53.魔物討伐訓練⑥
傷が塞がり、目を覚ましたチェリッサはまずカレルの姿を探し、心配そうに見ていたカレルを見つけると安堵した。
「ダールズ様……ご無事でしたか」
「ああ、お前が身を呈して守ってくれたからな」
「それが、私の務めですから」
「ふん……それで、傷はもう平気か?」
チェリッサは自分の腹に手をやり、何度か撫でさする。
しばらくして、痛む様子のない横腹を不思議そうな顔で見ると、チェリッサは急に顔を上げて辺りを見回す。
「あの、傷は問題ないのですが……その、フロストさんはどこに?」
「フロスト達なら少し前に出発したぞ」
「えっ……私、まだちゃんとお礼を言えてないというのに……」
「礼なら訓練が終わった後にでもすればいいだろう?」
「そう、ですね。そうします」
カレルは装備を確認し、チェリッサに手を貸して立ち上がらせる。
「よし、行くぞチェリッサ。狙うはゴブリンだ」
拳を固く握りしめ、意気込むカレル。
「ダールズ様、まずは仲間の搜索から入りませんと……」
「……そうだな」
カレルの新たなる道は、躓きからのスタートのようである。
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一方、慎司達5人は森の奥へと歩みを進めていた。
相変わらず狙うのはゴブリンであり、ハウンドウルフとショックスパイダーは避けて進んでいる。
「しっかし、ここら辺……暗くねぇか?」
入口付近よりも、更に木々が生い茂る中心地は、光を遮る葉の数も自然と多くなり、アレンがボヤくとおりに辺りは宵闇色となっている。
「火魔法か光魔法で……と思いましたけど、魔物が寄ってきますわね」
「そういうこと。明かりはつけれない」
光量の少ない視界では、索敵範囲も狭まってしまう。
いくら慎司の魔力感知があるとは言え、それに過信するのは禁物だ。
そのため、5人は自然と寄り添うような距離まで近づいて歩くことになる。
「おいガレアス肩を当てるな」
「む、すまん」
「ガレアス、私に息を吹きかけないでくださいますか?」
「む、すまん……」
「ひゃっ、ガレアス君……?」
「すまん俺だ」
「シンジ君なら……」
「おい、俺に謝るべきではないのか?」
近くに寄ると、体格のいいガレアスは少々邪魔になる。
全て自分のせいにされてしまうガレアスが、冤罪を押しつけられそうになり憤慨するが、誰も気にすることは無かった。
「慎司、皆が酷いのだが……」
「ガレアス、暑いから離れてくれ」
「む、すまん……」
何故か不遇な扱いを受けるガレアスだった。
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慎司達がガレアスの精神をガリガリと削っている頃、生徒達を送り出した魔法学校の先生達は森の入口に集まり一つの水晶玉を見ていた。
水晶玉には、5人の生徒が映し出されている。
男子生徒が3人に女子生徒が2人。
5人はなにやら揉め事を起こしているらしく、ついに男子生徒の1人が1人の女子生徒を殴った。
「あっ、殴りましたね」
「うわぁ、痛そうですね。誰が止めに行きますか?」
「面倒臭いのでじゃんけんで決めましょう」
先生達は気だるそうにじゃんけんを始める。
その様子を、同じく教師であるクレマリアは怒りを抑えて睨みつけていた。
クレマリアは生徒に対して実の子供にするように接しており、生徒の悩みには親身になって相談に乗ってきた。
クレマリアは生徒が好きなのだ。
だからこそ、目の前でダラダラとじゃんけんを繰り広げる男性教師3人を見ると苛立ちが募る。
──どうして早く助けに行かないのか。
クレマリアは平民であり、じゃんけんをする3人は腐っても貴族のため、口を出すことはできない。
「お、勝った」
「ということは……」
「わかりましたよ、それでは行ってきますね」
貴族の3人のうち、痩せ気味の男が森へと向かう。
残った肥満体型の2人は、尚も暴行を続ける男子生徒の様子を水晶玉を通して見ていた。
クレマリアは吐き気を催しながらそんな2人をきつく睨みつけると、その場をあとにした。
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「なぁ、ガレアス。悪かったって……」
「気にするなアレン。俺がもっと肩幅が狭く生まれればよかっただけだ」
4人からの精神攻撃を受け、体より精神が疲弊したガレアスはとても卑屈になっていた。
「いやぁ、ガレアス気にしすぎだって。大丈夫!別に本気で嫌なわけじゃねぇよ」
「ほんとか?」
「おう、肩ぐらいなんともないぜ!」
アレンはなんとかガレアスを立ち直らせようとするが──
「流石に息は吹きかけて欲しくないですわね」
「ちょっとエリーゼちゃん……!」
「アレン、これより俺は息を止める」
「やめろバカ!死ぬつもりか!」
思ったよりガレアスの状態は深刻なようだ。
慎司は現状を打開するために、どうすれば良いのかと必死に考える。
