47.フレイムジャベリン
アルテマから与えられてしまった『めんどくさがり屋』のレッテル。
実際の所、慎司は自分が面倒事を避ける性格なのを自覚しているので、このレッテルを剥がすことは半ば諦めている。
とは言っても、自分で言うのと他人に言われるのでは感じ方が違う。
『めんどくさがり屋のシンジ、アレンが来ていますよ』
「めんどくさがり屋、いい加減やめよ?」
『……長いのでシンジ、に戻します』
「そうしてくれ」
アルテマが感情を窺わせない声で、アレンが近づいてきていることを教えてくる。
見れば、アレンが何やら真剣な表情をしてこちらに歩いてくる。
「なぁ、シンジ。ちょっと頼みがあるんだが……」
「頼みって……なんだ?」
慎司が聞くと、アレンは少し答えにくそうに口をもごもごと動かす。
「あー、その。俺にフレイムジャベリンを教えてくれないか?」
アレンはそう言うと頭を下げる。
すぐに頭をあげ、シンジを真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
「おいおい、頭をあげてくれよ。俺はそんな大層な奴じゃないんだから。もっと気軽に頼んでくれていいんだぜ?」
「そ、そうだな……すまん」
アレンはなんだか曖昧な笑顔を浮かべて謝罪する。ただ、その瞳には強い意思があるように見える。
慎司には、そこまでして《フレイムジャベリン》を習得したい理由が分からなかったが、別に断る理由もないので教えることを決める。
「ま、フレイムジャベリンを教えるのは別に問題はないぞ」
「ほんとか!ありがとう!」
「おう……」
火属性中級魔法である《フレイムジャベリン》は、そこまで難しい魔法ではない。
イメージするのは、鋭い槍。
貫く力を込めて槍を形作り、それに炎をまとわせて撃ち出すのだ。
基本的なイメージはこれだ。
上達してくると生み出した槍が対象に当たった瞬間に爆裂する槍を生み出すことができるようになったり、1度に何本も槍を形作ることができるようになる。
「────ってわけだな。大体理解できたか?」
「ああ、原理はわかった。魔法はイメージが大切なんだっけ?」
「ああ、レイシアが言ってた」
ちなみに《フレイムジャベリン》についても、レイシアから聞いた事をそっくりそのまま教えただけだ。
何気なく言ったのだが、『レイシア』という言葉にアレンが反応した。
「レイシア……?それって魔法学校を飛び級で卒業した?」
「そういや、そう言ってたな」
「いやいや!シンジお前知らないのか?天賦の魔才のレイシアと言えばかなり有名だぞ……?」
慎司はレイシアがそう言われてるのは知らなかった。
そのため、有名だと言われてもピンと来ない。
「そ、そうなのか?」
「そうなんだよ!……なんで知らないんだ」
「いやだってレイシアは教えてくれなかったしなぁ……」
レイシアはひたすらに魔法の練習を続けたため、飛び級で卒業するという偉業を成し遂げたのであって、レイシアは『天賦の才』という呼び名を好いていなかった。
自分の努力を才能の一言で片付けられるのは気分が良くない、とはレイシアの言葉である。
「教えるも何も普通は知ってるんだよ!」
「そういうものなのか……?」
「そうなんだよ!」
アレンはなんだか興奮した様子で激しいツッコミを入れてくる。
「シンジ、お前天然か……」
「は?ちょっと待て!違う!」
『天然』という新たなレッテルが貼られた瞬間だった。
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さて、《フレイムジャベリン》の練習である。
アレンは目を閉じて集中している。
「むむむ……」
だが、上手く炎をまとめあげる事が出来ないようで、形成した槍が霧散していくのを先程から何度も繰り返している。
「どう思う?」
『そうですね。魔力量に問題はありませんから、強いて挙げるならば魔力制御でしょうか』
「なるほど、だから槍がすぐに消えるんだな」
『はい、練り上げた魔力を維持できていません』
慎司は、剣のくせにやたら魔法に詳しいアルテマにアレンの何が悪いかを聞きだす。
魔力制御はとても大事である。
《ブラスト》のような放射系の魔法ならまだしも、《フレイムジャベリン》には練り上げた魔力を制御して維持する工程がある。
アレンはそこで躓いているようだ。
「アレン。ちょっといいか」
「ん?なんだよシンジ」
なので、慎司はアルテマが感じたアレンの出来ていない箇所を教えることにする。
「フレイムランスが上手くいってないみたいだけど、多分それは魔力を制御しきれていないからだ。いきなりフレイムジャベリンを練習するんじゃなくて、まずは魔力制御の練習をしたらどうだ?」
慎司がそう言うと、アレンは少し意外そうな顔をした。
「魔力制御?なんでそんな練習をしなければいけないんだ?」
「……フレイムジャベリンはどうやって発動するか知ってるか?」
「炎で槍を作って飛ばすんだろ?」
アレンの答えに、慎司は顔を手で覆った。
アレンのイメージは正しくない。
間違っている訳では無いが、理解が浅すぎるのだ。
「大体はそうだな。ただ、それだとうまくいかないな。まずフレイムジャベリンを作る炎のイメージ、次にそれで槍を作る。ここまではいいな?」
「ああ、大丈夫だ」
「そして、作った炎の槍を制御するんだ。魔力が霧散しないように固めて、槍状に固定する。そして、撃ち出すんだ」
アレンは慎司の言葉に深く頷き、自分の中で言葉を咀嚼する。
「なるほどな、だから魔力制御の練習か」
「そういうことだ。ちなみに魔力制御が上手くなるとこんなこともできる」
慎司はそう言うとアレンの前に光球を3つ作り出すと、それをお手玉の要領で回していく。
「おいおいまじかよ、すげぇ……」
「ここまでとは言わないけど、光球を自在に扱えるようになれば大丈夫なんじゃないか?」
「ああ、ありがとう。やってみるぜ」
アレンは魔力制御を鍛えるべく光球を生み出すが、すぐに消えてしまったり予期せぬ方向に飛んでいってしまう。
「前途多難だな……」
思わずそう呟いてしまうほどにアレンの魔力制御は稚拙だった。
その後の実習の時間中ずっと魔力制御の練習をアレンは続けた。
ようやく光球を維持することができるようになったところで実習の時間が終わってしまった。
「よし、なんとか維持はできるようになったな」
「まだシンジみたいに操れないけどな」
アレンは自嘲気味に笑う。
「まぁ俺はこの練習を毎日続けているからな。初めてやったアレンには負けるつもりはないさ」
「ま、そういうもんか。俺もこれからは毎日やっていこうと思う」
「ああ、がんばれよ」
アレンは任せろ、と笑うと教室に戻るべく歩き出した。
慎司もそれについていく。
『シンジ、友人のためならば協力を惜しまないのですね。めんどくさがり屋は返上でしょうか』
「な?俺はめんどくさがり屋じゃないんだよ」
「……ふふ、そのようですね」
アルテマが笑ったような気がして、慎司は目を丸くした。今まで抑揚のない声で無表情に話していたアルテマから感情らしきものを見つけたのだ。
「アルテマ、今……笑ったか?」
「そんなわけありません。私は剣ですから」
「そうか……?」
「そうです」
結局アルテマは笑ったことを認めようとはしなかった。




