19.指名依頼
それから三日間、慎司は教会に出向き治療の手伝いをした。
ヒール、ヒール、ヒールの連続。
常人なら疲れて倒れてしまうだろうが、慎司は涼しい顔でやり遂げた。
次第に、慎司は街でかなりの評判となっていた。
街を歩けば声をかけられることもある。
今日も、ギルドに向かうべく歩いていると声をかけられる。
「お、シンジじゃねぇか!狐の嬢ちゃんも!」
「……ギルグ?なんでここにいるんだ?」
「ただの買出しだぜ。食い物が無くなりそうだったんでな!」
ただ、この男は患者ではないのだが、慎司と妙に気があったためにこうして話す様な仲である。
ルナは繋いでいた手が離れたことに少し寂しそうである。
「ご主人様、早くギルドに行きましょう?ギルグさんに構ってる時間はないですよ」
「あ、あれ?嬢ちゃんなんか怒ってねぇか?」
「そんなことないですよ、ツーン」
ルナは珍しくわかりやすい態度を示す。
大好きなご主人様との時間を邪魔されてかなり不機嫌なのだ。
「怒ってるじゃねぇか……ま、俺もさっさと買い物に行かねぇとな」
「お、そうか。また今度な」
「さようなら、です」
「おうよ!」
嵐の様な男、ギルグは豪快に笑いながら去っていったのだった。
後に残された2人はなんとも微妙な顔をしている。
「相変わらずですね」
「ま、そこがいいとこってことだろ」
慎司はルナに手をがっしりと繋がれながら、ギルドへ向かうのだった。
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ギルドに着くと、やはり今日も大勢の冒険者が依頼を漁りに、パーティーメンバーを探しに集まっていた。
「あ、シンジさん!」
すると、受付嬢の1人が大きな声でカウンターから慎司を呼んできた。
慎司がそちらに目を向けると、手を招き猫のようにして、カウンターに来るように手招きしてくる。
「何か用でしょうか?ミーシャさん」
「呼び捨てにしてって言ってるじゃないですかぁ……ひっ!」
「我慢、我慢、我慢……」
ここ最近で仲良くなったミーシャという受付嬢。何故か慎司と仲良くしようと擦り寄ってくるのだが、黒いオーラを纏うルナにいつも撃退されている。
「で、何の用です?」
「そ、そうそう!シンジさん、この前魔族を倒しましたよね?」
「まぁ、はい」
「ご主人様は凄いですからね!」
何故かドヤ顔のルナ。
慎司は何故君がドヤるんだい?とばかりに尻尾をわさわさとまさぐる。
「うきゃあ!」
「ちょっと静かにしててな。話が進まねぇ」
「えーと、いいですか?それに、シンジさん最近街で有名になってきてますよね。稀代の回復魔法使いだーって」
「まぁ、なってますね」
そう、恥ずかしいことに現在、慎司は街で稀代の回復魔法使い等と言われているのだ。
面倒事は御免だと立ち回っていたはずなのだが、流石に怪我人を見過ごせず、魔法を使っていく内に有名になってしまったのだ。
「それでですね。そんなシンジさんがEランクなのは流石に無理があるってことになりまして」
「昇格ですかね」
「はい。魔族を単独で撃破できる実力に、回復魔法まで使える」
言葉にされるとかなりチートである。
「それでギルドマスターから、命令が下りました。おめでとうございます、Bランクへの昇格です!」
「は?一気に3つも上がるんですか?」
「異例の事態に決まってるじゃないですか……」
慎司はいきなりのランク昇格に唖然となる。昇格を言い渡したミーシャも遠い目をしている。
「すごい!ご主人様すごいです!」
────ルナだけが小躍りしていた。
慎司は、周りの冒険者が次第にざわつき始めるのを感じていた。
数日前までルーキーだった慎司がいきなりBランクになったのである。ギルド内は多少の混乱と喧騒に包まれた。
「おい、あいつ……」
「是非うちの……」
「そんなことより俺はルナちゃんが」
「やめろ死にたいのか」
口々に慎司のことを話している。何故かルナのことも話に出ていたが、睨みつけると直ぐに静かになった。少し魔力を当ててみただけなのだが、青い顔をして震えている事から、効果てきめんであることはわかった。
「ミーシャさん、ルナはどういう扱いになるんですか?」
「簡単な話です。奴隷は主人のランクと同じレベルで扱われます。一応Eランクではありますが、Bランクの依頼を受けることも可能です」
奴隷は主の持ち物。
そんな考え方には酷く嫌悪感があったが、この際好都合だと割り切った。
いちいちルナのランクを上げるのも面倒なのだ。
