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42.不穏な気配

 

 慎司が騎士団の詰所を訪れると、門の前で立っている騎士の1人に話しかけられる。


「すまない、何か騎士団に用事でもあるのだろうか?」

「ああ、ちょっと人を迎えに来たんだ」

「人?名前はわかるか?」

「ルナって言う金狐族の子だ」

「ふむ、であれば貴方はクロキ・シンジさんか?」

「おう、そうだけど……」


 騎士の質問に答えると、一気に態度が軟化する。

 どうやら騎士はルナのことを知っているようで、呼びに行く間は待合室で待っていて欲しいと言われる。


 待合室にいるのは慎司1人のため、かなり暇になる。

 慎司は魔力で作った光球を指先で操るという、今日の座学で学んだ魔力制御の練習をして時間を潰すことにする。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ルナは、模擬戦も終わり次の訓練に向けて準備をしていた。

 次の訓練は戦術の座学だと、周りの騎士達がぼやいていた。


 戦術の座学とは、言葉の通りあらゆる地形、状況を想定した上で、どの様に行動するのが最適なのかを学んでいく。

 または陣形の確認であったりと、新人は必死に取り組むが、ベテランにもなるといささか退屈なものなのだ。


 休憩時間も終わり、座学に移るべくルナが立ち上がると、門の警備をしていた筈の騎士がルナの方へ歩いてくる。


「ルナちゃん、ご主人様が迎えに来たって。今待合室で待ってもらってる」

「え、ホントですか!今日は皆さんありがとうございました!それでは!」


 騎士の言葉にルナは、ぺこりとお辞儀をすると猛ダッシュで更衣室に駆け込む。

 教官達には話が通っているため、帰ることはわざわざルナが言わなくても、他の騎士が伝えてくれる手筈だ。


 更衣室で訓練中に着ていた服を脱ぎ、濡らしたタオルで手早く汗を拭っていく。

 ルナの心中には、主人を待たせるのはよくないという思いと、汗をかいたままの姿で会いたくないという思いが渦巻いている。


「うー、ちょっと汗臭いかなぁ……」


 ルナは自分の汗の匂いが気になるものの、あまり待たせてはいけないと思い、更衣室を出る。


 待合室まで走って行きたい衝動に駆られるが、ここで走るとまた汗をかく事になるので、自重する。


 待合室までの廊下では、誰も見かけなかった。

 警備担当以外は、座学に行っているのだろう。


 やや早足で歩いていると、やがて待合室に着く。


 扉の奥には主人である慎司が待っているはずだ。

 自然とルナの尻尾がゆっくりと左右に振られる。


 ルナはゆっくりと扉を開ける。

 そこには椅子に座った慎司がいる。


「お待たせして申し訳ないです、ご主人様」

「んー、そんなに待ってないし気にしなくていいぞ」


 ルナの言葉に慎司は気にするなと言うが、そうもいかない。


 ただ、ルナがそう思っても慎司は本心から言っているので、気にした素振りをするのは逆に慎司を困らせることになる。


「よし、じゃあルナ。帰ろうか」


 そう言って慎司はルナに手を差し伸べる。


「はいっ、ご主人様!」


 ルナはそれが嬉しくて、弾むような声で返事をして手を握った。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ルナと手を繋いで家へと帰る。

 道中特にこれといった事もなく、夕暮れに空が染まる中2人は歩く。


「ルナ、騎士団の訓練はどうだった?」

「皆さん快く迎えてくれて、訓練もとても実のあるものでした!」

「そっか、それは良かった……」


 慎司は安堵したとばかりに声を漏らす。

 金狐族であるルナが受け入れられるかどうか、少し心配であったのである。


 街を歩けば確かに獣人はよく見かける。

 ただ、それは殆どの場合奴隷である。


 奴隷でない獣人がいても、冒険者ばかりだ。

 基本的に戦うことしかできない獣人は、奴隷として売られるか、冒険者となり日々の生活費を稼ぐしか道がない。


 魔法学校でも、騎士団でも獣人を見たことは無い。

 だから、慎司は獣人であるルナが騎士団に受け入れられるか心配だった。

 ただ、それは杞憂に終わったらしく、ルナは花が咲いた様な笑顔を浮かべて騎士団について話してくれる。


「あ、そういえばご主人様。魔法学校の方はどうでしたか?」

「うん、知らないことも結構あったし、入学して正解だった」

「そうですか、ご主人様でも知らないこともあるんですね……」


 ルナの言葉に慎司はつい笑ってしまう。

 ルナにとって慎司はどのように映っているのだろうか。


「な、なんで笑うんですか!」

「いやぁ、ごめんごめん。ルナの中で俺はどれだけ凄い奴になってるんだ?俺だって知らないことぐらいあるぞ」

「それは、ご主人様は魔剣を持っていますし、その剣の腕前は私では目が追いつかない程です。さらに最上位の回復魔法を使えますし、使える魔法の属性は全属性。規格外過ぎます」


 ルナの言葉は確かにその通りであるが、言葉にされると自分の規格外さをひしひしと感じる。

 慎司は苦笑するほか無い。


「なぁ、それ騎士団で言ったりしてないよな?」

「はい、魔剣についてや魔法については一切言ってないですよ。ただ……」


 ルナはそこで不自然に言葉を途切れさせる。

 慎司の中の嫌な予感が大きくなっていく。


「ただ、教官に聞かれた時にご主人様は私なんか足元にも及ばないぐらい強いと言っちゃいました」

「なん……だと……」


 予感的中である。


「それで、教官が今度手合わせしたい、と言ってました」

「なぁ、教官ってもしかして強い?」

「確かに強いでしょうが、ご主人様なら勝てると思いますよ」


 慎司は少し肩の荷が下りるのを感じる。

 慎司は別に強大な敵と戦いたい訳ではない。そんなバトルジャンキーになるつもりはない。


「教官さんには、機会があれば戦いましょう。とでも言っといてくれ」

「わかりました!」


 できれば戦いたくない。

 そう思う慎司であった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 その後、話をしながら歩いていると、リプルの後ろ姿を慎司は見つけた。


