58.ギルドまでの遠い道のり
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拙い作品ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
魔物討伐訓練が終了した翌朝。
慎司は窓から差し込む朝日をベッドに腰掛けて眺めていた。
右手に浮かべた光球を上下左右に動かしながら、左手であくびを噛み殺す口元を覆う。
「今日は何するかなぁ。学校が休みらしいし、冒険者ギルドに顔でも出すか」
魔物討伐訓練で普段以上に体力と気力を使った体を休めるために、今日は魔法学校は休校となっていた。
慎司は別段疲れたということもないため、正直暇になってしまった。
それならばと、慎司は大雑把にだが予定を組み立てていく。
「ご主人様、起きてますかー?」
「ああ、起きてるよ」
思ったよりも長く考えていたのだろうか。いつの間にかルナが扉を軽く叩いて慎司を起こしに来た。
──いつも先に起きているが。
「むぅ、やっぱりご主人様は早起きですね。たまには私に寝顔をみせてください」
「それなら今夜一緒に寝るか?俺より後に寝れば寝顔を見れるかもな」
慎司はからかうように言ったが、ルナの反応は違った。
耳と尻尾をピンと立たせると、顔を真っ赤にして口をパクパクとしている。
「えっ、それって……あぅ」
「あー、なんかすまんかった」
「いえ、私の方こそ……さっ、先に降りてますね!朝ごはんできてますからー!」
羞恥心からか、ルナは一気にまくし立てると階段を降りていってしまった。
「…………うん、可愛い」
一度は一線を越えたのに、未だに初心なルナの様子を見て慎司は顔を手で覆って呟いた。
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朝飯を食べ終え、家を出る前のちょっとした時間に慎司はルナに話しかけた。
「あ、ルナ。今日は俺冒険者ギルドに顔を出してくるから」
「冒険者ギルドですか?」
「おう、学校が休みなんだよ。家でダラダラしてるのもちょっとな……」
家でアリス達と遊ぶのもいいのかもしれないが、昨日の怪しい人物の事もあり、慎司は外へ出ることにしたのだ。
「なるほど、私もご一緒します」
「いや、ルナはいつも通りに騎士団に行ってきな。ギルドには顔を出すだけだからな」
「そうですか……?ご主人様は知らない間に危険に突っ込んじゃいますから心配です」
ルナの言葉に慎司は何か言い返そうとするが、危険と言われる魔族に単身で立ち向かったり、魔物の大群を1人で殲滅したりと、無茶ばかりしていたことを思い出し何も言い返せなかった。
「うっ……いや、でもギルドに顔出すだけだぜ?危険になんかなりっこないだろ」
「ほんとですか?」
ルナが小柄な体で詰め寄り、下から顔を覗き込んでくる。
そのつぶらな瞳は心配そうに揺れている。
「それなら、私がご一緒しましょうか?」
そんな慎司とルナの様子を見かねて声をかけたのはコルサリア。
銀色の尻尾をゆらゆらと振りながら慎司を見るコルサリアは、どこか嬉しそうだ。
ルナはその言葉を聞くと、ポンと手を合わせて目を輝かせた。
「おおっ!それなら安心です。コルさんについて行ってもらいましょう!」
「でもそれだとアリスはどうするんだ?飯とか」
「お弁当を作っておきますので、グランさんとステルさんと一緒に食べてもらえば大丈夫でしょう。それでいい、アリス?」
「うん、アリスちゃんとお留守番できるよ!」
慎司の懸念にも、コルサリアは淀みなく答える。確かにそれならば問題は無い。
話を振られたアリスも、笑顔で返事をする。
「そうだな。それならコルサリアと一緒に行くよ」
「コルさん、ちゃんとご主人様を見張っててくださいね!」
「うん、任せてルナちゃん。絶対に無理はさせないわ!」
ルナの言葉にコルサリアも同調する。
慎司は別に無茶をするつもりはないのだが、ルナとコルサリアの様子に口を挟むような事はしなかった。
もし口を挟めば二人分の口撃を受けることになるだろう。
そんな愚を犯す程慎司は馬鹿ではなかった。
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弁当を3つ作り終えたコルサリアと一緒に家を出る。
既にルナは騎士団に行ったため、2人を見送るのはアリスとグランとステルの3人だ。
「それじゃ行ってきます」
「アリス、ちゃんといい子にしてるのよ」
「まかせて!アリスはいい子にしてるー」
「主達は安心して行ってらっしゃいませ、姫の身は私が守ります」
眩しいぐらいの笑顔を浮かべるアリスと胸を張るグラン。
ステルは黙ったままだったが、普段以上に張り切っている雰囲気は伝わってくる。
「おう、頼んだぜ」
慎司は最後にそう言うと、家を出た。
家を出てから数分、何故か嬉しそうな様子のコルサリアを見て慎司は首をかしげる。
「コルサリア、なんでそんなに楽しそうにしてるんだ?」
「えっ!?そうですか……?」
「うん、尻尾見ればわかるよ」
コルサリアの尻尾はぶんぶんと振られており、銀狼ではなく最早犬としか思えなかった。
慎司が指をさしながらコルサリアに伝えると、コルサリアは物凄い勢いで後ろを見やり、自分の尻尾を確認する。
