25.緊急事態
レイシアとの魔法特訓から1週間。
慎司はひたすら魔法の練習を、ルナはそれに合わせて近接戦闘の訓練をした。
依頼は基本的に討伐系の物のみにして、ルナが訓練のついでに対象の魔物を狩っていった。
おかげで慎司は中級魔法にイメージを乗せて、魔物だけを攻撃する技術をマスターすることができた。
さらに、火魔法だけではあるが上級魔法を扱えるようになったのだ。
対してルナはと言うと、ひたすら魔物を狩ることによって、ただでさえ速かった素早さが極限まで磨かれ、今では瞬きの間に距離を詰めて首を落とすことぐらい造作もなくできるようになってしまった。
スピードの制御では、慎司はルナに既に負けている。最高速度は慎司が上でも、慎司にはそのスピードを制御できないのだ。
そんな化け物じみた素早さのルナは、他の冒険者達から《瞬光のルナ》とまで呼ばれるようになっていた。
ちなみにルナはこの名前を凄く恥ずかしがっている。
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初めて冒険者登録をした時よりも、格段に強くなった今、ルナが奴隷であっても誰もそれを理由に軽視しないようになっていた。
そんな態度を取るぐらいは何も言われないが、口に出したりちょっかいをかけると、主人である慎司が静かに怒るのだ。
ちなみにそんな馬鹿なことをしてしまった連中は口を揃えて、悪魔がいたと言う。
「おい、あいつら……」
「ああ、瞬光だな。あの金色の髪の毛が目印みたいなもんだ」
「相変わらず可愛いよなぁ」
「ばっかお前、殺されるぞ!」
慎司達がギルドに入ると、こちらを見て何人かの冒険者が小声で話し出す。
慎司は取り敢えず3人目を睨んでおいてから、依頼が張り出してある掲示板を見に行く。
「ルナ、今日は何にする?」
「ご主人様に任せます。私はそれについていくのみです!」
「一応聞いたんだし、意見を言ってくれよ……」
なんだかとんちんかんな答えを返すルナに苦笑しながら、慎司は依頼を見ていく。
Bランクともなると、受けることができる依頼もかなり多くなり、報酬が高額な依頼もたまにあるため、しっかりと見ておくことが大切なのだ。
「おい、なんだ何があった?」
「わかんねぇよ、なんか急に受付嬢が呼ばれてどっかいったぞ」
「上の会議室ってやつか?」
慎司がじっくりと掲示板を眺めていると、急にギルド内がざわめき出す。
ふと受付の方を見てみると受付にいるはずの受付嬢は1人もおらず、ちらほらと聞こえる話から推測するに二階の会議室に行ったらしい。
「どうしたんでしょうね?」
「さぁ?何か緊急事態でも起こったのかもな」
「やめてくださいよ……」
ルナは少し不安そうに尻尾を下ろす。いつもピンと立っている耳はペタリと垂れている。
その様子に少し癒されながら、受付嬢が戻ってくるのを待つ。
受付嬢がいないことには依頼が受けれないのだ。
15分程待っただろうか。
冒険者達の様々な臆測が飛び交う中、有力だったのは魔物の大氾濫、次に魔族の侵攻である。
そんな根拠の無い噂が熱を帯び始めた頃、ついに受付嬢達が戻ってきた。
しかも、ギルドマスターのディグラスもいる。
ギルドマスターが突然現れたことで騒然とする中、ディグラスは口を開く。
「諸君、静かに私の話を聞いて欲しい。……現在、この街ランカンの南にある大草原に多数の魔物が出現したとの報告があった。魔物達は今のところ増え続けており、その上限はわからない」
ディグラスは周りを見回しながら話を続ける。
