39.どれいのおもい
慎司が魔法学校で新たな友人を作り、徐々に馴染んでいた時。
その頃、ルナは騎士団の面々に混じり訓練をしていた。
走り込み、筋トレ、素振り。
およそ騎士に必要と言われる心技体を日々の研鑽で作り上げていくのだ。
「はっはっはっ……」
「嬢ちゃん凄いなぁ?俺達についてこれるなんてよ。普通の奴は既に音を上げてるぜ?」
「あり、ありがっ、とう、ございます!」
現在しているのは走り込み。
騎士団の練習場は広く、50人程なら余裕をもって訓練ができる。
そんな広い練習場を、ルナを含めた騎士団の面々はもう30分も走り続けている。
息が上がり、荒い呼吸を繰り返すルナとは違い、ルナの隣を走る若い騎士は汗こそ流してはいるものの、その呼吸は一切乱れていない。
「さて、もう一踏ん張りだぜ嬢ちゃん。と言っても次は素振りが待ってるけどな」
「は、はいっ!」
ルナは騎士の言葉に自分の体に喝を入れる。
────頑張らないと。
ルナはそう心の中で呟き、黙々と走り続ける。
それから終わりの合図がされるまで、ルナは歯を食いしばって走り続けた。
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「なぁ、あの狐の嬢ちゃん。よく頑張るな?」
「あぁ、初日からあんなに飛ばしてると保たないだろうな」
走り込みが終わり、15分の休憩時間。
騎士達は、本日から訓練に参加することになった金狐族の少女に目を向けていた。
「なんであんなに必死になってるんだろうな?」
「さぁ、それは俺にもわかんねぇな」
突然訓練に参加することになった少女に対して、騎士達は最初難色を示した。
騎士の訓練はやはり厳しい。
長時間に渡る走り込みはもちろん体への負荷が重い。
初めての訓練では、これに耐えられず辞めていく者もいる。
いくら人族に比べて身体能力の高い獣人であろうとも、キツいものはキツいのだ。
「いくら金狐族って言ってもなぁ。最後の方はもう執念、って感じだったぜ?」
「それだけ強い意思があるんだろうな。俺もお前も、そうして残ってきただろう?それと同じだ」
そう言う騎士に対して、話していた相手は顔を苦しげに歪ませる。
「ああ、そうだな……」
その顔には、若い顔つきには似合わない深い苦悩が浮かんでいた。
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休憩が終わり、次の素振りを終えると、模擬戦が始まった。
教官曰く、疲弊した状態での戦闘を想定した訓練らしい。
「休憩は終了だ!これより模擬戦を開始する。各自2人組を作れ!」
教官の言葉に騎士達は一斉に2人組を作るべく動き出す。
基本的には実力の拮抗した者同士が組む。
ただ、ここでルナはあぶれてしまう。
元々ちょうど良かった人数に後から1名加わったのだから、組む相手がいないのも頷ける。
「ん?君は……そうだな。私とやろうではないか。相手がいないのだろう?」
教官は1人佇むルナの姿を見るなり、そう提案してきた。
その提案に周りはざわつく。
「嘘だろ教官直々とか……」
「まずい事になったな。狐の嬢ちゃん大丈夫か?」
「おいハーヴェン!やべぇぞ!」
今回の訓練は第一部隊が参加している。勿論隊長のハーヴェンもだ。
部下に言われ、ハーヴェンはどうしたものかと考える。
教官とは言っても、ただ教えるだけではない。実は、今回の訓練での教官は、前騎士団長が務めているのだ。
前騎士団長は、騎士団を率いて戦い、そして生き残ってきた。
だが、時の流れに逆らうことはできず、惜しまれながらも団長の座を引退、こうして教官をしている。
訓練時には厳しいが、なんだかんだと言って訓練時以外では優しい。
ただ、今年で60を迎えるその体は未だに殆ど衰えを見せず、現騎士団長ならともかく並の騎士では勝てない。
「そうだな。本人次第といったところか」
ハーヴェンはそう言うと、教官に一言申し出るべく足を踏み出そうとした。
しかし、その前にルナは口を開く。
「いいのですか?」
その言葉に周りはさらにざわめく。
教官の強さを知らないからこそ出た言葉なのか。それとも強者と戦いたいという重いからなのか。
誰にも判別できず、判別できないからこそ、ざわめきは大きくなっていく。
「ああ、勿論。ちょうど私も退屈していた所でね」
「では、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」
思ったよりもあっさりと決まっていく様子に、遂にハーヴェンは口を挟むことが出来なかった。
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魔法学校での模擬戦と違い、騎士団での模擬戦では勝敗の条件が『膝をつく』ことになる。
これは、いついかなる時も動けるようにしておくべき、という考えのもと、過度な訓練は避けるようにしているからである。
走り込みで疲れた程度ならば、リカバリーは効くが、それが模擬戦だと最悪骨折や意識不明にまでなってしまうかもしれない。
だからこその、条件。
技を競い合い、時には搦手を使い、勝利条件を満たすのだ。
ギリギリまで体力を使うのではなく、余力を残しておくこの訓練は、案外重要である。
5年前、過度な訓練で疲弊した騎士が護衛対象を守りきれず殉職したという事件があったのだ。
