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28.戦後処理

更新途絶えて申し訳ありません。

これからは、また毎日更新となる予定です。

 

 ゴブリンの首を背後から切り飛ばし、ワイバーンを魔法で撃ち落とす。

 反撃として繰り出される攻撃は全て見切り、弓矢も魔法も意味を成さない。


「その程度か!?かかってこいよ!」


 慎司は挑発をしながら敵を屠っていく。

 挑発の理由は単純に、魔物の注意を惹くことによって門で戦っているルナ達の負担を減らすためだ。

 微々たるものであろうが、やっておくに越したことは無い。


『シンジ、そろそろ魔力が溜まります』

「よし、待ってたぜ」


 魔物を切り続けながら走っていると、アルテマが魔力が溜まるとを告げてくる。

 ちなみに、アルテマに吸収量の限界はないらしい。あくまで辺り一帯の魔物を殲滅するだけの魔力が溜まったというだけだ。


 慎司には魔法もあるが、できれば回復魔法の方へと回したかった。

 アルテマが優秀過ぎるため、魔法は攻撃よりも回復や支援の役割の方が多いのである。


「頼むぜ、アルテマ!」

『全魔力開放、魔刃を放射状に形成……薙ぎ払いましょう、シンジ』

「ふっ!」


 アルテマが剣に魔力を帯びさせる。それは剣を振るった瞬間に広がっていき、絶大な破壊力をもって魔物に死を振りまいていく。

 余りの威力に蒸発するように消えていく魔物の軍勢。

 その数は既に集まった冒険者達の2倍程度になっていた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「うわぁ!また揺れたぞ!」

「なんなんだよこれ!」

「いいから戦え!魔物は減ってきてるぞ!」


 門にいる冒険者達は2度目の轟音と地揺れに狼狽しながらも、必死に剣を振るい、弓に矢を番え、詠唱する。

 その中にいるルナも同じく必死に握った短剣を振り回していた。


「……はぁ、はぁ」


 魔物は疲れを感じないが、人間はそうはいかない。スタミナという概念があるため、疲れれば動きは鈍る。


「グギャ!」

「しまっ……」


 だから、背後から迫る凶刃に気づいた所で身を捻るのが精一杯だった。

 身を捻ることで致命傷にはならなかったものの、背中を斬られてしまった。

 背中に走る熱さ。それは痛みであり、ルナは顔を顰める。


「ぐぅぅ……」


 疲れと痛みに耐えきれず、地面に膝をついてしまうルナ。

 ゴブリンは汚らしい声を上げながらそれを見ている。その目には嘲りが宿っているようにすら思える。


 ────ここで死ぬのかな。


 ルナは、不意にそんな考えに囚われる。

 奴隷として生きていた日々は、辛く苦しいもので、死にたいと思ったこともある。

 ただ、今は良き主人に恵まれ、そんなことは思うことが無くなった。


 ────痛いのは、やだな。


 どれだけ与えられた痛みも、主人に傍にいる時は忘れられていた。

 癒された喉が、溶かされた心が、ルナから痛みを無くしていた。


 ────ご主人様。


 だからこそ、今ここで倒れてしまうのは、死んでしまうのは嫌だった。

 どんな痛みも、苦しみも、主人から離れてしまうことに比べれば耐えてみせる。

 だけど自分を救ってくれた主人からは、離れたくない。そんなことになるぐらいなら、いっそ。


「グギャギャ!」

「……やだ」


 震える手で短剣を握り直す。

 力が入らない足で無理やり立ち上がろうとする。


 それでも、気持ちはどれだけ振り絞っても。

 体は動かない。握った短剣を振るだけの力は残されておらず、流れ出た血が意識を薄くしていく。

 ゴブリンはゆっくりと、血に濡れた剣を上げていき、命を刈り取るべく振り下ろした。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 殲滅され、ポッカリと空いてしまった穴を埋めるように魔物は集まってくる。

