51.魔物討伐訓練④
目の前には、ハウンドウルフの群れが広がっている。
魔力感知に反応している数は全部で25匹。
これら全てを、後ろにいるアレン達を守りながら倒さなければならない。
並の冒険者では到底敵わないであろう魔物の群れを前にしても、慎司は怯んだ様子もない。
ただ不敵に笑い、アレン達を守るように立つだけだ。
『シンジ、前には出ないようにしてください。距離が離れるとアレン達のカバーに入れなくなります』
「……了解だ」
慎司はアルテマの言葉に頷き、剣を正眼に構える。
じりじりと詰め寄ってくるハウンドウルフだったが、数秒も経たないうちにしびれを切らして突撃してきた。
「ふっ!」
飛びかかってきた瞬間に剣を一閃。
小さく吐いた息とともに振るわれた横薙ぎの一撃は、ハウンドウルフの体を容易く切り裂く。
「まずは1匹」
仲間が一撃で倒されたことに警戒したハウンドウルフは、今度は左右から挟撃する様に2匹が突撃してくる。
普通に迎え撃つとなると、どちらか片方を切り捨てる間に、もう片方のハウンドウルフに体を噛みちぎられてしまうだろう。
『シンジ、スキルを使いましょう。飛斬で右のハウンドウルフを先に仕留めてください』
「わかったぜ!……飛斬!」
《飛斬》は、魔力で構成した刃を飛ばす《飛翔剣》とは違い斬撃の威力のみを飛ばす。
射程距離は《飛翔剣》のほうが長いのだが、威力と発生速度の点では《飛斬》の方が勝っている。
居合の要領で左腰から振り抜いたアルテマは通常とは桁違いの《飛斬》を生み出し、右から迫っていたハウンドウルフを真っ二つにする。
「2匹!」
左から迫っていたハウンドウルフは、そのまま突進を敢行。
慎司の喉笛を噛み切らんと、その顎を開く。
「3匹!」
慎司は魔力感知でハウンドウルフの姿を確認しているため、背後を取られたところで何の不都合もない。
振り向きざまにアッパーカットを放ち、3匹目のハウンドウルフを屠る。
体術スキルの上昇で覚える《昇り龍》。
アッパーカットのためリーチは短いが、その分発生速度と威力はかなり高い。
《昇り龍》をカウンターで受けたハウンドウルフは、大きく弧を描いて打ち上げられると、数秒後に落下を始め、叩きつけられた地面に赤い花を咲かせる。
「ほらほら、どうした!?」
慎司の事を格上だと今更ながらに悟ったハウンドウルフ達は、2つのグループに別れて走り出してくる。
一つは一直線に慎司に向かってくるグループ。
もう一つはアレン達を狙うように慎司を迂回するグループ。
「ちっ、面倒なことを……」
アレン達は現在戦うことが出来ない。
傷ついたチェリッサの治療のためにリプルは動けないし、アレン、ガレアス、エリーゼの3人の魔法の威力ではハウンドウルフを倒せない。
カレルに至ってはチェリッサをここまで運んでくるのに体力を消耗し過ぎて動けなくなっている。
よって、全てを慎司が受け持つしかない。
『知覚速度を引き上げます。脳に負担がかかるため制限時間は15秒間。その間に魔物を殲滅してください』
「俺が飛び出したら頼むぞ。……エクスアジリティ……アルテマ!」
『知覚ブースト、起動』
慎司は自分に素早さを底上げする支援魔法を使い、まずはアレン達を襲おうとするグループに切り込む。
アルテマによってブーストされた知覚速度は、ハウンドウルフの機敏な動きを、緩慢に見せる。
アレン達に向かったのは残り22匹の内10匹。
限界まで上げられた素早さで慎司は踏み込み、縦の振り下ろしで先頭の1匹の首を切り落とした。
次に振り下ろした切っ先を跳ねあげ2匹目の胴体を両断し、慣性に逆らわず回転させた体で鋭い回し蹴りを放つ。
3匹を倒すのにかかった時間は2秒足らず。
これはカンストしたステータスと支援魔法、更に知覚速度のブーストによって限界まで速さを高めたから出来た結果だ。
ハウンドウルフ側から見れば、何か影が近づいたと思ったら先頭の3匹が殺された様なものである。
それはハウンドウルフを一瞬でも怯ませるのに十分であり、その一瞬の怯みさえあれば残りの8匹を倒すことは、今の慎司にとっては容易いことだ。
「まだまだ!《円月》!」
慎司は回し蹴りを放ち終わった姿勢から、体術スキルの《円月》を放つ。
振り抜いた右足をそのまま回して、体が一回転した瞬間に宙返りをしながら左足で蹴りあげる。
つま先の軌道が月を思わせることから名付けられた《円月》だが、その鋭さは群を抜いており目の前を通り過ぎようとしたハウンドウルフの顔を蹴り潰す。
宙返りをして空中に投げ出された体は、頭を下にした状態だ。
