23.お酒とおあずけ
「おーい、シンジ」
財宝を集めていると、財宝の入った袋を抱えたグリッドが話しかけてくる。
パンパンに膨らんだ袋をしっかりと抱え込むその姿は、ドラゴン討伐後とは思えない程に元気である。
「なんだ?もう帰るのか?」
「すまねぇが、そうなるな。できれば夜になる前に森は出ておきたいからな」
「なるほど、了解だ」
グリッドの話では、夜になると強力な魔物が出現するのだとか。
慎司からすれば、なんの脅威にもならないが、他のメンバーもその限りな訳では無いだろう。
特に、元気そうには見えるが前衛を務めたグリッドとマルクなんかは疲労が溜まっている筈だ。
「それじゃ、荷物を纏めたら俺に言ってくれ」
「ああ、わかった」
そう言ってグリッドはマルクやリゼット達の所へと走っていく。他のメンバーにも同じことを言いに行くのだろう。
慎司はその後ろ姿を見送り、財宝に目を回しているルナの所へと歩き出すのだった。
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ルナから袋に詰めた財宝を受け取り、アイテムボックスに収納していく。
両手から溢れるほどあった財宝は、しっかりとアイテムボックスの中に収まり、慎司とルナは空いた手を繋ぐ。アルテマは剣状態だ。
────ルナは勿論離してはくれなかった。
その後、どうしようもなくその状態で先に荷物を纏め終わったグリッド達の元へ向かうと、否応なく視線を引きつける。
「おいおい、お熱いこって。見せつけてくれるじゃないか」
「あ、いや。これはだな……」
勿論グリッドやマルクに見つかり、存分に冷やかされることになる。
終始ニコニコとしたルナを見ると、不思議とその冷やかしすら気にならない。
リゼットやレイシアなんかは、いい話のネタを見つけたとばかりに盛り上がっていた。
再びリゼットを先頭に慎司達は、置いてきた馬車に戻るべく森を引き返す。
これまたリゼットやルナが見敵必殺の姿勢で敵を駆逐していくため、慎司は自然と手持ち無沙汰になる。
すると、レイシアが話しかけてくる。
「シンジさん、ドラゴン戦でドラゴンの魔法を防ぎましたよね?」
「えっ、ああ……そうだね」
いきなり核心である。できれば魔剣についてはあまり知られたくない。
魔剣を持っていることがバレてしまえば、パーティーの勧誘はおろか、あわよくば奪ってしまおう等と考える輩が出てくる可能性がある。
そのため、慎司はなんとなく言葉を濁す。
「あれって、どうやったんですか?魔法って訳じゃなさそうでしたけど」
鋭いレイシアの指摘に、慎司は答えに困窮する。どう答えればいいものか、そう慎司が考えていると、前を歩いていたマルクが助け舟を出してくれた。
「レイシア、例え共に戦ったからと言って無闇に詮索するのはよせ。誰でも隠しておきたいことはあるものだ」
「あっ……ごめんなさい、シンジさん」
「ああ、答えてあげられなくてごめんな」
「いえ、私こそ……」
少し暗くなってしまった空気を変えるように、慎司はなるべく明るい調子でレイシアに魔法について質問をすることにした。
「なぁ、レイシア。ウィンドカッターを使っていたけどレイシアは風属性が得意なのか?」
「はい!そうです。他にも一応火と光が使えますね」
ここで衝撃の事実が発覚した。
光属性である。慎司は現状光属性の魔法を1度も目撃していなかった。
そのため、スキルの欄にも追加されておらず、習得すら出来ていなかった。
「な、なぁ。光属性の魔法を見せてもらってもいいか?」
「はぁ、いいですけど。なんでですか?」
「見たことないんだよ、どうしても気になってな」
少し苦しい様な気がするが、レイシアはあまり深く考えることなく光属性の魔法を見せてくれた。
使用したのは光系初級魔法のライトブレードだった。
「我が手に集え、光の力。鋭き刃となりその力を示せ!ライトブレード!」
レイシアが詠唱した後、魔法を発動すると、右手を突き出した方に向かい、虚空から現れた光の剣が飛び出していった。
カンッとした音とともに剣は木に突き刺さる。
《光魔法を習得しました》
頭の中に声が響き、スキルの習得を知らせてくれる。思った通りスキルが習得できた。
慎司はササッとスキルポイントを振ってスキルレベルを最大まで引き上げる。
ただ、レベルだけが上がっただけで実際に使えるようになった魔法は少ないのだが。
「どうです?」
「凄い、レイシア凄いな!」
「え、そうですか……凄いですか……ふふ」
ストレートに褒めた慎司の言葉にレイシアは頬に手を当てて照れる。
単純な性格をしているのか、それとも褒められ慣れていないだけか、少々判断に悩む反応であった。
そうして何分か歩くと、森の出口が見えてくる。