いつもは頼りになるアルテマも、今回の件には関わってこない。
「ガ、ガレアス君……!元気だして、ね?」
慎司が腕を組んでウンウン唸っていると、ガレアスのもとに歩いていくと、両手を胸の前で握り──
「ふぁいと!」
と体を弾ませて言った。
すると、リプルの決して小さくはない胸の膨らみが柔らかく躍動する。
「元気でたぜ!!」
「みなぎってきた!」
「調子でてきたわー」
それを見て、アレン、ガレアス、慎司の3人が前かがみになりながら叫ぶ。
「これだから男は……嫌になりますわ」
ちなみにエリーゼはゴミでも見るかのような視線を向けていた。
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ガレアスも立ち直り、今まで通りにゴブリンを狩り続けること3時間。
ついに魔物討伐訓練の終了の時間となった。
終了の合図は、先生らの風魔法で伝えられる。
『えー、これにて魔物討伐訓練は終了となります。生徒は魔物に注意して速やかに森の入口に集まってください』
使用されたのは《ブリーズボイス》という魔法であり、その効果は遠くにいる相手に自分の声を届けるというものだ。
戦争中なんかには、緊急時の連絡手段として使われたりもする魔法だ。
「おい、聞いたか?討伐訓練は終わりだ。さっさと入口にもどるぞ」
「そうですわね……そろそろゴブリンにも見飽きてきましたし、丁度いい頃合と言えるのではないでしょうか」
倒したゴブリンの数は全部で35体。
あれから元気を取り戻したガレアスは獅子奮迅の働きを見せ、迫り来るゴブリンを次々と倒していった。
お陰でゴブリンを狩る効率は高くなったはずだったが、あまりにゴブリンばかりを狩ったせいか、ゴブリン達はガレアスの姿を見ると逃げるようになってしまった。
結局、勢いがあったのは最初だけで終盤はひたすら逃げるゴブリンを追いかけるだけだった。
「おい、そろそろ入口が見えてきたぞ」
「いやー長かったなぁ。疲れたー」
アレンは大きく伸びをし、頭の後で手を組むとスタスタと歩き出す。
慎司は最後まで緊張感を持つべきだと思ったが、かなりハードな訓練であったため疲れるのも仕方ないと思い、何も言わずにおいた。
森の入口には既に生徒がたくさん戻ってきており、先生が点呼を取っている。
中にはカレルとチェリッサ、その仲間らしき者の姿も見える。
「おいアレン班、さっさと並べ」
「へーい。んじゃ行こうぜ」
班長であるアレンを先頭に、慎司達も他の生徒同様に列に並ぶ。
やがて、全ての生徒の点呼を先生が終わると、次は表彰式だ。
倒した魔物の種類と数、それに状況判断や仲間との連携を見て、最も優秀な班には報奨があるらしい。
生徒達が並ぶ列の前に、1人の先生が立つ。
「えー、みなさんお疲れ様でした。今回の訓練で、自分の足りない点、または上手くいかなかった点が見つかったかと思います。逆に、自分の長所や上手くいった点も見つかったのではないでしょうか」
先生の長々とした挨拶を聞き流しながら、慎司は講評が終わるのを待つ。
「──さて、今回の訓練で最も優秀な成績を修めたのは……」
最後に先生が最優秀の班を発表する段階になると、それまで静かだった生徒達が僅かにざわめく。
報奨の内容については知らされていないが、豪華なものを期待しても良いのではないだろうか。
それほどまでに、生徒達の目はギラついていた。
「最も優秀だった班は──C組アレン班です!」
「おおおおっしゃぁぁ!!」
「やったな、アレン!」
「エリーゼちゃん!」
「ええ、よかったですわね……!」
先生が発表した瞬間、アレン達は一気に沸き立つ。
それとは対照的に他の生徒は肩を落とすが、すぐに好意的な目をこちらに向けて、拍手を送ってくれた。
中でもカレルとチェリッサは一際大きな拍手を送ってくれていた。
「それでは、アレン班の皆さんは前に出てください」
拍手が収まる頃に、先生が再び口を開く。
慎司達は、堂々と胸を張って歩くアレンに引っ張られるように前に出ていく。
たくさんの視線に晒されてリプルなんかは少し震えていたが、これも慣れだろう。
「この度、魔物討伐訓練に際してアレン班は多くの魔物を討伐し、適切な状況判断を下し、優秀な成績を収められたことを表彰します」
アレンが代表して賞状を受け取る。
あれだけ堂々としていたアレンだが、いざ賞状を受け取る段階になると、緊張でぎこちなくなっていた。
「では次に報奨です。こちらをどうぞ」
先生が差し出してきた大きめの木製の箱を慎司が受け取る。
重くはないが、中に入っているであろう物がどんな物か気になってしょうがない。
ただ、ここで開けるのは失礼なため、慎司はぐっと堪えて箱を抱えた。
最後に、生徒達からもう一度拍手を送られ、長かった魔物討伐訓練は終了となった。
アリス<レイシア<ルナ=エリーゼ<リプル<コルサリア
となってます。何がとは言いませんが。