「あれ?なんでリプルがここに……?」

「ご主人様、どうかしましたか?」

「いや、反対方向に帰った知り合いを見つけてな。不思議に思ったんだよ」


 リプルは、確かに慎司とは逆の方向へ帰ったはずなのである。

 それがどうしてここにいるのか、慎司にはサッパリ分からなかった。


 そのリプルは、何やら男と話をしている様子であった。

 ただ、どうもリプルの様子がおかしい。


 何かに怯えているような、そんな素振りを見せている。

 男が何か言って近づくと、リプルは後ずさる。


「なんだか困ってそうだな。どう思う、ルナ」

「あれは明らかに嫌がってますね……」

「見捨てるなんてことはできないな」


 ルナから見てもリプルは嫌がっている様子だ。

 それもその筈、リプルは男に対して苦手意識を持っている。

 エリーゼが模擬戦が終わる時にそう教えてくれた。


「じゃあ、行くか。ルナはここで待っとくか?」

「いえ、私も行きましょう」

「そうか、注意はしていてくれよ」


 慎司はそう言うと、リプルと男に近づいていく。

 近づくにつれて、声が聞こえてくる。


「あ、あの。やめて……くださ、い」

「あ?何言ってるか分かんないなぁ。もっと聞こえるように話してくれよ」

「ですから、やめて、下さい……」


 悠長に聞いてる暇はない。

 慎司はその体をぐいっとリプルと男の間に割り込ませる。


「そこまでにしてもらおうか。なんだか困ってる様子なんでな」

「え、シンジ君……?」

「あぁ!?お前なんだよ急に……」


 ルナは既にリプルの後ろにいる。

 男が暴れだしてもルナがリプルを守ってくれるだろう。


「この俺が誘ってやってるんだぞ?いいからその女をこっちに渡せクソガキ」

「アンタ、酔ってるのか。自分が何言ってるか分かってるのか?」

「うるせぇな!黙ってろ!」


 昼から酒を飲んでいたのだろう。

 男は酔いと怒りで顔を真っ赤にして慎司に殴りかかってくる。


 これなら正当防衛が成り立つだろう。

 男が狙ってくるのは右頬。


 アルテマのお陰で男の拳はやけに遅く感じる。

 慎司は男の拳を右手で受け止める。


「これで正当防衛だよな?」

「ちっ!クソがいい気になってるんじゃねぇぞ!」


 男は今度は右手で剣を抜く。

 そして左手を掴んでいる慎司の右手を切り落とそうとしてきた。


 後ろでリプルが息を呑む音が聞こえる。

 ただ、その剣も慎司にはゆっくりとしたものに見える。


 今度は左手で、男の剣を握る腕の手首を握り、力を込める。


 骨をへし折る音とともに、男の顔が痛みに歪む。


「ぐあああああ!何しやがる、くそっ!くそ!」


 男は痛みのあまり剣を落とし、慎司が折った手首を反対の手で抑えて呻く。


「さっさとどっかに行けよ」

「ちくしょう……ちくしょう!」


 慎司が冷たくそう言うと、男は悪態をつきながら狭い路地裏へと駆け込んでいった。


「主、奴はどうしますか?」

「放っておいていいぞ、殺すことないだろ」

「承知した」


 どこからか聞こえるステルの声に慎司はそう返事をすると、後ろに庇っていたリプルの方を向く。


「リプル、大丈夫だった──」

「……はぅ」

「リプル……?」


 リプルは、頬を赤らめてボーッと慎司を見つめていた。


 慎司は、もう一度声をかけてみる。


「リプル、大丈夫だったか?」

「は、はい!」

「それなら良いんだけど、顔が赤いぞ?ほんとに大丈夫か?」


 リプルは今度こそ返事をしたが、まだ顔が赤い。慎司ついリプルの柔らかな頬に手を当てる。


「あわ、あわわ……」

「おい、ホントに大丈夫か?」


 リプルはさらに赤くなり、言葉にならない声を出し始める。


「ご主人様、そこまでにして下さい。話が進まないです」

「え、あ……はい」


 慎司がどうしたものかと困っていると、いつの間にか隣に来ていたルナが半眼で見上げて来ていた。


「えーと、リプルさん、でしたか。何があったんですか?」

「あ、うん。えっと……」


 ルナがリプルに質問すると、ようやく落ち着いたのか、リプルは事の顛末を話し出した。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 リプルが言うには、家に帰る道を歩いていた筈が、気づけば路地裏にいて男に迫られていたと言う。


 馬車で帰るのではないのか、と思った慎司がそう聞くと、馬車までの道の途中で事は起こったのだとか。


「アルテマ、何か分かるか?」

『恐らく、催眠系の魔法をかけられたのでしょう。そして、路地裏に誘導された』

「その理由は?」

『そこまでは分かりません』


 催眠系の魔法をかけられたのは分かっても、その理由は分からない。


 ただ、何があるか分からないので慎司は取り敢えず、馬車までリプルを送ることにする。


 ルナには先に帰ってもらおうかと思ったが、何故かルナはついてくると言う。


「なんでついてくるんだ?」

「ご主人様だけでは不安ですから」

「もっと俺を信じてくれてもいい気がするんだけどなぁ……」


 慎司は苦笑しながらルナの同行を許すことにする。確かに1人だと対応出来ないことがあるかもしれない。


 3人は、当たり障りのない会話をしながらリプルの家の馬車まで歩くのだった。

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