前を歩くリゼットは警戒を怠ることなく歩みを進め、周りに危険が無いことを確認すると、肩の力を抜いた様子でこちらに合図をしてきた。
「よし、んじゃとっとと馬車に乗れー」
「お、皆さんご無事なようで」
グリッドが声をかけると、馬車の御者台から1人の男が現れる。
行きに馬車をこの森まで運んでくれた御者である。今まで声を聞いてすらなかった。
実際に慎司たちが森にいた時間は3時間程度。
そのあいだずっと待ち続けていたのかと思うと、相当忍耐強いのだろう。
「また、よろしく頼みますわ」
「はい、はい。ランカンまでですよね?」
「おう、そうだ!」
グリッドと短いやり取りをすると、男は再び御者台に引っ込む。
縁があればまた出会うだろうと、慎司は声をかけることなく荷台に乗り込むのだった。
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ランカンへの帰り道。
慎司は、グリッドとマルクと共に荷台でたわいもない話をしていた。
「そういえば、シンジの剣。凄い綺麗だったなぁ。それに太刀筋も迷うことなく一閃と来た。お前さん高名な剣士だったりするのか?」
「ああ、確かに見事な剣であった。それにドラゴンの首を斬った瞬間など、魔力を帯びていなかったか?」
これまた答えにくい質問がグリッドとマルクから持ちかけられる。
ただ、これについては答えても構わないだろう。なにより魔力を帯びていた云々については、スキルの効果なのだ。
ある程度のレベルの剣士ならできる技に違いない。そう慎司は当たりをつけて、質問に答えた。
「俺が高名な剣士ってのはないな。そもそも剣自体は扱えても名を上げる様な偉業は成し遂げてないからな。魔力については、簡単な話だ。ただの魔刃だよ」
「なるひど、そうなのか……お前なら大会なんかに出りゃかなり上位まで行けそうだけどな」
「待たれよ、魔刃とはあそこまで綺麗に纏えるものなのか?俺が以前見たのはもっと激しくのたうつような魔力の奔流であった」
「マルク、それまじかよ?」
知らずアルテマ任せにしていたのだが、どうやらかなり高度な技術で魔刃を形成していたらしい。
マルクが以前見た魔刃という物は、もっと雑だったらしい。
慎司は冷や汗が背中を伝うのを感じながら誤魔化す。
「ま、魔力操作にはちょっと自信があるんだよ」
「まぁ、シンジは魔法も使えるようだしな」
「ふむ、それなら有り得るか」
想定とは少し違った形だが、なんとか納得してもらえたようだ。
それにしても、マルク。レイシアには詮索するなと言っておきながらかなり深い部分まで質問をしてきたものである。
ただ、なんとなく赤の戦斧のメンバーになら知られてもいいと思う自分がいるのだ。
そう思っていると、グリッドが身を乗り出して声を上げた。
「あ、そろそろ街が見えるぜ」
グリッドが言ったとおり、ランカンの周りを囲む大きな壁が見えてくる。
長い馬車での旅、と言っても1日であるが、それでも疲労は確かに蓄積されていた。
「帰ったら1杯どうだ?」
「お、いいなそれ。乗った!」
馬車の上で、酒の味を想像しながら話をするのは、とても気分が良かった。
グリッドやマルクともいろんな話をした。
驚いたのはマルクが結婚をしていることだった。他のメンバーは結婚はしていないようだが、フリーなのはレイシアだけなのだとか。
意外とみんな、お付き合いしている人がいることが発覚し、慎司は更に驚いた。
「んでさ、アイツが……」
「その時俺がなぁ」
「いやいや、俺なんか」
やいのやいのと男3人で話をしている内に、暗くなってきた空の元、ランカンの門が見えてくる。
ランカンは夜でも門番がいるため、基本いつでも街に入ることが出来る。
いつもの兵士はいなかったが、北門を潜った慎司達は馬車から降りると真っ先にギルドへ向かった。
今回の依頼で儲けた金額は前金の金貨1枚、達成時の金貨5枚、さらにドラゴンの巣で見つけた財宝を換金して得た金貨14枚の計金貨20枚だ。
────ぼろ儲けである
「ルナ、凄い儲けたぞ。やべぇどうしよう」
「ご主人様、お金は私が預かりますからね?」
「なんで!?」
「前にも言いましたが、ご主人様はすぐに、無駄遣いしますからね」
無駄遣いをしている自覚はあるため、管理を任せる慎司であった。
「おーい、シンジ。この後飲みに行くがどうするよ?奢ってやるぜ」
「まじか!悪いな……」
馬車で話したとおりグリッドが飲みに誘ってくる、しかも太っ腹なことに奢ると言うのだ。
慎司は即断即決、誘いを受けた。
「ルナ、いいか?」
「飲みすぎないでくださいね……?」
ルナの許可も降りたことにより、慎司とルナは赤の戦斧のメンバーについていき、とある酒場に向かうのであった。
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到着した酒場の名前は風雲亭。開放的な雰囲気の店には、夜ということもあり多くの冒険者達が飲みに来ていた。
