18.大金と教会
人は大金を手にした時、どうするのだろうか。
堅実に貯金をする者もいれば、豪快に仲間内で使う者もいるだろう。或いは寄付をする者だっているかもしれない。
千差万別、使い道は多種多様である。
ちなみに、慎司は半分程貯金して、あとは使う派、ルナは貯金派である。
「なぁ……少しぐらいいいんじゃないか?」
「ダメです、貯金するのが一番です」
「そこをなんとかさぁ……」
「ご主人様に任せたらすぐに散財します!絶対します! 」
と、この通りルナの尻に敷かれている慎司だが、慎司達は、宿に帰ってからずっとこの調子である。
少しはハメを外してもいいと思う慎司と、慎司は使いすぎるから貯金すべきだと言うルナ。
話は平行線のため、どちらが折れるかの勝負のようになってきた。
「まぁ……ルナがそこまで言うなら貯金にするかぁ……」
慎司は、段々と面倒になってきて、妥協した。
そんな慎司に、ルナは意外そうな目を向ける。
「ご主人様が妥協するなんて珍しいですね……」
「そんな我が儘か?」
「この前なんか止めたのに魔族と戦いましたよね?」
「うっ」
そこを突かれると弱い慎司である。
別に体は痛くもなんともないのだが、ルナに泣かれたとなると、罪悪感で胸が痛い。
「ま、まぁ……それはさて置き。とにかくお金は貯金!……てことでいいな?」
「はい、ご主人様」
結局我が儘を通したのはルナであったのだった。
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夕食をとって、シャワーを浴びる。
後は寝るだけの状態で、慎司はだらだらとしていた。
ルナは、窓から月を眺めている。
慎司は、ふと魔族と戦う前に見た習得した覚えのないスキルのことを思い出した。
効果は見ていないので、鑑定をしてみる。
《指揮》
戦闘時に自分の指揮下に入った者の戦闘力を増大させる。
戦況を俯瞰して見れる
《教育》
指導をする際に、若干の補正。
思っていたよりも、大人しい効果であったことに慎司はほっとする。
月を眺めていたルナがこちらを向き、口を開く。
「ご主人様、明日はどうなさるのですか?」
「あー、明日は休みだ。休憩だな」
「休憩、ですか?」
「冒険に必要な場所や施設はわかってるけど、他にもこの街には色々あるはずだろう?だから明日は街を回ってみようかと思ってな」
ルナの問いに慎司はそう答え、大きなベッドに潜り込む。
魔族との戦闘は、少しだけ疲れたのだ。
と言っても、気疲れだが。
「ルナ、もう寝よう。俺は疲れた……」
「別に私を呼ばなくても……お一人で眠れないのですか?」
悪戯っぽく笑うルナ、慎司はそれに返すこともなく、ただルナを手招くのみ。
「なんですか……って、きゃあ!」
そして、近づいて来たルナを思い切りベッドに引き込み、その小さな体を抱きしめる。
そして、その耳や尻尾を優しく撫でる。
「もう……ご主人様」
「ルナはいい匂いがするなぁ。それにあったかい」
「撫でたら全部許すとか思ってませんか?そんなことないんですよ!」
「尻尾をぶんぶん振りながら言われてもなぁ……」
なんだかんだとイチャイチャしながら、今日も夜は更けていくのだった。
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翌日、慎司はいつも通りに目を覚ました。
まだ日がのぼらない時間。
横では、可愛らしい寝顔のルナが小さな寝息を立てている。
慎司は、そっとベッドから抜け出し顔を洗い適当な服に着替える。
そして、昨日の魔族が見せた魔力障壁をイメージし、体の周りに魔力の障壁を作る練習をする。
「ふっ……!」
イメージは、自分を球体で包む感じ。
思ったよりも、上手くいかない。
暫く続けていると、コツが掴めてきたため、段々と形になってくる。
《魔力障壁を習得しました》
アナウンスと共に、慎司は練習をやめ、集めていた魔力を霧散させていく。
最終的に慎司は、障壁多重展開や強度の高い障壁など、様々なバリエーションを生み出した。
「ふー、なんとかなるものだな」
達成感と共に、慎司は外を見た。
