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44.200年の時を超えて

75万PVを超えました。

ありがとうございます。(喜びの舞)

 

 神様のお仕事は基本的には世界の管理だ。


 人、動物、環境。


 世界を構成する全ての物質、事象を管理しなければならない。


「ここに地震とか起こしてみよ」


 神様なら、指先一つで世界を作り替えることができる。

 増えすぎた人口を災害で減らしたり、日照りが続く場所に雨を降らしたりする。


「あー、めんどくさいなぁ。またこいつら増えてるし……」


 神様が苛立ち混じりに減らしていくのは人間。


 動物を狩り、知恵を絞って環境を変えていく。

 自分たちの理想郷を作ろうとする種族。


 神様からすれば、正直めんどくさいことこの上ないのだ。


「削ろう削ろう」


 だから減らしていく。

 時には大地震を起こして、時には洪水を起こして、時には魔物を溢れさせる。


 ただ、世界を構成する物の内に人間が入っているのも事実。


 不用意に数を減らしすぎると世界が崩壊してしまうのだ。


「あーめんどくさい。退屈なんだよこの仕事」


 無知で浅慮な生命体の営みは、見ていてもあまり面白くはない。


 生まれ、育ち、繁殖する。


 初めは面白くても、次第に新鮮味は薄れていく。


 だから神様は刺激を求めていた。


 面白い事象を、面白い人物を。


「お?こいつなんかどうだろう」


 見つけたのは3人の若者だった。

 青年と少年と少女。


 幼なじみの少年と少女は青年を慕い、また青年もそんな2人を好ましく思っていた。


 成長するにつれ、3人は秘めた才能を開花させていき、青年は歴代最高の騎士と言われ、少年は力の探求者と呼ばれ、少女は聖女と呼ばれる様になった。


 神様は思う。

 この3人の仲を引き裂けばどれだけ楽しませてくれるだろうか、と。


「まずは君だよ、えいやー」


 軽い調子で、神様は少年に重い病を患わせた。


 聖女である少女をもってしても治せない病。

 完治させるには精霊王の涙滴が必要なのだ。


「おーおー、頑張るねぇ」


 青年と少女は決して諦めることは無かった。

 少年の病の進行を、少女が遅らせることができると判明すると、青年は1人で精霊王がいるという森へ旅立った。


 王から下賜された鎧に身を包み、少年から託された剣を腰に携える。


「お、根性あるなー」


 青年は休む間を惜しんで歩き続けた。


 道中湧き出す魔物をひたすら倒し、現れた魔族は有無を言わさず殺し続けた。


 血にまみれ、輝いていた鎧がくすみ、満身創痍で精霊王の元へたどり着いた青年は、その大きな体を丸め、ただひたすらに懇願した。


 友を助けるために、貴女の涙が欲しいと。


 精霊王は薄いベール越しに、青年に問いかけた。


 ────貴方の意思は本物?


 それに青年は迷いなく答える。


 ────本物だ。


 それを見ていた神様は笑い転げてしまった。


「あははは!僕が全部誘導したんだよ!?それを、自分の意思だなんて。あはははは!」


 お腹を抱え、笑う。


「はぁ、おかしい。馬鹿な奴……。ぜーんぶ僕の手のひらの上で踊ってるに過ぎないのに」


 青年の言葉に精霊王は悲しげな目を向ける。


 精霊王には分かっていたのだ。

 誰が全てを仕組んでいるのか、誰が遊んでいるのか、誰が嗤っているのか。


 精霊達を統べる王として君臨する精霊王は、青年を哀れに思い、真実を告げた。


 貴方の意思は、誘導された末の物だと。

 貴方の体は既に壊れかけている。

 友よりも自分の事を考えるべきだと。


 だが、青年は答えを変えなかった。


 何よりも大切な、かけがえのない友なのだ。例えこの体が朽ち果てようとも、俺は友を救わねばならないのだ、と。


 そして、薄く笑ってこう言った。


 何者かの意思で俺が動かされているのは、とうに気づいているのだ。

 それでも、俺は操られていても動くしかないのだ、と。

 

「ひゅー、気づいてたのか。鋭いんだなぁ」


 歴代最高の騎士と呼ばれる青年は、既に人間としての高みを上り詰めていた。


 だからこそ、人間の限界を超えたその先にいる神様の意思を垣間見ることができた。


 ほぼ直感ではあるが、確信に近かった。


「まぁ、気づいた所で君はどうすることもできないんだろ?君はそういう奴だからなぁ」


 世界を構成する全てを操れる、世界において全能の神様は、口の端を吊り上げる。


 そして、神様は酷く不気味な笑みを浮かべながら、少年へと目を向ける。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 少年はとても苦しんでいた。


 体の内側から、灼熱の様な痛みがする。

 頭の中に杭を打ち付けられているような鈍痛に、体の節々が訴える激痛。


 それらに苛まれながらも、少年がまだ生を諦めていないのは、青年への信頼と少女の献身的な介護のお陰だった。


 少年の代わりに体を拭いてやり、水を飲ませ食事を食べさせる。


 痛む体に回復魔法を掛けてやり、少しでも症状が軽くなるように務めるのだ。


 それを、神様はつまらなそうに見ている。


「おいおい、人間ならもっと醜くなれよぉ……。さっさとそんな面倒な男、殺せよ」


 神様の誤算は、3人の絆の強さだった。


 普通なら諦める様な症状。

 それなのに、青年が必ず戻ると信じて生を手放さない少年。

 少年を少しでも楽にさせようとする少女。


 神様は引き裂けない絆の強さに、苛立ちを覚え出す。


「くそっ、なんだよそれ……物語の主人公のつもりか?醜くなれよ、人間だろ!?」


 神様の中での人間は、とても醜かった。


 生きるために平然と他人を殺し、快楽のために尊厳を踏みにじり、悦楽のために虐げる。


 それなのに、この3人はちっとも醜くない。


「なら、どれだけ君たちがやれるか見せてみろよ。どうせ醜く果てるんだよ……そうに決まってる」


 神様は1人呟きを漏らした。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 精霊王は結局、涙滴を渡すことにした。


