4.鎧と魔剣
慎司は自分の指先に火を生み出しつつ、森を歩いていた。精霊王であるリーティアと分かれてから既に30分は経っている。不思議なことに、あれだけ襲ってきていた狼は300匹狩った所でぱったりと襲撃を止め、姿を現さなくなった。
「水の音……?」
慎司だって、腹は減るし喉も渇く。森のさらに奥から聞こえる水音に、今更のように喉の渇きを自覚する。
早足で音のした方へ向かうと、そこには大きな湖があった。透き通る水は、湖のそこを容易にさらけ出し、手ですくうとキラキラと光を反射してとても綺麗だった。
「すみません、ちょっともらいます……」
慎司は何だか悪いことをしているような気分になり、誰にでもなく断りを入れつつすくった水を飲み、渇きを潤した。
「んく、ん……なにこれうめぇ!」
湖の水はただの水とは思えないほど甘美な味わいがした。程よい甘みが口の中に広がる。
渇きを潤すためだけに飲むには上質すぎる水のようだ。
「1杯だけにしておこう。これは守るべき遺産に間違いない。そんな気がする」
慎司がそう言った途端、湖が淡く光る。そして、軽く地面が揺れたかと思うと、湖の底から石柱が飛び出し、湖の中央へと続く橋を形成した。
「なんか知らんが、行ってみるか」
淡く光った湖が魔力を帯びていることや、石柱が魔法で作られた物だということには、魔力に慣れてない慎司はまだ気づけない。
石の橋の上を歩いていると、段々と霧が濃くなっているのがわかる。慎司を初め包んでいた量のおよそ5倍は濃い。既に足元ぐらいしか見えず、伸ばした腕の指先は霧で霞んで見える。
足元に注意しつつ進んでいくと、石ではなく草を踏みしめる感触があった。突然変わった足元の感触、それに慎司が気づいた瞬間、待ってましたと言わんばかりにあれ程濃かった霧が急速に晴れていく。
「なんだ、何が起こってる?」
辺りを見渡し、警戒する慎司。その視線が前を向いた時、慎司はそれに気づいた。
切先を下にして、突き刺された剣。古いものなのか、元々なのかはわからないが、剣は錆びていて使い物にはならないように見える。
剣の側には柄に手をかけ、片膝立ちをしている鎧がある。まるで人が着ているかのような錯覚さえ覚えさせる。鈍色の鎧は静かに、その場を護るようにして跪いている。その様子は所謂騎士を彷彿とさせる。鎧も錆びているが上等そうな騎士鎧だ。
慎司が1歩を踏み出すと、不思議なことに鎧から声が聞こえてきた。
『私はお前を選んでいない、何故ここに来た…』
突然のことに慎司は呆然としていた。異世界に来てからというもの驚いてばかりだが、それだけ地球とは違うのだ。
『理由を示せ、私には使命がある……』
「使命?」
鎧はまったく動かず、声だけを届けてくる。直接頭に声を送られているようだ。こちらの問いかけには一切応じず、鎧は答えを求めている。
『理由無き者よ、膨大なる魔力を持つ者、理から外れた者よ……私はお前を見過ごせぬ』
「おい、何言ってんだ?」
慎司が答えを示せないと判断したのか、鎧はそう言ってゆっくりと立ち上がった。ガシャガシャという音をたてながら立つその姿は、とても中身が無いようには見えない。鎧の隙間から覗くはずの肉体が一切確認出来ないことから、鎧の中は空洞のはずなのだ。
なのに、鎧は立ち上がり、剣を手に取る。
両手剣、刀身は錆びて使い物にならないように見える。ただ、慎司にはどうしてもその剣が危険に思えて仕方なかった。
『恨みはないが、これも運命よ……』
「おいおい、戦わなきゃなのか?」
『往くぞ……』
霧が晴れて見えるようになった視界には、綺麗な孤島が映っていた。そのはずだった。
しかし、鎧が立ち上がり剣を手に取った瞬間、全ては幻想の如く消え失せ、荒れた大地が広がった。明らかに孤島の面積より大きな荒野の出現。
慎司はその変化に動揺したが、向かってくる鎧を確認して気を引き締める。
「こっちは素手なんだぞ……!」
素手と剣、ぶつかればどちらが勝つかは常識的に考えればすぐに答えが出るだろう。だからこそ、慎司は一先ず逃走する。
荒野には数本だが、地面に剣が刺さっている。まるで戦争の跡のようだ。
「くっ……!」
1番近くにあった剣を手に取った瞬間、殺気を感じ前に飛び込むようにして凶刃を回避する。
振り抜いた剣圧だけで地面がめくれる。衝撃波までは出ないようで、避けた慎司の体に砂がついただけにすむ。
「いきなり無理ゲーかよ、クソ野郎が!」
吠えるようにして声を出し、自分に喝を入れる。そうでもしないと軍人であった慎司でさえ恐怖に足が竦みそうになる。
「せいっ!」
鋭い風切り音と共に手にした剣を振り下ろす。
《剣術スキルを習得しました》
また不思議なアナウンスが聞こえるが、今はそれに意識を割いている暇はない。慎司が鋭く切り込むも、鎧は錆びた剣で受け流し、弾き、逸らしてくる。圧倒的に剣術面における差がある。鎧の持つ剣は両手剣で、それも重さを利用して叩き切ることを目的としたものだが、慎司の持つ剣は比較的軽めで、斬ることを目的としたものである。まともに打ち合っていては勝ちの目はない。
「でやぁ!」
攻勢に転じるべく踏み込みと共に鎧に切りかかる。しかし、圧倒的技量の前に、慎司の攻撃は空振りに終わった。
遂に、剣を弾かれ出来た隙に錆びた剣を叩き込まれる。
