159.愛の果てに
国の復興や大事件の後始末に追われ、時間は過ぎていく。
全てを終わらせて身体を休ませることができたのは、1年以上かかった。
復興の合間に魔物が現れることはあったが、騎士団の尽力もあり、被害は最小限に留められた。
慎司とアルテマの成し遂げた《神殺し》の影響なのか、人々からはあらゆるスキル、レベルが失われた。
スキルに頼っていた者達は軒並み力を失い、同時に日々の鍛錬を怠わなかった騎士団や、実力派の冒険者たちは相対的に力を増した。
魔法使いたちは剣士に比べれば影響は少なかった。
日頃から魔法を制御するために鍛錬をしているのだから、スキルを失ったところで本人の実力は失われない。
ただ、幾らかスキルに頼っていた面もあり、今まで以上に鍛錬の時間が増えたことは嘆かれていた。
勿論力を失ったのは慎司も同じであった。
彼の人の理を外れた力は神から受け取ったものだ。
力の源を殺した以上、傷を受けなかった頑丈な身体も、強力な魔法を連発した魔力も、冴え渡っていた剣技さえも失っていた。
慎司は自分を自分をたらしめていた物を失ったのだった。
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「さぁ、準備はいいな?」
「はい、ご主人様」
「お弁当の準備も万全です」
「だいじょーぶ!」
慎司はリビングに集まったルナ、コルサリア、アリスの3人を見て問いかける。
今日の3人はいつもとは違い、出かけるための服装に着替えている。
ルナは動きやすそうな膝上丈のスカートに、白のブラウス。尻尾の動きでスカートが捲れないように小さな穴が開けられており、元気に振られている金色の尻尾は楽しげに揺れている。
普段から大人しめの服装を好むコルサリアは、今日も淡い青色のワンピースの上からクリーム色のカーディガンを羽織っている。
いつもと違うのは、銀色の髪の毛を編み込みハーフアップにしていることだ。普段流しているだけのため、気合が入っているんだと感じさせられる。
大きなリュックを背負ったアリスは、今日も可愛らしい桃色のシャツにお気に入りの白いフレアスカートを合わせている。
色のチョイスに女の子らしさを感じさせる上に、スカートは動きやすいように丈が短いものを選んでいる。
背中に背負っているリュックの中身は、恐らく遊び道具だろう。
「よし、それじゃ出発だ」
みんなに一声かけてから手を差し出す。
ルナが右手を、コルサリアが左手を握り返し、アリスは空いている胴体に抱きついてくる。
3人が掴まったのを確認して、慎司は《転移魔法》を発動させた。
一瞬の間を置いて、視界が切り替わる。
目の前に広がったのは、微風が肌を撫でる豊かな草原だった。
見渡す限りに広がる緑色のキャンバスに、色を落とした花畑。
澄み渡る空気が、自然の香りを運んでくる。
「わぁ……」
「綺麗ですね……」
「すごーい!」
大自然を前にして、慎司以外の3人は驚きを口にしてその場で固まってしまう。
今にも走り出しそうなアリスをこっそりと抱き上げながら、頬を紅潮させる2人の肩を叩き、近くにある木陰へと促す。
「ね、パパ!パパ!遊んできていい?」
「ああ、いいよ。そのために来たんだからね。ただもうちょっと待てるかな?まずは荷物を置いてからにしよう」
「うぅー、わかった」
柔らかな頬を膨らませながらも頷くアリスの頭を撫でながら、慎司は手早く敷物を敷いていく。
四隅に重石を置けばいいだけなので、別段時間がかかるということもない。
アリスのリュックを受け取り、3人分の荷物を固めて置いておく。
「それじゃ、アリス遊びに行こうか」
「やったー!パパきて、お花のところ行きたい!」
弾けるように笑顔を見せ、ガッチリと手を掴んでくるアリス。
両手で引っ張ってくるため、グイグイと歩まされる。
「ふ、2人も荷物を整理し終わったら来なよ!」
「はーい、すぐに行きますね!」
「ふふ……わかりました」
首だけで振り返って声をかける慎司。
国を救った英雄ともあろう男が、たった1人の少女になすすべもない状況に、ルナとコルサリアは笑ってしまう。
「どんなに強くても、アリスの無邪気さには敵わないみたいですね」
「あの笑顔を守るためにシンジ様は戦っていたのですから、負けちゃうのもわかります」
「コルさんだってご主人様の守りたい対象ですよ?」
「それならルナちゃんもでしょう?」
穏やかな時間を享受できているのは、慎司のおかげであると感じている2人は、注がれている愛情を互いに確認しあい、なんとも言えない表情になる。
目の前にいるのは、愛した人の愛する人であり、家族なのだ。
愛情を旗印に戦いを挑むよりは、愛しさに身を委ねる方が心地よい。
「それじゃあ、後は頼みますね」
「はっ、畏まりました」