 青年の意思の強さを受け、例えそれが青年を破滅に導いても、渡すべきだと思ったのだ。


 ────ありがとう、精霊王よ。


 青年はただ一言礼を言うと、少年の元へ一刻も早く戻るべく駆け出した。


 狼型の魔物を殺し、ゴブリンの群れを潰し、オーガを屠る。


 道を邪魔するものは全てを壊していった。


 遂に剣が折れた時は、己の鍛え上げた肉体で死地を切り抜けた。


 こうして、青年は少年の元へ戻ってきた。


 ────戻ったぞ、遅くなってすまない。


 そう言った青年の前には、泣き崩れる少女と、穏やかな顔で眠る少年の姿があった。


 ────おい、戻ったぞ。助かるぞ。


 青年は声をかけるが、少年は目を開けない。


 少女はただ嗚咽を漏らすのみで、肩を震わせている。


 ────なぁ、何か言えよ。


 かけた言葉は宙ぶらりんのまま、誰にも届かない。


 ────なぁ、おい。


 少年を起こそうと、揺らせば起きるのではないかと、そう思って一歩を踏み出したその瞬間。


 青年は限界を迎えた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 暗い海底にでも沈んでいる感覚。


 手を伸ばそうにも、海面には届きそうもなかった。


 ただ、差し込んでくる光はとても暖かくて、穏やかな波に揺られるまま、目を閉じた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ────起きて。


 誰かが呼ぶ声がする。

 青年は閉じた瞼をゆっくりと開けた。


 目の前には少女の姿。


 泣きはらした目は赤く腫れており、可愛らしい顔が台無しになっている。


 青年は目だけを動かし少女を見つめる。

 すると、少女は目を潤ませて、抱きついてきた。


 ────貴方までいなくならないで


 その言葉を聞いた青年はひどく冷静に、自分が間に合わなかったと悟った。


 ────俺は。


 いなくならないで。その言葉にどう返事をすればいいか、青年は分からなかった。


 青年は、間に合わなかった後悔と、少女を悲しませたくない心情と、神への怒りが自分の中でグルグルとかき混ぜられていくのを感じた。


 後悔をした所でどうにもならないし、少女の思いに応えたいところだが、神に一矢報いたい。


 青年は迷う。


 迷った末に、少女の絹の様な髪の毛を撫でつけ、優しく言った。


 ────ごめん。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 かくして青年は再び精霊王の元へやって来た。


 修繕した鎧を身にまとい、名匠が打ったであろう剣を手にして。


 ────精霊王、俺は悔しい。


 青年はそう言った。


 ────精霊王、俺は神に届くのか?


 その質問に精霊王は、届かないと言う。

 人の身で神に挑むことは叶わない。


 ────精霊王、ではどうすれば。


 青年の問いかけに、精霊王は一つの答えを示した。


 いつか、神に挑む力を持つ者が現れた時。

 その時に、貴方がその者を導けばよいでしょう。

 貴方を超える者ならば、もしかしたら神さえ殺せるかもしれません。


 それに青年はただ頷き、静かに湖の底へと身を投げた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 湖に身を投げた青年を見て、神様は疑問の声をあげる。


「何してんだあいつ?よくわかんねぇな」


 全能であるが故の余裕、それはとても危険だ。


「……ああ、なるほど。意思を託そうってか?無駄無駄、この世界にある限り僕の力が及ばないものはないんだよ」


 そう言う神様だったが、段々とその顔が曇っていく。


「あ?なんだよこれ。あの精霊王の奴、理から外れてやがる……」


 この世界の理から外れた者は、神様からの干渉を受けなくなる。

 ただ、酷く歪なその存在は、決して神様に認められることは無い。


 生も死も超越した精霊王だからこそ、神様の干渉を免れた。


「この森は放置だな、どうせ何も出来ないだろう」


 神様は、そう言って新たな刺激を探すのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 湖に沈んだ青年は、やがて体が腐り、思念となってこの世に留まった。


 ゆらゆらと揺れる水面の様に、起きては眠る繰り返し、自分を超える誰かを待ち続け、意思を託すべく者を待ち続ける。


 そして、200年の時を経て遂にその時が来た。


「私はお前を選んでいない、何故ここに来た」


 当たり前だ。

 選ぶのはこれからなのだから、これは別に答えを欲する訳ではない。


「理由を示せ、私には使命がある」


 使命とは、意思を託すこと。そしてその相手の選定だ。


「理由無き者よ、膨大なる魔力を持つ者、理から外れた者よ……私はお前を見過ごせぬ」


 目の前いる者は膨大な魔力を持ち、既に理から外れている。


「恨みはないが、これも運命よ」


 そう、全ては神殺しを夢見たあの時からの 運命だったのかもしれない。


 勝手に意思を託すことになるが、どうか許して欲しいものだ。


「往くぞ……」


 思念となった青年は戦いを挑む。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 思念となった青年は、自分を打ち倒した者を瞳無き目で見つめる。


 いずれ神さえ殺す力を手に入れるであろう者に、託すことにしよう。

 せめてもの力添えとして、私の剣技を与えるべきか。


 青年は、一振りの剣を生み出す。


 魔剣アルテマ。

 青年の神への反逆の意思が生み出した、魔力を喰らう剣。


 男が剣を手に取るのを見て、青年は静かに消えていった。


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