43.暖かい時間
お風呂シーンがありますが、作者は特にお風呂に思い入れはないです。
リプルの家の馬車が待つ場所には、10分もかからない内に到着した。
男爵家であるフロスト家の馬車はそれなりの大きさがある。
施された装飾も精緻なものが見受けられる。
「リプル、あれか?」
「うん、送ってくれてありがとう。シンジ君」
「気にするなよ、俺から言い出したことだし」
「それでも、ありがとう」
リプルは礼を言うと、馬車の方へと歩いていく。
馬車の近くにいた護衛らしき男に何かを話すと、男はこちらへ歩いてくる。
「君がリプル様を助けてくれたらしいな」
「まぁ、そうなります」
護衛の男は慎司にそう言うと、頭を下げてくる。
いきなり頭を下げられ、慎司は慌て出す。
隣にいたルナは何故か誇らしげである。
「ありがとう、本来は私たちが為すべきことだった。本当に感謝する」
「頭を上げてください。俺はただ友人を助けただけですよ」
「そうか。リプル様は良き友人を持たれたようだ」
男の言葉に慎司がそう返すと、男は小さく笑い、馬車へと戻っていった。
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去っていく馬車を見送り、今度こそ慎司とルナは家へと帰るべく歩き出す。
「ご主人様、早く帰らないと暗くなっちゃいますよ」
「もうそんな時間か?コルサリアとアリスが待ってるだろうなぁ……」
「はい、ですから早く帰りましょう」
「うん、腹も減ってきたしな。さっさと帰るとしようか」
すると、どこからかぐ〜、と音がする。
音の発信源はルナだ。
「ご主人様がそんな事言うからお腹鳴っちゃいました……」
ルナは小さな手でお腹を抑えて、慎司を上目遣いで睨んでいる。
ただ、それは別に悪感情に基づく行動ではないと分かっている慎司は、つい笑ってしまう。
「あ、酷いですご主人様。笑うなんて!」
「可愛くてつい、な?」
「か、かわ!……もう、仕方ないですね……」
頬を膨らませて怒っていたルナは、慎司の言葉で一気に顔を赤らめて、尻尾をブンブンと振り出す。
チョロイ。
その一言がつい浮かんできてしまうのは、仕方ないのではないだろうか。
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適当な話をしながら、夕飯に思いを馳せつつ2人が家に戻ると、玄関の扉を開ける前からいい匂いが漂ってきた。
「……ゴクリ」
「随分といい匂いがするな」
「ご主人様、早く!早く入りましょう!」
「そう急かすなよ、飯は逃げないから……」
「逃げなくても冷めちゃいます!」
ぴょんぴょんと跳ねながら急かすルナを宥めつつ、慎司はドアの鍵を開ける。
「ただいまー」
「ただ今戻りました」
慎司とルナ、2人が揃って帰宅の挨拶をすると、ドタドタとした音が聞こえてくる。
「ああ!姫、ですから走るのはダメですと!」
慌てた声を出しているのはグランだろうか。
そして走ってくるのはアリス。
「おかえりなさーい!」
アリスは大きな声でおかえりなさいと言うと、勢いをつけて慎司に抱きついてくる。
「おお、アリス。ただいま。ただ走るのはよくないぞ?」
「ごめんなさい……」
「分かればいいんだよ」
慎司はアリスをたしなめる。
廊下を走るのはよくないのだ。ただ、理解をして反省するならそれ以上厳しくいう必要は無い。
「ちゃんと反省できるアリスは偉いなぁ」
「えへ、えへへ……」
きちんと反省した様子のアリスの頭を慎司は撫でてやる。
後ろにいるルナとやって来たグランが微妙な顔をしているが、慎司は敢えて無視する。
「おかえりなさい、シンジ様」
「ただいま、コルサリア」
「お食事にしますか?それとも先にお風呂にしますか?」
