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52.魔物討伐訓練⑤

 

 慎司は、疲れて木の幹に寄りかかっているカレルに声をかける。


「えーっと、ダールズ様だっけか?」

「カレルでいい、助けてもらった身で偉そうにふんぞり返る気は無いからな」


 カレル顔を背けて、慎司と目を合わせようとしなかった。

 カレルのプライドの高さが、助けられた事に対して感謝の言葉を述べることの邪魔をする。


「んじゃ、カレル。なんであんなに大群のハウンドウルフに追われてたんだ?」


 ハウンドウルフは群れて行動するのが普通だが、それはあくまで3匹から5匹の小規模な群れであり、25匹の群れなど有り得なかった。


 冒険者生活の中でアルテマに教えてもらった知識では、少なくともそうなっている。


「僕は……まず1匹のハウンドウルフを見つけた。そして仲間の制止する声も聞かずに、戦いを挑んだ」

「勝算でもあったのか?」

「いや、なかった。僕はあの時……周りが見えていなかったんだ。ただハウンドウルフを倒せれば実力を示せると思って……」


 語るカレルの拳は固く握られ、自分への怒りから小さく震えていた。


「まぁ、やっぱり僕ではハウンドウルフには勝てなくてね。チェリッサと2人がかりでようやく追い詰めたんだ」


 そしてカレルはリプルに腹の傷の治療を受けているチェリッサを見る。

 決して豪華ではないがそれなりに仕立てのいい服が、ハウンドウルフの歯型に沿ってちぎれている。


「……だが、詰が甘かったんだ。瀕死のハウンドウルフは遠吠えをすると、仲間を呼び寄せた。僕達は気づいたら囲まれていて、逃げ出すしかなかった」

「あの時の遠吠えはそれか……」

「そしてなんとか逃げ出した後は、君を巻き込んで今に至る。まったく自分が情けないよ」


 大きなため息をついて、カレルは空を見る。

 生い茂る葉に邪魔されて殆ど青空は拝めないが、悔し涙を堪えるには十分だった。


「僕もまだまだ……一流には程遠いなぁ」


 慎司は黙って立ち上がり、カレルに背を向ける。


「近道なんてのは存在しない。何かを成し遂げるには相応の努力が必要らしいぜ」

「……肝に銘じておくよ」

「焦らずゴブリンから始めることだな」


 慎司は足早にカレルのもとから立ち去る。

『近道なんて存在しない』そうは言ったものの、慎司はズルをして力を手にしている。


 慎司は内心に渦巻く自己嫌悪を吐き捨てるように、1度だけ舌打ちをした。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ひゃー無双だねー、強いねー」


 神様は下を見下ろしながら手を叩く。

 けらけらと笑う神様を、女神は冷たい目で見ている。


「何が楽しいのかしら……?」

「いやぁ、無双だよ?平凡だと思っていた友人が有り得ない力で敵を薙ぎ倒す!いやー、かっこいいねぇ……」

「何が言いたいの?」


 神様はピエロのようにくるくると踊りながら口の端を三日月のように釣り上げる。


「普通は怖がるだろうね?シンジくんは、友人に怖がられ、恐れられ、遠ざけられる」


 神様は何が楽しいのか、喜色満面といった様子でご機嫌の様子だ。


「ぜったい、ぜーったい人間の汚いところが見えてくるはずだよ?ほらほら、そんな化け物はどこかへ隔離しなよぉ……」

「悪趣味ね、私は彼らなら別に怖がったりしないと思うけど?」


 女神の言葉に神様はピクリと反応する。


「へぇ!それなら……賭けをしようじゃないか。なんだか君はシンジくんに期待してるみたいじゃないか。もし彼らがシンジくんを怖がったら僕の勝ち。怖がらなかったら君の勝ちだ」

「勝った場合、何があるのかしら?」

「そうだねぇ、僕が勝ったらこの世界に不幸を1つ発生させよう。君が勝ったらシンジくんになにか一つだけ、手助けをする権利をあげよう」


 女神としては、この悪趣味な神様は好きではないため、この賭けに勝って慎司を手助けしてやりたい。


 そうすれば神様も嫌がるだろう。


「いいわ、乗った」

「よぉーし!それじゃ賭けは成立。さてさてどうなるでしょうかねぇ?」


 今度は見世物を紹介する司会者のように、おどけた調子で神様は笑う。


「ひひ……綺麗な人間なんてそうそういねぇんだよばぁか」


 その小さな声は女神に届く事は無かった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 リプルは、必死にチェリッサに《アクアヒール》をかけ続けていた。


