48.魔物討伐訓練①
剣は何のために存在するのか。
敵を切るため?仲間を守るため?
答えは剣を握る者によって変わるだろう。
「ふっ、ふっ……」
慎司はアレンに《フレイムジャベリン》について教えた翌朝、家の庭に出てアルテマで素振りをしていた。
慎司には《剣術スキル》があるが、それに頼ることなく剣を触れるようにすることには、意味があるように思えた。
果たしてそれで鍛えられるのは心なのか、技なのか。
慎司には分からなかったが、無心で慎司はアルテマを振り続ける。
剣は何のために存在するのか。
慎司としては、仲間を守るためだと答えたい。
現に鍛えている理由には、力不足で守れなかった等と後悔することが無いように、というものがある。
『シンジ、そろそろ切りあげましょう。これ以上は負担がかかり過ぎます』
「ああ、わかった」
素振りが丁度500回となった辺りで、アルテマから静止の声がかかる。
慎司は最後に一際鋭く剣を振り、切っ先を下げることなく静止させる。
そして、そのまま深呼吸をして呼吸を整え剣を収めた。
すると、片手剣の状態だったアルテマが人型になった。
「お疲れ様です、シンジ」
「いや、これぐらいじゃそこまで疲れないさ」
「そうですか。なら早く汗を拭いてください。風邪を引いてしまいますよ」
実体化したアルテマは、予め準備しておいたタオルを手に取ると、慎司に差し出した。
相変わらず、その抑揚のない声と感情の揺らぎを見せない空色の瞳は、アルテマから人間らしさを剥離させている。
「さんきゅ」
「…………?」
慎司がお礼を言ってタオルを受け取るが、アルテマは首をかしげた。
「どうした?」
「私は当然のことをしただけで、お礼を言われるようなことはしていないですが」
「俺がありがたく思ったんだよ、素直に受け取っとけ」
「……そういうものでしょうか」
「そういうものだよ」
慎司は未だ不思議そうにしているアルテマの頭をなんとなく撫でる。
すると、ほんの一瞬だけアルテマの目が揺れた。
「あ、あの……何を……」
「照れてるのか?」
「照れて等いません。私に感情なんてないのですから」
「……そうかい?」
「そうです」
アルテマは、目を伏せて慎司に頭を差し出したまま動かない。
撫でられることが嫌なわけじゃないようで、慎司はアルテマの気が済むまで頭を撫でてやるのだった。
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起きてきたルナと共に、コルサリアとアリスに挨拶をした後に外へ出る。
いつものように手を繋ぎ、他愛もない話をしながらまずは騎士団の詰所へ。
ルナは騎士団にかなり馴染んできたらしく、今では話し相手に事欠かない程度には交友関係も広がっているらしい。
慎司の唯一の懸念は、女性の騎士が少ないということだが、今のところ何の心配もいらないだろう。
「それではご主人様、行ってきますね」
「うん、頑張ってきな」
そう言ってルナと別れ、慎司は魔法学校へ。
今日は魔物の討伐訓練がある。
必要なものについては、昨日のうちにアレンに聞き出し買っておいた。
魔法学校の校舎に近づくと、やはりシャロンが立っていた。
「おはようございます、シンジ様」
「おはよう、シャロン」
「今日は魔物の討伐訓練ですが、必要な道具は揃えられましたでしょうか?」
「ああ、ちゃんと持ってきたよ」
慎司の言葉にシャロンは胸を撫で下ろす。
その様子はまるで慎司が忘れ物をしてくると思っていたように見える。
「シャロン、俺が忘れ物すると思ってただろ?」
「い、いえ。そんなことはありませんよ?」
シャロンは慎司の質問に目を泳がせる。
その仕草で、図星だと丸わかりである。
「ほんとかぁ?」
「ええ、ほんとです。あ、お荷物お持ちしますね!」
「あ、おい。誤魔化すなよ!」
