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38.模擬戦

 

 実習の時間がやって来た。


 実習は教室でやるわけにもいかないため、先生の案内のもと、闘技場に似た場所へと移動する。


「さて、それでは本日の実習だが……転入生のクロキの実力も知りたいからな。模擬戦をする」


 先生は、みんなが着くなりそう言った。

 実習に参加する全員が、模擬戦という言葉にざわめく。


「アレン、模擬戦ってどんなことするんだ?」

「そのまんまの意味だぜ、なんでもありのバトルをするのさ」


 慎司はアレンの言葉に心底嫌そうな顔をする。


「それ……怪我しないのか?」

「あぁ、それなら心配ないぜ。ここ、魔法練習場には特殊な結界が貼られててな。肉体へのダメージはゼロになるようになっている」

「そんな凄い結界があるんだな、流石魔法学校……」

「おっと、その代わりに精神が疲弊するからな?攻撃を受け続けるとぶっ倒れるぜ」


 アレンの説明で、魔法練習場についての情報を得た慎司は、少しだけ安堵する。


この魔法練習場でなら、全力でやっても人を殺すようなことにはならないだろう。


 そう思っている内に、先生がどんどん模擬戦の組み合わせを決めていく。


 一番最初に、アレンと貴族の男。

 次に慎司とエリーゼが戦うようだ。どうやら慎司は2番目、初戦で模擬戦についての理解を深めておく必要があるだろう。


 実習の時は席は決まっていないようで、各々が好きな場所に座って中央で始まる戦いに目を向ける。慎司の隣にはリプルが座る。エリーゼはどこかへいってしまった。


「それでは、アレンとカレル・ダールズ。両者前へ。基本的には何をしてもいい。私が止めるまでお互いの力を競い合いたまえ」


 先生がそう言うと、アレンとカレルは前へ出る。


「……アレンか、僕の魔法の前に何秒立っていられるかな?」

「はっ、貴族だからってあぐらかいてると足元すくわれるぜ?」

「ふん、できるならやってみるといい」


 二人はお互いを睨み合い、言葉を数度交わす。やり取りは離れている慎司達には聞こえなかったが、それでも表情から何か言い合っていることはわかる。


「リプル、あの二人仲悪いのか?」

「えと、はい……アレン君とダールズ様はいつもあんな感じです。確か、入学当初に何かあったとか……」


 リプルの言葉に慎司は考え込む。

 アレンは基本的に親しみやすい性格の持ち主だ。無愛想ということも無く、気性が荒いわけでもない。


 では何故か?それは多分カレル・ダールズの方に問題があるのではないだろうか。


 貴族というものは基本的には2分される。1つはエリーゼやリプル、ガレアスのように平民の為に動き、それを自分が貴族として生まれた誇りだと感じる者。

 もう1つは、貴族として生まれた自分は特別な存在だと思い込み、平民を蔑む者。


 果たしてカレルはどちら側なのか。


 そう思考に耽っていると、隣に座ったリプルが話しかけてくる。


「シンジ君、始まるみたいですよ」

「ん?ああ……」


 アレンとカレル、二人の間に緊張が走る。

 先生はゆっくりと手を挙げて────


「始め!」


 声と同時に手を振り下ろした。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 模擬戦の開始と同時にアレンは魔法の詠唱を始める。