太陽は明るく街を照らし、早くも起き出してせっせと店の準備をする者も出始めている。
そらそろルナが起きる頃だろう。
そう思った途端にルナがもぞもぞと動き出すのだから、なんだかおかしかった。
「……ん、ふぁ」
「おはよう、ルナ」
「ご主人様……?あわわ、ご主人様より遅くに起きてしまいました」
ルナは早速慌て始める。別に遅く起きようが問題は無いのだが、ルナにはルナなりのルールがあるらしい。
ルナは手早く支度を済ませると、慎司と共に朝食をとる。
今日も黒パンは硬く、美味しかった。
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さて、今日の予定は街をぶらつくことである。
慎司もルナも、いつもとは違う格好だ。
動きやすい冒険者御用達の服ではなく、慎司は見栄えの良い少し高めの服。
ルナはフリルがあしらわれた膝下までのワンピースにカーディガンの様な物を羽織っている。
白いワンピースに若草色の上着がよく似合っている。自前の金髪も相まって、普段の2倍は可愛い。
「ルナ、手は繋がないと……」
「ダメです」
今日もルナは強情であった。
街を歩く男達から殺意の視線をぶつけられながら、左手にルナを連れて街を歩く。
すると、大きな教会が目に入った。
「ルナ、ここは?」
「えーと、魔法教会ですね」
「魔法教会?」
ルナ曰く、魔法教会とは魔法を行使することによって、人を救うべし。を信条に活動している教会らしく、精霊王であるリーティア様を祀っているんだとか。
「なぁ、リーティアって神様なのか?」
「リーティア、様、ですよ」
「あっ、ごめんなさい……」
どうやらリーティアはかなり格上の存在のようだった。慎司は思いがけなくリーティアの名前を耳にして、少し嬉しくなった。
もしかしたら、会えるかもな。なんて淡い期待が浮かんでは消える。
「ちなみに、教会では回復魔法をお金を払って受けることが出来るんですよ」
「自分で習得できない人は、教会に頼むって事か……」
「その通りです。回復魔法の使い手は少ないんですよ?」
ルナはジト目で慎司を見てくる。
慎司は、4属性に加えて回復魔法まで使える。さらに言えば転移魔法だって使える。
完全にチートである。
「ただ、すげー並んでるな」
「まぁ、それだけこの街が大きいってのもありますが、ホントに回復魔法が使える人が不足してるんです」
「そういうものか」
「はいです」
魔法は習えば使える様になるわけでは無く、才能依存であるらしい。
火や水などの4属性は使い手が多いが、回復魔法となるとその数はめっきり減るそうだ。
単純に回復魔法の素質は備わりにくいのだ。
「それなら、ちょっとお手伝いでもしてみるか」
「教会の人に聞いてみましょう」
そして2人は教会へ向かうのだった。
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教会に入ると、修道服を着た女性にであった。
「あら、治療でしょうか?でしたら申し訳ないのですが、列に並んで頂かないと……」
「あー、違います。俺こう見えても回復魔法が使えまして。人手が足りないのなら手伝ってみようかなーと」
慎司がそう言うと、女性は目を丸くする。
そして慎司の手をとって詰め寄ってきた。
ちなみにルナが光の消えた目で女性を見つめていたのだが、気付いたものはいなかった。
女性に案内され、慎司はある一室に通された。
そこでは3人程の女の子が修道服に身を包み次々と入ってくる人達に回復魔法をかけてあげていた。
中にはお礼を言う者や、握手を求める者もいる。
ただ、ごく稀に治しきれなかったのか、とぼとぼと帰る者もいて、その後ろ姿を悔しそうに見つめる女の子達は、素直に尊敬できると思った。
「アンリ、シリル、メリー。少しいいかしら?」
案内してくれた女性が3人に声をかける。
青みがかった髪の毛の子がアンリ、赤毛なのがシリル、深い茶色いの髪の毛なのがメリーだ。
「あのぉ、シスター様。その方は?」
「彼は臨時のお手伝いよ。回復魔法が使えるらしくてね、手伝いを申し出てくれたのよ」
「そうなんですか……ありがとうございます!」
