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154.変わらない



 気持ちのいい暖かさに包まれ、慎司は目を覚ました。


「ふ、あぁ……」


 ルナを取り戻してから3週間後。

 既に今までの日常を取り戻した安堵からか、ここ最近は冒険者としての活動を休みがちだったが、それも今日が最後だ。


「えーっと、今日だったよな。……式典とやらは」


 ぶつぶつと呟きながら、身を起こす。

 窓から差し込む光が柔らかく、自分を迎えてくれているような感覚さえある。

 だが、今日行かねばらない式典は、決して優しい内容ではない。


「ガレアス、それに王都の人達……」


 ベッドに浅く腰掛け、右手を握る。

 暫くそうして、慎司は頭を軽く振って立ち上がった。

 失ったものは戻らない。当たり前の事だ。


 早々と身支度を整え、部屋の扉を開ける。

 廊下はやや寒々しいが、続くリビングには明るい光が灯っていた。

 恐らく今日も朝早くから起きて朝食の準備をしているのだろう。


「おはよう、リリア。朝早くから働き者だな」

「だっ、だだ、旦那様!?」

「おう、旦那様だが……?どうした、そんな慌てて」


 鍋を前に、お玉をくるくると回していたリリアに声をかけてみれば、驚愕の表情で器用にお玉を放り投げては、元あった位置にスッポリと収まらせている。


「い、いえ……普段はルナ様が先に私に声をおかけになってから旦那様を起こしに行かれますので……」

「ああ、それで。今日はなんとなく早起きの気分なんだ。驚かせてすまなかった」


 早起きなのはいつものことだが、取り敢えず謝罪はしておくべきだろう。

 慎司が頭を下げれば、リリアがまた慌て出す。

 雇用主から頭を下げられれば、普通の感性の持ち主ならば慌てる。

 頭を上げてください────そう早口で言うリリアが何故だか可愛らしく思えるが、口に出すことはなく、そのまま朝食を待つことにする。


「ああー!ご主人様また早起きしてる!……うぅ」


 ガックリと項垂れ、耳と尻尾を垂れさせるのはルナだ。

 騒々しく階段を降りてきて早々にこれだ。いつものことながら表情豊かな少女だと慎司は思う。


 ……そんないつもの風景。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 朝食を食べ終え、じゃれてくるアリスの相手をしていると、ルナが話しかけてくる。


「ご主人様、そろそろ時間です……。お城に行く準備をしないとです」

「あぁ……もうそんな時間か。アリス、ちょっとグランかステルと遊んでてくれるかい?俺は支度をしなきゃだからさ」

「むぅ、わかった。グランー!ステルー!」


 膝の上で右へ左へと揺れていたアリスを降ろし、慎司はルナを連れ立って部屋に入る。

 部屋の中には先にある程度の準備を済ませたコルサリアがおり、その前には彼女の銀髪とは違う、色とりどりの服装が並べられていた。


「うおっ、なんでこんなに……?」

「お気に召すものが分からなかったので、シンジ様に似合いそうな服装を選んでおきました!」

「凄い笑顔で言ってるけど……10種類は優に超えてるよなこれ……」


 式典用のためにと用意されたのは、色とりどりで豊富な型の服装。

 中でも目を引くのは黒を貴重とした物だった。


 漆黒の生地に走る濃い赤色のライン。

 胸元にあしらわれた長剣の紋章がアルテマの形状に似ているのも良い。

 慎司の黒髪も馴染むのではないだろうか。


「あっ、やっぱりシンジ様もこれがいいと思いますか?ですよね!ね!」

「合わせてみて下さいご主人様!ほらぁ!……え、嘘こんなにカッコイイの……」


 口々に騒ぎ立て、頬を朱に染める2人。

 そんな様子に辟易(へきえき)としながらも、慎司の顔には笑みが浮かんでいた。


「おいおい……わかったわかった。服装はこれだな?さっさと着替えて城に行こうぜ。フラミレッタ様にも会いたいしな……会えるかは知らんが」

「今はもう王女ではないですからね……顔を見るぐらいはできるかもしれませんが……」


 そう、フラミレッタ王女はエイブリット王の亡き今、その地位が女王陛下へとなっている。

 エイブリットの子供にはフラミレッタ王女とカルセル王子がいたが、カルセル王子は今回の王都での騒乱の首謀者として行方を眩ませている。

 そのため、継承権の一番高いフラミレッタが幼いながらにも女王陛下の地位を得たのだ。


 今回の式典は、王都の騒乱で命を落とした民たちへの追悼と、新たな女王の祝福を行うためのものだ。


「まぁ会えないとしても、それは仕方ないな。取り敢えずは式典に遅れないようにしないとな」

「ええ、そうですね。ではシンジ様はこれを着て頂いて……その間に私たちも準備をしてきますね」

「ああ、わかった」


 慎司が用意された服に袖を通し始めると、ルナとコルサリアは部屋を出ていく。

 ルナはいつもの騎士団の服装で、コルサリアは予め選んでいるフォーマルな服装に着替えるのだろう。


 いざ着てみると、コルサリアのセンスの良さが如実に表れる。

 サイズもピッタリで動きを阻害することもない、非常に機能的な服の造りである。

 それに加えて控えめにあしらわれた赤のラインと紋章が硬すぎる印象を和らげている。


「うん……変じゃないな。これでよしっ、と……」


 自分の格好がおかしくないことをチェックし、必要な道具を揃え終えた慎司はリビングに降りていく。

 ルナたちの準備に時間がかかると思っていたが、2人とも15分程で準備を終えたようだ。


 いつもの騎士服のルナは勿論のこと、普段とは違う黒を貴重にした服を身に纏うコルサリアには目を奪われた。


「コルサリア……その、なんというか、綺麗だ」

「えぅ……あ、ありがとうございます……」


 さり気なく言うつもりが、思い切りどもってしまう慎司に、顔を赤くして答えるコルサリア。

 2人だけの空間が作り出されようとしたまさにその時、頬を引き攣らせたルナが割り込む。


「はーいはい、式典に遅れちゃいますよぉ!」

「お、おう!そうだな!それじゃ、行くか!」

「で、ですね!行きましょう!」


 ぐいぐいと2人を押すルナに、慌てた様子の慎司とコルサリア。慌ただしい出発にはなったが、これも自分たちらしい。


 こうして、いつも通りで、何の変哲もない日常が続くと────慎司は信じていた。

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