24.魔法の練習
正座。それは精神を落ち着かせるためであったり、或いは反省の意を込めて用いられる座り方である。
現在絶賛正座中の慎司は、そんなどうでもいいことを考えていた。
何故こんな事になったのかと言うと、昨日の夜の件である。
ルナ様がお怒りなのである。
慎司は朝起きるなりベッドの上に正座をさせられお説教を受けているのだ。
「ご主人様聞いてますか?」
「聖徳太子並には聞いてる」
「しょうとく……?聞いてるならいいのですけど、とにかく!」
ルナは耳をピンと立て、ついでに指もビシッと人差し指を立てながら慎司に話している。
「今回の事でご主人様の酒癖の悪さはよーっくわかりました」
「俺、そんなに酷かった?」
「ええ、とっても」
慎司には、昨日の記憶が酒場から後は抜け落ちているためよく分からない。
ただ、ルナがこんなに怒っているのだから、相当悪かったのだろう。
慎司はそう思うと素直に反省するのだった。
「まぁ、その。悪かったな」
「今後は飲みすぎないようにしてくださいね?」
「おう、そうするよ」
「わかって頂ければいいのです。私も奴隷なのにこのような事を言ってしまい……」
慎司が素直に謝ると、ルナも怒りを収めてくれた。それに、自分の発言を奴隷だから失礼だと思っているとルナは言う。
慎司はそれがたまらなく嫌だった。
奴隷でも奴隷じゃなくてもルナはルナなのだ。
「ルナ、そこまでだ。その先は言っちゃダメだ」
「え……?」
「ルナ、自分ことを奴隷なんかって言うのはやめてくれ。確かに俺はルナを買ったけど、俺は仲間として、一人の人間としてルナを見たいんだ」
慎司はルナの手を取り、引き寄せる。
近づくお互いの顔。ルナは困惑と恥じらいが混じった様な表情をしている。
「ルナ、俺には大切だった記憶がない。でも、それを補ってくれるのが大切な人であるルナなんだろう?それなら俺の大切な人を奴隷なんかと悪く言うのはやめてくれ、ルナはルナなんだ」
「ご主人様……」
真剣な表情でルナに話す慎司、そんな慎司の言葉を傍で囁かれたルナは、うっとりとした表情を浮かべだした。
やがて、2人の距離は縮まっていき、いよいよ朝日から伸びる影が重なろうという瞬間。
2人の間には小さな手が割って入っていた。
「おはようございます、シンジ」
「お、おはよう」
アルテマである。アルテマはその小さな体を目一杯伸ばして、慎司とルナの間に立っていた。
甘い時間を邪魔されたルナは見るからに不機嫌になってしまい、アルテマも少し不機嫌そうな顔をしている。
ただ、抑揚のない声と殆ど変わらない表情なので確かではないが。
「シンジ、お腹が空きました」
「は?お前物食べなくても魔力でいいんじゃ」
「お腹が、空き、ました」
「食堂行くぞっ!」
無言の圧力には逆らえない慎司であった。
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美味しい朝ご飯と慎司が頭を撫でてやったことでルナはあっさりと機嫌を良くした。
アルテマはいつものゴシックドレス姿で無表情のままずっとシンジを見つめていた。
「さて、今日は何をしようか」
慎司がそう言うと、ルナが元気よく挙手する。
「はい、ルナくん」
「依頼しましょう、ご主人様!」
「お金ならあるぞ?」
依頼をするべきと主張するルナに、慎司は金貨が入った袋を見せる。
「1日ぐらい休もうぜ?」
「うーん……ご主人様、それだとだらけちゃう様になりますよ?人間楽な方に流れますからね」
「それもそうか……」
ルナの主張は思い切り正論だ。慎司はドラゴン討伐したのだから、1日ぐらいはと思ったが、言われてみれば確かにだらけてしまいそうだ。
そう思っていると、服の裾をアルテマが引いてくる。
「シンジ、私からもいいですか?」
「いいよ、なに?」
「魔法の練習をするべきです。シンジは剣術は問題ありませんが魔法が使いこなせていません。時間があるなら練習すべきかと」
アルテマはそう言ってふんす、と息を吐いた、様に見える。
魔法については確かに慎司も思っていた。ただ、練習と言われてもお手本も何もないのである。
前にもらった魔導書には上級魔法なんて記されていない。
そのため、上級魔法はおろか中級魔法も手付かずだったのだ。
「お手本とかないんだけど、どうしろと?」
「先日の魔法使い……レ、レイ……レイピア?」
「レイシアな、随分と鋭そうな名前になってんぞ」
「まぁそのレイシアに頼めばいいのでは?」
もしかしてアルテマは名前を覚えるのが苦手だったりするのだろうか。だったら可愛い。
そう慎司が思っていると、ルナが話しかけてくる。
