36.メイドと友人
魔法学校編、始まります。
朝の8時前。
朝日は既に上り、王都を明るく照らしている。
空に浮かべられた雲は少なめ、晴れである。
そんないい天気の中、慎司は魔法学校を再び訪れていた。
昨日は引っかかった結界も、今日はメダルを所持しているために素通りだ。
慎司が校舎の方へ歩いていくと、1人の女性が目に入る。
所謂メイド服を着た、中学生を連想させる見た目の少女だ。
あどけなさの残る顔立ちに、澄んだ翡翠色の瞳。栗色の髪の毛はツインテールにしてある。
「誰あれ?メイド?」
『メイドでしょうね』
「ふーん、可愛い子もいるもんだな」
『むっ……』
「……どうかしたか?」
『いえ、なにも』
慎司の言葉にアルテマが嫉妬に似た反応をするが、アルテマはすぐにいつもの抑揚のない声に戻った為、慎司は深く考えないことにした。
そのまま歩いて校舎に入ろうとすると、横を通り過ぎる寸前に、メイドの少女が慎司に話しかける。
「申し訳ありません、クロキ・シンジ様で間違いないでしょうか?」
「ええ、そうですけど」
話しかけられたことに少し驚きつつ、慎司は返事をする。
「私は本日より専属メイドを務めさせて頂きます、シャロンと申します」
「専属メイド?」
「はい、この学校では、入学者に専属メイドが1人つくことになっています。私達が、学業の補助や、雑用をさせていただきます」
なんということだろうか。
魔法を習うつもりだったが、メイドまでついてきてしまった。
慎司はなるほど、と頷き、手を差し出す。
「よろしく、シャロン」
すると、一気にシャロンの様子が変化する。
先程まで毅然とした態度だったのが、今は焦った顔であわあわしている。
「え、え、これはマニュアルになかったですよぅ……えーと、えーっと」
何やら小声で呟くシャロン。
不測の事態でも起こったのだろうか?
慎司は差し出していた手を引っ込める。
「ただの握手のつもりだったんだけど……」
「あ、いえ!あの、私が握手とか、恐れ多いと言いますかなんと言いますか」
握手に応じない方が失礼な気もするが、それは言わないことにしておく。
「まぁ、いいさ。それで?シャロンはどうしてここにいたの?」
メイドとしての挨拶をするのならば、校舎の外で慎司を待つ必要等ないはずだ。
何かしら他の理由があって、外にいたはずなのだ。
「あ、そうです!私は、学校長のもとへご案内するよう言われてたんでした!」
「忘れてたのか……」
「そ、そんなことは……!」
慎司が呆れ混じりにシャロンを見ると、何故か頭を抱えて震えていた。
慎司としては、何故そんなポーズを取っているのか分からなかったが、まずは案内をしてもらうことにする。
「別にいいさ、思い出したんだろ?それじゃ案内頼んだ」
「あ、あれ?怒られない……?」
「怒って欲しいのか?」
「すぐに案内します!」
どうやら怒られると思っていたらしい。
なんだか拍子抜けした顔のシャロンに凄んで見せると、すぐに前を歩き出した。
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シャロンについて行き、学校長がいるという部屋にたどり着く。
シャロンがドアをノックすると、入りなさいという声が聞こえ、慎司が入れる様にシャロンがドアを開く。
「はい、シンジ様」
「あ、どうも……」
美少女に笑いかけられながらシンジ様、なんて呼びかけられてしまえば、少しはドキリとしてしまう。
慎司は動揺を押し隠しながら部屋に入る。
中には、やや大きめの机と椅子に、沢山の本が並べられている本棚、それに何かの賞状が見受けられる。
「お待ちしていましたよ、シンジさん」
「昨日ぶりですね、学校長」
「ええ、そうですね」
学校長であるレストアが、昨日と同じく柔和な笑顔を向けてくる。
確かレストアは昨日、紹介をすると言っていた。そう慎司は思い、レストアに尋ねる。
「そういえば、俺のことを紹介するとか言ってませんでしたっけ?」
「はい、今から一緒に行きますが、シンジさんには1年C組に入ってもらうことになります」
「それで?」
「そこで、教室の皆さんに紹介をしようと思っています」
レストアは、立ち上がりながらそう言うと、慎司の近くまで歩いてくる。