 それはカレルも同じのようで、お互いが詠唱をいち早く完成させようと集中力を高めていた。


 先に詠唱が完成したのはアレン。


「ファイアボール!」


 魔法名を叫ぶと同時に手を突き出す。

 手の先から、未だ詠唱中のカレルに向かって火球が飛んでいく。


 しかし、カレルはそれに慌てることなく詠唱を完成させ、魔法名を唱える。


「アクアベール!」


 すると、カレルの周りに水属性の薄い膜が現れ、飛んできた火球を受け止め、消してしまった。


「チッ……お得意の防御魔法かよ」

「その程度で僕の防御は突破できないよ?」


 カレルはそう言うと、再び詠唱を始める。


「くそっ、させるかよ!」


 アレンはそう叫び、詠唱を阻止するべくカレルの元へと駆け出す。


 詠唱を阻止するには、相手に口を動かせなくなる程の傷を負わせるか、集中力を乱してやればいい。


 アレンは薄い膜の前に立つと、蹴りを繰り出す。


 ガン、と硬い物を蹴った音がしたかと思うと、薄い膜は一気に瓦解する。


「なっ!……貴様ぁ!」

「アクアベールの弱点はわかってんだよ!」


 アクアベールは、相手の魔法攻撃を受け止める効果がある。あくまで受け止めるだけなのであまりにも強い攻撃だと貫通してしまうらしい。

 アレンの言う弱点は、魔法攻撃は防げるが、物理攻撃は防げないということ。ただの蹴りでさえ、魔法は崩れる。


 アレンはカレルできた一瞬の隙を突き、肉薄すると、カレルの顎目掛けて鋭いアッパーを狙う。


「ふっ!」

「くそっ!」


 カレルは顔を逸らし直撃は避けるものの、それで体勢が崩れてしまう。

 そこを見逃すアレンではない。


「おら!」


 体勢の崩れたカレルへと繰り出される前蹴り。回避できないカレルはそれに直撃し、後方へと吹き飛ぶ。


「まだだぜ!」


 アレンはカレルが立ち上がる前に詠唱を始める。


「我が手に集え、炎の力!燃え盛る紅蓮の炎よ!猛き業火となりて我が敵を滅ぼせ!」


 アレンは長い詠唱を終えると、ニヤリと笑う。

 カレルは立ち上がったものの、魔法を詠唱する時間は既に残っていない。


「フレイムランス!」


 魔法名を唱えると、アレンの頭上に2メートル程の炎の槍が形成される。


 アレンが手を突き出すと、炎の槍は凄まじい速度でカレルに飛んでいき、カレルに当たると衝撃波と共に、カレルの体を吹き飛ばした。


「そこまでだ!」


 間に割って入ったのは先生。

 勝負あったと判定した先生は、勝者がアレンだと告げると、カレルのもとへ歩いていく。


「ダールズ、意識はあるか?」

「……なんとか」

「そうか、それでは自分の足で歩いてもらおう。今日の敗因を考え、次に活かすといい」

「……はい」


 カレルは、戻っていく先生を睨みつけていた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 次は慎司とエリーゼの番だ。

 先生に呼ばれ、慎司は中央へと歩き出そうとした。


「シンジ君、えと、頑張ってくださいね!」

「おう、ありがとな」


 手を振るリプルに、慎司も手を振り返す。

 昼食を一緒に食べてから、距離が縮んだようで、なんだか嬉しい慎司であった。


 慎司が中央に歩いていくと、そこには既にエリーゼが待っていた。


「随分と仲良くなったのですね、シンジ?」

「おう、てかエリーゼはどこに行ってたんだ?姿が見えなかったけど」

「ああ、ガレアスが寂しそうにしていましたので話し相手になってあげていたんですの」


 慎司とエリーゼがそう話していると、先生が呆れた顔をして話に入ってくる。


「私語はそこまでとして、始めていいか?」

「ええ、構いませんわ」

「あ、すみません。どうぞ……っとその前に先生、1ついいですか?」


 慎司は模擬戦が始まる前に1つ聞いておきたいことがあった。


「ん?なんだクロキ、言ってみろ」

「剣を使ってもいいでしょうか?」

「剣?別に構わないぞ。ここでなら肉体は傷つかないからな、女性のシュテルンに対して遠慮することはないからな」

「わかりました、ありがとうございます」


 慎司は剣の使用についてどうしても聞いておきたかった。

 相手が男ならアレンのような倒し方でも構わないのだが、エリーゼは女の子である。


 慎司はできれば肉体が傷つかないとしても、極力女の子に危害を加えたくはない。


 剣ならば、首元に突きつけるなどして、降参をしてもらえるだろう。


 慎司が作戦を立てていると、先生がゆっくりと手を挙げていく。


 慎司はそれを見て正面のエリーゼを見据える。エリーゼは特に緊張している風には見えず、慎司は少しだけ警戒レベルを上げる。


「では……始め!」


 先生の合図で、模擬戦が始まった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 開始早々、エリーゼは魔法の詠唱を始める。