 それを慎司は無視して門に走った。

 既に数は冒険者だけでも対処できる程に減っている。

 今はルナが心配だった。


『シンジ、ルナの魔力反応が弱まっています』

「は!?どういうことだ!」

『ルナは魔法を使いませんので、恐らく危機的状況に陥ったのかと。人間は多少なら魔力で生き長らえることができます』

「くそ!急がねぇと……」


 アルテマの言葉に慎司は焦る。

 記憶が無くなった今、慎司に残っている『大切』はルナだけである。

 それが失われることはあってはならない。

 そんなことがあれば、今度こそ慎司は壊れてしまう。


「見つけた!」

『ゴブリンがいますね。シンジ、魔法ではルナを巻き込む可能性があります。私に魔力を流し込んでください』

「どうするんだ?それでルナを救えるのか?」

『私をなんだと思っているのですか?』


 慎司がルナを見つけた瞬間、ルナは地面に倒れていた。死んでしまったわけではなく、肩で息をしているため疲労の蓄積だろう。

 アルテマは、近くにいるゴブリンを問題なく倒せる様なので、言われた通りに魔力を流し込む。


『シンジ、それぐらいでいいです』

「え、こんだけ?」

『後は任せてください』


 慎司が流し込んだのは、全力を100として1に満たない程度でしかなかった。

 任せろと言ったアルテマは、剣状態から実体化し、手のひらをゴブリンに向けた。

 そして、無表情のまま抑揚のない声で小さく呟いた。


『……魔弾』


 刹那、放たれたのはビー玉ぐらいの大きさの魔力の塊。

 それは剣を振りかぶり、下卑た表情を浮かべるゴブリンの顔に直撃し、ゴブリンを吹き飛ばした。


「流石だアルテマ!」

「シンジ、今のうちにルナを」

「ああ、任せろ!」


 そして、慎司は倒れたルナの傍に駆け寄る。

 力なく横たわるルナを抱き起こすと、ルナは顔を顰めながら慎司を見て、瞬時にその表情を喜びに変えた。


「ご、主人様……。ご主人様!」

「今は喋るな、傷を治すから……。ヒール!」

「また、助けられちゃいました」

「気にするな、俺の我が儘だからな」

「また、我が儘ですか……。私の喉を治してくれた時もそうでしたよ」


 ルナは、傷を治され痛みが取れたため、柔らかな笑みを浮かべながら慎司に話しかける。

 吹き飛ばされたゴブリンは既に死んでいるため、今だけは安全である。


「俺は我が儘な男だからな」

「知ってますよ、いつも見てきましたから」

「……恥ずかしいな」

「私もです……」


 何故か話しているうちに段々と近づいていく2人の顔。

 唐突に生み出された甘い空気に、割って入るのはアルテマであった。


「シンジ、そんなことしている暇はないですよ。敵が来ます」

「そ、そうだな!」

「ちっ……」


 慎司は慌てて顔を離し、ルナを立ち上がらせる。


「ルナ、大丈夫か?」

「はい、ご主人様にヒールをかけてもらいましたから」

「……後は俺がやる。ルナは後ろにいてくれ、疲れてるんだろ?」

「……はい、ご主人様」


 慎司は疲労を隠しきれていないルナを背中に回し、アルテマを剣状態に戻して構える。

 そして、上段から一気に振り下ろした。


 巻き起こる真空の刃、それは《剣術スキル》の上昇により得た《飛斬》というスキルの効果だ。

 刃は魔物を簡単に真っ二つにしていき、一振りしただけで5体の死体が出来上がった。


「飛斬強……」

『私なら当然です』

「まぁそうか」


 ドヤ顔が浮かんでくる程のアルテマの返事に、何故か納得してしまいながら、剣を振るっていく。

 数分後、魔物は全て真っ二つにされ、倒れていったのであった。


 こうして魔物の大氾濫は、1人の過剰戦力によって大半の魔物は討ち取られ、犠牲者を出すことなくランカンは守られたのだった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 今回の大氾濫において、ギルドから支給された金額はかなり多い。

 何より半数以上を削り、要である魔法陣を破壊した慎司は、さらに多額の報奨金を受け取った。

 総額で金貨10枚。

 ゴブリンやスライムなど、雑魚ばかりであったため、少なくなっているようだが、充分多い。

 ルナも報奨金を貰ったらしく、その金額は金貨5枚。

 ルナは全額慎司にあげるため、実質金貨15枚の稼ぎであった。


「ルナ、稼いだな……貯金かなりあるよな?少しぐらい」

「貯金しましょうね!」

「なんでえええええええ!」

「ご主人様魔法学校に行くつもりなんですよね?」

「うん、魔法については無知すぎるからな」

「お金はその時に必要となりますので、貯金です」


 そう言われると何も言い返せない慎司である。

 ただ、折角頑張ったのだから、少しぐらいはハメを外したいのである。

 頑張りには正当な報酬、即ちご褒美が欲しいのである。


「ルナぁ……」

「ご主人様、そんな目で見てもダメですからね。ご主人様のためなんですからね?」

「ご褒美欲しいんだよぉ……」

「しょ、しょうがないですね……」

「それなら!」

「まずは宿へ帰りましょう、話はその後です」


 見事に尻に敷かれたあげく、なんだか情けない慎司であったが、卑屈になられていた頃よりは全然良いと思えるのであった。


 ルナは現在、痩せてこけていた体はしっかりと肉付きのよいものになり、バサバサだった髪の毛はサラサラと手触りが良い。

 尻尾も耳もふさふさでとにかく魅力的な少女になっているのだ。


 買った当初なんかは、目も当てられない程に可哀想であったというのにだ。


「うん、良いことだ」

「ご主人様、何か言いました?」

「いーや、何も」

「そうですか?……早く帰りましょう。外が暗くなって来ました」

「そうだな、帰るか」


 何でもないと言い、ルナの手を取る。

 今まで気恥ずかしくて慎司の方から手を繋ぐことはなかったが、ルナは多少驚きを見せたものの手を握り返してくる。

 柔らかく、小さな手を握りながら宿へと帰る。

 自分から繋いだ手は、自分の横にいる『大切』を離したくない気持ちの表れだったのかもしれない。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 夜。黒で塗りつぶされた空に星を散りばめただけの、空虚な空間を見上げながら慎司は何となく手を伸ばしてみる。