シャロンは分が悪いと悟ったのか、慎司の手から鞄をスルリと抜き取り、スタスタと歩き出してしまう。
慎司はけむに巻かれたと分かっていながらも、楽しいやりとりであったため、許してやることにした。
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「おはよーっす」
慎司が教室に入り自分の席に座ると、隣のアレンが怠そうに声をかけてくる。
「おう、おはようアレン。どうしたんだ、寝不足か?」
「早起きして魔力制御の練習したんだよ……ふぁ」
「ああ、なるほど。その内慣れるようになるさ」
アレンが眠そうなのは、慣れない早起きをしたからのようだ。
それなら、直に慣れるだろう。
慎司はそう思い、アレンから意識を外す。
教室を見渡すと、昨日は慎司より早く来ていたエリーゼ、リプル、ガレアスの3人の姿がまだ見えない。
「なぁ、エリーゼ達はまだ来てないのか?」
「ん?ああ、そうだな。まだ来てない……っと、噂をすればエリーゼだぜ」
アレンがまだ来ていないと答えかけたその時、教室の扉を開けてエリーゼが入ってきた。
エリーゼは自分の机に荷物を置くとすぐに慎司たちの所にやって来る。
「おはようございます、シンジ……とアレン」
「おいなんで俺をおまけみたいに言った?」
「おはよう、エリーゼ。リプルとは一緒じゃないのか?」
エリーゼの挨拶に、アレンが悲しそうな声を出し、慎司がいつも一緒にいるリプルの事を聞く。
「リプルならもうすぐ来ますわよ。ガレアスは……まだですのね」
「ガレアスならもうすぐ来るんじゃねぇのか?」
そう言っている内に、リプルとガレアスが二人一緒に教室に入ってくる。
「あら、珍しいですわね」
「おはようエリーゼちゃん、シンジ君……とアレン君」
「え?リプルもそういう事言っちゃう?」
「どんまいアレン……」
リプルは荷物を置くとすぐにこちらに駆け寄ってくる。
パタパタという擬音が聞こえてきそうな可愛い走り方であった。
少し遅れてガレアスもやって来て、いつもの5人が揃う。
ちなみにガレアスもアレンをオマケのように扱ったのは言うまでもない。
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魔物の討伐訓練。
魔法学校に通う以上生徒は皆魔法を習得、熟練させていく事になる訳だが、そんな生徒達がいざ実戦に立つ時の心構えを会得するチャンスは意外と少ない。
そこで、生徒全員で魔物を討伐しに行き、心構えや陣形などを学ぼうという訳だ。
基本的には弱い魔物を予め決められた班ごとに倒したり、実戦を想定して森を探索したりするのだ。
今回の班わけでは、慎司、アレン、ガレアス、エリーゼ、リプルの5人が1班となる。
アレンが火属性、リプルが水属性、エリーゼが風属性、ガレアスが土属性を得意とするため、慎司は回復魔法にでも専念するつもりだ。
バランスの良い班ではあるが、それは他の班でも同じだ。
今回の目的は、あくまで実戦を想定した訓練。
そのため、簡易的ではあるが魔物討伐数の順位によって賞品が出るらしい。
ただ、闇雲に数を倒せばいいのではなく、その場その場の状況判断や、仲間との連携も討伐数に加えて計算されるらしい。
これは討伐数を伸ばすために無茶なことをしないようにするためだ。
随分とよく出来た訓練だと慎司は思う。
「────以上で諸注意は終了だ。くれぐれも判断を誤って危険に足を踏み入れたりすることが内容にして欲しい」
先生のやや適当な諸注意が終わり、生徒たちの間に緊迫感が満ちる。
現在慎司達がいるのは、王都の近くにある魔物が出る森だ。
強力な魔物が出る訳では無いが、適切な判断を取らなければ大怪我をする可能性は十分にある。
先生が緊張した面持ちの生徒達を眺め、ゆっくりと口を開く。
「それでは、魔物討伐訓練。スタートだ」
こうして魔物討伐訓練は始まるのだった。