「それでは教室へ行きましょうか」
「学校長も来るんですか?」
「さっき一緒に行くと言ったではありませんか。私の話、聞いてました?」
レストアが腰に手を当ててこちらを睨んでくる。ただ、優しげな目元のせいか、ちっとも怖くはない。
「聞いてました、はい、しっかりと」
「それならいいのですが……」
慎司が少し焦り気味にそう答えると、レストアはすぐに怒りを収め、元の優しげな顔に戻る。
部屋の外に出ると、待機していたシャロンが殆ど音も立てずに扉を閉め、慎司とレストアの後ろをついてくる。
「学校長、俺が入ることになるC組ですけど、どんな人がいるんです?」
教室まで歩く中、慎司はそう尋ねてみる。
「ふふ、それはお楽しみということで」
しかし、レストアはただ微笑むだけで、結局何も教えてくれなかった。
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いざ教室の目の前に来ると、少し緊張する。
どうやらこの学校には貴族も通っているらしいので、失礼があれば面倒事を抱え込むことになるだろう。
それは避けておきたい。
「それじゃ、入りましょうか」
「……はい!」
レストアがまず教室に入り、教壇に向かう。それから何か話をした後、こちらを呼ぶ声がする。
「シンジ様、頑張ってくださいね!」
シャロンが小声でそう激励してくる。
両の拳をグーの形に握り、顔の前に持ってくるその仕草は、メイドにあるまじき態度な気もするが、それも愛嬌だろう。
なんだか緊張が少し解けた慎司は、教室へと足を踏み入れる。
そこには、想像していたよりも多くの生徒がいた。教壇から扇状に広がる席には、男女合わせて20人程が座っている。
見える範囲では、男女の比率は1:1。
その全ての視線が慎司に向けられていた。
「皆さん、彼が転入生のクロキ・シンジさんです。彼はまだ若いですが、Sランクの冒険者です。少し珍しい転入となりましたが、皆さん良き友として接してあげてくださいね」
レストアが軽く慎司の事を説明する。
Sランク冒険者、という所で一部の────主に男性達からどよめきが起きる。
「それじゃ、シンジさんは、あそこの空いてる席に座ってください。皆さんはお静かに。質問は私の話が終わった後にお願いしますね」
そう言ってレストアが指し示すのは、教壇から見て右上の席。
慎司は言われた通りに、自分の席を目指して階段状になった席の間を歩いていく。
歩いていく間も視線を感じはしたが、話しかけてくることは無かった。
まずは学校長の話を待つようだ。
「さて、それでは今日も……」
レストアが長々と朝の挨拶を始める。
すると、隣の席に座っている緋色の髪の毛が目立つ男が話しかけてくる。
「よ、転入生。隣の席だし、これからよろしくな……俺はアレンって言うんだ」
「ああ、よろしく。アレン」
「それにしても、学校長の話はいつも長いんだよなぁ……」
話しかけてきたアレンという男は、学校長が挨拶をしている最中ということもあり、囁き声だ。
「そんなに長いのか?」
「ああ、覚悟した方がいいぜ」
苦笑しながら慎司が聞くと、アレンは大真面目な顔をして頷く。
これは本当に覚悟しなければいけないようだ。
慎司は、気を引き締めるのだった。
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学校長の話は、実に10分間も続いた。
短いように思えて、じっと話だけを聞くのは案外とつらい。
「あー、長かった……」
「だから言っただろ?」
凝り固まった背中を伸ばすと、ポキポキと音が鳴る。その様子を見てアレンが笑う。
「はは、これでシンジもこの学校の恐ろしさを一つ実感したわけだ」
「おいおい、何個もあるのか……」
「あるぞー、特に実習なんかはキツイな。先生達容赦ないからな」
一気に打ち解けた様子で話す慎司とアレン。
慎司は友達と呼べる人物ができたことを嬉しく思いつつ、話を弾ませる。
そうして学校のことについてアレンと話していると、周りに人が集まってくる。
集まってきたのは男が1人と女が2人。
どうやら他の生徒は基本的に干渉してこないらしい。
自分の鍛錬が大事、という事だろうか?