「なるほど、ありがとうございます」
「あ、そうですそうです。シンジさんはBランクになったので、これから指名依頼なんかもあると思いますよ」
「指名依頼ですか?」
「ええ、言葉の通り他の冒険者や貴族の方々から指名され、直接依頼を受けることになります。ギルドでは仲介程度しかしませんので、依頼の難易度はご自分で確かめてくださいね」
やっぱりいるのか、貴族。
慎司は今まで貴族を見かけていなかったため、すっかり忘れていた。
指名依頼だと、報酬もそれなりに高額になるらしいが、その分難易度も上がってくる。
依頼主と情報のすり合わせを確実に行う必要があるのだろう。
「肝に銘じておきますよ。騙されて火傷するのは嫌ですからね」
「ええ、それでは以上でお話は終了です。期待の新人は、やっぱり歴史を塗り替えるんですねぇ……」
「塗り替えてないです」
慎司はBランクの冒険者証を受け取り、受けることの出来る依頼を漁ろうと掲示板に近づこうとした。
すると、待ってましたとばかりに慎司の周りを数十人の冒険者が取り囲む。
「なぁ、うちのパーティーに入らないか?」
「いや、こんなのより俺達と組もう!」
「報酬は期待していいぜ?」
「なぁ、ルナちゃ……うぐっ!」
口々にパーティーへの勧誘をしてくる冒険者達。回復魔法が使えるのは知れ渡っているし、Bランクになったこともバレている。
有望な人材を確保したいのは皆同じなのだろう。かなり必死に勧誘してくる。
ちなみにルナにちょっかいをかけようとした男は股間を抑えて転がっている。
「いやぁ、俺はルナ以外とは今のところ組む予定はないので……」
慎司がそう言って断ろうとするも、しつこく勧誘してくる。
次第に苛つき始めた慎司であったが、そこに見た覚えのある顔が割り込んできた。
「なぁ、アンタ……俺のこと覚えてるか?教会で包帯ぐるぐる巻きだった奴だよ」
そう、現れたのはいつしか教会で傷を治してやった包帯男。
驚くことに彼はAランクらしく、あんなにしつこかった連中は静かに去っていった。
「覚えてますよ、大丈夫でしたか?」
「おかげ様でピンピンしてるぜ」
「それで俺に何か?まさかお礼を言いに来たって訳じゃないのでしょう?」
それにお礼なら教会で言われている。
パーティーに誘うと言うのなら、断る気でいる慎司に、男は手を差し出した。
「鋭いねぇ、何、話は簡単だ。指名依頼だよ。受けるかどうかは話の後で構わないぜ」
「ふむ……取り敢えず話は聞きましょうか」
「そう言ってくれると思ってたぜ」
慎司が差し出された手を握ると、力強く握り返される。
話をするため酒場に行くと言うので、慎司はルナを呼び、男についていくのであった。
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「ここだ、まぁ適当に座ってくれ」
男に連れてこられたのは、あまり騒がしくない酒場であった。
酒場のイメージに煩いものと言うのがあったのだが、昼間から飲むものは少ないらしく、人はまばらで静かであった。
丸いテーブルを囲むように配置された椅子に3人は座る。
男の対面に慎司が、その隣にルナが座る。
「まずは自己紹介からだな。俺の名前はグリッド、赤の戦斧のリーダーをやってる」
「俺はシンジです、こっちはルナ。2人でパーティーを組んでいます」
「シンジにルナだな、覚えたぜ。それで早速なんだが……」
そうして、グリッドは指名依頼の内容について語り出した。
どうやら、馬車で1日程の森に、非常に強力な魔物が出現したらしい。
今回の依頼はその討伐への協力。
理由は単純にパーティーの回復力の底上げだそうだ。
報酬は前金で金貨1枚依頼達成で金貨5枚だそうだ。ルナに聞くと、相場らしいので怪しいわけではないだろう。
「話はわかりました。それでその強力な魔物ってのは?」
「……あまり驚かないでくれよ?」
慎司が尋ねると、グリッドは驚くなと念押しして、口を開いた。
「……ドラゴンだよ」
慎司は、歓喜に打ち震えた。
ドラゴンである、みんな大好きドラゴンである。
ブレス吐いて翼をはためかせるドラゴンである。
ドラゴンスレイヤーには憧れる。
慎司はニヤリと笑い、グリッドに手を差し出した。
「いいですね。依頼、受けましょう」
グリッドは慎司が差し出した手をしっかりと握ってくる。口元はちょっとニヤけている。
ロマンがわかる男は嫌いではない。
ちなみにルナは慎司が受けると言った瞬間、盛大にため息をついたのだった。
ドラゴン、出したかったんです……。