「うお、すごいな」
「だろ?俺達の行きつけってわけだな。ほらさっさと入るぞ!」
賑わう店内の様子に少したじろいだ慎司の背中をグリッドはぐいぐいと押していく。
ルナもしっかりとリゼットに店の中へと引き込まれていた。
店の中に入り、適当なテーブルに着くと美人な女性が話しかけてくる。
「お、グリッドじゃないかい。いらっしゃい!……そこの2人は?」
「ん、こいつらは今日の依頼で手伝ってもらった2人だ。こっちの慎司なんか、ドラゴンの首を一太刀で落としたんだぜ?」
「ははは、冗談はその髭まみれの顔だけにしてくれよ」
「うっせーな、これはこれで味があるだろ?」
グリッドは、その美人な女性となにやら親しげに話している。
その様子にピンときた慎司がマルクに聞くと、やはり当たりだったようで、グリッドの彼女であると判明した。そこで、慎司は少しニヤリとしながらグリッドに酒の催促をした。
「グリッド、彼女さんはいいからまずは酒だぜ?」
「お、お前……マルクだな!?」
「はは、すまんすまん。てな訳で酒を4つ持ってきてくれ。こいつらには果実水で頼む」
「あいよー」
何やら憤慨するグリッドを軽くいなしてマルクが注文をする。
美人な女性は注文を受けると引っ込んでいった。後で名前をマルクから聞くと、シャーリーと言うらしい。可愛らしく、豪快な性格とは逆だな、と失礼ながら慎司は思うのであった。
「ほい、酒が4つに果実水が2つ。お待ちどうさまっと!」
「ありがとよ、シャーリー」
「これが仕事だからねぇ、ごゆっくりー」
酒はすぐに来た。
グリッドの乾杯の一声で、グラスを打ち付け合いながら慎司達は楽しい一時を過ごしたのであった。
特にこれといったトラブルはなく、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
飲んで、騒いで、食べる。
こんな日が続けばいいと、いつまでも永遠にこのままで止まってしまえばいい。
そう思ってしまうほどに、楽しかった。
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「ご主人様、帰りますよ」
「うん、わかった……っとと」
「もうっ!飲みすぎないでと言ったじゃないですか!」
「ごめんごめん、つい楽しくってさ」
慎司は、会計をグリッドに任せ、一足先に宿へと戻ることにした。
理由は簡単なことで、酔いが回りすぎたのだ。
ふらつく足元、歪む視界。
思いっきり飲みすぎである。
それでも献身的に尽くしてくれるルナのおかげでなんとか宿へと帰ることが出来た。
肩は貸してくれるが、その頬は膨れている。
怒ってますと言わんばかりのその頬を、慎司はつい突っついてしまう。
「んっ、やめてください。なにするんですか」
「いや、別に。なんとなく?」
「もう……困った人ですね」
口調こそ怒ってはいるが、ゆっくりと振られる尻尾が、ルナが喜んでいることを如実に表していた。
可愛い、愛しい、そんな思いが止めどなく溢れ出してくる。
狂おしいほどの感情が慎司を飲み込む。
酔いが回ってまともな思考が出来ない、目の前にいる最高の女を自分の物にしたい。
そんな征服欲が体と心を支配する。
「ルナ……」
「えっ、え……んんっ」
装備を外しただけの、野暮ったい格好で、慎司はルナを抱き寄せ、その口唇を奪う。
「ご主人様、我慢して……ん!」
「我慢できないって、こんなの」
「でも、私汗かいてるから」
ルナは抵抗してくるが、その力は弱く、本気で嫌がっていないことがわかる。
汗をかいてると言うが、近づいた首筋からは、甘い香りがしてくらくらするぐらいだ。
「気にならないって、むしろいい匂いだ」
「やん、匂い嗅いじゃダメ……」
「どうして?こんなにいい香りだよ」
「……ご主人様の意地悪」
酒の勢いとは怖いもので、段々とルナも場の雰囲気に流されていく。
「ねぇ、ルナ……」
「は、はい。……いいですよ」
慎司はルナをベッドへ押し倒す。
はらりと広がった金色の髪の毛を手で掬って遊びながら慎司はルナに確認する。
ルナも顔を赤くしながら手を伸ばし慎司を招く。
ただ、ふらつくまで飲んだのだ。
慎司はそのままパタリとルナに倒れ込んでしまった。
「ご、ご主人様?」
「すー、すー……」
酒の入った慎司の勢いは凄いものであったが、それ故にガス欠も早かったのである。
まさにおあずけをくらった訳であるルナは、プルプルと震え、やや乱暴に慎司を押しのけ、ベッドに寝かせる。
ただ、どうにも収まりがつかないため、ルナは行き場のない感情を開けた窓へと放つ。
「ご主人様のばかぁぁぁ!」
夜の街に、悲しい少女の声が響くのであった。