慎司はここで電撃が流れた様な衝撃を受けた。
『ご飯にする?お風呂にする?それとも……』
の流れである。男が1度は夢見るフレーズだ。
慎司は思わず言葉を失うが、すぐに気を取り直して、ご飯にすると言った。
「それでは、すぐに用意しますから上着なんかはあちらに掛けておいてくださいね」
「おう、わかった」
コルサリアは優しく微笑むとキッチンへと向かっていく。
慎司は抱えていたアリスを降ろし、着ていた上着を脱ぐ。
すると、後ろにいたルナがスルリと上着を取っていく。
「ご主人様はアリスちゃんと遊んでいてくださいね。鞄なんかはそこに置いておいてください」
「そうか、ありがとう」
身の回りの世話は基本的にルナとコルサリアがやるらしい。
ここで慎司がやると言えば2人の仕事を奪うことになる。
なので慎司はリビングにあるソファに座り、膝の上にアリスを乗せて夕飯の支度ができるのを待つのであった。
「ねぇパパー、今日ね!グランとステルと遊んだのー!」
「ほう、良かったなー。楽しかったか?」
「うん!」
アリスは楽しそうに、今日の出来事を覚えている限り事細かに慎司に説明する。
話の途中に出てきたグランやステルは、光栄だと言わんばかりに胸を張っている。
「二人とも、ありがとな。それに警備の方もお疲れ様」
「いえ、我に与えられた仕事を全うしてに過ぎませぬ。決してそのようなお言葉を頂くようなことでは……」
「そうです、主よ。俺達にそんな言葉は勿体ない」
慎司が労いの言葉をグランとステルの2人にかけると、2人は謙遜する。
ただ、勿体ないと言われても慎司は言いたかったのだ。
「まぁ受け取っといてくれ」
「はっ、承知しました」
「了解した、主よ」
慎司がそう言うと、2人は深く頭を下げる。
アリスはそんな慎司と2人のやり取りを興味深く眺めていた。
「パパ……?」
「ん、どうしたアリス?」
「なんか、さっきのパパ。パパじゃないみたいだったから……」
「心配するな、俺はいつでもアリスのパパでいるからな」
アリスの前ではこれまで畏まった態度は取った事が無かった。
いつもと違う慎司の様子に不安を覚えたのだろう。
慎司はそんなアリスの頭を優しく撫でる。
「いつものパパだ!」
「おう、パパだぞー!」
屈託なく笑うアリスは、周りの皆を和ませる。
いつの間にか戻ってきていたルナも、グランもステルもコルサリアも、皆に笑いが伝染していく。
暖かい一時だと、そう感じた。
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出来上がった料理を、ルナとコルサリアが仲良く並べていく。
その間、慎司はアリスの相手をしてやる。
アリスも手伝いたいと言うのだが、どうにも身長が足りず、見ていて危なっかしいのだ。
とのことで、慎司の役目はアリスを押さえておくこと。
別に遊んでいるだけでいいので、大したことは無い。
「ご主人様ー、用意できましたよー」
「わかった、すぐ行く。……ほらアリス、行くぞ」
「うん!ごはんーごはんー」
ルナに呼ばれ慎司がアリスを促すと、舌足らずな声でアリスはご飯の歌を口ずさむ。
「何の歌だそれ?」
「ごはんの歌!」
慎司がアリスに聞いてみれば、ホントにご飯の歌だった。
慎司、ルナ、コルサリア、アリスが席に座ると、全員で手を合わせ、いただきますを唱和する。
グランとステルは後で食べるそうだ。
広いとは言っても、流石に6人も一緒に食べることはできなかったので、ちょうど良かった。
「ん!これ美味しいです!」
「おいしいー!」
「美味いな……」
いざ料理を口にすると、ルナが頬に手を当て、アリスが目を輝かせ、慎司が深く頷き、ただ美味しいと言う。
「そう言って頂けると、お料理も作りがいがあります」
