施されたレイピアを腰に吊るす女性もいる。
そうした実力のありそうな連中は、商人の護衛として雇われることもある。
そんな中、慎司はふらふらと宿屋を目指して歩いていた。
溜まった疲労を癒すべく向かっているが、夕方ということもあり依頼を達成して帰ってきた冒険者も増え始める。そのため、人がごった返すことになる。自然と人の流れはゆったりとしたものになり、慎司は若干イライラとした表情で歩く。
「おい、聞いたか?今日有り得ない量の魔力を持つ魔物が現れたんだってよ」
「はぁ?どこにだよ」
「南門付近だって話だ。ただ、すぐに反応は消えたらしいけどな……」
隣を歩く冒険者2人組の会話が、慎司の心をガリガリと削る。
魔力を抑えるのを忘れていただけなのだ。それなのに魔物呼ばわりしないで欲しい。
「……ふん」
しかし、初対面の相手に難癖をつけるような真似はするつもりがないため、慎司は小さく鼻を鳴らして鬱憤を晴らす。
そうして歩くこと15分、目当ての宿屋に着いた。
事前に宿の代金は確認してある。1日分なら狼を狩っている時に拾った硬貨でなんとかなるはずだ。
「いらっしゃいませ〜!」
宿屋のドアを開け中に入ると、舌足らずの可愛らしい声で挨拶された。
声の主は猫耳と尻尾のついた少女。肩口で揃えられた群青色の髪の毛とくりくりとした目、美少女と言っても何の問題もないだろう。
「宿泊ですかにゃ?ここにお名前を書くにゃ」
「ああ、1日で頼む。これでいいか?」
「大丈夫ですにゃー。1泊なら銅貨5枚ですにゃー、ご飯はついてくるから安心するにゃ。お湯が欲しかったら追加で銅貨1枚になってますにゃ」
慎司は硬貨の価値がどれほどなのかわからないため高いのか安いのか全然わからない。
まぁ、安いがサービスがいいという評判らしいので安い方なのだろう。
ちなみにこの情報はそこらへんの冒険者から盗み聞いた。
「じゃあお湯も頼むよ、はいこれ」
「6枚!確かに受け取ったにゃ。お湯は後で持っていくから待っていてほしいにゃ、ご飯ならすぐ食べれるにゃよ?」
「じゃあ先に飯をいただくよ」
「なら、食べ終わったらまた来るにゃ。鍵はその時に渡すにゃ」
「了解した」
荷物はアイテムボックスに突っ込んであるため、慎司はすぐに夕飯を頂くことにする。
食堂はカウンターから見える位置にあるため迷う心配はない。
食堂では、色んな種族がわいわいと飲んだり食べたりしていた。
奥にあるカウンターで夕飯を受け取り、適当な席に座って食べる形式のようだ。
慎司もそれにならって夕飯を受け取る。
「今日は冒険者様から寄付があったからねぇ。ハウンドウルフの肉のシチューだよ」
「ふーん、そうなのか」
ハウンドウルフとやらが分からないが、夕飯を配っているおばちゃん曰く柔らかく、そしていい味をしていると言う。
もっと質素な感じの食事を想像していたが、思ったよりも凝ったメニューで驚いた。
シチューに加え、黒パンと水が今日の夕飯らしい。
「いただきます」
適当な席を見つけ、早速ハウンドウルフのシチューを口に運ぶ。
「なんだこれうめぇ!!」
空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ。腹が減っているのもあるが、柔らかいくせに噛みごたえのある不思議な食感の肉が入ったシチューに慎司は心を奪われた。
一心不乱に食べ、最後に水で口直しをする。ここまで夢中になって食事をしたのは初めてかもしれない。
慎司はとても満足気な顔で食堂を後にした。
1度カウンターに寄り、部屋の鍵をもらう。
階段を上がり突き当たりの右の部屋だ。
部屋には、簡素ながらもベッドとクローゼット。それに金庫の様なものも備えてあった。
「ベッドだぁぁぁ」
慎司は適当に外した装備を床に投げ捨て、半裸になる。後からお湯を持ってきてくれるはずなので下は履いたままだ。
そして、そのままベッドへボスンと飛び込む。思ったよりも柔らかい感触のベッドが慎司の体を受け止める。
「あああああ疲れた……」
そのままの姿勢で動かないでいると、段々と眠気が襲ってきた。このまま寝ると風邪ひきそうだな、と考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「シンジさーん、お湯を持ってきたにゃー」
「あ、はーい!」
慎司はベッドから飛び起き、ドアを開けてやる。目の前にはお湯の入った桶を持った少女。
「にゃ、にゃ……!」
ただ、猫耳の少女は慎司の姿を見るなり顔を赤らめ、尻尾をピンと立たせた。プルプルと震えながらブツブツ言っている。
「どうした?」
「にゃんでもう脱いでるのにゃー!!」
猫耳少女はどうやら男の体に免疫がないらしい。悪いことをしたな……ただ、お湯を入れた桶をしっかりと置いて逃げた辺りは流石はプロ、と言ったところか。
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体を拭き、汚れを落としたところでこるからの計画を立てる。
明日はまず金の工面から始めなければならない。まずは冒険者ギルドに行ってみるべきだろう。
「よし、それじゃ明日に備えて寝ますか」
外は既に暗い。頼りになるのは月明かりぐらいなものだろう。酔っ払った男共の声が少しうるさいが、それもまた異世界らしさを出しててすぐに気にならなくなった。
「ふ、ふぁ……」
疲れは相当溜まっていたらしく、ベッドに横になるとすぐに眠気がきた。
興奮して寝れないかと思っていたが、そんなことはなく、慎司は心地よい微睡みの中ゆっくりと意識を手放していった。
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鳥のさえずるような音が聞こえる。
どうやら朝のようだ。やはりというか、訓練の賜物とでも言うべきか、自然と目が覚める。
「ん、んん……?」
慎司の朝は早い。まだ日が登らない内には目を覚ます。日頃の訓練で決まった時間に起床するため、どうしても目が覚めるのだ。
二度寝をする気分にもなれず、慎司はベッドから抜け出す。
顔を洗うため、水魔法で水を生み出す。量の調整は《魔力操作》を覚えてから格段にやりやすくなった。
「さて、今日も1日がんばりますか」
さっぱりとした慎司は、新しい服に袖を通して気分を入れ替える。
まずは1日乗り切った。
異世界生活2日目、慎司は着実に異世界に染まっていっている。
「目標は冒険者になること、そして金を稼ぐ。当面はこれでいこう!」
拳を握り、気合いを入れる慎司。
冒険者ギルドが営業を始める時間帯までは、ひっそりと魔法の練習をするのであった。
異世界生活1日目、終了です。
ここからが本格的な異世界生活、の予定です。