それから、余力を残しておくような訓練内容に改まっている。
「さて、模擬戦を始めるぞ!やるのは殺し合いじゃない。技を競い合うわけでもない。如何に体力を残して敵を倒せるかが重要となる。各々そのことを忘れるなよ」
「了解!!」
教官の一言の後に、騎士団全員からの返答が響き渡る。
その中に一つだけ不慣れな様子の少女の声が混じってはいるが、それは誰も気にしないことにした。
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いざ始まってみると、1組目も2組目もあっさりと勝敗がついていく。
「教官さん、どうして一試合がこんなにすぐ終わるんですか?」
ルナはつい、隣にいる教官に質問する。
すると教官は嫌な顔一つせずに答えてくれる。
「実力が拮抗している場合はな、単純な力勝負だけでなく、相手の一手先を読み切る、言わば読み合いを制した方が勝つ事が多い」
「読み合い……ですか」
「そうだ。上段からの攻撃なのか、それともブラフで下段に来るのか。いろんなことを想定して、相手の行動を読み切り一太刀浴びせる。それが戦いだ」
ルナは教官の言葉に熱心に頷く。
教官の言葉には、年月に裏打ちされた重みがあった。
戦場で学ぶのは、何も戦いの厳しさだけではない。相手の一手を読み切る力、行動を察する洞察力、そして自分の直感を信じる精神力。
それらの要素を凝縮し、経験してきた教官は、放つ言葉に重みを持ちつつも、その大切さをルナに教える。
「さて……そろそろ私たちの番だな。ではいこうではないか」
「はいっ!」
ゆっくりと腰を持ち上げる教官。
教官はゆっくりと指定された場所まで歩き、手にした両手剣を正眼に構える。
ルナも、慎司に買ってもらったミラージュダガーを構える。
「では往くぞ……」
「……っ!」
教官がそう言った瞬間、ルナは後ろに思い切り飛び退いた。
そうしたのは、完全に直感。
ルナがいた場所には、1メートルはあった距離を一瞬で詰め、剣を振り下ろしたままの姿の教官がいた。
「避けたか。なかなかやるではないか」
「それは、ありがとうございますっ!」
今度はルナの方から攻める。
両手剣は、一撃の破壊力はあるが小回りが効かない。
それなら、とルナは懐に潜り込もうとする。
「甘いな」
しかし、駆け出すルナの進行上に振るわれる剣がルナの足を止まらせる。
止まらなければ間違いなく首を取られていた。
その事に冷や汗を垂らしながら、ルナは次の一手を考える。
だが、所詮何を考えたところで戦いを初めて1年も経っていないルナの戦法は付け焼刃にすぎない。
突進は封じられ、短剣の手数の多さは利用できず、相手の間合いに持ち込まれている。
「くぅ!」
「隙ができたなぁ!?」
「きゃあああ!」
打開策は無いのか。
ルナがそんな思考に陥っていると、遂に教官の剣がルナのダガーを弾いた。
ここに来て初めてルナに致命的な隙が生まれる。
その隙を逃さず叩き込まれる掌底。
これには堪らずルナは後ろに2メートルも吹き飛ばされた。
「ごほっ、ごほ……」
「勝負あったな、狐の少女よ」
「……はい、ありがとうございました」
殴られた痛みに咳き込みながら、ルナが負けを認めると、教官は一気に破顔してルナを強引に立ち上がらせる。
「いい剣筋だった。君には経験が足りないだけだ。それは月日が補ってくれる。もっと精進するんだな」
「……はいっ!」
周りの騎士達からも、拍手が送られる。
「意外とやるじゃねーか!」
「お前、追い抜かれるかもな?」
「そんなことねーっての!」
模擬戦も終わり、少しリラックスした雰囲気の中、ルナは騎士の面々に囲まれながら、確かな手応えを感じていたのであった。
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休憩時間中、ルナは騎士の面々に囲まれていた。
「なぁ、嬢ちゃんはどうして訓練に参加しているんだ?」
1人の騎士がルナにそう尋ねる。
「えーっと、私が奴隷なのは皆さん知ってますよね……?」
「ああ、まぁな」
「え?まじ?知らなかったんだけど」
「お前は黙ってろ」
知らないと言った騎士を、他の騎士が黙らせ、話の続きを促す。
「私のご主人様は、とても強い方です。剣術も、魔法も、どちらも物凄い」
ルナは言葉を続けて────
「でも、そんなご主人様が私にこう言ったんです。怖い──と」
記憶を無くすのが怖い、大切なものを失っていくのが怖いと。
「だから私は守られる存在としてではなく、ご主人様の傍に居続けるだけの資格が、力があることを望んだのです」
その言葉に、周りの騎士達は皆沈黙する。
なんて健気なのだろうか。
なんて主人思いなのだろうか。
「ご主人様には救ってもらいましたからね、今度は私が救う番なんですよ」
そう言って薄く笑うルナを見て、騎士達は心を打たれた。
「嬢ちゃん、そんなに……」
「何かあったら俺達に言うんだぞ!力になってやるからな!」
「うおおおおん!おおおん!!」
「おい誰かこいつをつまみ出せ。煩すぎる」
号泣する騎士がいたものの、話を聞いていた騎士達は皆ルナの思いを知り、協力を惜しまないと言う。
騎士達は、新しく参加するルナのことを既に妹分のように考える様になっていた。
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