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57.王城

 

 ルガランズ王国王城内を、1人の男が早足で歩いていた。


 男の身なりは決して良いものとは言えず、彼を見た城内のメイド達は揃って眉をひそめる。

 薄汚れた外套を着たまま歩く男は、しきりに後ろを気にしている。


「……はぁ、はぁ。くそ、くそっ、クソっ!」


 男はある仕事を頼まれていた。

 国からの指名依頼ということで張り切って仕事に挑んだ男だったが、結果は失敗。


 任務途中、突然の対象者からの接近に加え、宵闇の中から溶けだすように現れた少女から受けた攻撃による傷。


 止血は済ませたものの右手は未だに痛む。


「あー、くそ。いってぇ……」


 思い出すと、忘れていた痛みが男を苛む。

 苦々しげに毒づきながら、男は城内を進む。

 やがて目的の部屋につくと、扉の前にいる衛兵が止まるように手で制してくる。


「おい、止まれ」

「ちっ、俺だ。指名依頼を受けた者だ」

「む、そうか。すまないが少し待っていてくれ」


 男が目指していたのは城内の一室。その部屋の主が、今回の依頼の依頼主だ。


「待たせたな、入れ」

「へいへい」


 重厚な扉を開き衛兵が男を中へ招く。

 部屋の中には1人の男性が背を向けて立っていた。


「貴族様、依頼についてだが……貰っていた情報と対象人物はかけ離れ過ぎている。これじゃ仕事になりやしない」

「ほう、それは本当かね?対象人物はSランク冒険者と伝えたはずだが?」

「ああ、確かにアンタはそう言った。けどな、アイツは()()()()()()()()()()()


 男のその言葉に貴族の男は驚いた顔をして振り向く。


「ほう、それは本当かね?ギルドからはドラゴンを剣で切り倒したとか魔族と剣で打ち合ったと聞いているんだが?」

「ああ、本当だよ。魔法を使いやがったからな」


 依頼を受けた男に最初伝えられたのは、対象人物の風貌と剣を使うことだけだった。

 魔法を行使するなどとは聞いていないし、少女については全く情報がなかった。


「魔法……?対象人物は剣だけではなく魔法も使ったと言うのか?」

「ああ、信じ難いことにな。それに不可視の攻撃方法を持つ少女が近くにいた。俺に気配を悟らせない程の隠密スキルも持っている」


 そう話す男の専攻職は『暗殺者』だ。

 狩人から派生する上級職の暗殺者は、気配を察知するスキルや、逆に気配を隠すスキルの効果を高める。


 それなのに、男は少女が姿を現すその瞬間まで存在を感知できなかったのだ。


「ふむ、これはまた……よく逃げられたものだね」

「最初の転移魔法で魔力を使い切ったのか、それともわざと逃がされたのかはわからんがな」

「そうか。できれば前者であることを祈るよ」


 貴族の男は再び背を向けると、窓の外に目をやる。

 既に空は闇色に染まっていて、景色は月光に照らされた街並みぐらいしか見えない。


「なぁ貴族様……この情報だけでも十分だと俺は思うんだが、報酬はくれるんだろうな?」

「……そうだね。働きにはしっかりと答えてやらないといけないね」

「お、おう。そうだろ?」

「ああ、そうだな。…………やれ」


 貴族の男から漂う不穏な気配を感じて、男は横に飛んだ。

 一瞬遅れて、すぐ横を通っていく銀の剣。


「おい貴族様!どういうことだ!」

「見てわからんかね?君はもう用済みなんだよ……死体になら、報酬は払わなくていいからね……」


 用済みと言われ男は頭に血が上るが、理性で怒りを押さえつけて男は逃げ出す為の道を探す。


 部屋の出口には、王城内に関わらず貴族の私兵がいる。窓から飛び出そうにも部屋は三階に位置しているため、飛び降りれば怪我をするどころの騒ぎではない。


 かくなる上はと──男は貴族の男に向かって駆け出す。

 貴族を人質に取り、一先ずの時間を稼ごうとしての行動だ。


「私兵を突破する能力はないため私を人質に取る。最善の選択だな……だから読みやすい」

「え?」


 駆け寄った男の腹に刺さる、1本の短剣。

 ぬらりと光る短剣には、毒らしきものが塗られている。

 腹から溢れ出る血を見ながら、男はから笑いする。


「はは、なんだそれ……剣、使えるのかよ」


 確かに男は最善の選択をしただろう。

 貴族の私兵数人に暗殺者である男は敵わない。残る選択肢は少なくなり、それを予想すれば対策も立てられる。

 そして、貴族の男は最初から依頼が完了した後は男を始末しようとしていたのか、この状況を想定していた。


「君がそう行動するのは読めていたからね。僕も多少は剣技に自信があるんだ、油断している君を刺し殺すぐらいにはね」

「クソ野郎が……地獄に、落ちろ」

「では、先に地獄とやらで待っていてくれたまえ」


 薄れゆく意識の中、男は貴族のやたらと綺麗な金髪を恨みがましい目で睨み続けた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 王城内の一室で行われた犯行は丁寧に痕跡をもみ消され、貴族の男とその私兵の数人だけが知ることになる。