 星の輝きが、なくした記憶の様に思えた。

 シャワーを浴びて着替えを済ませた慎司は、ルナが出てくるのを待っている間、掴めない星を掴もうとする。


「俺は……黒木慎司、覚えてる。お袋が静江、親父が大吾、覚えてる。年齢は18歳、覚えている」


 慎司は、ゆっくりと確かめるように、間違った記憶を辿っていく。

 見上げていた星がキラリと光る。


 それはまるで手が届かない慎司を嘲るような瞬きに思えて仕方なかった。


「ご主人様……あがりましたよ」


 声が聞こえて後ろを振り向くと、しっとりと濡れた髪の毛を少し顔にはりつけたルナが立っていた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ルナはシャワーを浴びて、体の汚れを落としていく。背中の傷は、痕が残るようなこともなく治っていた。そのことに感謝しつつ、暖かいお湯で体を流す。

 すっかり綺麗になった自分の姿を鏡でチェックし、体をタオルで拭いた後に寝巻きに着替えてシャワールームから部屋に戻る。


 部屋に戻ると、慎司は窓を開けて空を見ていた。

 その背中が酷く寂しそうで、なんだか声をかけるのが躊躇われたルナは、暫くその場に立ち尽くしてしまう。


「俺は……黒木慎司、覚えてる」


 そうしていると、慎司の呟きが聞こえてくる。闇に溶けていく筈の声を耳にしてしまい、慎司が表面上何でもないように振舞っているが、記憶に関して不安を感じていることが分かる。


「年齢は18歳、覚えてる」


 そして、失われた少将としての記憶は、慎司にかなりの影響を与えていた。

 ルナは18歳だと言う慎司の背中をを見つめながら、呆然とする。

 ルナ託された記憶では、慎司は40歳を超えていた。少なくとも慎司はそう言っていた。

 部下がいた事、少将として活躍していたこと。

 全てを語る慎司は18歳の姿である。


 ────間違っている。


 そうルナは思ってしまう。

 それは、慎司の記憶についてなのか、それともこんな事態を生み出した神様とやらなのか、それはルナにもわからなかった。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「今日はもう寝るか……」

「あの、ご主人様は辛いですか?」

「……なにが?」

「その、記憶の、ことで……」


 突然慎司に問うルナ。

 慎司は記憶という言葉に疑問を浮かべる。別に記憶については辛くないのだ。


「辛くなんかないさ」


 それは、本心から出てきた言葉だった。

 真に慎司が辛いのは、これ以上『大切』を無くすこと。

 即ちルナを失うこと。

 無くしてしまった記憶は、勿論大切なことに変わりはないが、もう気持ちの整理はつけた。


「ほんとですか?」

「心配してくれてるんだろ?大丈夫だって、俺が辛いのは、ルナがいなくなっちゃうことだから」

「わ、私は!どこにも行きません!」

「そう、だから辛くない。俺は幸せ者だね、ルナと出会えるなんて」


 慎司の言葉に、ルナは悲しそうな顔をする。


「いやぁ、神様ってやつには感謝しないとね」


 その言葉に、ルナは強い怒りさえ覚えてしまった。

 こんな事になっているのに、神様とやらは何もしてくれない。笑顔にしてくれない。

 神様がいるというのなら、記憶を戻して欲しい。

 何もしてくれない神様になんか感謝なんて有り得ない。


「ご主人様……」

「そんな顔しないでくれよ、こっちも悲しくなる」

「……そうですね、もう寝ましょうか」

「ああ、そうしよう」


 言いたい言葉を全部飲み込んで、ルナは慎司と共にベッドに入る。アルテマはアイテムボックスの中だ。思ったよりも疲れたらしく実体化ができないらしい。


 ベッドに入ると、慎司はすぐに寝ようとする。

 ただ、そんな様子の慎司がなんだか悲しくて、忘れてしまった痛みを取り除けるならいいのにと、ルナは思う。

 間違った記憶、例えそうだとしても、慎司にはそれが全てなのだから。


 ────今はただ、傍にいよう。


 ルナは慎司に近づいて、優しく手を伸ばす。


「……ありがとな」

「いえ、私はご主人様のためなら……」


 小さくキスをして、ふたりは抱き合いながら眠りにつくのであった。

※修正を加えました

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