「それならなおさらギルドに行くべきですよ。もしかしたら会えるかも知れませんし」
「ルナの意見に同意します」
「うん、そうだな。んじゃまずはギルドに行ってみようか」
話が纏まった所で、慎司達はギルドへ向かうのだった。
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ギルドに到着すると、時刻は既に昼前となっていた。
昼前ということもあり、朝ほどの人数はいない。ただ、それでも何人かは冒険者がいる。
その中にレイシアの姿を見つけ、慎司は声をかけた。
「レイシア、昨日ぶりだな」
「慎司さん!こんにちはです」
「グリッド達は今日はいないのか?」
そう、レイシアは一人でいたのだ。パーティーメンバーのグリッド達はおらず、慎司は不思議に思って尋ねてみる。
「ああ、グリッドさん達はデートですよ。今日はお休みなので」
レイシアは少し羨ましそうにそう言う。
どうやら赤の戦斧は、今日はお休みの様だ。
「でもレイシアは?なんでギルドにいるんだ?」
「私には彼氏なんかいないので適当な依頼でも受けようかと思ったんですよ」
「ほぉー、偉いな」
レイシアは見た目は整っているし、性格も別にキツい訳ではない。これで特定の相手がいないというのは少し疑問である慎司だった。
ただ、暇だと言うのなら好都合だ。
慎司はアルテマに言われた通りレイシアに魔法の先生をお願いしてみることにした。
「なぁ、レイシアって暇なんだよな?だったら今日俺に魔法を教えてくれないか?」
「シンジさん、魔法使えますよね?」
レイシアは新しく魔法を習得しようとしていると思ったらしく、そんなことを言ってくる。
「ああ、違う違う。俺が教わりたいのは中級魔法以上の魔法についてなんだ。どうにも上手くできなくてな」
「ふむふむ、それなら1日ぐらいは全然構いませんです」
「お、ほんとか?ありがとうレイシア」
案外あっさりと承諾したレイシア。少し拍子抜けしながらも、慎司は礼を言う。
「良かったですねご主人様」
「あー、ルナはどうする?俺は魔法の練習をするから一緒にやるか?」
「いえ、私は魔物相手に戦闘訓練をしたいなと思います。まだまだこのダガーを使いこなせていないので」
「なるほど、了解だ」
ルナはダガーを使った訓練をするとの事なので、慎司は了承する。
魔法の練習をする場所は北の森だとレイシアが言うので、些かルナには軽い訓練になってしまいそうだ。
「それじゃ、行きましょー」
「おう、よろしく頼むぜ先生」
「はうっ」
先生と呼ばれて嬉しいのか、変な声を出すレイシアを先頭に、慎司達は北の森へ向かうのだった。
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今日も爽やかな北門の兵士に挨拶をして、北の森へと歩く。
道中、ルナやレイシアと適当に話をしながらであったため、体感時間はかなり短い。
森に入ると、早速ゴブリンが襲いかかってきた。ただ、魔力感知とアルテマの索敵でいるのはわかっていたため、ルナがあっさりと倒す。
「ご主人様、ゴブリンが一撃です」
「うん、凄いね……」
「前は3回ぐらい斬りつけたのにですよ!」
「うん、ほんと凄いね……」
慎司はそんなルナの様子を見て放心状態である。ドラゴンの巣で見つけた装備は確かに強力な効果を持っていた。
しかし、残像を残すレベルの素早さで動けるようになるとは思ってなかった。
レイシアなんかは、速すぎるルナの動きに目が追いついていなかった。
装備が凄まじいのか、ルナの忠誠心が凄まじいのか。慎司にはわからないが、恐らく両方だろう。
「ま、まぁその調子で訓練頑張ってな」
「はいっ、狩り尽くして来ます!」
「程々にね」
ルナはそう言うと、凄まじい速さで森の中へと消えていった。本当に狩り尽くしてしまいそうで少し怖い。
気を取り直して慎司はレイシアに魔法を教わることにする。
今回教えてもらうのは火魔法についてだ。
火はイメージしやすいし、何より攻撃力に期待できる。
攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、慎司も火力は高い方がいいと思っていた。
「それじゃ、火属性の中級魔法を1度お見せしますね」
「うん、頼むわ」
レイシアは1度深呼吸をすると、詠唱を始める。
「我が手に集え、火の力。渦巻く嵐となりその力を示せ!ファイアストーム!」
詠唱を終え、鋭い声で魔法を発動するレイシア。すると、レイシアの前方に火でできた竜巻の様なものが巻き起こった。
煌々と燃えるその炎は周りにある木を燃やすことなく、レイシアが掲げていた手を下げると瞬時に消えた。