そう思っていると、3人の内、燃えるような赤色の髪の毛に、同じく紅い輝きを放つ瞳の女が話しかけてきた。
「ねぇ、アレン。私達もその方に紹介してくれません?」
「ん?エリーゼか。いいぜ」
そう言って、アレンは3人の名前を教えてくれる。
たった今話しかけてきた女が、エリーゼ・シュテルン。
もう片方の藍色の髪の毛をした女が、リプル・フロスト。
最後に深い緑色をした短髪の男がガレアス・クルーデルだ。
アレンは家名を名乗らなかった。慎司が不思議に思って聞いてみると、アレンには家名がないことがわかった。
エリーゼ、リプル、ガレアスには家名があることから、貴族であることがわかる。
エリーゼは侯爵家、リプルは男爵家、ガレアスは子爵家の子らしい。
慎司は3人にそれぞれ挨拶をしていく。
「エリーゼ、様は……」
「エリーゼで構いませんわ。私は確かに侯爵家の人間ではありますけれど、この学校では同じ生徒ですもの。様付けはやめてくださいな」
慎司がエリーゼを様付けで呼ぼうとすると、エリーゼはそう言ってくる。
貴族というものはもっと高飛車であったりお高くとまっていたりするイメージがあった分、エリーゼの言葉に慎司は驚いた。
「そっか、ならエリーゼ。今日からよろしくな。分からないことが多いと思うから、その時は教えてくれると助かる」
「ええ、よろしくお願いしますわ、シンジ。遠慮せずに頼ってくれてよろしいですわ」
「はは、そうさせてもらうよ」
次にガレアスが話しかけてくる。
「シンジ、俺もガレアスでいい。できればシンジとは仲良くなりたいと思っているんだ」
「それは嬉しいけど、それまたなんで?」
「普通、Sランク冒険者なんかはお目にかかれないからな」
ガレアスは寡黙そうな外見とは裏腹に、冗談を飛ばしてくる。
慎司はつい笑ってしまいながら、話を続ける。
「なるほど、そういうことか」
「ああ、是非お近づきになれればな、と」
「こちらこそよろしく頼むよ、ガレアス」
ガレアスと硬い握手を交わし、次はリプルかと思えば、リプルは顔を真っ赤にしてこちらを見ていた。
「あ、あの……?」
「ひゃい!えと、あの、その……」
不審に思って慎司が声をかけてみるも、リプルは肩を跳ねさせ、変な声を上げる。
その様子を、エリーゼは苦笑しながら見ている。
「すみませんシンジ、リプルは少し人見知りというか……男性に対する免疫があまりないのですよ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
なんで顔が赤くなったり、過剰に反応するのかがわかった。
慎司はどうしたものかと考える。
すると、これまたエリーゼが助け舟を出してくれる。
「ほらリプル、しゃんとしなさいな」
「うぅ、エリーゼちゃん……」
エリーゼが励ますように声をかけると、リプルはまだ顔を紅潮させているものの、こちらに向き直る。
視線を下に落としながら、リプルはたどたどしく言葉を紡ぐ。
「えと、リプル・フロストです。リプルで大丈夫です……あ、よろしくお願いしますぅ……」
「ああ、よろしくリプル」
「はい、シンジ君……えへへ」
慎司が笑いかけてやると、リプルの顔にも僅かながら笑みが浮かぶ。
その様子を見て────
「初対面で怖がられてないぞ?」
「何故俺の時は逃げ出したのだ……?」
「これには驚きましたわ……」
アレン、ガレアス、エリーゼが驚愕の表情を浮かべていた。
後で話を聞くと、アレンはまず怖がられてしまい話にならず、ガレアスなんかは逃げ出されたらしい。
エリーゼ曰く、初対面でちゃんと話ができた男性を見るのは初めてだとか。
平民ながら、魔法学校に通うアレン。
大貴族の娘のエリーゼ。
寡黙そうだが、頼りになりそうなガレアス。
おどおどした様子のリプル。
学校が始まって早々4人の友人ができたことを、慎司はとても嬉しく思うのだった。
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席に戻る時、エリーゼはリプルに気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇリプル。どうしてシンジとはあんなに楽しそうに話せたのかしら?」
「えっ、私そんなに楽しそう……だった?」
「ええ、かなり」
リプルは少し顔を赤くしながら、顎に人差し指を当てて、うーんと上を向く。
「アレン君はね、ちょっと怖くて話せなかったの。ガレアス君も、大きいから怖くて逃げ出しちゃった」
「シンジは?」
「あのね、自分でもなんでかは分からないんだけど……」
────不思議と、怖くなかったの。
エリーゼに、リプルはニコリと笑いながら言うのだった。