「あ、ああのここれは違くてですね……!」
「なんだ、嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいですけど!あっいや、その……」
しどろもどろになりながら答えるコルサリアをからかいながら慎司は歩く。
コルサリアはまだ収まらない頬の熱を自覚しながら、一歩後ろをついてくる。
隣に立たない所が、控えめなコルサリアらしい。
「そういえばコルサリアは銀狼族だよな」
「はい、そうですけど?」
きょとん、と首をかしげるコルサリアの耳が揺れる。
「金狐族とは違ってなんかサラサラしてんな」
慎司はその耳を軽く触るとそう言った。
コルサリアの毛並みは、ルナとは異なりサラサラとしていた。
金狐族であるルナの毛並みは、毛の一本ずつが細く、軽いためふわふわとした手触りだ。
それに対するコルサリアの毛並みは、毛が柔らかく逆に指通りがいい。
「あ、あの……シンジ様……?」
「うーん、ルナとは全然違うなぁ」
「んひゃ!……ん、シンジ様ぁ……」
初めは困惑していたコルサリアだったが、慎司が夢中になって耳を弄っているうちに、段々と漏れでる声に甘いものが混じり出す。
外だということを忘れて夢中になる慎司を、コルサリアは嫌がることなく受け入れていた。
くすぐったいような感覚とともに体の芯から登る甘い痺れのような感覚。
「んっ、はぁ……シンジ様ぁ。もうやめ……んっ!」
「ルナのもそうだが、いつまでも触り続けられるこの感触……いってぇ!」
「いつまでやってるんですか、シンジ」
いつまで経っても耳を触り続ける慎司の脇腹に、鋭い痛みがはしる。
いつの間にか実体化したアルテマが、つねったのだ。
アルテマはジト目で慎司を見上げている。
「アルテマ、めっちゃ痛いんだけど?」
「当然です。貴方は何をしたかわかっているのですか?」
「ちょっとコルサリアの耳を触ってただけだろ?」
慎司はアルテマを非難するような視線を向けるが、返ってきたのは絶対零度の凍りつくような視線だった。
「シンジ、貴方がコルサリアの耳を触っていた時間は5分13秒です。これでもちょっとと言いますか?」
「あ、めっちゃ触ってますね。すいません」
アルテマの視線に本能的な恐怖を覚えた慎司は、つい敬語になってしまう。
件のコルサリアは腰砕けになり耳を抑えてしゃがみ込んでいる。
荒くなった息を整えるように大きく肩を上下させるコルサリアは少々煽情的だ。
道行く人が、主に男性冒険者が目を奪われている。
それを見た慎司はなんとも言えない黒い感情を抱く。
チラチラと視線を寄越す冒険者に睨みをきかせて、慎司はコルサリアに手を貸して立ち上がらせる。
「あー、ごめんな。コルサリア」
「え、あ、大丈夫です。はい」
コルサリアは朱色の差す頬を手で軽く触りながら返事をする。
「つい夢中になっちゃってなぁ」
「そうですかっ……嬉しい」
「なんか言った?」
「言いましたけど教えません」
尻すぼみになった言葉の切れ端が聞き取れなくて慎司は聞き返したのだが、コルサリアは柔らかく微笑むだけだった。
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コルサリアは彼女らしい控えめな服装を選んだようだが、残念ながらその試みは失敗だと言える。
夜色のワンピースに、くすんだ色のカーディガンの様なものを羽織る彼女だが、ゆったりとした服だと言うのにその豊かな胸は厚めの生地を押し上げ、周囲の目を奪う。
そんな美女を連れているだけでなく、反対側には黒色のゴシックドレスをまとい、群青色の髪の毛をなびかせる少女が寄り添っているのだ。
「おーおー、すっごいなぁ」
「何が凄いんですか?」
「視線」
「……視線?」
慎司の言う通り、道を歩く三人はかなりの視線を集めている。
コルサリアはその妖艶さで見惚れる者の視線を。アルテマはその可憐さで保護欲を掻き立てる。そして慎司はそんな二人のの横を歩く事に対して嫉妬と羨望の視線を集めていた。
「何故みんな私達を見ているのでしょうか?」
「さぁね。多分コルサリアとアルテマを見てるんじゃないかな?」
「私のどこに注目を浴びる要素が?」
慎司は、不思議がるアルテマの髪の毛を一束掬いとって毛先を弄る。
反対側のコルサリアから視線が突き刺さるような気がしたが、気にしない。
「なんですかシンジ」
「ほら、アルテマって綺麗な色の髪の毛してるだろ?だからじゃないかな?」
「ふむ……そうでしょうか」
アルテマはまだ不思議そうにしていたが、全部説明するのは面倒なのでさっさとギルドに向かうことにする。
しかし、歩きだそうとした慎司の袖を掴む者がいた。
「あ、あの!私の髪の毛、どうでしょう?」
腰まで伸ばした銀色の髪の毛を差し出してくるコルサリア。
その真紅の瞳はどこか熱を帯びている。
慎司はコルサリアの意図を察して絹のような髪の毛を軽く梳くと、笑いかけてやる。
「ああ、コルサリアの髪の毛も綺麗だよ。もちろん、綺麗なのは髪の毛だけじゃないけどね」
「あっ、ありがとうございます……」
キザったらしいセリフだが、これぐらいの方が効果があるだろう。
自分で言っておきながら恥ずかしくなった慎司は、2人の前を歩き顔を見られないようにする。
妙な雰囲気を醸し出しながら、3人は歩き続けるのだった。