 腹の傷は深く、癒えるまで時間がかかるのだ。


 回復魔法の《ヒール》と同じぐらいの回復量の《アクアヒール》だが、あくまで水属性の魔法のため、《ヒール》程の回復速度はない。


 じわじわと塞がっていく傷に目をそらしたくなるも、リプルは懸命にチェリッサを治療し続けた。


「……これで、大丈夫だよね」


 リプルが治療を終えたのは、丁度慎司がカレルと話し終えた時だった。


 慎司は一直線にリプルのところに歩いてくる。

 そのことに何故かリプルは少し動揺してしまった。


「リプル、チェリッサさんは?」

「えと、傷は塞がったから多分大丈夫だと思う……」

「そうか、ありがとなリプル」


 慎司はそっと優しい顔をしてリプルの頭を撫でる。

 すると、一瞬でリプルの顔が真っ赤になり、声にならない声を出し始めた。


「あ、あわ……シンジくん、手……あわ」

「あっ……すまん。つい癖で」


 慎司が慌ててリプルの頭から手をどける。

 リプルは離れていく手をつい目で追いかけてしまい、更に赤くなってしまう。


 現在、チェリッサは失った体力を取り戻すために眠っており、アレンとガレアス、エリーゼは何故かそっぽを向いている。


「……ん、癖って?」


 リプルがそう尋ねると、慎司はしまったという顔をする。


「あー、アリスって奴がいるんだけど、褒める時によく頭を撫でてやってるんだよ。それで……な?」

「そ、そうなんだ……アリスって妹さん?」

「えっ……妹じゃ、ないな」


 歯切れの悪い慎司の答えにリプルの目が段々と細められていく。

 リプル自身にもわからないのだが、何故か嫌な気持ちになったのだ。


「ふーん……じゃあどんな関係なの?」

「あれ、なんかリプル怒ってない?」

「怒ってないよ?……で、どんな関係?」

「今度家に招待するから、来てくれ。それでわかる」


 思いがけず家に招待されてしまったリプルは先ほどまでの嫌な気持ち等すっぱり忘れて、熱くなった頬に手を当てる。


「えっ、シンジ君の家に……、いいの?」

「うん?リプルなら構わないけど?」

「そっか……えへへ」


 急速に展開されていく桃色の空間に、待ったをかける者が1人。


「おいシンジ」


 アレンだ。


「さっきのフレイムランス……8本同時に出してたよな?あれ、どうやるんだ?」

「あれか?あれはだなぁ……」


 慎司との会話の機会を強引に持っていかれてしまったリプルはムッとするが、すぐに表情を緩ませる。


 話すのはいつでもできるが、家に招待なんてそうそうされることはない。


 その事実は、リプルを浮き足立たせるのには十分だった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 全力ではないが、25匹のハウンドウルフを瞬殺した慎司は、ある懸念を抱いていた。


 それは、アレン達から恐れられてしまうことだ。


 魔王を倒す勇者も、救国の英雄も、どちらも向けられる視線の中には恐怖が混じっている。


 自分よりも圧倒的に強大な存在である勇者や英雄に対して、人々は敬意と同時に、その力が自分に向けられた時のことを考え、恐怖を抱くのだ。


 たった今、慎司はアレン達では敵わない相手を一瞬で殺して見せた。

 それは、自分がアレン達を遥かに上回る強者であるという証明だ。


 カレルと話した限りでは、あまりそのような様子は無かったため、こっそりと安堵した慎司であったが、リプルと話す時は再び緊張を強いられる。


 チェリッサにも話を聞きたかったが眠ってしまったため、リプルを労うべく声をかけたが、リプルも別段恐れる様子はなかった。


『シンジ、アレン達は別にシンジのことを怖がってなどいませんよ』

「……みたいだな」

『いい友人ですね。普通なら助けてもらったことを棚上げにして怖がると思いますよ』

「だよな。いい奴らだ」


 アルテマは、さもそのような人を見てきたかのように話す。

 だが、それを深く追求する暇もなくガレアスとエリーゼがやってくる。


「シンジ、流石Sランク冒険者だな」

「あの剣捌き、私は目で終えませんでしたわ」

「そうか?まぁ信じてくれたみたいで嬉しいよ。これでもSランクなんだ、流石にあれぐらいは勝てるさ」

「あら、私は疑って等いませんでしたわ」


 エリーゼは少し目を泳がせているため、あまり言葉に説得力がない。


「エリーゼ、目が泳いでるけど?」

「さ、流石に心配しただけですわ!いくらSランク冒険者と言っても、人間に変わりはありませんからね」

「なんだ、心配してくれてたのか」


 慎司はエリーゼの言葉に軽い驚きを覚えた。


「あら、友人が魔物に立ち向かって行ったんですのよ?心配ぐらいしますわ」

「お、おお。そうか」


 エリーゼの意外な心配性な一面を垣間見た慎司は、おもわず笑ってしまう。


 怖がられるかと怯えていた自分が滑稽に思えたのだ。


「なっ、なんで笑うんですの!?」

「いや、くくっ、気にしないでくれ……はは」

「うぐぐ、いつまで笑ってるんですの!」


 なんだか、エリーゼが可愛く思えた慎司であった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「賭けは私の勝ちね」

「そんな、またかよ……」


 女神は勝ち誇った顔で神様に語りかける。

 神様は、自分が負けたことというより、人間が強大な力を前にして、それを受け入れたことに対して拒否反応を示していた。


「またか?またなのか?ああ、もう。めんどくさいなぁ……こいつらは怖いもの知らずなのか?それともバカなのか?」

「あらあら、世界の管理者さんがどうしたのかしら?負けた気分はどうかしら?」

「うるさい、黙ってろ……!」


 女神はここぞとばかりに畳み掛ける。


「賭けに勝ったわけだし、一つだけシンジを手助けさせてもらうわよ?」

「ああ、好きにしろよ」

「では、そうさせてもらうわね」


 女神は慎司のいる世界を見つめて、手を伸ばす。

 伸ばした手の先から光が迸り、1冊の本が出来上がる。


 本は慎司の寝室へと置かれ、女神は満足気に頷く。


「……で?何をしたんだい?」

「ちょーっとばかり、精霊との出会いを体験させてあげようかと思ってね」


 神様は忌々しげに女神を睨みつけ、女神は勝ち誇った笑みを浮かべ返した。


「早くここまで来てね、シンジ」


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