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33.騎士団と闇夜の護衛

 

 男は退屈だった。

 変わらない毎日、動かない日常。刺激を求めているのに、あるのは悠久の停滞。

 だからこそ、彼は『刺激』を求めて動く。

 それが例え人を殺すことでも────


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「あ!」


 慎司がアリスと遊びながら、コルサリアのことを待っていると、コルサリアは一際大きな声を出し、焦った表情を浮かべた。


「どうかしたのか?」

「あの、シンジ様。食材が……」


 今頃になって食材がないことに気づいたらしい。

 今までは宿暮らしのため、慎司もルナも気付いていなかったし、コルサリア達も自分で調達することは無かったのだろう。

 すっかり頭から抜け落ちていたのだ。


「あー、そういえば買ってなかったなぁ」

「今から行きますか?」

「まだお店やってるか……?」

「怪しいところですね」


 時刻は既に夕方、夕暮れは空を赤く染め、もうすぐ黒に変わるはずだ。

 それだと、店自体やっていない可能性がある。


「ルナ、外食なんてどうだろう?」

「……仕方ないですね。それがいいと思います」


 慎司はお財布係であるルナに確認を取ると、アリスを抱いて立ち上がる。

 アリスはよく分からないが楽しいようで、しきりにキャッキャとはしゃいでいる。


「パパ!お外でご飯?」

「そうだぞー」

「きゃー、アリス楽しみ!」


 単に外食が楽しみなだけのようだ。


 慎司は既に外に出る格好に着替え始めているルナを見て、その後コルサリアを見る。

 コルサリアはエプロンを外すだけで良いので、ルナより準備が早い。

 そんなコルサリアがこちらを向いて申し訳なさそうな顔をする。


「申し訳ありません、シンジ様。私が先に気づいて進言していれば……」

「あー、俺も気づいてなかったし、別にいいって。失敗したと思うなら、今度とびきりの料理を作ってくれよな」

「……はい!」


 慎司の言葉に、少し暗かったコルサリアの表情が明るくなる。

 ルナもアリスもそうだが、やはりコルサリアも笑顔が似合う。

 できることならいつも笑顔でいてもらいたいものだ。

 慎司はそう思うと、準備を終えたルナを連れて、玄関を出る。

 鍵をかけて、防犯のチェックをする。とは言っても、グランとステルがいるため泥棒に入る隙など無いのだが。


「それじゃグラン、俺達は出掛けてくるからその間留守を頼むよ」

「お任せを、我が主。何人たりともこの敷地を踏ませることは致さぬ」


 門の付近に立っているグランに声をかけて、留守番をお願いする。

 やはり堅苦しいグランであった。


 ちなみに、ステルは家だけでなく外でも影から護衛をしてくれるらしい。

 曰く、グラン1人で家を守るぐらいなら造作も無き事だとか。

 頼もしい限りである。


「さーて、何を食べるかなー」

「ご主人様、あまり高いものは避けましょう。アリスちゃんの舌が肥えちゃいます」

「はっ!その考えはなかった!」


 幼い頃から高級なものばかり食べるのは、確かにあまり良くないと言えるだろう。

 慎司達は別に貴族でも何でもないのだから。


「あ、シンジ様。街の人に聞いてみるのはどうでしょうか?」

「なるほど、いいお店を教えて貰えるかもな」

「長く住んでいらっしゃるなら、そういったお店にも詳しいのではないかと」


 そうやってルナやコルサリアと話をしながら歩いていると、向こう側から騎士鎧を着込んだ者が歩いてくるのが見えた。

 それも1人ではなく、10人程だ。


「ルナ、あれ何?」


 慎司が指さして尋ねると、ルナはすぐに教えてくれる。


「騎士団の方ですよ、ご主人様。どうやら一仕事終えた後のようですね。……?1人負傷しているようです」

「奥の方ですね、ひどい怪我……」


 ルナは説明している途中に、騎士団の中に怪我人がいる事を見つけたらしい。

 コルサリアも見つけたらしく、その怪我の具合を見て顔をしかめている。


 騎士団の面々は、怪我をしている者を気遣うような遅い足取りで、街を歩いている。

 ルナが自分を振り返り、意味あり気な視線を向けてくるのを感じた慎司は、ため息をついて騎士団に近づいていく。


「あのー、ちょっといいですかね」

「すまないが急いでいるんだ。仲間を一刻も早く治療しなければならない」


 慎司が隊長らしき男に声をかけると、彼は申し訳なさそうな顔をしてそう言ってきた。

 仲間のピンチに必死になれる男のようだ。彼はかなり仲間思いな人間らしい。


 だから、慎司はそこで男にある提案を持ちかけた。


「俺が治療しましょうか?これでも回復魔法が使えるんですよ」

「なに!?……しかし、あいにくと今は金が払えない状況なんだ……」

「お金?取るものなんですかね?」


 慎司としては善意の行動ではあるが、それでお金を取るつもりなど全くなかった。

 できればお礼に美味しい料理を出してくれる店を教えてもらえればいいな、とは思っていたが。


「当たり前だろう?」

「いやー、お金は別にいらないですよ。とにかく危なそうなので回復魔法かけますね」


