16.森の調査
1人の男が、傍らの女に話しかける。
「やっと気づいたようだねぇ。ただ、もう全て終わった後だったけどさ」
話しかけられた女は、特に反応を示さない。
男は肩を竦め、尚話し続ける。
「いやぁ、生きていく上で2つの世界の記憶なんていらないと思うんだよね」
「干渉しない、そう言ったはずでは?」
女が反応すると、男は嬉しそうに笑った。
「あんなの口約束だろう?破ったって問題ないでしょ。ましてや、僕が破ったところで誰も咎めることは出来ないさ」
「まあ、そうですわね」
男が背中を伸ばすと、小気味のいい音が鳴る。
ゆっくりと、男は下を眺めながら、薄く笑う。
「いやぁ、楽しくなってきた」
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慎司が目を覚ましたのは、昼前であった。
いつも通りならば日の出と共に起きるのだが、思ったよりも疲れていたのかもしれない。
隣で寝ていたはずのルナを探すと、せっせと装備や服の準備をしていた。
それも、慎司の分である。既に自分の分は終わらせているらしい。
「おはよう、ルナ」
「おはようございます、ご主人様」
朝の挨拶を交わすと、ルナは尻尾を左右に振りながら挨拶を返してくる。
その姿を愛おしく感じながら、慎司はベッドから体を起こし、背中を伸ばす。
そして、ベッドから這い出て顔を洗いサッパリとする。絶妙なタイミングでルナがタオルを差し出してくる。
「ありがとう、ルナは最高だなぁ」
そんなことを言うと、ルナは顔を赤くして消え入るような声で礼を言う。昨夜はもっと進んだ関係になったはずなのに、恥ずかしさを感じるらしい。
そんなルナも可愛いと思う慎司である。
差し出された服に着替え、早めの昼食を食べに食堂へ行こうとするが、ルナに止められる。
「ご主人様、お昼ご飯は出してくれないと言われた筈ですよ?」
「あー、そうだったな。どこかで買うか」
食事のサービスは朝と夕方である。昼前ではあるが、既に朝とは言えない時間帯なことに違いはない。
そんなことも忘れてしまったのかと一瞬不安がよぎるが、その時のことを思い出そうとすると、ちゃんと思い出せたので、安堵する。
「ルナはここらへんで美味しいものってわかるか?あるならそれを買うつもりなんだけど」
「えーと……わかんないです。ごめんなさい」
「あっ、いいんだ。わかんないなら誰かに聞くさ」
慎司の質問に答えられないことで、ルナは耳と尻尾をしおれさせてしまう。
見るからにしゅんとした様子だ。
慎司は慌てて取り繕い、頭を撫でてやる。
「ん……えへ」
「ほら、行くぞ」
頭を撫でられるのが好きなようで、ルナはさっきまで萎れていた尻尾をぶんぶんと振る。
その様子に少し気恥ずかしくなり、慎司は少しぶっきらぼうに言うのだった。
昼食は、適当な屋台を見つけて仲良くとった。
初めての食材ということもあり、慎司は吃驚したが、味は申し分なかったので、満足である。
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2人がギルドに近い通りに出ると、そこは普段と変わらず喧騒に包まれていた。
通りを歩く男達はガシャガシャと装備を揺らし、宿屋の下働きが汗をかきながら走っていく。
「ルナ、今日から本格的に依頼を受けていくからな。昨日までとは量が違うはずだ」
「ご主人様のために頑張ります!」
「い、いや……そうか」
「はい!」
ルナの返事に慎司は少し気圧される。
なんだか昨日の夜から雰囲気が違うのだ。
具体的には、ギルドに向かって歩いている今、慎司の左手はルナの右手と繋がれている。
尻尾はもちろん振られている。
「ルナ……あの、そろそろ視線が痛いから……」
「ダメです」
「いや、あ……」
「ダメです」
歩いていると、男達からの視線が突き刺さるため、手を離すように促そうとするのだが、ルナに食い気味に拒否される。
ニッコリとしているが、そこには決して逆らってはいけない雰囲気がある。
慎司は尻に敷かれてることを感じながら、少し肩を落とすのだった。
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ギルドの中に入ると、慎司は依頼が貼られている掲示板に近づき、Eランク用の依頼を眺める。基本的に雑用や力仕事がメインで、とても冒険者らしい仕事は見受けられない。
Dランク用のものを見ると、そこにはゴブリンの討伐や、鉱山の調査等がある。
慎司はもちろん、ルナも戦闘は可能になっているので、Dランク用の依頼を受けても問題ない。
そう思い、慎司は受付嬢に森の調査の依頼書を渡す。
「依頼の推奨ランクが1つ上ですが、問題ないですか?」
「はい、戦闘はできるので大丈夫です」
「それでは、頑張ってくださいね」
基本的には魔物との戦闘が予想される依頼はDランクからとなり、魔物の強さによって推奨ランクは決まる。
今回の森の調査なら、出てくる魔物はゴブリンとゴブリンリーダーという亜種だけらしく、Dランクというわけだ。
「よし、ルナ。装備の方は問題ないか?」
「はい、大丈夫ですご主人様」
「それなら行くか……」
「頑張りましょうね!」
ルナの笑顔が眩しい。