「なんで今木が燃えてなかったんだ?」
「魔法を使う時にイメージするんです。魔物だけを燃やし尽くすようにって。そうすれば味方や関係のないものは巻き込まずに済みます」
「それって簡単な事なのか?」
「めちゃくちゃ難しいです!」
レイシアは実に良い笑顔で言い切る。
レイシア曰く、上級魔法でこの技術ができるのはほんの一握りの人間なのだとか。
中級魔法でできることさえ珍しいらしい。
「まぁ、まずはファイアストームを使ってみるか」
「あそこなら広いですよ」
レイシアが指さす場所は、木がなく土が剥き出しになっている。
そこならば燃えるものも少ないだろうと慎司はファイアストームを使用する。
「ファイアストーム!」
魔力を最小まで絞ったファイアストームは、それでもレイシアの倍ぐらいの大きさになってしまった。
幸い木に燃え移るような事はなく、慎司もすぐに消したため、被害は無いに等しかった。
「シンジさん、魔力込めすぎですよ」
「え、むしろ絞ったんだけど」
「は?」
慎司の言葉にレイシアは目を丸くする。
「全力ではなく?」
「全力で魔力を抑えたが?」
「どんな魔力量してるんですか……」
レイシアは魔力量のせいだと言っているが、慎司には勿論見当がついていた。
装備品と専攻職、それとカンストしているステータスのせいに決まっている。
「あー、この前の戦利品の効果かなー?」
「なんで棒読みなんです……?」
慎司は目にしてしまった魔法の威力に、自分の全力が恐ろしくなるのであった。
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レイシアが使える属性は火と風と光のため、今回の練習で、慎司はその三属性を教えてもらった。
風属性は、火と同じ系統のウインドストーム、光属性はホーリーサークルを教わった。
ウインドストームはファイアストームの風版と言った感じで、ホーリーサークルの方は、円状の魔法陣の上の敵に対して光属性のダメージを与えるという物だった。
「ありがとうレイシア、実に有意義な時間を過ごせた」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったですよ」
日が傾き始める頃、教わる時間もなくなりルナを待っていると、森の奥から頬に血を付着させたルナが歩いてきた。
「あ、ご主人様ー!」
ルナは元気よく慎司の元へ駆けてくる。
尻尾なんかはぶんぶんと振られている。
慎司はルナの顔についた血を拭ってやる。
「訓練は終わったのか?」
「はい、もう魔物が出なくなりましたので!」
「ほんとに狩り尽くしたのか……」
狩り尽くしたと言うので、慎司はアルテマと共に感知範囲を広げてみる。
限界まで広げてみても魔物を捉えることはなく、冗談抜きで狩り尽くしたことがわかる。
「うん、ルナは凄いな」
「ありがとうございます!」
慎司はルナを褒めてやり、頭を撫でる。
すると、近くにいたレイシアが話しかけてきた。
「仲良いですよね、奴隷……なんですよね?」
「ま、仲間だしな」
「どういうことです?」
「俺は奴隷ではなく仲間として接してるってことだよ」
レイシアは奴隷に優しくするのが不思議だったようだが、慎司の言葉に一応納得したようで、なるほどと返事をしてくる。
「ご主人様、そろそろ帰らないと」
「ああ、夜になっちまうな」
夕方も終わり、夜が来てしまいそうだったので、3人は少し早足で街へと戻ったのだった。
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街に戻り、慎司はギルドに依頼の達成報告をする。受けていた依頼はゴブリンの討伐依頼だ。
ルナの訓練ついでに達成できると思ったからである。
報酬を受け取り、慎司は付いてきていたレイシアに礼を言った。
「レイシア、今日はありがとう。おかげでまた少し強くなれた様な気がする」
「い、いえ……そんなことでお礼なんかいいですってば」
「まぁそう言わずに。気持ちだけでも受け取っておいてくれ」
「うぅ、はい」
レイシアは本当に大したことないと思っていたのだろう、少し複雑な表情である。
慎司にしてみれば、使えなかった中級魔法が使えるようになったのだから、万々歳なのだ。
その後、渋るレイシアにお礼と言って依頼の報酬の半分を渡し、その日はすぐに慎司達は宿に帰るのであった。
ルナちゃんは残像を残せるみたいですね。物凄く速いのでしょう。怖いですねぇ
魔法については、今はまだ手探りと言った感じです。
感覚で使っているわけですね。
これから理論を覚えれば更に凶悪になりそうです。
※誤字を修正しました。