「諸君には、魔物を殲滅しこの街を守ってもらいたい。勿論ギルドから報酬は出すし、情報は惜しみなく回そう。ただ、魔物とは言え数が多い。押しつぶされて命を落とすことになる可能性も十分にある。それでも戦ってくれるという者は、ギルド内に残ってくれ。命が惜しい者、戦えない者は荷物をまとめて避難して欲しい」
ディグラスの言葉に、ギルド内は静まり返る。増え続ける魔物、終わりの見えない増殖。
そんな恐怖が胸を押しつぶす。
それでも立ち去る者はいなかった。
「この街には愛着があるんでな!」
「報酬は弾んでくれるんだろうな?」
「貢献度稼ぎには丁度いいってやつよ」
「死ぬのが怖くて冒険者はやってられねぇよ」
現在ギルド内にいる冒険者はザッと数えて50人程度。
その全員が戦う意思を示した。勿論慎司とルナもそれに含まれる。
「みんな、ありがとう。魔物がいつ攻めてくるかわからない以上、ここからは早さが大事となる。まずは装備を整えて南門に集まってもらいたい。ここにいない他の冒険者に会ったら南門に来るように言ってくれると助かる。それではここでの話は終わりだ」
ディグラスがてきぱきと指示を出し、一先ずの行動が決定される。
ランカンの冒険者ギルドに登録しているのは500名程で、依頼で遠くに出ている者を除けば、戦える者の数は約300人程度になる。
「よし、取り敢えず南門に行くぞ、ルナ」
「はい、ご主人様。準備の方は大丈夫ですか?」
「ちゃんとアイテムボックスに入ってる、大丈夫だ」
「それでしたら、早く行きましょう」
慎司はルナを連れて南門に走る。
途中見かけた冒険者に南門に集合する様に伝えるのも忘れない。
50人が一斉に南門に集まったものだから、不思議に思って出てきた者がいたため、声をかけて集まってもらう。
ギルドでの話から30分後、南門には総勢200名ほ冒険者が集まっていた。
残る100名もじきに集まってくるとの報告もあり、集まった冒険者達は念入りに装備のチェックをしたりと忙しい。
確認されている魔物の種類は多種多様で、ゴブリン種、スライム種、オーク種、リザードマン種、ワイバーン種が確認されている。
魔法を使うような種族の魔物は今のところ発見されていないようだが、もしかしたら紛れているのかもしれない。
冒険者達の間では、その様な魔物を見かけたらすぐに倒すべしという作戦が立てられる。
魔物とはいえ魔法を使われると厄介なのだ。
南の大草原は比較的見通しが良く、魔物達の動向を把握しやすいため、冒険者達は第一陣として魔法部隊、第二陣に近接戦闘部隊という布陣になった。
最初に範囲魔法で数を減らし、残りを近接戦闘で刈り取る作戦だ。
「ルナ……全力で魔法使うべきかな?」
「ちゃんと魔物だけを倒してくださいよ?ご主人様の魔法は範囲も威力も桁違いですからね」
「おう、そこは安心してくれていいぞ」
大体の方針が決まったところで、冒険者達は配置に付く。
ランカンの門には、多少だが防衛のための兵器が配備されてある。
そのため、冒険者達はランカンの高い壁を盾にして魔物を迎え撃つことにしたのであった。
全員が配置に付き終わる頃に、魔物の動向を観察していた男から連絡が届く。
「おい、魔物達が向かってきたぞ!全員武器を取れ!」
「おう!お前ら死ぬなよ!」
「おおお!昂ってきたぁ!」
魔物達がとうとう攻め込んで来たという声に、冒険者達は一斉に戦闘態勢にはいる。
剣を取り、槍を掲げ、弓を構え、杖を握りしめる。
未だ未知数の魔物の軍勢を前にしても衰えない戦意は、ランカンが好かれていることの表れだろうか。
とにかく、こうして平和だった毎日は一変し、魔物との生きるか死ぬかの戦闘が始まったのであった。
唐突に現れた魔物の軍勢ですが、一応わけはあります。
魔物が突然現れる謎の現象、終わりの見えない戦いに主人公は身を投じて行きます。