 隊長がなんだか止めてくるような気がしたが、構わずヒールを唱える。

 すると、怪我人の顔色がいくらか良くなるが、傷は全く治らない。


「あれ?おかしいな……」

「あいつは呪いをかけられたんだ。まずは神父に頼んで解呪しないと、回復魔法は効果を殆ど発揮しない」


 どうやら呪いとやらが関わっているらしい。

 慎司は、呪いについては詳しくない。

 これは手詰まりかと思ったが、そこでアルテマが助け舟をだしてくる。


『シンジ、エクスキュアなら解呪が出来たはずです』

「ほんとか?ありがとう、アルテマ」

『いえ、この程度……』


 状態異常を回復するキュア、それの上位のハイキュアのさらに上位のエクスキュア。

 それならどうやら呪いも解くことが出来るらしい。


「それじゃ、エクスキュア、ハイヒール!」


 慎司は念のためヒールではなくハイヒールを唱えておく。

 MPは既に召喚魔法で使った分の半分は回復していたため、問題なかった。

 魔法を唱えると、あれだけ酷かった傷が一気に癒えていく。

 切り傷は塞がり、顔色はぐっと良くなる。ただ、失った血は取り戻せないため、足元はふらついているが。


「はい、多分これで大丈夫じゃないですかね?」

「……ありがとう、恩に着る。ただ、先程も言ったとおり現在払える手持ちの持ち合わせが無いのだ。なんのお礼もできず申し訳ない」


 慎司が騎士の様子を見てそう告げると、隊長らしき男は礼を言い、謝礼ができないことを詫びてくる。


「ああ、いらないって言ったじゃないですか」

「しかし、これだけの大魔法……流石に無償でしてもらうというのは……」

「なら、ここら辺で美味しい料理を出してくれる店を教えてください」


 慎司は、当初の予定通り店について聞いてみる。すると、隊長は驚いた顔を見せる。

 無償で回復魔法をかけるというのは、かなり珍しいようだ。


「貴殿がそれで良いと言うのであれば、私達は助かるが、本当に良いのか?」

「ええ、構いませんよ。それで?」


 慎司が先を促すと────


「騎士団の許可なく入れない特別な店がある。絶品の料理と酒を振舞ってくれる所だ。少し時間を頂ければそこに案内したいと思う」


 と答えたのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 15分程待っただろうか。

 騎士団の面々は詰所に一旦戻り、手早く支度を終えてから慎司達の元へ戻ってきた。

 どうやら案内してくれる店は、いつも騎士団の仕事が終わったあとに利用する店らしい。


 隊長に付いていきながら街を歩いていくと、大きな看板に騎士団の揃いのマークが描かれている店にたどり着いた。


「ここだ、さぁ中に入ろう」


 隊長がそう言うと、騎士団の面々はぞろぞろと中に入っていく。

 慎司達もそれにならい、店の扉を開けて中に入る。


「……ほぉ」

「これは凄いですね!」

「いい匂いがします」

「パパー、お腹減ったー」


 内装は落ち着いた感じであり、中でも目を引くのは店の奥に置かれた大きなグランドピアノだ。

 そこから流れる音楽はゆったりとしたもので、それが店に漂う優しげな雰囲気を保っている。


 ただ、アリスの一言で雰囲気もあったものじゃないが。


「まぁ、取り敢えずは座ってくれ」

「ああ、いい店のようだな」


 慎司は本心からそう伝える。

 ピアノから流れる旋律も、食欲をそそる香ばしい匂いも、全てがこの店を引き立てている。


 料理は日替わりらしく、注文を取りに来ることはなかった。

 ただ静かにグラスに入った水が運ばれてくるだけ。


「さて、先に挨拶を済ませておこう。私の名はハーヴェン・ハウンド。騎士団第一部隊の隊長を務めさせてもらっている」

「これはご丁寧に、俺はクロキ・シンジ。シンジが名前だ」

「ホウトウの出身者であったか。なるほど通りで黒髪黒目……」


 ハーヴェンは何か納得したように頷くと、右手を差し出してくる。

 求められているものが何かはすぐに分かった。

 慎司も右手を差し出し、お互いの手を握り合う。


「よろしく頼む、シンジ」

「こちらこそ、ハーヴェン」


 何故だか気の合う2人は、いつしか敬称をつけずに呼び合うようになっていた。


 その後、ルナやコルサリア、アリスを紹介し、丁度運ばれてきた夕食の手をつけることとなった。


「パパ!これおいしい!」

「そうだなって……ちょっと動くなよ」


 アリス用にと特別に作られたオムライスを口いっぱいに頬張り、美味しそうな表情を浮かべるアリス。慎司はその口元にケチャップがついているのを見つけ、近くに置いてある濡れた布巾で拭ってやる。


「んにー」

「はい、いいぞ。もっと落ち着いて食べたらどうだ?」

「おいしい!」


 やんわりと注意してみるも、アリスは余程オムライスが気に入ったのかガツガツと食べていく。


 すると、その様子を見てハーヴェンが笑う。


「ははは、アリス殿はシンジにかなり懐いているのだな?」

「ああ、別に娘ってわけじゃないけどな」

「む、そうなのか?同じ黒髪な訳だし親子でもおかしくないとは思うが……」


 ハーヴェンは本気で親子だと思ったようだが、18歳の慎司が親に見えるのだろうか?