コルサリアは3人の満足した顔を見て、そう言って微笑む。
肉と野菜の入ったシチューに黒パン、それにサラダらしきものが今晩のメニューだ。
男である慎司には大きめの器で、ルナ達女性陣は小さめの器で料理がよそってある。
料理の美味しさだけでなく、細かな気配りもされており、充実した食事であった。
「なあ、この肉は何の肉なんだ?」
「それはですね、お肉屋さんの人がサービスしてくれたんです。とってもいいお肉らしいですよ。確か……ギガントボアの肉だとか」
慎司がシチューに入っている肉について聞くと、コルサリアがそう答える。
すると、ガタッとルナが立ち上がりかける。
「ギガントボアですか!?あれすっごく高いって聞きましたけど……」
「でもお肉屋さんはサービスって言ってたわ……?」
大方、その肉屋の人はコルサリアの美貌に見とれてしまったのだろう。
コルサリアは銀狼族で珍しい上に、かなり美人だ。
華奢な体は保護欲を刺激するし、胸の双丘は男を惑わす。
慎司はつい高級食材をあげてしまい、後から後悔する肉屋の姿が目に浮かび、静かに合掌した。
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美味しい食事も食べ終え、再び慎司はアリスと遊ぶことになる。
食器はルナとコルサリアが洗うらしい。
風呂は水属性の魔石で水を張り、火属性の魔石に魔力を通して温めればいいらしく、それは慎司がさっさとやっておいた。
調節なんかは自動でやってくれるらしい。
魔法様々である。
「アリス、お風呂入るか」
「うん!パパと入る!」
慎司は、コルサリア辺りと入ってもらおうと思っていたが、アリスは慎司と入ると言い出した。
「え、俺?」
「うん……ダメ?」
「いやその、ダメっていうか、倫理的に考えて……いやでもまだ子どもだし、いやいや……」
慎司は頭から煙を出すほど脳をフル回転させ、最適解を探す。
しかし、断るにしてもいい理由が見つからず、結局アリスと入ることになる。
「んじゃ、風呂入ってくるわ」
「あ、シンジ様!これを……」
風呂場へ行こうとする慎司をコルサリアが止める。
手渡されたのはシャンプーハットの様なもの。
「アリス、まだ髪の毛洗うの苦手なので……お願いします」
「あ、そういうこと。任せてくれ」
「はい、お着替えは脱衣所に置いておきますね」
「ん、わかった」
慎司は急かすアリスに手を引かれ、慌ただしく風呂場へと向かうのだった。
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「はいバンザイして」
「ばんざーい」
「脱いだらこのカゴに入れてな」
「はーい」
慎司はアリスの上の服を脱がしてやり、アリスがスカートと下着を脱ぐ間に自分も手早く服を脱いでいく。
脱いだ服が籠に入っているのを確認して、風呂場に入る。
勿論シャンプーハットは忘れない。
「アリス、まずは洗うぞ」
「うん」
「ここに座って、はいこれ被って」
アリスを小さな木組みの椅子に座らせ、シャンプーハットを被せる。
基本的には風呂の利用方法は変わっていないようで、シャワーのノズルから思った通りにお湯が流れ出す。
「それじゃお湯流すぞ」
「はーい」
アリスの長い髪の毛を、丁寧にお湯で濡らしていく。
次にシャンプーらしき物を手に取る。
手のひらにシャンプーを取り、お湯を少し加えて泡立てる。
「シャンプーするからな、目は開けちゃダメだぞー」
「わかった!」
優しく、地肌をマッサージするように慎司は洗っていく。
気持ちいいのか、アリスは少し脱力気味だ。
「よし、流すぞ。まだ開けちゃダメだからな」
しつこいようだが、目を瞑っているように言う。目に染みてしまったら大変だ。
