27.上級魔族
慎司は、一人草原を走っていた。
有り余る体力のおかげで、どれだけ走っても息が上がったりすることはなかった。
目指すのは魔物の軍勢を超えた先にある巨大な魔法陣だ。
「アルテマ、あとどれくらいだ!?」
『直線距離で2キロメートルと言った所です』
「わかった!」
門から飛び降り、持ち場を離れてからの間、慎司は魔物に遭遇しなかった。
慎司がなるべく魔物の少ない場所を通ったのもあるが、魔物達がランカンしか目指していなかったのが一番の理由だろう。
だが、それも魔法陣までの距離が残り2キロメートルを切った所で一変した。
「グギャギャ!」
「うおっ!」
先程まで慎司の事など無視していたのに、突然ゴブリンがこちらを向き、攻撃を仕掛けてきたのだ。
ゴブリンは、雑な構造の棍棒を大振りに振り下ろしてくる。
危ういところで身を躱し、ゴブリンの攻撃を避ける。
「さっきまで無視してたじゃねぇか!なんで今更来るんだよめんどくせぇ」
『恐らく魔法陣を守るためでしょう。やはり魔法陣は魔物達にとってなんらかの重要な役割を担っているのでしょう』
「一応正解って訳だな!」
慎司は隙が出来たゴブリンにアルテマを振るい、真っ二つにする。
よくわからない液体が飛び散ってきたが、気にしないことにする。
『シンジ、上です』
アルテマの声に従い上を見上げると、ワイバーンが迫ってきていた。
ワイバーンは口を大きく開け、鋭い牙を見せている。だが、慎司にとってそれは何の脅威にもならない。
どうすればワイバーンに致命的なダメージを与えられるか、慎司にはそれが手に取るように分かる。
「うおりゃあああ!」
アルテマを横薙ぎに振るい、すれ違いざまにワイバーンの首を切り落とす。
慎司はその場で立ち止まらず、一気に駆け出す。
慎司を止めようと多数の魔物が攻撃を仕掛けてくるが、アルテマが慎司が気づかない死角もカバーしてくれるため問題なく切り抜けられる。
右から迫る棍棒を避け、左から突き出された錆びた剣を叩き落とす。
ゴブリンメイジから放たれた魔法はアルテマで吸収し、死角から飛んでくる弓矢を後ろ手に掴み取る。
「アルテマ!まだなのか!?」
『残り1キロメートルを切っています。……地面に私を突き刺してください、魔法が来ます』
「うらぁぁ!」
残り1キロメートル。魔物たちの攻撃は必死さを帯びてくる。
仲間を気にしていた魔物達であったが、ついに仲間を囮にして慎司を攻撃してくるようになった。
アルテマが慎司に注意した途端、地面が淡く光る。属性は土だろう。
素直に発動を待つ必要も無いので、アルテマを突き刺して魔力を吸収する。
「数が多すぎる!なんとかならねぇか!?」
『吸収した魔力を開放して薙ぎ払うのはどうでしょう』
「よし、それだ!」
慎司が魔物の物量に文句を言うと、アルテマが打開策を提示してくる。
戦闘に関しては、かなり頼りになるアルテマである。
アルテマは慎司から了承され、吸収した魔力を開放していく。
「全魔力開放、魔刃を放射状に形成……薙ぎ払いましょう、シンジ」
「任せろっ!」
溜め込んだ魔力を開放したアルテマを、慎司は地面と平行に振るう。
放射状に形成された魔刃は目の前に限らず、視界内にある物全てを蹂躙した。
激しい音と強烈な風圧が大地を揺るがす。
魔刃を受けた魔物は、肉片1つ残さず消滅した。
「思ったより酷いなこれ」
『シンジ、魔法陣を』
「おうよ」
たった一太刀で、恐ろしい程の数の魔物を屠った威力にややげんなりとしながら、魔法陣を壊しに向かうのであった。
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ルナは、遂に魔法部隊が抑えきれなくなった魔物達の相手をしていた。
善戦していた魔法部隊であったが、魔力量にも限りはあるため、魔法を連発できなくなってきたのだ。
そのため、拮抗していた状態は瓦解し、魔物達はとうとう近接戦闘部隊の所まで迫ってきたのであった。
「ランカンが惜しいなら、お前ら絶対に通すんじゃねぇぞ!」
「酒場の嬢ちゃんは俺が守るぞ!」
「あぁ!?それは俺のセリフだね!」
「うるせぇぞ!いいから剣を取れ!」
ルナはよくわからない士気の上がり方に困惑しながらも、自分もミラージュダガーを手にして、魔物に向かっていくのであった。
誰かの長剣がゴブリンを切り裂く。棍棒に殴られそうになった誰かを、盾を持った誰かが防ぐ。
そんな奇妙な連携を取りながら、即興で作られた部隊は次々と魔物の数を減らしていった。
「危ないっ!」
ルナは、後ろからゴブリンに攻撃されそうになった冒険者を間一髪で助け出す。
「ありがとよ、瞬光!」
「ルナです!」
ルナはすっかり定着してしまった瞬光という呼び名を恥ずかしく思いながら、手にした短剣を振るっていく。
持ち前のスピードを活かして、ルナは次々と魔物を倒していく。
そのスピードは常人の2倍に近い。
「おいおいお前ら女に負けてるぞ!気合い入れろ!」
「これから本気出すんだよ!」
「まぁ見てろって!」
子供じみた会話をする余裕すらある冒険者達。数が多いと言っても所詮はゴブリン程度なのだ。厄介なゴブリンメイジは弓使いが率先して倒してくれているため、比較的楽であった。
冒険者達の間に楽勝なムードが流れる。
その瞬間だった。
轟音がしたと思うと、地面が揺れだした。
グラグラとする地面は、立っているのがやっとなぐらいで、ルナは咄嗟に地面に手をついた。
「うおおおお!?」
「誰か土魔法でも使ったのか?」
「上級魔法でもこんなにはならねぇよタコ!」
「あぁ!?やんのか?」
無駄に血気さかんな冒険者達を尻目に、ルナは音がした方向を見ていた。
それは慎司が飛び降りていった方向と一緒であり、先ほどの揺れを慎司が起こしたものだと、ルナは確信する。
────ご主人様、凄すぎです!