 慎司がそう思ってルナに小声で聞いてみると────


「ご主人様はなんだか落ち着いた雰囲気を持ってますからね。そのせいじゃないでしょうか?」

「な、なるほど?」


 ルナはそう言うが、慎司にはまったくもって意味がわからない。

 もしかすると巷の18歳はみんなはしゃぎ回っているのだろうか?だとしたら少し怖い。


「シンジ様、はいどうぞ」

「ん?ありがとう、コルサリア」


 コルサリアが、よく分からないロールキャベツの様なものを差し出してくる。

 俗に言う「あーん」というやつだ。


 何の気なしに食べさせてもらってしまったが、その一連の流れを見たハーヴェン含め騎士団の面々が殺気立つ。


「シンジ?随分とお熱いようだな?」

「あっ、いや……その。まぁ、落ち着けよ?」

「ご主人様……はい、あーん」


 ルナはどうしてこの状況で「あーん」を敢行するのか。火に油を注ぐとはまさにこの事。

 騎士団は謎の連携をもって慎司を睨みつけてくる。勿論殺気がこもっている。

 ただ、それをよく思わない人もいるようで────


「パパを睨んじゃだめ!」


 アリスがフォークを片手に騎士団の面々にぷんぷんと怒りだす。

 流石にその様子には殺気立っていた騎士団の面々も頬を緩ませる。


 期せずしてアリスは慎司の窮地を救ったのであった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 その後、先程助けた男が礼を言いに来たり、アリスがまた顔を汚したり、いろんな事があったが、トラブルもなく時間は過ぎていったのだった。


 食事も終わり、アリスがうとうととし始めたこともあり、慎司達は家に帰ることにする。

 ハーヴェンに帰ることを伝えると、少し残念そうな顔をしたが、慎司の腕に抱かれたアリスを見ると、納得したようだった。


「それじゃハーヴェン、俺達は帰るな」

「失礼します、ハーヴェンさん」

「また会えることを願っています」


 慎司とルナ、コルサリアは口々に別れの言葉を言う。

 すると、ハーヴェンは笑って────


「ああ、またな。何かあったら騎士団の詰所を尋ねるといい。微力ながら力になろう」

「そうさせてもらうよ。それじゃ」


 こうして美味しい食事をとることができ、加えて騎士団とも繋がりが持てた。

 慎司としては、かなりいい1日となったのであった。

 できればこうした穏やかな日常が続けばいいと、そう思う限りである。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 男はふらふらと歩いていた。

 今日の『獲物』を求めて夜の街を彷徨う。

 今までは魔物をひたすら狩って紛らわせていたが、それも遂に限界を迎えた。

 男の中に燻る衝動は、今はただひたすら人に対して向けられていた。


「あぁ……幸せそうな顔をして……」


 通りから1本裏に入った路地裏、男は目を細めて大通りを歩く4人組を眺めていた。

 男を挟むように歩く狐耳と狼耳の女。挟まれた男の腕には少女が抱かれている。


「くそが……!」


 壁をつい衝動に任せて殴る。

 硬い壁を殴った拳からは、血が滲んでいた。


 そして、懐からやや大振りなナイフを取り出す。

 目の前を通り過ぎた男を後ろから刺せば、どれだけ気分がいいだろうか。

 そんな退廃的な思いを抱きつつ、男は走り出そうとした。


 その瞬間────


「主に危害を加えることは見過ごせないな」


 声が聞こえたかと思うと、首筋に何かが食い込む感触があり、男の意識はそこで途絶えた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


『敵対反応が消失しました。ステルのようですね』

「うん、こっちでも確認した」


 アルテマから報告が流れてくる。

 慎司は最初から気づいていたのだ。

 こちらを恨みがましく見つめる視線に、やがてこもっていく殺意に。

 アルテマは勿論、慎司も魔力感知は一応できる。その感知範囲でなら、魔力の流れからなんとなくだが殺意と似たような波動も検知できるのだ。


「主、危害を加えようとした人間を処分しました。問題はないですが、早めの帰宅を推奨いたします」

「おう、全部見てたから分かってる。ご苦労様」


 どこにいるかはまったく分からないが、気配を消したステルが話しかけてくる。

 労いの言葉をかけると、ステルの気配が一瞬感じ取れた。動揺したのだろう。


「流石は我が主……全て分かっていたとは」

「ま、流石にさっさと帰るか」

「俺は引き続きお守りさせて頂きます」


 ステルはそう言うとそれきり何も言わなくなる。恐らく付近を警備しているのだろう。

 優秀な護衛を従え、慎司達は家に帰るのだった。

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