少し熱めのお湯で、泡を流していく。
シャンプーハットのお陰で、アリスは文句一つ言わない。
完全にシャンプーを流し終えたのを確認すると、髪の毛の水気を切っていく。
ある程度水気を切った後は、リンスだ。
今度はシャンプーの隣にあるリンスを手に取る。
リンスは毛先を重点的に、髪の毛全体にしていく。
そしてもう一度お湯を流せば、髪の毛のケアは終わりだ。
「はい、終わったぞ。体は自分で洗えるか?」
「うん、できるよ!」
「それじゃ洗っててくれ」
アリスが覚束無い手つきで体を一生懸命洗う間に、慎司はさっさと髪の毛を洗っていく。
男の洗髪なんて、簡単なものだ。
濡れて顔に張り付く髪の毛をかきあげ、今度は体を洗っていく。
「アリスー、ちゃんと洗えてるか?」
「うん、見て!ばっちりー!」
慎司が体を洗いながら聞くと、アリスは泡だらけの体を見せつけてくる。
ただ、足と背中が甘いようなので、それは体を洗い終えた慎司がしっかりと洗ってやった。
「よし、んじゃ湯船へいくぞ」
「広い!泳げそう!」
「泳ぐなよ?」
人が5人ぐらい入れそうな大きな湯船を見て、アリスは興奮している。
ちなみに湯船に入る時はアリスの長い髪の毛を、タオルで軽くまとめてある。
「はぁー、あったけぇ……」
「はふぅ……」
湯船に浸かるなり、変な声がでる。
アリスは身長的に溺れる可能性があるため、慎司が見張っている。
「ちゃんと温まったか?」
「うん、ぽかぽか!」
「んじゃあと30数えたらでるか」
「うん。いーち、にーい……」
適度に体が温まった頃に、慎司は声をかける。慎司はまだ浸かっていたいと思うが、アリスはのぼせるかもしれない。
アリスが30を数えきったので、慎司は名残惜しいものの、風呂からあがる。
髪の毛の拭き、体を拭いていく。
パンツとシャツを着た慎司は、苦戦しているアリスを手伝ってやる。
「アリス、まずは髪の毛の水気を取るんだよ。じゃないと体はずっと濡れちゃうぞ」
「むー、パパがやってー」
「いつかは自分でやるんだぞ?」
慎司はそう言いながら、まずは髪の毛の水気を切っていく。タオルで絞るようにするのがコツだ。
次は体を拭き、アリスに下着と寝巻きを着せてやる。
「アリス、髪の毛乾かすからここに座って」
「うん!」
水気が切ってあることを確認して、まずはブラシで髪の毛を梳いていく。
そして、ドライヤー型の魔道具で温風を出す。
根元までしっかりと乾かしていく。
次は涼しい風を出し、髪の毛の熱を冷ましていく。
「よーし、これでいいな」
「おわった?」
「まだだ」
髪の毛を乾かした後は、シュシュの様な物で緩く髪の毛を一つ結びにする。
「寝る時も外すなよ?」
「うん、わかった!」
「んじゃ、先に戻っててくれ」
リビングに戻るアリスを見送り、慎司は適当に髪の毛を乾かすのだった。
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リビングに戻ると、ルナとコルサリアが凄い目で慎司の事を見てくる。
「な、なんだよ……」
「ご主人様?」
「シンジ様?」
何も悪いことはしていない筈の慎司は、冷や汗が背中を伝うのを感じる。
ぐいっと寄ってきた2人に気圧され、慎司は顔を引き攣らせた。
「なにかな?」
慎司がそう聞いてみると────
「どこで女の子の髪の毛の洗い方なんか学んだんですか!?」
とルナが。
「しかも髪の毛を乾かした後は緩く結んでいますし!シンジ様男ですよね!?」
とコルサリアが言った。
「え、あー、それはだな……」
良かれと思ってやったのだが、何故か詰問されている。慎司はこっそりため息を吐くと、2人の説得にかかるのだった。
思い入れはないです。ほんとです。




