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45.歴史の授業

 

 魔法学校での初日を終えた翌朝。

 慎司は腹に圧迫感を覚えていた。


「お、おふ……」


 そこまで圧迫されているわけではないが、充分寝苦しい。


「なんだ、何が……?」


 掛けていた布団をめくると、そこには慎司の腹ですやすやと眠るアリスの姿があった。

 寝る前はちゃんとコルサリアの部屋で寝ていたはずなのに。何故なのか。


「なんでやねん」


 ついそう言ってしまうのは仕方ないのではないだろうか。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 眠るアリスを起こさぬ様に体を引き抜き、布団から這い出る。


 いつもより早い時間に目が覚めてしまった。

 まだ外は暗く、日が昇っていない。


「うーん、早く起きすぎたか」


 慎司は小さく呟くと、ルナが起こしに来る時間まで魔力制御の練習を始める。


 指先に光球を生み出し、ぐるぐると指の周りをなるべく素早く回らせる。


「なかなか様になってきてるんじゃないか?」


 この練習を始めた頃は、満足に回すことさえできなかったが、今ではかなりの速さで回すことができるようになっていた。


 自然と、笑みがこぼれる。


 熱中して練習に取り組んでいる内に、外が明るくなってきた。

 日が昇り、部屋にも光が差し込む。


「う……ん、にゅ……」


 差し込んだ光が眩しいのか、アリスが顔をしかめて寝返りをうつ。

 その様子がなんだかおもしろく感じた慎司は、淡い光を放つ光球を、アリスにけしかける。


「んん、ん……」


 嫌がるような声を出すアリスが薄目になり、小さな手で目元を擦る。


「ふわ、パパ……?おはよー」

「おう、おはようアリス」


 体を起こしたアリスと挨拶を交わす。

 アリスは、共に寝たはずのコルサリアではなく慎司がいることに疑問を覚えたようで、不思議そうに慎司を見つめる。


「……なんでパパが?」

「むしろパパが聞きたいね」

「うーん、変なのー」


 大方、寝ぼけて部屋を間違えた辺りだろう。

 慎司はそう見当をつけるとアリスを膝の上に乗せてベッドに腰掛ける。


「パパ、お外きれー」

「お、わかるか?朝日ってのは綺麗なんだぞー。朝露に濡れる草がだな……」

「あ、鳥さん!」

「少しぐらい興味を示してもいいと思うんですよ……」


 アリスが指さす窓辺から見える景色は、朝日に照らされ幻想的な空間を生み出していた。

 慎司はその景色の良さを語ろうとしたのだが、アリスの興味はすぐにさえずる鳥に移ってしまった。


「鳥だな」

「かわいーねー」

「そうか?」

「うん!」


 アリスが慎司の言葉に元気よく返事をすると、鳥は驚いたようで飛び去った。


「あっ……」


 悲しげな声を出すアリスの頭を慎司は撫でる。

 途端にアリスははにかみ、気持ちよさそうに鼻を鳴らす。


「ご主人様ー、起きてますかー?」


 しばらくそうしていると、ドアをノックする音とルナの声が聞こえてきた。


「ああ、起きてるよ」


 慎司はドア越しに返事をすると、アリスを連れて部屋をでる。

 ドアのすぐ傍にはルナが立っていた。

 既に顔を洗い、身支度を整えているようだ。


「おはようございます、ご主人様。それにアリスちゃんも」

「おう、おはよう。ルナ」

「おはよールナ姉」


 挨拶を交わし、慎司は階段を降りリビングに顔を出す。

 すると、キッチンにはエプロンをつけたコルサリアが立ち朝食を作っていた。


「あ、おはようございます。シンジ様。やっぱりアリスと一緒だったんですね」

「おはよう、コルサリア。朝起きたら勝手に入ってきてた」

「おはよーコル姉」

「シンジ様、なんでそっぽを向いてるんですか?」

「特に意味は無い」


 コルサリアのつけているエプロンはゆったりしたデザインではあるが、その双丘はしっかりと主張している。


 朝から目のやりどころに困る慎司であった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 それから朝食を食べ、支度を終えると慎司は魔法学校へ、ルナは騎士団に行くことになる。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってきます」


 慎司とルナが玄関で手を振ると──


「はい、いってらっしゃいませ」

「いってらっしゃーい」


 コルサリアとアリスが見送ってくれる。

 アリスは慎司達が見えなくなるまで手を振ってくれていた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 慎司とルナは、仲睦まじく手を繋いで朝の街を歩く。