慎司はルナの気合十分な様子を見て、そう思う。無論、依頼を漁ろうと集まっていた冒険者達もルナを凝視している。
ちょっとした独占欲から、つい慎司は睨みそうになるが、喧嘩をしに来たわけでもないのでやめておいた。
道具についてはアイテムボックスに収納してあるので問題ない。
いざとなれば慎司には最大レベルの《回復魔法》がある。
特に用意するものはないだろう。
慎司はルナを連れて北門を出る。
今日も兵士は爽やかだった。
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「ご主人様の専攻職は拳闘士ですよね?」
「専攻職?いや、違うけど……」
森に向かって歩く最中、慎司はルナにそう話しかけられた。
慎司の専攻職は剣聖と魔導王である。
ただ、どう考えてもまたチート効果がありそうなので、鑑定はしていない。
これもいい機会だと思い、慎司は専攻職を鑑定してみる。
《剣聖》
・剣を使ったスキルに補助効果(特大)
・剣を使う行動の補助効果(特大)
・刹那を見切ることが可能になる
慎司は別に驚かなかった。
威力が2倍とかではなく、特大ではあるが補助効果である。
いくらか大人しいと言えるだろう。
《魔導王》
・魔法のイメージ補強(特大)
・魔法の効果時間上昇(特大)
・魔法の効果範囲拡大(特大)
慎司はやっぱりチートだと、お約束は守るんだね、と思った。
イメージの補強はよくわからないが、効果時間と効果範囲は流石にチートと言っていいだろう。
鑑定をしている間ルナは考え込んでいたようで、うんうんと唸っている。
「うー、ご主人様の専攻職はならばなんなのでしょうか?」
答えていいものだろうか。
剣聖に魔導王、どちらもそうそういないに決まっている。
ただ、慎司はルナに隠し事がしたくない。
ルナになら話しても問題ないだろう。せいぜい驚かれるぐらいである。
「えーと、剣聖と魔導王だな」
「……それ、ほんとに言ってますか?」
「ほんとほんと」
ルナの目は、疑惑に満ちている。
慎司の言葉を信じていないというよりは、信じたくないと言った方が正確であろう。
「それでしたら……使える魔法の属性は?」
「火と水と風と土と回復」
「そ、そうですか……はふぅ」
「ルナ!?」
属性を聞かれたため素直に答えたのだが、それが良くなかったのかルナはふらりと倒れそうになる。
慌てて抱きとめると、ルナは尻尾を振り出した。こんな時にも尻尾は正直である。
「ご主人様はとてもお強いのですね……。でしたらどうしてこの前襲われた時剣を使わなかったのですか?」
ルナの疑問に、慎司は答える。
「いや、体術も剣と同じぐらいに使えるからな。それに後ろにルナがいたから離れるわけにもいかなかったからね」
慎司のその言葉にルナは目を丸くする。
耳なんかピンと立っている。
「剣士系の最強職だというのに拳闘士顔負けの体術……ご主人様はほんとに凄いですね」
「そうか?」
「凄すぎますよ!攻めれば小国ぐらい相手にできるんじゃないですか?」
ルナの言葉に慎司はビクッとする。
もしやと思っていたが、本当に国が滅ぼせるかもしれないのだ。
「ソンナコトナイデショ」
「ですよね!流石に人間ですから疲れもしますし、無理があるってものです」
「ハハハ」
本当に笑えない。
スキルの効果で慎司は疲れを知らない。
今までして来た戦闘で疲れたと思ったことはほんとに少ないのだ。
慎司が冷や汗を浮かべていると、依頼にあった森に到着した。
基本的には北の森と変わらないが、魔物の種類が違うらしい。
今回は、この森に異変が起きていないかの定期調査である。
「よし、さっさと依頼を終わらせて訓練でもするか」
「はい、ご主人様」
2人は森の中に入って行く。
背の高い木が多いため、森の中は薄暗い。
調査と言って何をすればいいのか、という話だが、決められた地点を回っていき、異変があればそれをギルドに伝えればいいらしい。
この薄暗い中決められた場所を目指すのは疲れそうだが、何故か1匹たりとも魔物が出てこないため、案外簡単に済んだ。
「ご主人様、流石に1匹も魔物に遭遇しないのはおかしいですよね?」
「そうだよな、何か異変があったに違いないな」
「一体何が起こってるんでしょうね?」
「さぁ、な……」
流石に不思議に思ったルナが話しかけてくる。それに慎司は答えながらも、魔力感知の範囲を広げていた。
そして、ついに範囲内に何かを捉える。
「ん……、なんだ?」
「ご主人様?」
「ああ、向こうに何かいるのを感知したんだ。向かってみよう」
感知したという慎司の言葉に首をかしげたルナだったが、慎司が歩き出すと慌ててついてくる。
「なぁ、ルナ。あれがなんだかわかるか?」
慎司は、3分程歩いた場所で繰り広げられている光景を見てルナに聞いた。
黒い肌の男が地面に魔法陣を描いているのだ。
それも、赤黒い血で。
どうやら魔物がいなかったのはこの男が血のために魔物を狩り尽くしていたからのようだ。
「あれは……!」
「どうした?」
なんだか動揺しているルナに慎司が尋ねると、ルナは青い顔をして口を開いた。
「あれは……魔族、です」
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