慎司はそこから体を海老反りに逸らし、買っておいた投げナイフを投擲。
投げナイフは1匹のハウンドウルフの目玉に刺さり、そのまま脳髄に達したことでハウンドウルフは絶命する。
『残り10秒です』
知覚速度ブーストの制限時間は残り10秒で、アレン達を襲おうとしているハウンドウルフのグループの残りは5匹。
投げナイフを投擲して着地した慎司は、アルテマに魔力を込める。
この予備動作は剣術スキルの《飛翔剣》に必要な動作だ。
「飛翔剣!」
魔力で構成された刃は大きく横に広がっており、その暴力的な範囲と威力の前に、残りの5匹のハウンドウルフは切り裂かれた。
『残り5秒です』
アルテマの声に慎司は思わず舌打ちをする。
残り12匹を殲滅するには少しばかり時間が足りない。
それでも慎司は前に出る。
後ろに下がる選択肢はない。
「はぁぁぁ!」
裂帛の気合とともに剣を横に一閃。
ハウンドウルフの顔が真っ二つになる。
次に剣を引き戻す動きでもう1匹切り裂き、引き戻した後は下からすくい上げる様な切り上げ。
「うぉぉおおお!」
そして振り上げられた剣を上段に構え、気合いを乗せて振り下ろす。
慎司はここまでの一連の動きで4匹を倒すことに成功した。
『知覚ブースト、終了』
だがそこでアルテマによる知覚ブーストはタイムリミットを迎える。
緩慢に思えていたハウンドウルフの動きが元に戻る。
「残り8匹、これなら……!」
慎司は残りの数と位置を確認し、空いている左手を前に突き出す。
そして《無詠唱》で火系中級魔法の《フレイムランス》を発動する。
瞬時に生み出された炎の槍の数は8本。
慎司は苦もなくそれを生み出すと、ハウンドウルフに向かって槍を射出した。
炎の槍は空気を切り裂きハウンドウルフに殺到し、残りの8匹全てを一撃で殺していた。
「…………よし、全部倒したな」
『シンジ、警戒を怠らないでください。まだ伏兵がいる可能性も捨てきれません』
迫ってきていた25匹のハウンドウルフは全て倒したが、アルテマは警戒を怠るなと言ってくる。
慎司は油断なく剣を構えて魔力感知の範囲を広げてみるも、魔物は見つからなかったため、そこで警戒を解いた。
「ふぅ、なんとかなったな」
『はい、やはり今回の戦闘も圧倒的でした。流石はシンジですね』
「アルテマの指示が良かったんだよ、俺は従って動いただけさ」
戦闘も終わり、慎司は戦闘を振り返るアルテマと謙遜し合う。
「……ま、お互い頑張ったってことで」
『そうですね。そういうことにしておきましょうか』
結局、2人は適当な所で話を切り上げアレン達の所へ向かうのだった。
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「アレン!そっちは大丈夫だったか!?」
「ああ、こっちは問題ない。シンジは……平気そうだな」
慎司がアレン達に無事を確認すると、アレンは引きつった顔をしながらも、無事だと言った。
更にこちらを心配して体をジロジロと見てくるが、どこにも外傷が無いのを見ると、安堵の息を吐く。
「いやぁ、流石はSランク冒険者ってところか……強いな、慎司は」
「一応言っておくが、アレン達がいたから俺は安心して暴れられたんだぞ?」
慎司がそう言うと、アレンは不思議そうな顔をする。
「どういうことだよ?」
「簡単な話さ。アレン達なら俺が起こす戦闘の衝撃にも耐えられると思ってたからな、あまり気を遣わずに戦えたんだよ」
「ふーん、そんなものか」
「そんなもんさ」
アレンは納得したような、していないような顔をするが、無理矢理にでも納得したようだ。
「ああ、そうだ。チェリッサ……?は平気なのか?」
「それならリプルがなんとか傷を癒してくれたお陰で今は平気だ」
チェリッサは横腹に大きな傷を負って死にかけていたが、リプルの《回復魔法》により何とか持ち直したようだ。
「リプル、回復魔法も使えたんだな。知らなかったよ」
「まぁ、リプルは基本的には水魔法ばっかり使ってるからな。知らないのも無理ないぜ」
アレンのその言葉に、思わず隠しているのか等と考えるが、こうして仲間に使用したことからその可能性は低いと考え直した。
「ま、何はともあれ危機は去った。礼を言うよシンジ。撃退してくれてさんきゅーな!」
「気にするなよ、俺がやりたいと思っただけなんだからな」
「そう思えるだけ立派だぜ」
慎司は苦笑しながらカレルに近づいていく。
彼には話を聞かなければならないのだ。
慎司はカレル近づき、話しかけるのだった。