肺から空気が漏れだし、無様に地面を転がる。鎧は追撃をせずこちらを見下ろしているが、そこに一切の隙は無い。
慎司がここに来るまでに練習し、習得した魔法は《火魔法》《水魔法》《風魔法》《土魔法》の4つだけである。実戦で使えるレベルなのは《火魔法》のみだ。それでも牽制にはなるだろうか。
「ファイアボール!」
慎司はバスケットボール程度の火球を鎧に向けて飛ばす。速度は充分、威力は狼で確認済み。これで勝てるとは思ってないので、慎司は火球を追いかけるように走り込み、火球を処理しようとした鎧に切りかかる。
ここで、初めて鎧が違う動きを見せた。
今まで完璧に捌いていた筈の慎司の剣を肩の鎧で受け、代わりに火球を防いだのだ。
「……っ!」
近距離で勝ち目がないのは分かっているため、鎧を蹴り反動で後ろに飛び退る。これも《体術スキル》のおかげでスムーズにいった。
そして、鎧攻略の糸口を掴んだ慎司は慎重に作戦を組み立てていく。
何故捌けるはずの慎司の剣を受けたのか。
何故火球を集中して防いだのか。
作戦を立て終えた慎司は一気に攻勢に出る。
「ファイアボール!」
先程と同じサイズの火球を今度は50個生み出す。当然無茶をした脳は負担を強いられ鈍い痛みを発する。
《並列思考を習得しました》
アナウンスが流れるが、お構い無しに火球を放つ。
総数50個の火球が鎧に殺到していく。
そして、一瞬後に慎司も駆け出す。
慎司は、鎧に対して1つの仮説を立てた。剣を防ぐことは可能だが、魔法を防ぐためには集中して何かしらの防御をしなければならない。
という仮設だ。
この仮設を元に立てた作戦は至ってシンプル。絶え間なく火球を降らせ、その間鎧をひたすら殴り続けるというものだ。
「おらおら!くらえっ!」
火球を防ぐべくバリアの様なものを張り続ける鎧を手にした剣で切りつける。とは言っても相手は鎧なので、叩き付けると言った方が正しい。
火球の残りが20発になった頃、酷使した剣が根元から折れてしまったため、《体術スキル》任せでひたすら殴り、蹴る。
「おおおおおお!!」
雄叫びを上げながら狂ったように殴り続ける。残りが5発となった所で鎧が膝をついた。
いける!そう確信した慎司はより一層殴る力を強める。
最後の1発となった火球を防いだ鎧は所々へこんでいる。節々はガタガタと嫌な音をたてている。壊れるのも後一押しだろう。
そして、慎司は最後の一撃を放った。
『……っ!』
「なっ!?」
繰り出された渾身の一撃を鎧は右手で受け止めた。そして動きが硬直した慎司目掛けて左手の剣を振るう。
ただ、慎司には焦りはなかった。
何せ、これも想定内なのだから。
「燃えろぉぉぉ!!」
掴まれた手から全力の《火魔法》を放つ。
ゼロ距離で放たれた魔法は鎧にバリアを張る時間を与えず、鎧を燃やしていく。
「はぁ、はぁ……はぁ!」
全力で魔法を放った反動に加え、極限状態での戦闘による疲労。それらが積み重なり、慎司はその場に身を投げ出す。
火が収まる頃には鎧の姿は消えており、代わりに輝く1本の剣が地面に突き刺されていた。それは鎧が持っていた両手剣に酷似していた。変わったのは、錆びがとれて光り輝いているという点。
周りもいつの間にか孤島へと戻っており、鎧と戦った荒野はどこにも見当たらない。
「この剣、調べてみるか……」
慎司は輝く剣に意識を集中させる。
《魔剣アルテマ》
レアリティ15
かつて最高の騎士と謳われた男が持っていたと言われる伝説の魔剣。その力は絶大であり、使用者に最高の剣技を与える。その代償として魔力を喰らう。
「魔剣も手に入れちゃったかー、チートすぎるよなぁ……」
慎司は魔剣を手に取る。
すると、剣を使った闘い方を思い出すかの如く習得した。
《剣術スキルが最大になりました》
《受け流し:剣を習得しました》
《奥義:瞬光一閃を習得しました》
《称号:最強のその先へを獲得しました》
《称号:魔剣に選ばれし者を獲得しました》
《レベルが上昇しました》
《特定条件を満たしました、これより進化を行います》
何度も何度も頭の中にアナウンスが流れてくる。最後に聞こえたアナウンスだけが、嫌に耳に残る。
進化の実、今まで忘れていたがどうやら条件を満たしたらしく、進化が始まるらしい。
「なんだ、体が……熱、い。ぐっ……」
アナウンスが聞こえた少し後、慎司の体を灼熱に身を焼き焦がされる様な痛みが襲う。鎧との戦いで傷ついた体が、酷使した脳が、書き換えられ、作り替えられる。
時間が引き伸ばされたような感覚の中、慎司は自分に力が溢れてくるのがわかった。
感覚が研ぎ澄まされていく、僅かな葉擦れの音さえ聞き逃さない。魔力を用いた知覚範囲は360度全てをカバーしている。死角が消える。
「ああ、これは確かに進化だ……」
そうして慎司は人間という存在を超越した。
《称号:超越者を獲得しました》
人でなくなる感覚に若干の不安を抱くが、頭に響くアナウンスの、変わりの無さに無性に安心感を覚えた。
1歩前に踏み出そうとすると、地面が割れた。腕を振ると木々がなぎ倒された。
「まずは手加減の練習からだな……」
慎司はため息と共に苦笑した。
次の話で街を目指します。
やっと人と出会えるはずです。
慎司が段々脳筋になってる気がします……
※一部人物の描写修正を加えました