 事前の調査で依頼をした男に血縁者がいないことは確認済みであり、妻も子供もいない男が死んだところで誰も気にとめないだろう。


 痕跡をもみ消し終わると私兵は姿を消し、部屋には貴族の男だけになる。


 暫くしてコンコンと、扉がノックされる音が響く。

 既に痕跡は消してあるため、怪しまれないためにも中に入るように促す。


「夜分遅くに失礼します、こちらから大きな物音が聞こえたのですが、何かありましたでしょうか?」

「いえ、恐らくは燭台を倒してしまった音が大きく響いたのでしょう。お陰で床の敷物を替えることになりましよ」


 初めからこのように衛兵がやって来た時の対応も考えていた。

 血に汚れた敷物を替えた理由も違和感のないように考えてある。


「そうでしたか、それでは私は失礼させていただきます」

「ええ、お務めご苦労さまです」

「ありがとうございます、アルテオ伯爵」


 去っていく衛兵に、労いの言葉をかけて印象操作をしていくことも忘れない。

 冷血漢だと思われると、信頼が得られない。

 例え虚像だとしても、好印象であれば信頼を得やすくなるはずだ。


「人間って、めんどくさいですねぇ」


 アルテオは、青かった瞳を赤色(・・)に輝かせてそう言った。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ルガランズ王国の王城内には、国王とその妃、そして2人の子供が住んでいる。

 それに加えて一部の優秀な貴族は一室を与えられて執務をするという特殊な状況になっている。


 広すぎる王城を持て余すのではなく、有効活用しようと考えた国王が優秀な文官を招いたことから、現在の状況は始まる。


 文官が招かれるのであれば自分も、と貴族達がこぞって押しかけて来たのだ。

 これに対し国王は一部を王城内に招くことによって沈静化するが、流石に王族と同じような暮らしをさせるのは立場上できないため、離れのような場所に住まわせている。


 一歩間違えただけでこの有様だ。

 国王はそれ以降慎重さを増し、無謀な政策を取ることのない良き統治者として君臨するようになる。


 そんな変わった王城内の一室、それもかなり豪華な部屋にフラミレッタ王女はいた。

 就寝前ということもあり、ささやかながらレースをあしらったネグリジェを着ている。

 ベッドに腰掛けたフラミレッタは、どこか遠くを見つめて口を開く。


「ねぇ、オルネリア」

「はい、なんでしょうか?」

「籠の中の鳥……ってどういう意味なのかしら?」


 フラミレッタは今日の昼頃、勉強の時間に習った詩的表現についてメイドの1人に聞く。

 王女に仕えるとのことで、それなりに学を修めたオルネリアはすぐに言葉の意味を思い出すが、それをどう伝えるべきか迷ってしまう。


 言葉の意味として、籠の中に捕らわれた鳥のように、身を束縛されていることの例えなのだが、王女であるフラミレッタはまさに言葉のとおり、身分ゆえに同年代の友人も作らず王城内で日々を過ごしている。


 まさに籠の中の鳥と言えよう。

 しかし、それをそのままオルネリアの口からフラミレッタに伝えるのは憚られる。


「そうですね、言葉通りの意味ならば身を束縛されて身動きが取れないようなものでしょうか」


 そこで、オルネリアは言葉どおりならば、とワンクッション置いた発言をする。

 それを聞いたフラミレッタは悲しげに目を伏せ、自慢の薄桃色の髪の毛の毛先を軽く弄る。


 伏し目がちなその表情は見る者によれば儚げな印象を与えるのかもしれないが、オルネリアには自分の境遇を嘆いているように見える。


「まるで……今の私のようですわ」

「フラミレッタ様……」

「ごめんなさいオルネリア、今日はもう寝ます」

「……はい、おやすみなさいませ」


 大きな天蓋付きのベッドに横になったフラミレッタは一度だけ窓から覗く月を見やり、こっそりとため息をつくと目を閉じる。


「誰か、この退屈な日々を壊してくれたりしないのかしら」


 ベッドの中で囁く小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく消えていった。

※誤字を修正しました

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