なんだか小躍りしたい気分になるルナだった。
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慎司は魔物が消えた後の草原を走っていたのだが、1人の魔族を見つけ、立ち止まる事を余儀なくされた。
「おい、あいつ……」
『はい、魔族です。それも上級魔族です』
「上級!?……ってどれくらい強いんだ?」
『シンジには鑑定があるでしょう?それでわかると思いますが?』
慎司は、アルテマから告げられた言葉に驚愕する。自分に使っておきながら、慎司は物以外に鑑定は効かないと勝手に思っていたのだ。
「鑑定って物じゃなくてもいいのか」
『常識ですよ?』
「俺には常識は備わってないからな」
慎司は、アルテマに軽く返しながら、目の前の魔族に鑑定を使ってみる。
《へリアル:上級魔族》
Lv.175
HP8000/8000
MP7500/7500
STR300
VIT250
DEX200
INT300
AGI500
「175!?上級魔族って強いんだな……」
『シンジの勝率は98%です』
「あ、楽勝なのか、そうですか」
慎司は見えた情報に驚いたものの、アルテマから楽勝だと言われて拍子抜けした。
レベル差が80もあるのだから、確かに楽勝なのだろうが、もう少し苦戦するかもとは思ったのだ。
「貴様、人間だな……」
「うわ、話しかけられた」
『シンジ、耳を貸す必要はありません。構えてください』
へリアルは、渋い声で慎司に話しかける。
その顔には人間にたいする侮蔑が浮かんでおり、友好的な態度は欠片もない。
慎司はアルテマの言う通り静かに構える。
「人間如きが俺に勝てるとでも?あまり俺を舐めるなよ?」
「いいから早く来いよ臆病者」
「そのセリフ、死んでから後悔するといい」
へリアルは苛ついた表情をすると、右手を虚空に伸ばす。
何かを掴む様な仕草をすると、どこからか禍々しい剣が現れた。
「いくぞ、人間」
『シンジ後ろに転移されました』
へリアルが長剣を構えると、その姿が掻き消える。
アルテマの警告に従い後ろを向くと、転移魔法を使ったへリアルが、長剣を上段に構えていた。
「ほう……」
「残念だったな!」
慎司はニヤリと笑い、振り下ろされた長剣を受け止める。
金属どうしが当たる甲高い音が鳴る。
へリアルはそれから右や左からの斬撃を繰り出してくるが、慎司はそれを全て見切り、受け流していく。
こんな芸当ができるのも、アルテマと《剣術スキル》のおかげであろう。
数度剣を打ち合った後、仕切直そうとへリアルが後ろへ下がる。
「お前、人間のくせになかなかやるじゃないか」
「止まって見えたぜ?上級魔族ってのはその程度なのか?」
「剣だけではないさ、喰らえ!」
へリアルは鋭く叫ぶと、電撃を飛ばしてくる。
勿論魔力を帯びているためアルテマで吸収する。
すると、ここでへリアルの目が見開かれる。
「む、魔剣か……」
「最高の剣だぜ」
『シンジ、褒めるのはやめてください』
抑揚のない声で、アルテマが割り込んでくる。アルテマにもそう言った感情はあるのだろうか。
再びへリアルが剣で攻撃を繰り出してくる。
右からの切り払い、逆袈裟、上段からの振り下ろし。
普通の人間ならば、その全てが当たれば致命傷となる一撃だ。
ただ、慎司にとっては少し痛い程度で済んでしまうため、緊張とは程遠いなかで慎司は冷静に攻撃を捌いていく。
『シンジ、そろそろ決めましょう』
アルテマが決着を促してくる。
慎司はそれに言葉を発さずに同意し、隙を伺う。
「ちぃ!」
「ここだ!」
上からの振り下ろしを捌くのではなく、紙一重で避けることによって隙を作り出す。
その一瞬の隙を突いて慎司は渾身の一撃を繰り出した。
「アルテマ!魔刃を!」
『魔力開放、魔刃を形成、刀身をコーティングします。断ち切りましょう、シンジ』
「はぁ!!」
気合いと共に一閃。
右手で握ったアルテマを左から右へ振り抜く。
薄く纏った魔刃のおかげもあり、剣は抵抗なくへリアルの体を切り裂く。
「死ぬのは……俺のほうであったか……」
「こっちも生活がかかってるんでな、じゃあな」
死に際、へリアルは達成感に満ちた顔をしていた。侮蔑すら浮かべていた人間に倒されたと言うのに、その顔は何かをやり遂げた様である。
死に場所を探していたのかもしれない。それならば、強すぎるのも考えものだと思う慎司であった。
「……アルテマ、魔法陣は?」
『魔力感知でわかるはずです』
「よし……ああ、そこか」
慎司は、魔力感知で探った場所にアルテマを突き刺す。
すると、ガラスが割れる様な音がして、魔法陣は効力を失った。
『シンジ、やはりこの魔法陣は魔物の召喚の効果を持っていました』
「そんなことわかるのか?」
『私を何だと思っているのですか?』
「ああ、そうだったな」
アルテマと軽い会話をしながら、慎司は体を大きく伸ばす。
そして、供給の止まった残りの魔物を殲滅すべく、魔物の軍勢の後ろから襲撃を仕掛けようと走るのであった。