コルサリアが木の陰に声をかけると、ステルが鋭く返事をする。
グランとステルたちのように召喚された者達は、神殺しの影響で消滅すると思われたが、なんの因果か、周囲の魔力を吸収して生きる魔力体となったのだ。
今日の外出にもステルがついてきており、陰から慎司以外の3人を守るために奔走している。
「それじゃあ行きましょうコルさん。ご主人様が待ってますよ」
「そうね。待たせてはいけないわ」
淑やかに歩き出すコルサリアと、元気いっぱいといった様子のルナ。
対照的な2人であったが、金色の毛並みと銀色の毛並みは後の歴史にさえ残るほどの美しさと、無償の愛を表していた。
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頭の上に花の冠を載せたアリスが、やって来たルナとコルサリアに気づき慎司を揺さぶる。
「パパ、ルナねぇとコルねぇが来たよ!」
「おー、折角作ったんだし2人にも早く渡さないとな?」
「しーっ!ひみつなんだから、言っちゃだめ!」
「え、ああ。ごめんごめん。秘密だな」
両手を後ろに回し、何かを隠しているアリス。一緒に作ったのだから、何を隠しているかは分かっているが、アリスがサプライズとして渡したがっているのだから、慎司はおどけて口を閉ざす。
「わぁ、アリスちゃんそのお花の冠可愛いね」
「シンジ様と作ったのかしら?よくできてますね」
栗色の髪の毛によく映える花の冠を、ルナとコルサリアは褒めてやる。
嬉しそうにはにかんだつもりのアリスだったが、口角は上がりに上がってニマニマといった擬音がよく似合うぐらいだ。
「えへへー、パパと作ったんだよ!かわいーでしょ!」
「うん、とっても可愛い!羨ましいなぁ」
「ほんと?ルナねぇも欲しい?」
勘のいい2人は気づいたようで、チラリと慎司を見やる。
それに慎司は小さく頷いて見せると、2人は少しだけ笑顔を覗かせた。
「うん、欲しいな」
「それじゃあねぇ……はい!」
作戦成功とばかりに破顔したアリスが、隠していた花の冠を突き出す。
黄色の花びらが眩しいそれを渡されたルナは早速頭の上に載せる。
耳のせいで少しぐらつきを見せたが、上手い具合に載せることが出来たようだ。
「どう?似合うかな?」
「かわいー!!」
アリスの言う通り、花の冠を載せたルナは非常に魅力的だった。
慎司も一緒になって褒めてやると、顔を赤くしてか細い声でお礼を言っていた。
「コルねぇは、こっち!」
「私にもくれるの?ありがとう」
アリスは隠していたもう一つの冠を渡してやる。
ルナとは違い白い花弁を持つため、コルサリアの銀髪とよく調和している。
ルナにも負けない魅力を放つコルサリアに賞賛の言葉をかけてやれば、同じようにコルサリアも顔を赤くしてしまう。
「ルナもコルサリアも、アリスも……まるで絵本の中から飛び出してきたお姫さまみたいだな」
気障ったらしい言葉だが、それぐらいの方がいいだろう。
色とりどりの花に囲まれた場所は、まるで慎司たちを祝福しているようにも思えた。
美しい景色の中で、愛した者と共にいる。
それがとても貴重に思えて、大事にしたくて。
慎司はルナとコルサリアを抱き寄せた。
「わわっ」
「あら……」
突然抱き寄せられて、嫌な顔をするどころか嬉しさを全面に押し出した顔になる2人。
アリスが花畑に夢中になっている隙をついて、慎司は軽く、2人の頬に口付けをした。
「ルナ、コルサリア……いつもありがとう。これからも俺を支えてくれるか?」
「何を今更……」
「元よりそのつもりですよ」
囁くような声だが、確かな肯定。
金の狐と銀の狼はより強く抱きついてくる。
まるで離さないと言わんばかりの抱擁に、慎司は愛されているという実感を抱く。
数秒────そうしていたと思えば、慎司の両頬に柔らかな唇が押し付けられた。
軽く、それでも甘く。
行為に愛しさを詰め込んだ口付けは、心を溶かすようだった。
「愛してます、ご主人様」
「愛してます、シンジ様」
ステレオで聞こえる2人の声に、慎司も応える。
「俺も────愛しているよ」
愛しい人がいてくれるなら、どんな苦難も乗り越えられるだろう。
掴み取ってきた幸せを守るためにも、与えられた力じゃなく、真の強さが必要になるだろう。
決意を新たに、慎司は空を見上げた。
ここではない、どこか遠くで誰かが見守ってくれているはずなのだ。
────ここからが、本当のスタートだな。
愛の果てになにがあるのかは分からないが、これから忙しくなるだろう。
まずは────
「ああー!アリスだけ仲間はずれやだー!」
────猛然と駆け寄ってくるアリスを相手にする所からだ。
次回で最終話となります。
未熟ながらにもここまで続けられたのは、なかなかに達成感がありますね……。