「なんか楽しそうだな、ルナ」

「そうですか?まぁ、確かに楽しいです」

「ふーん。なんで?」

「ご主人様とこうして歩いてるからですよぉ」


 機嫌よさげなルナの様子に慎司が声をかければ、ルナはニッコリと笑ってそう言った。


「そ、そっか……なんだ、俺もその。楽しいぞ」

「何がですかぁ?」

「そりゃ……ルナと一緒に歩くことだよ」


 なんだか恥ずかしくなった慎司はぶっきらぼうに言葉を放つが、それを見たルナは今度は意地の悪い笑みを浮かべて、逸らした顔をのぞき込んでくる。


「ご主人様、照れてます?」

「うっせ」

「顔、赤いですよ?」

「……いいから行くぞ」


 慎司の顔を見て、更にニヤニヤしだすルナを引っ張るようにして歩き出す。


「あっ、ちょっと引っ張らないでくださいよー」

「ほら、もうすぐ騎士団のとこに着くぞ」

「あ、そうですね……」


 じゃれあっているうちに、ルナの目的地である騎士団の詰所が見えてくる。

 繋い出いた手を、慎司の方から解くとルナは名残惜しそうに手を見つめ、慎司の方へ向き口を開く。


「それでは行ってきますね、ご主人様」

「ああ、頑張ってこいよ」

「はいっ!」


 最後に頭を一撫で、狐耳の付け根辺りを撫でてやると、一際尻尾を大きく振りルナは詰所へ駆けていった。


「よし、んじゃ俺もさっさと行きますか」


 その後ろ姿を見送った慎司は、一言そう言うと魔法学校の方へ歩き出した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 魔法学校の校舎に到着した慎司を待っていたのは、専属メイドのシャロンだった。


「おはようございます、シンジ様」

「おはよう、シャロン」


 シャロンは腰を折り丁寧に挨拶すると、スッと手を差し出してきた。


「……なに?」

「お荷物をお持ちします」


 意図がわからず尋ねた慎司に、シャロンはそう返してきた。


「いや、別にいいよこれくらい」

「えっ、しかしですね。これが私共の仕事でありますし……まさか断られるとは、えーとえーと」

「シャロン……?」


 専属メイドとはいえ、女性に自分の荷物を持たせるのは如何なものかと思い断った慎司だったが、慌て出すシャロンを見て自分の行動は失敗だて悟った。


 専属メイドであるシャロンにとって、仕事を断られるということは、お前はいらないと言われてるようなものなのかもしれない。


「あー、シャロン。じゃあ荷物持ってくれるか?」

「え、あっ!はい!お持ちします!」


 あわあわするシャロンに荷物を差し出すと、何故か嬉しそうに受け取った。


 もしかしてM気質なのかもしれないな。


 なんて思った慎司であった。


「シンジ様、何か変な事考えてません?」

「いや何も」

「そうですか……?」


 慎司の中で、シャロンがM気質でエスパーだという可能性がでてきた一時であった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 慎司が教室に着くと、既に教室内には数人の生徒がいた。


 中には、アレンにガレアス、エリーゼとリプルの姿もある。


「おーっす。みんな早いんだな」


 慎司が4人に軽く挨拶をしながら近づいていくと、それに気づいたアレン達は物凄くニヤついた顔でこちらを見た。

 リプルだけが顔を赤くして下を向いている。


「おーおー、ヒーローの到着だな!」

「いやぁ、実にカッコイイ話だなぁ」

「あらあら、ナイト様かもしれませんわよ?」


 アレン、ガレアス、エリーゼはニヤついた顔を隠しもせずにいきなりそう言ってきた。

 慎司は赤くなって固まるリプルの姿を見て、全てを悟った。


 昨日の出来事をリプルから聞いたのだろう。

 そして、困っていた女の子を助けるというヒロイズム溢れる行為をした慎司を賞賛しているのだ。


 ────明らかにからかい混じりではあるが。


「お、お前ら……別に俺はヒーローでもナイト様でもないぞ?」

「何言ってんだよ、困ってたリプルを颯爽と救い出して見せたんだろ?」

「まさしくヒーロー、だな」

「それに乱暴されそうになった所、暴漢をあっという間に撃退したらしいではありませんか」


 慎司が話が大きくなりそうな気配を感じて釘を刺そうとしたが、3人は聞く耳を持たない。


 当人であるリプルは恥ずかしさからか、プルプルと震えるだけで役に立たない。


「くっ、お前ら……」


 暫くの間、慎司のあだ名はヒーロー、もしくはナイト様になってしまうのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 アレン達3人によるからかいは、先生が教室に入ってきたことによって一先ず終了する。