アンリが女性から事情を聞き、慎司に頭を下げる。他の2人も下げている。
「気にしないで、こちらこそよろしくお願いします」
慎司も頭を下げる。
現在3人で回している所に、臨時で席を作り、慎司はそこに座った。
ルナは慎司の後ろに控えている。
準備が終わった途端に、1人目の患者が現れた。
どうやら仕事の最中に深い切り傷を負ってしまったらしい。
仕事に差し障るから治しに来たのだそうだ。
適当にヒールをかけてやると綺麗に治り、お礼を言って帰っていった。
「軽傷でも来るもんなんだな」
「鍛治職人なんかは、よく来ますよ。お仕事に差し障るからーって」
「へぇ、そういうものなのか」
空いた時間に隣のアンリに慎司は話しかける。
アンリは愛想よく言葉を返してくれた。
ルナは拳を握っていた。
そんなこんなで、10人を治療し終えた。
誰もが切り傷や刺傷程度で、治療に来ていた。
しかし、慎司のところに来た11人目の患者は、明らかに重傷だった。
ぐるぐると巻かれた包帯から地が滲み出し、右腕の肉は削げ落ちている。
明らかに慎司以外の3人では治せないだろう。
「ぐぅ、アンタ。頼めるか?金なら一応ある」
「……大丈夫だ、任せろ」
慎司はヒールをかけてみた。しかし、傷が深すぎてあまり効果がないように見える。
「あぁ、やっぱり無理があるよな」
「……いや、大丈夫だ傷の深さはだいたい分かったからな」
そう言って慎司はエクスヒールを使った。
エクスヒールはヒールの上級版である。
かけた瞬間に患者の傷は塞がり、肉が再生していく。
「お、おお……!ありがてぇ!!」
「あ、ついでに体力増強もかけておいてやるから、今日はゆっくり休めよ?」
「ああ、そうする」
慎司は、回復系支援魔法のエクスバイタルをかけてやり、お礼を受け取る。
患者はしきりにありがとうと言いながら帰っていった。
その後、何度かエクスヒールを使うような患者が来たが、魔力の自然回復量の方が上回ったため、消耗なんて気にせずガンガン治していった。
やがて、教会もお昼休憩となり、一旦治療は休止となる。
アンリ、シリル、メリーはぐったりとしているが、1番魔力を使ったはずの慎司はピンピンしていた。
「シンジさんは、凄いのですね……」
「いやはや、エクスヒールが使えるとはかなり高名なお人に違いないです!」
「魔力総量も半端ないですわ……」
昼飯を頂きながら、慎司のことをネタにお喋りに花を咲かす3人。
慎司は、ルナがせっせと用意してくれるため、適当な所に座ってルナと2人で食べていた。
昼食を食べ終わるなり、3人は慎司の方へと寄ってくる。
そしてしきりに話しかけてくるのだ。
やれ、どうやって習得したのか?だの師匠はいるのか?など、質問攻めである。
その全てに適当に返しながら、慎司はルナの尻尾で遊んでいた。
「ご主人様……なんで私の尻尾を弄んでいるのですか?」
「楽しいから」
「そ、そうですか……」
そうしているうちに時間は過ぎていき、後半戦が始まった。
ヒールをかけて、ヒールをかけて、たまにエクスヒールをかけてやる。
喉が渇いたと思えばルナが水を持ってきてくれてるし、たまに額に浮かんだ汗を拭いてくれる。
至れり尽せりの状況で全ての患者を捌いた。
時刻は既に夕方、なかなかに有意義な1日であったと言えるだろう。
「今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらが勝手に言い出したことですから」
「これが今回の手伝い分となります」
そう言って封筒を渡された。
ルナの方をチラリと見ると、もらっておきましょう、とばかりに頷いた。
「それじゃ、ありがたく」
「また、お時間が空いた時にはこうしてお手伝いして頂ければ嬉しいです」
「ええ、それは構いませんよ」
そんな話をして、慎司とルナは宿に帰った。
思ったよりもやりがいのある仕事で、慎司は驚いていた。
患者にお礼を言われると、とても嬉しくなるのだ。
夕食を食べて、さっぱりした後は布団に潜り込む。もちろんルナも引っ張り込んだ。
そして、夜の闇が深くなるまでに、2人はぐっすりと眠るのであった。
※誤字を修正しました