153.誰かの話
あけましておめでとうございます。
新年1発目の投稿です!
最終章《神滅編》スタートです。
街の大通りから、少し裏手に入った所に居を構える孤児院。民の血税によって運営されている施設のため、その設備はお世辞にも良いものであるとは言えない。
所々修繕を施した跡が残る一室では、今日も子供たちが楽しみにしている《読み聞かせ》が始まろうとしていた。
「ねぇ、シスター!はやくしてー!」
「ご本、ご本読んでー!」
「勇者様のやつがいいー!」
「えー?私は聖者様がいい!」
部屋の真ん中に固まり、やや困り顔のシスターを急かしているのは、やせ細った子供たちだ。
シスターはそれぞれの希望をまくし立てる子供たちを見ながら、今日の《読み聞かせ》は何にしようか────等と考える。
その際に唇に人差し指を当ててしまうのは、癖なのだろう。
「ちょっと待ってね……えーっと、今日は何にしようかなぁ」
まだ20歳を迎えていないシスターは、豊満な胸を組んだ腕で押し上げながら、今まで読み聞かせてきた物語を思い返す。
ある日は昔から伝わる勇者の伝説。聖剣に選ばれた勇者は魔王を倒す旅に出ることになり、たくさんの苦難を信頼できる仲間達と乗り越え、魔王を倒した後に国王の娘と結婚するという物語だ。
孤児院の男の子たちは皆、勇者に自分の姿を重ねて、いつか自分も旅に出るのだ────等と言い出す始末。
たまに来る冒険者たちの武勇伝を聞くうちに自然と戦いというものを身近に感じてしまっているのも、その言葉の一助となっているのかもしれない。
逆に女の子たちに人気なのは、所謂シンデレラストーリーというやつだ。キザなセリフと甘いマスクを持つ王子様との恋に、つい夢を見てしまうのだろう。
貴族の子女から孤児院の子まで、あらゆる女の子は恋に憧れ、王子様に夢を見ているのだ。
「シスターまだ?はやくしてよー」
舌っ足らずな声が、シスターを急かす。
つい考え込んでしまっていたのだろう。「ごめんごめん」と謝りながら、シスターはやや錆び付いている椅子にゆったりと座ると、とっておきの物語を語り始める。
「みんなお待たせ。これは最近仕入れたお話なんだけどね……」
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ある所に1人の少年がいました。
物心がついた頃から奴隷である彼は、いつだって負け犬でした。
全ての行動を邪魔してくる忌々しい首輪。それを外すこともできなければ、自らの命を断つこともできませんでした。
暗い牢獄の中で先の見えない毎日を暮らすうちに、少年は冷たい心を持つようになったのです。
表面上は穏やかに付き合っても、その心の内では嘲笑う。
そうすることによって気まぐれな牢屋番からの虐待を避けていたのです。
しかし、そんな彼にも転機というものが訪れました。
少年を買いたいと言うものがでてきたのです。どうして自分を、そう疑問に思いながら主人になるはずの者の前に行けば、若い男がいたのです。その傍らには自分と同じ奴隷だと思われる獣人の少女がいた。
────君たちと同じぐらいの娘がいるが、友達になってくれるか?
そう問いかけてくる男に、少年は全力で首肯した。この鬱屈とした生活にはうんざりしていたのだ。
女の子と友達になれるかどうかは自信が無かったが、最悪の場合一緒に並ばされている少女の奴隷に任せればいい。
この時の少年はそう考えていたのです。
それからというもの、少年の生活は激変しました。衣食住の充実に加え、いつの間にか仲良くなったかけがえの無い仲間達。
1度夢見て諦めかけていた冒険者への道を示されたこと。それに付随して優秀な師に教わるという貴重な経験。
以前の自分とは決別し、新たな自分を手に入れた少年は、自分を買ってくれた主人に忠誠を誓いつつ、許されている範囲内で自分の夢を叶えていきました。
やがて彼らは名の知れた冒険者パーティーとなり、慎重な性格が少年大人びて見せるのか、貴族の子女たちや冒険者の中の若い者達の間で、密かに噂となるのでした。
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「……っと、こんな所かな?」
シスターが話を切り上げ、一息つこうとすると、子供たちは非常に反発した。
「えー!続きは!?」
「それでどうなったの?」
「冒険者になったんでしょ?どんな風にお仕事してたのかなぁ?」
男の子たちは少年の冒険者としての活動ぶりを話してくれとせがみ、女の子たちは少年の恋の行方に思いを馳せる。
続きを話してくれという言葉ばかりではあったが、思ったよりも長い話となってしまったため、既に夕食を作り始めなくてはいけない時刻になっていた。
「ごめんね。もう晩御飯を作るお時間になっちゃったみたい。この話の続きはまた今度してあげるから……ね?」
茶目っ気を混ぜたシスターの言葉に、子供たちは嫌々ながらも一応は頷く。
話の続きを聞きたいのも本当だが、毎日作られるシスターお手製のご飯が楽しみなのも、また本当であった。
「さぁ、当番の子は手を洗って手伝ってくださいね〜」
「はーい!」
数人の子供たちを引き連れシスターは歩き出す。今日の献立は何だっただろうか。
「また、魔物のお肉なんかも食べたいですねぇ……贅沢ですけど」
少し前に、なんの気まぐれかやって来た冒険者にもらった、あの芳醇な味わいを持つ肉に思いを巡らせる。
「バルドくん……、また来てくれないかなぁ」
誰にも聞こえない声で、シスターは呟く。
その横顔は、まるで恋する少女のそれであった。