「おはよう諸君」


 まずは朝の挨拶。

 先生の声に対して教室にいる全員が挨拶を返す。


「さて、連絡事項が一つある。明日、予定していた通り魔物討伐訓練を実施する」


 ちなみに慎司はその話を聞いていない。

 まったくの初耳であるため、慎司は少し焦る。


「あー、クロキは初めて聞くことになるのか。まぁ内容は誰かに聞いておいてくれ。必要なものも明日までに揃えられる物だけだからな。問題はないだろう」


 もし慎司が友達を作れていなかったらどうなっていたことか。

 訓練については後でアレン達の内誰かに聞けばいいだろう。


「んじゃ、今日の授業を始めるぞ。魔法と直接の関係はないがこの国の歴史についてだな」


 先生の一声で、授業が始まる。


 内容は歴史。

 慎司は、今更ながらに国の名前が分からないことに気づく。


 情報の必要性を失念していた自分を叱咤すると同時に、その事に目を向けられなかった程に大きく変わっていった自分の日常に内心苦笑する。


 何はともあれ、慎司は真面目に授業を受けることにする。


 授業を通して、この世界についての見識を広げていける筈だ。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 慎司が現在いる国の名前は《ルガランズ王国》。

 今年で建国300年となるらしい。

 現在の王は7代目であり、その後継者である王子も誕生している。


 周辺には、西に獣人が住まう《獣人国家ルンベルク》、東に教会の本部がある《聖リードルフ国》の二つの大国がある。

 ルガランズ王国の北にある山を挟んだ向こう側に広がるのは《ヴァルリッツ帝国》。


 ルガランズ王国は獣人国家ルンベルクとは友好的な関係を築けているが、聖リードルフ国は基本的にどの国にも中立を保つため、そこまで交流はない。


 ここで問題になるのがヴァルリッツ帝国だ。

 山を挟んだ向こう側を国土とする帝国は、これまでに何度も山を超えて侵略を繰り返してきている。


 これまでの帝国との戦争は、主に山を越えなければいけない帝国が不利であるため全ての戦争おいて撃退できている。


 ルガランズ王国には、王国軍と騎士団がある。王国軍は、基本的に武勇で名を馳せた者や志願した者の中で特に優秀な者を中心に組織されている。

 騎士団は、王国の民を守るために名を挙げた者で組織されている。


 この二つの組織が互いに役割をわけ、帝国からの侵略を撃退してきた。


 そして、最後に挙げられる王国の戦力には冒険者達がある。

 これは、主に魔物の駆除や魔族の討伐のために組織されている。


 ただ、冒険者には誰でも簡単になることができる。1番死者が多いのは冒険者だろう。


 それでも、冒険者になりたいと言う若者はかなりの人数を誇る。

 その理由はひとえに英雄願望だ。


 昔、冒険者ギルドに登録した1人の少年がいた。

 その少年は、数々の魔族を討伐しあらゆる力を求め、民を救うために魔族を相手に力を振るった。


 故に、人々は少年を『力の探求者』と呼んだ。


 若者は皆、その昔話を聞いて英雄に憧れるのだ。

 魔族を討ち滅ぼし、英雄にならんと力を求めて冒険者になる。


 騎士団と教会にも、このように象徴となる人物がいる。


 騎士団の初代団長にして、最高の団長。

 その昔、王国軍しか組織されていなかったルガランズ王国に、1人の青年が異を唱えた。


 民を守るための組織が王国には必要だ、と。


 そして彼は騎士団を設立し、団長となった。


 教会は、回復魔法に優れた少女を聖女と祭り上げ、表舞台に聖女を引き上げ教会の有用性を示していった。


 慈愛の心に溢れる少女は聖女と呼ばれるに相応しく、彼女の行動はたくさんの人を癒した。


『力の探求者』ブレド

『最高の騎士』シルド

『慈愛の聖女』キュール


 3人は本に取り上げられ、後世に伝えられていく。


 王国ではシルドの遺体は発見されておらず、それが彼の神聖さを助長させている節はある。

 ブレドの遺体には、剣をモチーフにしたネックレスが、キュールの遺体には杖をモチーフにしたネックレス。

 そして、何故かキュールが最後まで頑なに離そうとしなかった宝石箱の中には、盾をモチーフにしたネックレスが入っていたという。


 これがルガランズ王国に伝わる三英雄の伝承。


 そこまで話したところで授業は終了した。


 慎司は話を頭の中で整理して、大きく伸びをするのだった。

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