『シンジ、風属性の魔法です』

「見えない攻撃程怖いものはないからな」

『シンジなら魔力感知でわかるはずですが?』

「まぁね」


 詠唱によって高まる魔力を感知したアルテマが属性を告げてくる。

 風属性は不可視の攻撃だ。

 ただ、魔力を帯びているため魔力感知ができる慎司には軌道が丸見えである。


 やるからには徹底的にやらなければならない。エリーゼに力の違いを見せることで、降参させるのだ。そのためにはまず、エリーゼの魔法を攻略する必要がある。


「アルテマ、魔力障壁で防げるかな?」

『シンジならば余裕です』

「ならそれでいこう」


 アルテマと作戦を話している内に、エリーゼは詠唱を終えた様だ。


「エアカッター!」


 エリーゼはこちらを見据え、魔法を放ってきた。


 視界には何も変化は無いが、魔力感知には反応がある。横1メートル程の風の刃が迫ってきているのだ。


「よいしょ」


 慎司は目の前に魔力障壁を作り出す。

 風の刃は、現れた障壁に激突すると、障壁に傷1つつけることが出来ずに霧散した。


「なっ、そんな……!」


 エリーゼは驚きの表情をしている。

 そして、バックステップ。危険を感じたのだろう、エリーゼは後ろに下がる。


 それは結果として正しかった。

 エリーゼがそれまでいた場所には、光の槍が突き刺さっていたのだから。


 ただ、これに反応できなくても、脳天から串刺しになったわけではない。

 もし動かなかったとしても、足元に突き刺さっただけである。


 流石に脳天から光の槍に串刺しにされるエリーゼは、慎司も見たくない。


「危ないですわね……いつの間に詠唱をしていたんですの?」

「それは教えられないなぁ……」

「まぁ、そうですわよね!」


 鋭く言い放つと、エリーゼは石を投げてきた。

 慎司が石に目を向けた瞬間、それは眩く光る。所謂目くらましだ。


 先生の初めの言葉にもあった、『何でもあり』とはこのことだろう。


 一時的に視界を奪われた慎司は、魔力感知の範囲を広げていく。


『シンジ、また風魔法がきます』

「わかってる」


 魔力感知で、エリーゼが詠唱をしている事はわかっている。

 ただ、最初に唱えていたエアカッターよりも、詠唱時間が長い。どうやら強力な魔法を使うつもりらしい。


『シンジ、エアストームがきます。私を使ってください』

「吸収した魔力は身体強化に回してくれ」

『了解しました』


 戻らない視界のまま、慎司は動くことなくエリーゼの詠唱を待つ。


 ようやく視界がぼんやりと戻り始めた瞬間、エリーゼの詠唱が終わり、エリーゼは魔法名を唱える。


「エアストーム!」


 直後、慎司を中心に竜巻が起こる。

 暴風は慎司を切り刻み、巻き上げられた石は体を打ち付ける────はずだった。


「どういうことですの!?」


 竜巻は発生した瞬間に消え去り、現れたのは無傷の慎司。

 視力が回復しきっていないはずの慎司はしっかりとエリーゼを見据え、突進してくる。


「……はやっ!」

「足元にも注意しな」


 エリーゼだって、魔法だけが得意という訳では無い。もしもの時のために体術も少しは練習している。


 それでも、慎司の動きをエリーゼは捉えることが出来なかった。

 カンストしたステータスにスキル《完璧な体》の効果で上昇した身体能力、さらにはアルテマで吸収した魔力を身体強化に回している。


 そのスピードは常人には捉えることすら不可能であり、多少嗜みがあるとしてもエリーゼが捉えられる訳がなかった。


 速さに呆気に取られるエリーゼは、思わず顔を庇う。


 それを見た慎司は体を沈め、足払いをかける。


「きゃっ」


 可愛らしい悲鳴と共に、エリーゼの体がふわりと浮く。

 そして、その体を慎司は地面に押し倒し、魔法を発動。


 組み伏せたエリーゼの顔の横に、光の槍が突き刺さる。


「チェックメイトだ、エリーゼ」

「……その様ですわね。参りましたわ」


 慎司がそう言うと、エリーゼは大人しく負けを認め、降参した。


「そこまで!勝者クロキ・シンジ!」


 作戦通りとはいかなかったが、降参させることはできた。

 エリーゼについた傷はなく、少し汚れただけ。


 慎司は満足そうに頷くと、組み伏せていたエリーゼに手を差しのべ、立ち上がらせる。


「お疲れ様、エリーゼ」

「お疲れ様でしたわ、シンジ……それにしてもかなり強かったですわ。Sランクは伊達じゃないということですの?」

「ま、そういうことかね」


 エリーゼの言葉に慎司は曖昧に頷いておく。


 竜巻を消した事について言及されなかったのは、僥倖だろう。


 こうして、エリーゼとの模擬戦は圧勝で終わったのだった。






 ちなみに、組み伏せたエリーゼの体は柔らかかった。

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